婚約者の隠れた努力
次の日、学校も休みだと言うのにテルセロはオフェリアの家に現れない。
特に約束はしてなかったが、いつものテルセロなら昨日の手紙の内容を確かめにやって来るだろうと思っていたオフェリアは肩透かしを喰らった気分だ。
それとも怒っているのだろうか?
部屋で悶々としていると、仕事に行っていたはずの父様が帰宅してオフェリアを呼んだ。
「お呼びですか、父様?」
「魔塔の事なのだけどね、オフェリアが行きたいのなら結婚まで魔塔に行っても構わないとオルレアン侯爵から話があった。テルセロ様もそれで了承しているそうだ」
「テルセロも?」
「あぁ。お互いが成人したら速やかに結婚するならと。結婚した後も仕事を続けて構わないそうだよ。まぁ子供が出来たら要相談だけどね」
「本当に?でもまだ私、テルセロと直接の話せていないのよ?」
「いつまでも隠してはいられないと彼も理解はしていたんだろう」
「何を隠していたの?」
父様は困った様にふふと笑って手を伸ばすとオフェリアの頭を撫でた。
「お前は自慢の娘だよ、オフェリア。出来れば私ももう少し隠しておきたかったなぁ」
「だから何を?!」
「本当にお前は鈍感だね。オフェリアをさ。あんなにテルセロ様に囲われていたっていうのに、お前はそれをひょいと飛び越えて外に出て行こうとする。本当に困った子だよ」
「テルセロが私を囲ってた?」
「本当に自覚なしかい。あんなに家にとどめ置かれてたっていうのに」
「お菓子を食べに来てただけじゃない」
「彼は彼でなかなか忙しかったと思うよ?何せ殿下の側近だからね。そんな中でもオフェリアに恥じない様に勉強も魔法も剣術も人一倍頑張っていた。彼の努力もそろそろ理解してあげなさい」
ただの食いしん坊と思っていただけに、そんな可愛い理由だったなんて申し訳ない限りだ。
確かにブーブー言いながら王子に付き合って忙しそうでも、オフェリアが教えた課題はきっちり次に会う時までにはこなしてきた。
さすが攻略対象だけあって優秀だなと思ってたけど、殿下や他の側近に比べても段違いに優秀だ。
打てば響くのでどんどん教えていたけど、中身と年齢が等しくないオフェリアと違って年齢通りのテルセロは大変だったに違いない。
「父様、テルセロに会いに行ってきてもいいかしら?」
「お伺いを立ててあちらが良いと言えば良いのではないかい」
「ちょっと私、お伺いをお願いしてくるわ」
オフェリアは部屋を飛び出して家令に先触れをお願いに行く。
30分もしないうちに使用人がテルセロからの構わないという返事を携えて戻ってきたので、オフェリアは急いでオルレアン侯爵家へ向かったのだった。
「早かったな」
迎え入れてくれたテルセロはどこかぶっきらぼうにオフェリアを迎え入れてくれた。
顔をあまり向けてくれず、何かを警戒している。
応接間に通されて、お茶を出した侍女がお辞儀をして部屋を出ると、オフェリアは少し身を乗り出した。
その瞬間そっぽを向いていたテルセロがふと身を固くする。
「なんの用だ?今日は特に約束してなかったろ」
「そうなのだけど、昨日も会えなかったし、今日も来てくれる様な気がしてたんだけど来てくれなかったから話がしたくて」
「言っておくがこれ以上の譲歩はしないからな」
「譲歩って?」
「魔塔に入っても良いし、結婚しても仕事を続けても良いって譲歩したろ!婚約破棄だけはしないからな!」
予想外の単語にオフェリアはたじろぐ。
婚約破棄されるのは自分であって、テルセロがされる立場なはずがない。
しかもそんな話現実ではまだ今まで一回も出ていなかったはずだ。
「成人になったら私たち結婚するのよね?婚約破棄なんて話聞いてないのだけど…」
なんだか話が噛み合っていない。
困ってオフェリアが発した言葉にテルセロがハッと肩を振るわせ、やっとオフェリアの方を向いた。
テルセロの顔には焦りの様なものが見える。
「オフェリアは何をしにここに来たんだ?」
「だからテルセロと話がしたくて来たのよ。魔塔に入るか自分で決めて良いと言われたけど、2人のことだからちゃんとお互い納得した結論にしたいと思ったの」
オフェリアの言葉に少しテルセロは考え込んで、そういうことかと小さく舌打ちする。
どういう事なのかオフェリアにはサッパリ分からない。
「俺たちの婚約は王命じゃない。お互いの家の決め事に過ぎないのは理解しているか」
「そうね?」
「俺は婚約者が魔塔に入るのを厭うのであれば、王命で婚約破棄を申し付け、相応の婚約者を当てがうと言われたんだ」
「どういうこと??」
「俺がオフェリアの魔塔入りを邪魔するなら王命で婚約破棄させるぞって意味だよ」
「えぇっ」
「オフェリアの希望でそうなったんじゃないなら良い」
「そんな物騒なこと私が言うわけないじゃない」
テルセロはハァと大きな溜息を吐いて頭をぐしゃりとかき、そうだよなぁと呟いた。
どこか今までの力んでいた雰囲気が抜けて、いつも通りのテルセロに戻る。
「それで?オフェリアはどうしたいの?」
「うーん、学校よりは魔塔の方が楽しそうかなぁとは思ったけど、どうしても行きたいって感じではないの。だからテルセロが嫌ならやめておこうかなって」
「さっき言った通りだから俺の為とかはやめてくれ。婚約破棄させられる」
「婚約破棄されないなら、やっぱり反対ってことよね?」
「そうでもないな。これで魔塔に入らないとなると何かとベルク公が接触してくる事になるだろう。それこそオフェリアに婚約を迫るかもしれない。魔塔に入れば他の奴らもそうそう手出しを出せなくなるからここまできたら入ってくれた方が良い」
「他の奴らって?」
「殿下や他の側近やらその婚約者やらだ」
よく分からないという顔をすると、テルセロはそこはもう気にするなと手を振る。
確かに魔塔に行けば面倒な社交も断るのが容易になるだろう。
「確かにお茶会もウンザリだし、魔塔に篭ってた方がマシな気はするわ」
「そうしてくれ。ただ、前提は忘れるなよ」
「成人したら結婚する?」
「そうだ」
そんなに私の事好きなの?と茶化したいところだがやめておく。
これでそうだと言われたら益々困ってしまう。
「じゃあ入るとお返事するわ。イノセンシオ様にあの勢いで迫られるのも鬱陶しいもの」
「どんな勢いだよ」
「興奮してお茶を溢したり?」
「ハァ?」
「公爵様には思えない落ち着きのなさよね」
「いいか、結婚相手を変える気はないと主張を忘れるなよ!」
念を押されて最悪イノセンシオに貰ってもらおうと思ったのを思い出す。
テルセロには分かってるわよ、と答えるが後ろめたい。
でもイノセンシオ様と結婚したらそれはそれで大変そうだよね。
気が楽になったのか、菓子の手土産はないのかと言うテルセロにマフィンの残りを出した。
「チーズとベーコンのやつは?」
「あぁ、それは昨日イノセンシオ様が食べちゃったのよね」
「ハァ?なんでマフィンなんて持っていったんだよ?!」
「イノセンシオ様がお腹を鳴らしていたから提供しただけよ」
「はぁ、なんで…マフィンまで知られるなんて最悪だ」
「心配しなくてもテルセロの分はこれからもちゃんと取っておくから」
「そういう事じゃない!ほんとオフェリアは自分の価値に疎いな」
異世界転生あるあるの転生者のお家はご飯美味しい問題を知られるのは困るという事なのだろうか。
よくない?
皆で美味しいもの食べれば皆発展すれば良い話じゃない??
まぁもうなんかいつもの私達に戻れたかな、というところでオフェリアはテルセロに家まで送られて帰宅したのだった。




