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吸血姫として現実世界を生き抜くために  作者: ふじごがつ
第二章 《守護神》 カーディン(上)
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No.2-17 「会合」

 シャワーの水滴と共に体が影に落ちる。

 せっかく体を洗っていたのに、血生臭いが纏わりつく。

 落ちた衝撃で体の重心が曲がり、女の子座りでユラと目を合わす。

 両手足を鎖に縛られたユラが、じゃらじゃらと金属音を鳴らす。


「主人様よ、こちらへ」


 さっきとは違う。

子供を諭すような声で、ぱちゃぱちゃと液体の音を奏で、床に両膝をつき、手を広げる。

 まるで、泣いている子供を呼びかけるように。

 俺は女の子座りのまま、手の力で前に動き、ユラの腕にぎゅっと収まる。

 体がユラを求めているのか、無意識に俺の腕がユラの背中に回る。


「何もないのに思い出そうと、創造しようとするから頭が痛む。

 我が主人様に嘘を言ったことなど一度もないじゃろう」

「知ってる。でも、俺。

 本当にこのままでいいのかなって」

「主人様は変化した体に慣れてしまう自分が怖いんじゃ。

 いけないことに慣れるというのは、普通の感性じゃと耐えられん。

 主人様はそれに気づいて、ちとナーバスになってしまったんじゃのぅ」

「そう……かも、でも……それと記憶の話は違う」

「違わん。主人様はお風呂に浸かっているときに、哲学的なことを考えたりもするじゃろう。

それと同様、答えはない」

「だったら……んぐっ⁉︎」


 口を紡ぐようにユラの舌が俺の中に入ってきた。

 意志を持って口の中を動き回るそれに、過去の記憶が蘇って体は拒否反応を示す。

 力一杯ユラを退かそうとするが、鎖の重さも相まって押し倒される。


 最近は人にやられてばっかだ。

 ユラは朝の記憶について言及されたくないからこんな強引に。


 俺は自分の舌ごと思いきりユラの舌を噛む。


「酷いのぅ。

こんなにも主人様を大切に思っているというのに」

「だったらさっさと記憶を戻せ!」


 見上げるユラの口から血液が垂れて俺の頬に当たる。

 ユラは俺にのしかかったまま、そっと舌の血液を中指に付けて、俺の額に添える。


「……あと数秒か。

まったく、頑固な主人様が悪いんじゃよ」


 ユラの声に反応して、視界が弾けた。



 視界が戻った瞬間、滝のような水圧のシャワーが俺の体を攻撃してきた。

 その勢いで足のバランスが取れなくなり、尻もちをついてしまう。

 足と絡まったシャワーヘッドが浴室内を暴れ始める。

 壁や浴槽に体当たりしながら、うようよと俺の腕をすり抜けてしまう。

 なんとか水の量を調節するやつで出なくして、シャワーヘッドを大人しくさせた。


「なんで俺はシャワーを浴びてるんだ?」

『カエデが入れと言ったからじゃ』

「……カエデが言ったのか」

『ああ、主人様は夜更かしをして寝るのが朝になって、カエデと約束した時間に寝坊して、走っているときに化け物に襲われて、返り血を浴びて、今、シャワーを浴びていおる。

 これが今日一日の記憶じゃ。理解したか?』

「ありがと、ユラ。言われてみればそうだった。

 ……最近忘れることが多くて嫌になる」

『色々と大変じゃったから仕方がない。

 ほら、主人様もさっさと体を拭いて、カエデに矢筒をプレゼントするんじゃよ』

「それも忘れてた……。

 教えてくれてありがと、渡しに行ってくる!」


 俺はオブジェクト・リングから永遠の矢筒を実物化し、浴室の扉を開ける。

 裸足のままバックルームまで駆け寄って、ガタッと襖を勢いよく開ける。


「カエデカエデ! これプレゼント! 

前、欲しそうにしてたから、買っちゃった」

「プレゼントって何〜、って服服! 

裸のまま外に出ないで!」

「服……ああ、忘れてた」

「もっと深刻そうにして! 

ボタン一つで装備着れるんだから、ほら、早く」

「俺の裸に価値なんてないし、カエデ以外いないから焦らなくていいよ」


 胸に手を置くと、肋骨の感触が直に伝わる。

 まっさらな紙と変わらぬぺらっぺら。

 成長したら、ユラの大人の姿みたいにおっきく育つのかな。


「価値あるから焦ってるの!」


 急かせてくるので、俺はメニューを開き、初心者用の服を装備する。

 体から充分に水気を拭けなかったので、薄い生地が体に纏わりつく。

 また服を脱いで乾かすのはカエデに止められそうだし、どうしよ。


 隙間風が湿った服の温度を下げる。

 火照ったはずの体が身震いを起こし、その場にヘタレこむ。


「もー、体拭かずに出てくるからやで」


 カエデはどこからかバスタオルを持ってきて、俺の頭をわしゃわしゃと拭いてくれた。

 濡れた服は、オブジェクト・リングに戻し、カエデから貰った(店から拝借)した装備を着用する。

 しっかりとした伸縮性能の高い紫色のローブ。

 ザ、魔法使いのような服、サイズは膝丈までで、動きに関しても文句はでない。

 でも、でも……ウエディングドレスみたいな大量のフリルと、煌めく宝石が散りばめられてるのは戦闘服に似合わないだろ。

 裾を掴んで手前に広げる。


「こんな派手だと、ちょっと恥ずかしいな」

「ヤナちゃん……いつもの赤い服の方が派手だよ」


 独り言のように呟くと、カエデが呆れたように答えた。

 大量のフリル? 煌めく宝石? 彩度の高すぎる赤いスカート?

 はて、なんのことやら。


「ちなむんやけど、プレゼントって、その……丸っこいの?」

「うん、これ。一緒に『アニマ』に行ったとき、欲しそうに見てたから」


 床に転がっていた矢筒を拾ってカエデに差し出す。

 矢筒をじっと見つめるカエデは、その正体に気付いたのか、矢筒に伸ばす手が途端に停止した。

 カエデは逆の手で伸びる手を抑え、切なげに首を左右に振る。


「嬉しいけど、受け取れへんわぁ。こんな高いもん、うちには扱いきれん」

「もう買っちゃったし、カエデは俺と一緒に遊んでくれるんでしょ? 投資だよ、俺が前衛なら、後衛のカエデももっと強くなってもらわないと」

「やとしても、こんなもん使う価値なんて……うちには」

「あるよ! めっちゃある!」


 というか貰ってくれないと、ストレージの倉庫になってしまう。

 100万もすでに支払ってしまったから、ここで遠慮されてしまうと結構な損になる。

 無駄遣いだってユラかデゥアルから怒られるかもしれないし。


「あははっ、そんな顔で言われたら貰わんとあかんねぇ」


 観念したのか、カエデは矢筒を渋々受け取った。

 しかし、欲しいとは思っていたのか、キラキラと目を輝かせて矢筒の中を覗いたり、匂いを嗅いだりしていた。


「こんなかに手を突っ込んだら」


 そう言って、カエデは底の見えない矢筒の中に手をずぼっと入れて、ここかな〜、それともこっちかな〜、と呟きながら手探りで探す。

 ようやく何かが見つかったのか、ほいっと掛け声と共に突っ込んだ手を上に掲げる。

 カエデの手に握られていたのは、先端が鉄で、棒の部分が木の弓矢。


「それが永遠に使えるの?」

「ちゃうよ〜。一本さえ見つけたら、この矢筒はうちを主として認めて〜の!」


 そこからは矢筒に手を入れるたびに、一本一本新たな弓矢が生まれてきた。


「こうやって手を入れるだけで、弓矢が取れるようになります」

「おお〜」


 誇らしげに胸を張るカエデにぱちぱちと拍手を送る。

 ピクピクと動くケモ耳の軌道を眺めながら。


「こほん、じゃあ明日、うちからもプレゼントあげるね。これと比べたら、あんまりいいもんやないけど」

「カエデがくれるだけで、そこらへんの石ころでも大切にするよ」

「まったくも〜、ヤナちゃんは可愛いんだから」


 カエデは取り出した弓矢を全て矢筒に戻して、矢筒に紐を付ける。

 紐を一周通して鞄みたいにし、首から掛けて外に出る準備をした。


「ほんならクエスト受けて、シルバーまでいっちゃおっか」

「うん!」


 元気よく返事して、俺は空いているカエデの腕に抱きつく。

 細いけど少し筋肉質で、いざとなったら頼れる腕に。

 歩くときに邪魔かな、なんて思い顔を覗くと、カエデは顔を歪ませて頭を撫でてくれた。


 靴を装備して、店内に出る。

 お客さんが数人いて、あのおっさんが珍しく店番をしていた。

 いや、本来は客がいないのが珍しいのか?


「りょーちゃん、うちらもう行くから〜」

「おう、死ぬんじゃねーぞ」

「あったりまえじゃん。シャワーあんがとね」


 カエデがおっさんにそう伝えてから、店を出る。

 この店からギルドまでの行き方はもう覚えた。

 分かれ道のたびに足が止まるカエデの腕を引っ張って先行する。

 道中、見覚えのある串焼きの屋台があったので、一本だけ購入してカエデの元に戻る。


「ここの串焼きおいしいんだよ! カエデも食べてみて」

「そーなんや、やったらうちも一本買おっかな」

「待って、……あ〜ん、したげる」

「やったらあ〜んしてもらう〜」


 バカップルみたいな会話をするのに、実は憧れがあった。

 周りの目なんて関係なくイチャつく姿に、嫉妬と嫌悪と少しの憧れを抱きながら、チラ見していた。


 その時の俺よ、喜べ!

 俺にもイチャイチャできる相手ができたんだ。

 周りの視線を木にすることなく、ギルドまでくっつきながら歩く。


 浮ついたままギルドに入って掲示板を見に行くと、ちょうどいい難易度のクエストがあったので、その紙を受付に渡す。


「ヤナ様は昇格クエストを受注しなければなりません」


 と、拒否された。

 いつの間にか、100%まで進んでいたのか。

 ずっとカエデと一緒にしかクエストを受けてないから、俺が知らずのうちにクエストを受けていた?

 戻された紙を手に唖然としていると、転移用の魔法陣が足元に照らされた。

 強制的に連れて行かれてしまう!


「この埋め合わせは絶対にするから!」

「あははっ、こんなんでヤナちゃんのこと嫌いになるわけないやん。その代わり、明日は覚悟しとくんやで、ほなまた明日」


 優しく手を振ってくれたカエデに、俺も手を振りかえす。

 明日はカエデの水着姿を堪能できるんだ。

 今日は昇格できるまで頑張ろう。


 そう意気込んで転移された場所は、まるで東京ドーム一個分の広さ、なんて行ったことがある人にしか分からない例で表せられるほどの空洞だった。

 また洞窟か、と呆れながら、臆することなく途方もない道を歩く。

 突然何が起きてもいいように、スキルはいつでも発動できる準備をする。


 暗闇から石の転がる音が反響してきた。


「さて、現代のアルギュロス。ユニコーンの居場所を吐いてもらおうか」


 紳士的な装いで、淡白に話す、デゥアルを探していた男。

 その男が視界に入った。


『精神の主の権限を確認。『同期』を使用します』



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 



 視界が目紛しく回り、真っ暗になる。

 いや、目に何かが覆いかぶさってるだけだ。

 柔らかいそれを押して、何かを目から遠ざける。


「ユラ様、急に寝てしまったのですか? こんなにも、愛を確かめている最中に」


 何かはデゥアルの豊満な胸だった。

 左手には自分と違う、もちもちとした感触が、右手には人差し指と中指が滑りを帯びた粘液に包まれる感触が直に伝わる。そして、お腹の奥から、じんじんと広がり続ける熱が俺の頭にパニックを起こした。


 なんでこんなことをやってんの⁉︎

 もしかして、俺がシャワーを浴びてるときも、ユラはデゥアルとしながら。

 俺が知らないとこで、俺の部屋で、俺の体で、デゥアルと、せ、セックスなんて……。


「はぁ、はぁ、ヤナ……ですか。

ひとまず指を抜いてくれませんか」


 デゥアルは震える手で、俺の右手を掴む。

 ユラが乱したデゥアルの息が、手が、体が心臓の鼓動を速くさせる。


「こちらは消化不良なんです。

せっかくですから、このまま続きでもしてあげましょうか?」


 デゥアルは壁にもたれ、髪をかき上げる。

 迷った、迷ってしまった。


「安心してください。

ただ、私がユラ様の体を使って、発散するだけのことなのだから」


 デゥアルが耳元で呟く。

 媚薬のような汗の匂いが充満している。

 体に力が入らない。

 そのままデゥアルに押し倒され、口に舌を入れられる。

 俺はそれに抵抗することなく、お腹にじんわりと広がる快感に身を任せた。


「ユラ様が、こんなにも蕩けて、下品な顔をしている」


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