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ボコボコのおにぎりから始まるプロポーズ

――3月下旬、金曜日――


 夕方5時。熱々温泉の旅館にたどり着いた俺と香澄は、温泉に向かう。プロポーズプランだから、当然混浴で小さい露天風呂の貸し切りである。


 はあ、ついにプロポーズか。なんか緊張するな。


――


「ヒャアーーーー! かわいいいいい!」


 露天風呂に出た香澄は、感激の声をあげる。

 少し遅れて俺も露天風呂に出る。

 猿。猿。猿。猿。猿。猿。猿。猿。さる。子猿に猿。

 ……おかしい。トラベルサイトによると、温泉に浸かっているお猿さんの数は大体5〜6匹ぐらいと書いてあったはずだが、ひぃ、ふぅ、みぃ……30匹以上はいるぞ。いくらなんでも多すぎる。

 温泉自体そんなに広くないから、温泉はお猿さんで埋めつくされている。


「お猿さぁぁぁぁん!」


 全身を湯につけた俺と香澄はお猿さんに埋もれ、身も心もお猿さんと同化しそうだ。だが、温泉は気持ちいい。


「うきー!うきー!」


「ゆうちゃん。温泉は気持ちいいし、お猿さんは可愛いしでたまらないね」


「うきー!うっきー!うきゃきゃ!」


「……そうだな」


「うきー!うき!うき!」

「うきゃきゃ!うきゃー!」


 うがー! さっきから『うきーうきー』うるさいぞ! 頼むからもう少し、お猿さんを減らしてくれ! さすがに30匹以上のお猿さんに囲まれると、プロポーズムードになれないではないか!!

 正直言ってお猿さんがうっとおしいが、しょうがない。このままプロポーズするしかない。


「香澄!」

「ウキー!」


 俺は香澄の名を叫ぶと、突然、小猿が俺の体をつたり、頭のてっぺんに登る。


「んまあ! ステキ! 写真撮りたい!!」


「この子猿、俺の頭を台座と勘違いしてないか?」


 この姿でプロポーズはなんか嫌だ。小猿が降りるのを待つか。


「うきー!」


――10分後――


「ふふふ。お猿さんかわい〜……って、きゃあ! ゆうちゃん! 大丈夫!?」


 温泉に浸かっているお猿さんに夢中になっていた香澄が俺の方を見るや否や、悲鳴をあげた。

 無理もない。俺はゆでだこのようにのぼせてしまった。

 プロポーズの緊張感と焦りと、プロポーズの邪魔をするお猿さんにヤキモキしてるのと、お猿さんの熱気により、俺は頭に血がのぼったような感覚になった。


「う、うぅ、頭がグラグラする」

「た、大変! 今すぐ温泉からあがらないと!」


 俺は香澄に支えられて、温泉を出る。


――


「ゆうちゃん。大丈夫?」

「すまない。大丈夫だ」


 和室の布団で横になっていた俺はゆっくり起き上がると、香澄は緑茶を差し出す。

 緑茶はぬるくなっており、のぼせた体にちょうどよい。

 またひどい思い出が増えてしまった……俺は緑茶をのみながら、悲嘆にくれた。


「ゆうちゃん、お腹空いてない?」

「空いてる」


 俺の答えを聞いた香澄は、ニコッと笑う。


「あのね、おにぎり作ってきたから、一緒に食べよ」


 俺は緑茶を噴きそうになった。


「な、な、な……なぜ香澄のクソまずおにぎりを今食べなければいけないのだ!?」


「ちっちっち。今までのクソまずおにぎりと思ってもらっちゃ困るわ。実はね、お料理教室に通ってるの。日本語学校の先生になってから、時間を作れるようになったのよ」


 いつのまに料理教室に通っていたのか……知らなかった。


「はい。これが、ゆうちゃんのおにぎり」


 香澄は大きなバッグから取り出したおにぎりを、俺に手渡す。


「ぐ、どうしてこんなにボコボコなんだ? どう握ったらこうなるんだ……本当に料理教室に通ったのか?」


 見た目は相変わらずひどい。このおにぎり、本当に大丈夫か?


「りょ、料理は見た目じゃないわ……味で勝負なんだから……」


 香澄は急に自信なさげである。


「そうだな。味で勝負は間違っていない。だが、その前に『あ、おいしそう。食べたい』と思わせるような見た目でなければ意味がない」


「う! そんなの……おいしければ何でもいいじゃないの!」

「はいはい」


 俺は香澄の握ったブサイクなおにぎりを一口頬張った。


「!」

「どう? 美味しい?」

「まずい」

「ええ!?」

「だが、クソまずではない。耐えられる」


 俺はおにぎりを更に頬張る。


「ゆうちゃん! やったわ! やっと食べられるおにぎりが作れるようになったのね! 良かった」

「おお、そうだな。香澄がこんなに料理の腕を上げるなんて1ミリも思わなかったぞ。ハハハ」


 あれ? このやり取り、いつぞやのバレンタインの時期でもあったな。


 そういえば、香澄の手料理を初めて食べたのは、おにぎりだったな。あの時はホントにクソまずで子供心に死ぬ思いをした。

 それが今や、耐えられるほどのまずさだ。料理の腕をあげるのはいい事だが、少し寂しい気がするのは、なぜだろうか。


 ――カチっ


 おにぎりを更に一口頬張ろうとすると、金属を噛んだような歯ごたえを感じた。どうやら、おにぎりに金属が入っているようだ。


「おい、香澄。おにぎりの中に金属みたいなのが入ってるぞ……」


 俺は香澄に文句を言いながら、おにぎりから金属を取り出す。


「……え?」


 想像すらしていなかった。


 おにぎりから出てきたのは――シンプルなデザインの指輪であった。


「香澄。おにぎりから指輪が……」


 俺は香澄に顔を向けると、香澄は頬を紅く染めながら、俺を見つめていた。

 香澄の表情に反応するように、心臓の鼓動が激しくなっていく。こんな気持ち……生まれて初めてだ。



「ゆうちゃん。私と結婚してください」



 時間が止まった。



 …………



 ……



 あああぁぁー! 香澄! それ俺のセリフぅーー!



「私はゆうちゃんと家族になりたい」



 香澄は顔を赤らめながらも、真剣な眼差しで俺を見つめている。

 臆病者の香澄のくせに。香澄から俺にプロポーズした。しかもブサイクなおにぎりの中に指輪を入れて。

 心臓の鼓動がおさまらない。俺はブサイクでまずいおにぎりを食べつくしたあと、香澄と向かいあう。


 こんなにもドキドキしているのに――自然と素直な笑みがこぼれた。



「香澄。俺もだ」



 俺はおにぎりから出てきた指輪を香澄の左手の薬指に滑らせる。

 指輪は俺の指のサイズに合わせて作られたのだろうか、少しぶかぶかだ。



「ゆうちゃん」



 俺の返事を聞いた香澄はゴツいメガネを外すと、俺の胸に飛び込む。香澄の熱い涙が俺の胸に伝わってくる。



「香澄」



 俺はそんな愛しい人の体に手を回し、涙でぐちゃぐちゃになった可愛い顔に唇を寄せるのだった。



――



「香澄。どうして、自分からプロポーズしようと思ったんだ?」


 俺は香澄を抱え、布団の上で横になっていた。2人とも生まれたての赤ん坊の姿である。


「八つ当たりしない?」

「八つ当たり? そんな事しないよ」


「あのね、おばさんがね、ゆうちゃんのノートパソコンを勝手に見たらしくて……熱々温泉でゆうちゃんは私にプロポーズするつもりだって言われたの」

「…………」


 母さん!?

 なに勝手に俺のノートパソコン見てんだぁああ!

 パソコンのログインパスワード、俺の誕生日にするんじゃなかった……


 香澄は知っていたのか……母さんと香澄にはプロポーズプランだってのは内緒にしてたのに……


「それでね、もし、ゆうちゃんがプロポーズに失敗したら、私からプロポーズしよう! てずっと考えていたのよ」


 香澄はクスクス笑う。


 失敗? 失敗だと!?

 俺の失敗を想定しておにぎりの中に指輪を入れて準備していたというのか!


 おのれ……香澄のくせに……八つ当たりしてやる。


 俺は自分の旅行バッグからある物を取り出す。


「え?」


 俺は香澄に手錠付きの首輪をつけ、小さい口に口枷(くちかせ)を装着させた。これで声のボリュームを抑えられるだろう。あとオマケに犬耳のカチューシャもつけた。


「ゆ、ゆうひゃん!? やひゅあひゃり(八つ当たり)しあいっへ(しないって)いっひゃおい(言ったのに)……」


 香澄は怯えた子犬のように、惨めにプルプル震えている。たまらんなぁ、ブザマな香澄を見るのは。


「香澄。何事にも限度というものがある」


 俺は満面の笑みで電気マッサージ機とピンク色の丸く細長いオモチャを香澄の体に押しつけた。


ひょんなぁ!(そんなぁ!) ゆるひへええ!(許してええ!)

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