No.2-15 「ひょっこり顔出す丸呑みカエル」
「おはようございます。
朝食の準備ができましたので、リビングに来てください」
そう告げて、デゥアルはそそくさと部屋を出た。
体を起こして時計を見ると、朝の九時。
普通ならば起きることのない時間に起こされ、意識が耳元で寝ろと囁いてくる。
俺はそれに抵抗することなく、目を閉じてベッドに背をつける。
『こら! デゥアルを困らすな』
『うぅ、だって、眠たいんだもん」
『だってではない。
せっかく主人様のために、いらぬご飯まで作って、起こしてあげたデゥアルのことが可哀想だと思わんのか』
「…………はいはい、今行くよ」
朝が苦手な上に、はっきりとしていない頭の中で口論するのはだるい。
寝巻きのままリビングへ向かい、かちゃかちゃと食器を洗うデゥアルを横目に、椅子をよじ登る。
寝ぼけながら箸を持ち、なんとか食べようとしても欠伸が止まらない。
ご飯、焼き鮭、味噌汁、緑茶。
ザ・日本人の朝食に謎の感動を覚えつつ、まず先に緑茶で喉を潤す。
そして綺麗に三角食べで顎を動かしていると、やっと意識がはっきりとし始めた。
「今日ってなんか予定ある?」
「いえ、必要なものは先日あらかた買えましたし、今はすることがありません」
「じゃあなんで向こうに帰らないの?」
「前にも言いましたが、ヤナを守るためです。
ヤナも外出するときは私に一声かけてくださいね」
「……わざわざ付いてくるの?」
「そのために私は来たのです」
淡白に答え、俺の食事を眺めるデゥアル。
黙々と食べ進めると、デゥアルが何か思い出したかのように立ち上がり、姉の部屋へ入っていった。
ぼーっとその軌道を目で追うと、数分も立たず紙袋を持って帰ってきた。
「お姉様から伝言がありまして」
言葉に続くように袋の中から、俺が見たことのある、着たことのある黒のフリルのついた水着を取り出した。
目に入った瞬間、何かを悟ってしまった。
「明日休みだからプールに行こう、と。
もちろんカエデも誘ってるよ、とも言っていました」
カランと床で箸が踊る。
明日、プールに、しかもカエデも来る、だと。
そんなの断れるわけないじゃん!
カエデの水着姿見たいし、一緒に現実でも遊びたいし。
……そうか、明後日ってプールのことだったんだ!
デゥアルが床に散らばる箸を拾い上げ、新たな箸を持ってきてくれた。
俺はそれを受け取って、ご飯を摘み、口に入れる。
肌を見せる以前に、この姿で外に出るもの億劫な今。
注目されると分かっていながらプールに行くのは流石に悩む。
「……デゥアルは一緒にくるの?」
「? ええ、もちろんです」
付いていくのが当然のように答えるデゥアル。
俺は不思議がるデゥアルの胸に目線を送る。
胸が強調されてる白のノースリーブに、ぴっちりとした黒のスキニー。
スタイルの良さだけでも姉と同等なのに、人目を引くほど明るい紫色の髪。
これなら一緒にいる俺は目立たないかも。
だったらいいか。
よし!
そうと決まれば、今日はアザクラを一日中やって進化できるまで頑張ろっと。
口をもぐもぐ動かして、食器を洗面台まで持っていき、水に浸ける。
リビングから出ようとした時、デゥアルに両脇に腕を入れられ、そのまま持ち上げられた。
「今度はなに〜」
「今度は歯磨きです。食べ終わったらすぐにしましょう」
「え〜、夜だけでいいじゃん」
持ち上げられたまま腕と足をジタバタさせて悪態をつく。
「だったら私がしてあげます。ちょっと待ってて下さい」
と、ため息を吐きながらも、デゥアルはそっと俺の体をソファに寝転がして浴室まで歯ブラシを取りに行った。
片手に歯ブラシを持って帰ってきたデゥアルはソファに座り、俺の後頭部を太ももに乗せて、顎を引っ張って口を強引に開ける。
「まったく、その体はもうあなただけのものじゃないんです。
大人しく私に従って下さい」
口調に苛つきを含んでいるが、俺の歯を撫でる手つきに温かさを感じる。
自分でしている時とは違う力加減だと、歯の感覚が鋭くなる気がする。
あっ、そっちの歯を磨くの?
わざわざ唇を引っ張ってまで前歯を洗う必要ある?
地味に口の中を見られるのって、恥ずかしい。
ベロはどこに置いたらいいんだろ。
「もう濯いできていいですよ」
歯を撫でられたせいで頭はぽわぽわするが、デゥアルの声に反応して、歯ブラシを刺したまま口を閉じて洗面所に向かう。
小さくなってからの方が人を見下ろしている気がする。
そんなにこの体って持ち上げたくなるの?
まぁ軽くてちっさいから持ちやすいのはわかるけど、今の体重って何キロなんだろ。
口の中を水でぐちゅぐちゅしてながら、体重計に足を乗せる。
タオルで口を拭き、測りの数字を見ると、『32.7』と表示されていた。
うーん、わからん。
体重が軽いのはわかるよ。でもね、この身長でこの体重はどうなのかなって思うんだ。身長も……130cmくらい? わかんないけど。
お腹が出てるわけじゃないし、別にそこまで気にすることじゃないか。
メジャーはあるし、また暇な時にデゥアルに測ってもらおっと。
洗面台に乗り出して、歯ブラシを定位置に戻す。
今までの身長と感覚が違って、距離感が掴みにくい。
そのせいで、いちいち背伸びをしたり、物が重たくなったりと不便すぎる。
かといって物の場所を変えるのはなんか嫌だ。
どうすることもできない不条理を感じながら、俺はベッドに横たわり、アザクラを起動する。
『同期』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『アニマ』の店先に現れる。
ギルドへ向かう前に、今の自分の状態を確認する。
レベルは21。
血液量はMAX、装備は……目立つけど炎憐のままでいいか。
ユラは進化の条件は吸血すれば良いと言っていたので、カエデと合流するまでレベル上げと吸血の作業か。
効率以前に、まだソロでクエストを受けたことがないので、最初は肩慣らし程度に簡単なクエストにしょう。
ギルドに到着したので、掲示板を眺める。
いくつかある討伐クエストの内容を比べ、これに決めた。
『丸呑みカエルを追い払え』
・畑を踏み荒らし、家畜を丸呑みするカエルの討伐。
・1〜4匹。
・推奨人数・1〜4人。
・人を食べることがあります。気を付けましょう。
転移した先は、辺り一面緑の野原。
このクエストは以前に四人でクリアしたことがある。
その時よりも敵の数は少ないし、一人で一匹余裕で狩れたので、問題ないとみた。
カエルがひょっこりするまで、鼻歌を歌いながら『血剣』を握る。
しばらく進むと、背後からごそごそと物音がした。
ようやくかと思いながら、振り向くと、人の両足を口から生やしている丸呑みカエルがいた。
「嘘……だろ」
だらりと垂れる両足に自然が釘付けになる。
頭からパクッといかれたんだろうな。
これは助けた方がいいのか、そういう趣味をお持ちの方なのか、どっちだ?
ん? なんか声が聞こえてくる。
「……し、しんじゃ」
耳に入る声は、幼く辿々(たどたど)しかった。
足のサイズ的にも、俺とあまり変わらないので、丸呑みカエルの口付近を攻撃せずに倒そうと決意した。
「『複製』『属性付与・火』」
って、熱っ!
『血剣』に火を灯すことはできたが、持ち手の部分まで火が燃え移り、握っていた手すら火で包んだ。
装備の称号のおかげでメージはないが、反射で『血剣』を手放してしまい、野原に落ちてしまった。
火事を覚悟した時、それは突然凍らされた。
どこかで俺を見守ってくれているファーが助けてくれたのか。
燃えた『血剣』に続いて、丸呑みカエルの手が凍り始める。
「いいよ、ファー。こいつは俺がやる」
空に向かって言うと、耳元で「は〜い」と言われ、息を吹きかけられた。
その場から動けなくなった丸呑みカエル。
「『複製』モミジの槍、『属性付与・火』」
身の丈に合わない槍、槍先に火が灯される。
いけた! ちょっと重いけど、血液節約するためこれくらいでいいか。
「てやぁ!」
情けない叫び声と共に突撃する。
槍の使い方なんてゲームの知識しかない。
丸呑みカエルの喉元に向かって、まっすぐに刺す。
ぬるっと槍先は体を滑るが、火のお陰で攻撃は通っている。
ぽこぽこと弱そうな効果音を鳴らし、何発も倒れるまで同じ行動を繰り返す。
もうファーに凍らしてもらおうかな。
なんて倒すのを諦めかけると、ようやく丸呑みカエルがバタンと倒れ、口の中から小さな女の子を吐き出した。
野原に吐き出された少女は、体の至る所を蔓に巻かれているだけで、服は何も着ておらず、正気も感じられない。
粘液に塗れた幼気な少女を放っては置けないが、丸呑みカエルが消えてしまう前に『吸血』だけは済まさないと。
火が消えた槍を地面に置いて、丸呑みカエルのぶよぶよと反発する体に牙を立てる。
うぅ、まずい。
ぬちょぬちょして、油っぽくて、口に残る嫌な味。
強くなるのは吸わなきゃだけど、不味いものは吸いたくない。
飲み込んだ分はいいとして、口に残る血はペッと地面に捨てる。
「非、助けるの、……おそ。
ほんと、にだいじょー、な」
ヌメヌメ少女は滑らないよう内股で立ち上がり、自分の状態を気にも留めず、絵に描いたようなジト目でこちらに視線を送ってくる。
恩を着せる気はないが、もうちょっと感謝してもいいんじゃないか、とは思う。
だけど、明らかに自分よりも幼い子に突っかかるのは大人気ないよな。
スキルリングもないし、ここら辺に住んでるNPCが襲われたんだろ。
ま、ここは一つ、大人な対応でもするか。
「おねーちゃんは大丈夫だよ。
ほら、今度は食われないよう気をつけるんだよ」
「非、ふわへてな、……ゆあさあがかあいほう」
あらこの子、ベロを出しながら口を動かしてる!
思いっきりベロを噛んでいるが、そんなことお構いなしに話し続けてる。突っ込んだ方がいいのかな。
一向にベロが出たままで戻さないので、言葉をまったく聞き取ることができず埒が明かないと思い、指摘する。
すると、少女は両手の親指と人差し指で掴み、口の中に無理やり戻した。
「是、ベロ戻すの……忘れて。
あー、何しよ……してた?」
頭をぽかんと、眠そうに空を見上げる少女。
クエスト内容に救出とかはなかったし、本当に迷い込んだだけか。
だとしたら、尚更だだっ広いだけの野原に置いてはいけない。
この子は死んでしまったら、生き返ることができないんだから。
「どうせ一人で遊んで帰れなくなったんだろ。
ほら、家まで着いていってあげるからお家に案内してよ」
時間制限のあるクエストじゃないし、ちょっとした寄り道をするつもりで少女に近づく。
手を差し伸べようとした時、少女の背後から三匹の丸呑みカエルが地面の中から顔だけひょっこりした。
刹那、丸呑みカエルの大きな口が開き、舌が少女に向かって勢い良く伸びる。
「どいて! 『血剣』……は?」
すぐさま走り出し、少女の体を動かそうと触れるが、少女は根を張ったようにその場から微動だにしなかった。
「非、こいつら……捕まえて。そう、だ、思い出し」
少女は再び、ベロをベーっと伸ばす。
丸呑みカエルの舌が少女に触れることはなかった。
地面を揺らす大きな音と共に、太陽に照らされる続ける野原に、影が生まれた。
丸呑みカエルの姿を模した影が。
顔を上げると、そこには大きな樹木に巻かれた丸呑みカエルが十匹近く腹を見せていた。
「……うるさいな」
観客二人に対し、十匹からなるカエルの大合唱が開かれる。
サイズも異常なほど大きいせいで、田舎の夜よりも酷い。
「是、ううはい……はら、やまら」
またしてもベロを出したままの少女がそう言うと、全ての丸呑みカエルが樹木に飲み込まれて、姿と声を消した。
この子が木の根っことか操ってるのなら、俺が守らなくてもいいじゃん。
それに、なんか少女が倒したカエルの数が反映されてクエストもクリアしている。
ラッキーだけど、不完全燃焼感がやばい。
「俺は帰るよ……あと、ベロが出たまんま」
そう言って、少女のヌメヌメした腕を掴んでいた手を離そうとするが、今度は俺の腕が、少女の腕から成長する蔓に巻かれていた。
そして、迎えの魔法陣が足元に浮かび上がるも、俺の体を転移することなく消えた。
「是、ベロ戻すの……忘れて。
思い出、したの、ゆら様のた、め、お前を進化……させ」
この感じ、覚えがある。
風船が破裂した爆裂音が辺りに響き、ドロドロとした血液が雨のように流れる。
丸呑みカエルの断末魔が野原に広がる。
悪魔のように深い笑みで、真紅に染め上げる顔で少女はこう言った。
「ボクも……みん、なと同じ『吸血姫の五人の妹』。
《記憶の悪魔》クートロン・ナチュラル。……あなたの名前、なんだっ」




