魔塔からの熱烈オファー
先方の希望により、2日後には魔塔へオフェリアは足を踏み入れることとなった。
通された応接室に現れたのは呼び出したイノセンシオではなく、何故か使徒であるエセキアスだ。
「すまないな、イノセンシオは少し所用で遅れる。何か聞きたいことがあるなら今のうちだぞ」
「私が魔塔を訪問するのはエセキアス様のシナリオ通りでしょうか」
オフェリアの直球な質問にエセキアスはふふと笑う。
「いいや、これは単にイノセンシオの趣味だ」
「趣味、ですか?」
「魔法馬鹿でな。才能ある若者をスカウトするのが好きなのだ。君の兄も今だに王城で出会えば誘われているぞ」
「えぇっ!?兄は徴税官として働いてもう2年ですよ?財務の方と揉めたりしないのですか」
「それだけ魔塔にもイノセンシオにも実力と権力があるという事だ。だが無理強いする男ではないから好きにすれば良い」
「エセキアス様のシナリオから逸脱する様なことがあれば教えて下さい」
「君は特に気にする事はないから好きにしなさい」
「好きにって例えば婚約破棄されそうになって嫌だと駄々を捏ねるのはダメなんですよね?」
「いいや、構わない。君がどうしようがその運命は変わらない。その運命を受け入れてこの世界に転生した時点で君は役割を果たしているのだ」
じゃあもう少し気楽にテルセロの味方をしてあげようかな、と思う。
それが何かは言う気はない様だけど、オフェリアのせいでテルセロが苦労しているのなら自分を大切にしてくれる幼馴染を助けてあげたいというのが本音だ。
そんな事を思っているとイノセンシオがやってきてしまったのでエセキアスとの会話は終わってしまった。
2人に魔塔の中を案内してもらったが、魔法と言っても軍事に特化した課や魔道具やポーションの作成をする課、研究開発する課など、魔法で出来ることなら何でも取り扱っているという感じだ。
「オフェリア嬢は何が得意だ?」
「これと言って魔法で特化したものは…」
「無詠唱はあんまり使わないと言ってたが、その割に安定してたんだよなぁ。何か秘訣はあるか?」
「彼女の場合、無詠唱ではなくBibidi-Babidi-Booだそうだ」
「ビビディ?」
「Bibidi-Babidi-Boo」
「なんだそれは?」
「何にでも同じ呪文を使っているそうだ」
エセキアスの言葉にイノセンシオの目が輝く。
なんて余計な事を言ってくれるんだと思いながら、同意を求める様にオフェリアを覗き込むイノセンシオに頷いた。
「ちょっとやって見せてくれ!」
「ここでですか?何を?」
「なんでも良い!」
魔塔の廊下で立ち止まって長身の大人2人に相対され、オフェリアは少し考えてから一番身近な着替えの魔法を使う。
呪文と共にお出かけ用のワンピースから制服姿になったオフェリアに、イノセンシオは目を丸くしたと思ったら両手を広げてオフェリアを抱きしめた。
「オフェリア!!」
「イノセンシオ様っ?!」
「凄い、凄いではないか!!どういう理論だ?!」
「イノセンシオ、離れろ」
「エセキアス、見たか?!こんな素晴らしい魔法を見てお前はどうして落ち着いていられるんだ?!」
「いいから離れろ、イノセンシオ!オフェリア嬢の世間体を考えろ」
「世間体?俺もオフェリア嬢も独身だ。何の問題がある」
「オフェリア嬢には婚約者が居る。大体若いお嬢さんに急に抱きつくなど失礼にもほどがあるだろう」
エセキアスに怒られてイノセンシオは仕方なさそうにオフェリアを解放する。
確かにこんな誰が見てるか分からない廊下で抱き合っていたなんて噂になったら昨日の比ではなくテルセロが怒り狂うだろう。
「もし変な噂になったら私が責任を持って嫁にもらうから言ってくれ!」
「キッパリ否定して頂ければ助かります」
ピシャリとお断りしたが、テルセロに婚約破棄されたらもらってもらうのも悪くないのかもしれない。
変な人だけど、悪い人ではなさそうだもの。
それに公爵らしいから肩身の狭い想いをせずに済むだろう。
年はひと回りくらい違うみたいだけど、精神年齢が高いオフェリアには無問題だ。
もう1回見せてくれとせがまれて、オフェリアは再度着てきた服に着替えた。
「Bibidi-Babidi-Booはどこからきた言葉だ?」
「子供の頃に魔法っぽい呪文として使っただけですから意味はありません。聖魔法を使う時は“ちちんぷいぷい”を使いますし」
「可愛らしいな!」
応接室に戻ってお茶を飲みながらイノセンシオの質問攻めにあっていたのだが、途中イノセンシオの腹が空腹を訴える。
忙し過ぎて昼ご飯を食べ損ねたらしい。
それでしたら、とオフェリアがアイテムボックスからお菓子を出したらまたイノセンシオがお茶を溢す勢いで立ち上がった。
「オフェリア!!」
「はい?!」
「今、どこから何を出した?!」
「アイテムボックスですか?」
「Bibidi-Babidi-Booは?!」
「そういえばアイテムボックスも魔法と言えば魔法ですけど無意識ですね。魔法というより、鞄みたいなものですから」
収納魔法は普通に使っているが、今まで誰かに驚かれた事はなかったので一般的なものだと思い込んでいたのだがそうではないらしい。
そもそも兄も弟もテルセロも使える。
父や母にも教えたけど、無理だと言うので鞄に魔法付与した魔道具を渡していた。
そう思い返せば発祥はオフェリアかもしれない。
「何がどれくらい入る?」
「どれくらい…限界を試した事はないですね。一週間分くらいの食料は入りますよ。まずは腹拵えされてからイノセンシオ様も習得されては如何ですか」
「あぁっ、オフェリア嬢!なんて素晴らしいんだ!!ていうか、美味い!!美味いぞ、コレ?!」
「マフィンお気に召しました?私の婚約者はこっちのチーズとベーコンのお食事マフィンが好きで、私はやっぱりこっちのブルーベリーのが一番好きなんですけど」
結構大きめなのにイノセンシオは3つ、エセキアスも2つ食べた。
そのあと収納魔法のやり方を教えると、イノセンシオは苦労しながらもものの30分で習得した。
エセキアスは監視がてらオフェリアが使っているのを知って既に習得していたのではないかと疑わしい。
収納魔法の中では時が止まると分かって、オフェリアがしまっていたお菓子を少しお裾分けするハメになった。
その頃には終業を知らせる鐘が鳴る。
昼過ぎには来たから、随分と長居してしまったようだ。
「オフェリア嬢、いつから魔塔に来てくれるのだ?!」
「え?私、まだ学生ですし、私の魔法は生活魔法ですからここでお役に立てると思えないのですが」
「何を言うんだ。収納魔法だけでも凄い発見だぞ?!」
「イノセンシオ様ももう出来るのですから私は必要ないと思いますが?」
「君は自分の魔法の価値が全く分かってないな?!先程の着替えだって騎士達がずっと防具を付けていなくて良くなるという事だぞ?!」
「あぁ、なるほど。そういう転用の仕方もあるわけですね」
「大体、魔塔に入るならもう学校などに行く必要もないだろう?!」
え?と思うが、隣に居るエセキアスも確かにと頷く。
上位組織である魔塔に所属するのであれば、学校は卒業したと見做されるらしい。
いやぁ、それはちょっと魅力的かも…と思ってしまう自分がいるが、家族やテルセロが怒っている顔を思い浮かべて頭を振った。
「学校を卒業したらすぐに結婚するつもりなのです。仕事をするなら結婚した後に相談してと約束していますし、家族と婚約者やその御両親の意見も聞かなければ私の一存では決められません」
「婚約者とは誰だ」
「テルセロ・オルレアンです」
「オルレアン?あぁ、法務大臣の息子か。テルセロは何歳だ?」
「16歳です」
「オフェリア嬢は?」
「15歳ですね」
「3年も待てない!魔塔に入って、成人したら結婚すれば良いじゃ無いか。多少順番が違っても構わんだろう?!」
イノセンシオの中ではオフェリアの魔塔入り確定らしい。
無理強いするような男じゃないと言ったじゃないか、とエセキアスに助けを求めて視線を投げる。
エセキアスは仕方なさそうにイノセンシオの裾を引く。
「イノセンシオ、無理強いはするな。彼女だってすぐには決められないだろう」
「エセキアス!流石の俺もオフェリア嬢だけは見過ごせないぞ。国の為でもある!」
「それでも彼女の意志を無視してはお前の望みは叶わないぞ」
静かに諭され、イノセンシオは口を噤む。
だが簡単に諦めてはくれなさそうなのは分かる。
いつの間に連絡したのか、エセキアスから遅い時間になってしまったから一緒に帰る様にと隣接する王城に居た兄が迎えに呼ばれたらしい。
ギラギラと目を光らせたイノセンシオに兄は腕を掴まれ何か言われた様で、苦笑しながら馬車に乗り込んでくる。
「オフェリア嬢、また近日中に呼ぶからそのつもりでいてくれ」
「またですか?」
「着替えの魔法を習ってないからな」
「分かりました…」
一応今日のお礼を言ってオフェリアは魔塔を後にした。
馬車が門を出るとオフェリアはアメリオに向かって頭を下げる。
「兄様、迎えに来てもらってすみません」
「このまま攫われずに済んで良かったよ」
「契約するまで帰してもらえない勢いでした。兄様、今まで収納魔法隠していたんですか?」
「あ、使っちゃったのか?無詠唱は外では使わない様にしてたじゃないか」
「アイテムボックスが魔法って事を忘れてたんですよ」
「それはそれは…まぁいずれバレるとは思ってたからそういうタイミングだったんだろうさ」
アメリオはそう言ってオフェリアの頭を撫でて慰める。
それにしたって一番バレちゃいけない人だった気がするよ。
「魔塔はどうだった?楽しかったかい?」
「楽しかったのは楽しかったです」
「オフェリアはどうしたいの」
「そうですね。本音を言うと学校よりは楽しそうかなって。ただ私がお力になれるところがあるのかが疑問なのと、テルセロを傷付けてまで行きたいとは思わないかなぁ」
「オフェリアの魔法はなかなかユニークだからきっと力になると思うよ。オフェリアは学校より魔塔の方が合ってるんじゃないかなとは僕も思うけど、テルセロは嫌がるだろうね」
「ですよね。やっぱり上流階級の女性が働くというのは難しいんでしょうか」
「テルセロが心配しているのはそういう理由ではないと思うけどね」
アメリオはそう肩をすくめて後は2人でちゃんと話し合いなさいと言った。
喧嘩したくないな。
去年までの日々がやはりまた恋しくなった。
帰り着くとテルセロの家の小間使いがオフェリアの帰りを待っている。
小間使いから渡された手紙には今日の結果を手紙に書いて小間使いに持たせて欲しいというテルセロの要望が書かれていた。
本当はテルセロ自身が待っていたかったみたいだけど、今日は平日で学校もあるし殿下との予定もあって小間使いを寄越した様だ。
オフェリアは急いでイノセンシオに言われた事を包み隠さず書いて収納魔法に残っていたオヤツと一緒に持たせたのだった。