No.2-16 「お注射」
蔓に締め付けられている腕がどんどんと白くなる。
抜こうとしても、びくともしない。
「揃いも揃って暴力的なのはどうなんだ」
「是、安心す、る。
どう……記憶には残らな」
「どうかな。仮にも俺は《唯一の称号》を持ってるんだ。
悪魔の力は効かないはずだ。実際、他の悪魔も効かなかった」
「非、ん。ボ……クの悪魔にお前はまだ、耐えれ、な」
掴まれている腕を切り落として逃げずに、無駄に話を続けてるんだ。
見てるんなら助けてよ、ファー。
それともあれか?
これもユラの差し金か?
またユラのせいで俺は酷い目に遭うんだ。
『酷い言い草じゃのぅ。
デゥアルしかり、こやつらは我に誉めてもらいたいだけなんじゃ』
『そう言うお前は現実で何かしてるのか?』
『我か? 我はデゥアルと一緒にカフェ巡りとやらをしておる。
おいしいのぅ、このショートケーキとやらは』
『……そーかい、なら当分帰らないようにしたげる』
『ありがたいが、どうせ主人様はとーぶん意識が無くなるから関係ないのぅ。
それに、この会話も覚えられん』
覚えられない、か。
名前から薄々察していたが、こいつが姉の記憶を弄った悪魔なんだな。
どうやってこの世界にいるクートロンが姉に干渉したのかは興味ないが、クートロンが俺に何をもたらすのかは事前に知らせてほしかった。
絶対に俺は嫌な思いをするんだから。
なんて呑気に構えていると、俺の腕の中に注射針のように尖った蔓が侵入してきた。
自分の意志で動かせなくなる腕。
血管が浮き出し、筋肉が固まる。
こんなのは序の口だと、俺の経験が答える。
「で、今から俺は、どんな目に遭うんだ?」
「是、お前、の……体にカエルの血、を……進化でき、るまで入れ」
なるほど、吸血ではなく輸血の形で血液を貯めると。
あっ、蔓を通して血が流れてくる。
丸呑みカエルの血の味を知ってしまってるが故、気分は悪くなってしまうが、俺の体に行なわれているのはただの輸血なので、余裕で耐えれてしまう。
感覚が麻痺しているのか、前が惨いだけだったのか。
……後者だと思いたい。
「是、忘れ、て。
お前は、進化できる……けど、ユ、ラ様が許可、するま、で……進化しては、いけな。
あと、ボクに会った、記憶……なく、す」
干涸びた丸呑みカエルが地面に落ちてゆく。
クートロンはベロを出し、俺の腕から垂れる血液を舐める。
にひひと笑い、一本の蔓を抜いてできた穴をパクっと噛む。
注射あとの点を囲むように歯形を付けて、ちゅーちゅーと音を鳴らす。
「是、ゆらは、まのあぢ……おうひし」
意識が無くなる前に、クートロンの薬指に『接続』らしき指輪があるのが視界に入った。
ユラのやつ、やることは……やってるんだ、な。
あと、その血……カエルの……だと思う。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……えっと、何してたんだっけ」
地割れが起こったような凸凹な地面。
血液がこびり付いている腕。
干し柿みたいにカピカピなカエル?
妙に漲っている体に、沈みかかった夕陽。
ログインしてからの記憶がまったくない。
朝ごはんを食べてすぐにログインしたはずなのに、目の前に夕日が見えるのはおかしいだろ。
アザクラは現実と同じ時間軸だ。
早くなることもないし、遅くなることもない。
『ユラ、……何があったんだ?』
『主人様はずっと寝ておったのぅ。
すやすやと、だから我が出張ってカエルを倒したんじゃ』
『カエルを?
なんでカエルなんかを……いや、そんなクエストを受けたような気は、する』
『じゃろ? 我が声をかけても反応がなかったからのぅ。
主人様が原因じゃのに、我に怒鳴るのか』
『そっ、そんなに強く言ってないじゃんか』
『カカッ。
……さて、主人様よ。何か忘れておらんか?』
何かと言われても、記憶なんてとっかかりがないと思い出せない。
とにかく、クエストをしていたのなら、ギルドに戻って報告しないといけない。
今どこにいるのかを確認するためにメニューを開くと、カエデからのメッセージが十数件と届いていた。
やばっ、カエデとの約束を忘れていた。
寝てたって言ったら怒られちゃうかな。
でも、嘘はつけないし、カエデとは会いたいし。
震える指でカエデに電話する。
「やっと繋がった。
どーしたん? もしかして寝ちゃってた?」
「うん……ごめん」
「こっちこそごめんね。
うちも詳しい時間は決めてなかったし、お互い様や。うちは『オブ・ファクト』の中におるよ。別に急がんでもええかんね」
電話越しに詰められると身構えていたが、耳に聞こえる声は穏やかで、のほほんとしているいつもの声だ。
「わかった。遠くにいるから、時間かかるかも」
すぐに通話を切り、カーディンの街へ戻るべく最短距離で森を駆ける・
枝や木に引っかかる装備は脱いで、前に買っておいた初心者用の装備に切り替える。
カエデは許してくれたけど、姉だったら数日は許してくれない。
数日部屋に閉じ込められたりは当たり前で、ご飯も食べさせてはくれなかった。
でも、姉はこれは普通のことだよって言ってたし、許してくれたら甘やかして貰えたし、対応がちょっと違うだけか。
まっ、あの声色だったら殴られることはなさそうだ。
カエデにプレゼントを渡したときの笑顔が楽しみだな。
『カラン』
「……お邪魔します」
営業時間外だが、店に入る。
二回目の来店にして、もはやこれがデフォルトに感じる。
少し埃っぽい売り場を進むが、カエデどころか、おっちゃんの姿も見当たらない。
隅々まで目を配りながら、奥へ奥へと足を踏み入れる。
足音で気がついたのか、バックヤードからひょこんとカエデが頭を出した。
おーいと手を振って、いつもと変わらぬ顔を見せる。
「遅れてごめん。なんか寝ちゃってて。
あとね、渡したいものがあって」
「やっほー、ヤナちゃ……えっ、誰かにやられたの!?」
「……何が?」
「顔! 血で真っ赤っかやん!」
真っ青な顔のカエデが俺の肩を掴み、体を揺らしてきた。
顔を確認しようにも自分の顔をみる手段はない。
指で頬を押すと、ぺりぺりと乾いた血が地面に落ちていく。
「くる途中に転んだから、そのときのかも」
「ほんまに? 急がんでええって言ったのに。
シャワーこっちやから付いてきて。おーい、ってことやから覗かんといてや」
「ったく、借りるの一言で良い」
カエデはスリッパを履いて、『身体強化』を自分にかける。
オーラを纏った腕を俺の腰に巻いて、軽々と持ち上げる。
抱っこされた状態でお風呂場まで運ばれた。
「俺の体って持ち上げたくなるの?」
「ん〜、ヤナちゃんが甘えたそうにしてたから、かな」
「……そんな子供みたいな顔してるのかなぁ」
シャワーを浴びるが、ただ血を洗い流すだけで時間はかからない。
蛇口を思い切り捻って、痛いくらいの水圧で体に当てる。
みるみると血は落ちていくが、こびり付いているものは爪を立てないと取れない。
今考えると、ユラがカエル如きに出血するほどのダメージを負う姿を想像できない。
スキルを使うと自傷はするけど、残る傷跡は数ミリほどの点ばかり。
それに、あのカエルの死に方。
血を抜かれすぎて死んでいるような気がする。
――もしかして、ユラは俺の体で。
「主人様や、考え事はそこまでにして、早くカエデの元へ行ってはどうじゃ」
「……俺さ」
「永遠の矢筒で喜ぶカエデの顔が浮かぶのぅ。
さ、早く体を拭いて……そうじゃ、せっかくじゃからカエデに拭いて貰えば良いのでは?」
「教えてよ。俺は、本当に寝てたの? あんなところで」
「…………はぁ」
漏れ出したユラの声に含む苛つきが、俺の疑問を打ち消すように、頭の中を反響する。
『精神の主の権限を確認。『影化』を使用します』




