No.2-14 「一人でお風呂」
「見てくれが凄いだけで、あんまし強くなかったね」
「うん、真ん中の狼がかわいそうだった」
狼のボスは、騎馬戦のように二匹の狼の背に一匹の狼が乗っかっているだけで、大きさも軽自動車ほどしかなかった。
なんやかんやで討伐することができ、ボスが消えた後、すぐに転移の魔法陣が足元に浮かび上がり、ギルドに転移した。
ラグビーを退けてから、蝋燭さんとは会話を交わすことはなかった。
「うちは晩御飯の時間やからおちるね。……お腹減ったら、頼ってや」
俺は手を振りかえし、カエデはログアウトした。
さて、一人になれたことだし、あの矢筒を買いに行こう。
時間はもうすぐで8時。
デゥアルが俺の分のご飯も用意してくれているなら、手早く用事を済まさないと。
おっさんから貰った地図を頼りに、『アルマ』へ向かう。
『起きてる?』
『味覚に幸せを感じて、すやすやと寝られるはずがない。はて、今度はなんじゃ?』
『レベルは上がるんだけどさ、強くなってる実感がないんだ。スキルとかも増えないし、『血剣』なんて剣じゃなくて気の棒みたいな耐久だし」
スキルの使い勝手はいいとして、血液の量が死活問題だ。
一回の戦闘で使い切るってコスパが悪すぎる。
しかも、威力が小さいからカエデに頼ってばかりで、いつ嫌気が差して離れられるか気が気でもない。
『亜人なのだから、種族を進化させればよい。種族で言えば、主人様はまだ赤子じゃ』
『進化の方法は?』
『吸血した血液を腹の中に一定量貯めれば良い。あとはレベルじゃが、一つ進化するだけなら今のレベルで十分じゃ』
『それって……トイレに行くなってこと?』
『カカッ、不用物を排出するだけじゃから、安心して放尿するがよい』
『放尿って……、血を吸うの、好きじゃないんだけど』
『であれば我に任せておけ、ほら、お望みの場所に着いたぞ。さっさと矢筒を買い、現実に戻ってやれ。デゥアルが待っておるはずじゃ』
ユラに任せるのは楽だけど、知らない間に、知らない人の血液を摂取するって考えたら、精神的には苦痛でしかない。
でも、それが強くなる近道なら我慢するしかないのか。
ギイィ、と扉を開き、【アルマ】の中に入って目的の矢筒の位置まで進む。
よかった、買われてない。
レジの近くに行き、奥に座っていた店員に声をかける。
無事、購入することができ、矢筒をオブジェクト・リング、もといストレージに収納する。
その後、店から出てログアウトした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
固まった体をほぐすため、体を起こしてぐーっと背伸びをする。
アザーワールドで血は飲めたが、現実の体に反映される訳はなく、お腹は空腹を訴えてくる。まだファーのが残ってたはず。
机の引き出しを開けて、血の入った試験管を取り、コルクを外して口に流し込む。
カエデのがおいしかったな。
そりゃ、摂ってから数日は時間が経ち、舌触りもなんかどろどろしてるし、味が落ちてるのは原因の一つだが、一番の原因は後味が終わってることだ。
胃液が逆流して味わうことになる、気味が悪い酸っぱさが喉を通る。
文句を言っても、これでしか栄養補給ができないので、一本丸々飲み切ってから、試験管を机の上に放置してリビングへ向かう。
「お帰りなさい、丁度いい時間ですね。あとは盛り付けるだけですので、お座りください」
「……着替えてる」
「ええ、あの服だと動きづらいですから、お姉様のものを貸していただきました」
「姉は? まだ帰ってきてないの?」
この時間に帰ってくると聞かされていたが、姉の気配を感じない。
台所で髪を一括りにし、部屋着に着替えているデゥアルに訊きながら、ソファに腰かけてテレビの電源をつける。
「お姉様は今日、帰らないそうです。急な用事ができた、と」
「だったらご飯なんて作らなくてよかったのに」
「ヤナに気を遣ってあげてと、お姉様に言われましたので」
ほお、ほおほお。
姉よ、たまにはいい仕事をするじゃないか。
賞品が俺をぎゅっとする権利とか言っていた人とは思えない。
というかあの着せ替え大会、結局姉のせいでうやむやになったな。
「話は変わるんだけど、俺が食べたご飯ってどこいってるの?」
「魔素に変換されて、空気中に分解されています」
「……ふーん、そっか」
詳しく聞いても理解できないと瞬時に理解し、適当な相槌を打つ。
テレビに映る動物のドキュメンタリーをぼーっと眺めていると、スマホに一件の通知が届く。カエデからだ。
『明日も夕方から遊ばへん?』
『いいよ! 俺はずっと暇だから、できるようになったら電話して』
『ありがと、明後日うちも行けるから楽しみにしといてや。可愛いの買ったから見せるん楽しみ!』
かわいいクマのスタンプも送られてきた。
既読だけ付け、スマホの電源を落とす。
これは明後日も遊んでくれるという意味か! 神か!
久々に、明日の予定が決まった気がする。和也と遊ぶ時は、大抵直前に決まっていたから、こんなに明日が待ち遠しく感じるのはいつ以来だろうか。
スマホを胸に当ててソファで悶えていると、テーブルに白米、千切りキャベツ、エビフライ、お吸い物が次々と並べられてきた。
「これで以上です。さぁ、食べましょうか」
俺はソファから立ち上がり、よいしょと、身の丈に合わなくなってしまった椅子に座る。
新しく買っていた子供用の箸をデゥアルから受け取り、白米を口に運ぶ。
続いて、タルタルソースのかかったエビフライを一口。
「あふいけど、おいひい」
口をはふはふしながら、脂っこい味を堪能する。
自分の家で、誰かにご飯を作ってもらうことは初めてだ。
ずっと自分で作るか、コンビニ弁当かの二択だったから、一口噛むごとに幸福感が溢れてくる。
「そう言ってもらえると作った甲斐があります」
デゥアルは微笑み、ある程度片付けをしてから隣に座り、箸を持ってお茶碗を手に取る。
背筋をピンと伸ばし、箸を口に近づける際は、きちんと箸を持っていない方の手で食べカスが落ちないように支え、もぐもぐしている時は口元を隠す。
片や俺は、床につかない足をぶらぶらさせながら、衣のカスをテーブルに散乱させていた。デゥアルの姿勢を見て恥ずかしくなり、デゥアルの所作を真似することにした。
「ヤナは学校の手続きをしなくても大丈夫ですか?」
「後でするよ」
「何らかの書類が必要ならば教えてください」
「デゥアルに言って意味あるの?」
「ええ、お姉様は忙しそうですし、私がヤナの保護者になることも可能ですから」
なんで今日はこんなに優しいの!? 普通に怖いんだけど。
あんなに無愛想だったのが嘘みたい。
俺の保護者になる方法は聞かないでおくが、ただでさえ多い心配事が減るのはウェルカムだ。
スマホで揺江式高校のホームページを調べる。
すると、そこには姿が変わってしまった人の対応が色々と記されていた。
取扱説明書並みにぎっちりと内容が詰まっていたので、必要な部分だけを記憶する。
期限は8月18日。
事前にネットで受付し、保護者と共に学校へ行かなければいけない。
その際に必要なものは、学生証、実際に使用している教科書、制服等。
期限まではまだ二週間以上あるし、受付も前日までできる。
だったら後回しでいいや。デゥアルに用意してもらうものもなさそうだし、学校には姉に連れてってもらおっと。
「ご馳走様、先にお風呂入ってくる」
「まだお湯を張れていませんが」
「シャワーでいいよ。疲れたから早く寝たいの」
「ですが、きちんと体を洗えますか?」
「洗えるよ! 馬鹿にしないで、姉からみっちり教えてもらったから入ってこないでね」
姉と同様に強引に浴室に侵入しそうな雰囲気を察知し、念入りに拒否を表してから、食べ終えた皿を水に晒し、洗面所へ向かう。
ワンピースを脱ぎ、下着に手をつける。
下を向かなければ裸体は目に映らない。
この服、カエデから借りたんだった。
まっ、また家に行った時に返せばいいか。
シャワーのハンドルを捻り、お湯が出るまで待機する。
こまめに手のひらで温度を確認し、お湯が出たタイミングで頭上からシャワーを浴びる。
全体的に濡れてから、シャンプーを手に取り、こしゅこしゅして泡立てる。
しっかりと泡立ったものを頭に当てて髪全体に馴染ませる。
これが大変だ。
髪は長い、とにかく長い。
そのせいでシャンプーはワンプッシュでなく、スリープッシュ必要になる。
髪全体を洗えたら、シャワーで綺麗さっぱり泡を落として、リンスの出番だ。
あとは、ボディソープを体全体、手で撫でるように洗う。
極力力を入れず、けれど、汚れを許さない程度に。
こうしてみると、姉に鍛えられた成果を感じる。
ふははっ、完璧だ、洗い残している場所などない!
凹凸のない体を見下ろしながら、しみじみ思う。これが成長するってことだ。
体の水気を拭き取り寝巻きに着替える。
といっても、大きなTシャツ一枚首を通すだけ。
暑いし、ズボンを履くと、ぶかぶかで歩きづらいから、家の中だけだし、パンツなんてデゥアルに見えたところで問題はない……と、信じたい。
自分の部屋に戻って夏休みの宿題に取り掛かろうとするも、デゥアルが、
「髪を乾かしますので、リビングに来てください」
と、ノックもせずに部屋に入られた。しかめっ面で追い返そうとするも、有無を言わせず体を持ち上げられ、リビングまで運ばれた。
「きちんと洗えていても、乾かさなければ傷んでしまいます。それに寝癖もできったら嫌でしょう?」
「家から出ないから関係ないもん」
「はぁ、文句を言っても構いませんから動かないでください」
ソファまで運ばれ、ドライヤーの風を当てられながら指で髪をとかす。
次第にサラサラとなってゆく髪の毛。
風圧で靡く髪が肌に触れてくすぐったい。
「デゥアルって優しくなったよね。初対面だと殺しにきたのに」
「ええ、あまりにもヤナが可哀想に思えましたので、気が変わった。ということです」
側から見なくても俺はこの数日、酷い目に遭いすぎている。
でも、それだけであの殺意が同情に変わるのか?
親の仇が自分の息子になったレベルの違いだぞ。
不思議に思っていると、デゥアルはシュシュで俺の髪を纏めて、
「だってヤナ、あなたはお姉さまに土下座をしたことがあるでしょう?」
「ん? 当たり前じゃん。だって約束破ったときとか謝るときは、土下座か足に抱きついてごめんなさいって言うのが普通だもん」
ドライヤーの電源を切ったのを見て、ソファから立ち上がる。
デゥアルの技術がすごいのか、強烈な眠気が襲ってきたので、自分のベッドに向かうべく目を擦りながらリビングを後にする。
「……もう気は変えないでね。おやすみ、デゥアル」




