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その気持ちは本物?

――


 ……


「ヤバ! 温泉で気ぃ失った!」


 目を覚ました大地()は顔を素早く上げる。

 ここは……教室? 2年A組――俺が高校の時にいたクラスだ。俺は窓際の1番前の席にいる。教室には誰もおらず、とても静かだ。


「俺、どうして制服姿で教室にいるんだ?」


 俺は混乱する頭を整理するために両頬をパン、と叩く。


「あーと、確か温泉でのぼせたよな?」


 ブツブツと独り言を呟いていると――


「ねえ」


 後ろから吐息まじりの少女の声が耳に入る。

 俺は後ろを振り向くと、そこには――5、6歳くらいの髪の長い少女が席に座っていた。その少女は黒いワンピースを着ており、大人びた雰囲気を漂わせている。少しつり目が印象的でまるで日本人形のようだ。


「お嬢ちゃん、迷子?」


 少女は俺の顔をじーっと見つめる。


「あの……お兄さんの顔に何かついてるかな?」


 少女は微動だにせず、俺の顔を見ている。なんなんだ、この子は。


 しばらくしてから少女は深いため息をついた。


「まったく香澄ってば。どうしてこんな情けない男を選んだのよ。他にもしっかりした人たっくさんいるでしょうに」


 この子、香澄ちゃんの知り合いか?


「貴方も長湯でのぼせるくらいなら、さっさと上がれば良かったじゃない。バカじゃないの」


 うぐっ! 何故俺が見ず知らずの子供に好き放題言われなきゃいけないのか……


「違う! 俺は長湯でのぼせたんじゃなくて……」


 俺は反論しようとしたが、途中で言葉を詰まらせた。


「何?」


 少女は首を傾げる。


 言えない。俺は長湯でのぼせたのではない。俺の頭上にいる子猿を香澄ちゃんが撫でている時――香澄ちゃんの無防備な肌が接近してきたものだから、俺は一瞬にして興奮し、のぼせてしまったのだ。そんな情け無い事言えない……ましてや小学生以下の無垢な少女にそんな下品な話はできない……


「ははーん」


 少女はにやけ顔。


「さてはお兄さん。すけべな事考えてたんだ〜。えっち〜」


「わーーーー!」


 俺は少女の話を遮るように大声をだす。このおマセさんめ! 子供が大人の世界を語るのは10年早いんだよ!


「あーと、お嬢ちゃんはどこの誰かな? 香澄お姉ちゃんのこと知ってるみたいだけど」


 俺は必死で話を逸らす。


「ん? ああ、わたしは……誰でもいいじゃない」


 少女は笑顔で言う。


「はあ、さいですか」


 完全に俺を舐めてやがるな。いや、ここはポジティブに考えろ。きっと子供にとって、俺は親しみやすいお兄さんに見えるんだな。うん。きっとそうだ。

 俺が色々考えている間、少女は涼しい顔で俺を見る。


「ねえ。貴方は香澄の事、好きなの?」


 俺は突然の質問に驚いたが、すぐに答える。


「当たり前だ。今すぐ結婚したいくらい好きだよ」


 少女は、俺を真っ直ぐに、鋭く見つめながら更に問う。


「その気持ちは本物? 貴方は本当に香澄の事、好きなの?」


 俺は少女から視線を逸らした。まさか、桃園さんとの事を知っているのだろうか?


「何言ってんだよ。俺が好きなのは香澄ちゃんだけだ」


 俺の言葉に嘘はない。決して。


「ひょっとして桃園さんの事を考えてる? わたしは香澄に同情してこんな質問した訳じゃないよ」


 少女はまるで俺の心を読んでいるかのように、ちくりと言う。この子は香澄ちゃんだけではなく、桃園さんの事も知っているようだ。


「俺と桃園さんの事、知ってるのか?」


 俺は気まずそうに少女を見ると、少女は笑顔で頷く。


「じゃあ、どういうつもりで質問を……」


 俺が言いかけると


「あ、もう時間だわ」


 少女は窓を見る。


「今日はここまでね」


 少女は無表情だった。人間の感情をどこかに捨ててきたような――そんな表情だ。

 風景がぐにゃりと歪む。俺はその歪みに飲み込まれる。


「ちょ、待って……」


 少女には聞きたいことが山ほどある。俺は腕を精一杯伸ばした。そして、目の前が真っ暗になった。


 ……


――


「うあー! 待ってー! 置いていかないでー!!」


 俺は勢いよく起き上がった。目の前に広がるのは……旅館の和室。夢か。俺、温泉で興奮してのぼせて……そのまま気を失ったんだっけ。

 旅館の従業員さんが、俺を部屋まで運んでくれたのかな? 布団まで敷いてくれて……うう、迷惑をかけてしまった。


「あ、気がついた?」


 声の方向を見ると――浴衣姿の香澄ちゃんがテーブルで本を読んでいた。本をパタンと閉じた後、湯呑みの載ったお盆を持って、俺の布団のそばにくる。


「顔色良いし、大丈夫そうね。良かった。あ、お茶淹れといたから、気が向いたら飲んでね」


 お盆を畳の上に置いた後、香澄ちゃんが正座で座る。


「あ、ありがとう」


「あの、無理に付き合わせてごめんなさい。これから気をつけるから」


「いや、いいんだ。自分の体調の管理ができない俺が悪いんだから」


 俺がのぼせた本当の理由は言えん……絶対に気持ち悪がられる。俺は複雑な気持ちを抱きながらお茶を一口飲み、湯呑みをお盆に置く。


「もしかして、香澄ちゃんがここまで運んでくれた?」


 俺は今、旅館で用意された浴衣を着ている。ちなみに下半身を確認すると湯浴み着ではなく、下着に着替えられている。俺はこの事実に、ある不安を覚える。


「私は脱衣所まで運んだだけよ。あ、湯浴み着は脱がしてないからね。その後は従業員さんを呼んだの」


 良かった、香澄ちゃんに見られてなかった。おそらく元気一杯だったムスコを。


「今日はゆっくり休んで、明日いっぱい遊ぼうね」


 香澄ちゃんの純粋な笑顔が眩しい。



『その気持ちは本物? 貴方は本当に香澄の事、好きなの?』



 俺は夢の中で少女に言われた事を思い出した。

 もしかして俺の見た夢は――俺の中の不安から生まれたものだろうか? 少女の問いかけは俺の不安をより大きくさせた。俺は両手で掛け布団をぎゅっと握りしめたあと、香澄ちゃんに顔を向ける。


「香澄ちゃん」


「ん?」


「これからは――香澄って呼んでもいい?」


 お互いを呼び捨てで呼ぶ事……これは俺達にとって大きな前進である。この前進が俺の不安を取り除いてくれる事を願うばかりだ。

 香澄ちゃんは頬を桜色に染めながら、まつ毛を伏せる。


「えーと、少し恥ずかしいわ」


 そうだよな。今までずっと香澄ちゃんだったし――いきなり呼び捨ては恥ずかしいか……


「……ダメ?」


「えっと……少し恥ずかしいだけ……大地」


 香澄ちゃんの小さい手が俺の手にそっと触れる。そして潤んだ目で俺を見つめた。

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