No.2-13 「衝撃」
カエデには何の変哲もない初心者用のナイフと、腰に付けられるナイフケースを買ってもらった。
さっそく装備してみるも、無くすことを考えて、オブジェクト・リングにして保管することにした。
ナイフケースは固定できているけど、今までの経験から体が木っ端微塵になることも考慮した結果だ。
初めてのカエデからの贈り物。
無くしたら絶対泣いちゃうから。
「ヤナちゃんの武器も買えたし、うちも矢を補充できた。さて、こっからなにしょっか?」
「やりたかったのってこれだけ?」
「そっ、時間あるんやったら、クエストでも受けて、さっさとランク上げたいなって思ってんやけど」
「賛成!」
「善は急げ、やね。ぱぱっと行こっか」
もちろん俺はギルドの場所を覚えてはいないので、カエデに先頭を任せて街を歩む。運がいいのか、これが通常なのか、誰からも絡まれることなくギルドに到着できた。
掲示板まで移動し、二人でクエスト内容を確認する。
魔物の討伐、洞窟の調査、山登りなど。
初めてきたときと違い、選択できるクエストの種類に驚いた。
「うちらが会ったときは薬草採取ばっかやったのにね」
「うん、その代わりなんだけど、今度はシルバー以上のクエストが根こそぎ無くなってる」
「やね。……なんかやりたいのあった?」
「どれも一緒に見えるから、カエデが選んでいいよ」
「やったら……うちはこれ!」
カエデが手に取った紙を確認する。
なになに、とある洞窟の採掘場が狼型の魔物に占拠された。その魔物のボスを討伐しろ。
「いんじゃない。難易度も簡単そうだし」
その紙を持って、受付嬢に渡す。
受注を終えると、足元に魔法陣が浮かび、転移した。
薄暗い洞窟の一室、床に置かれた一本の蝋燭だけが頼り。
「これが転移。便利なもんやね」
「移動しないのは楽だけど、どこに進めばいいんだろ」
「……まっすぐだ」
「どこからか声が……もしかして幽霊!? ヤナちゃん、どこかに幽霊が!!」
目が暗さに順応してから周りを見渡すが、人らしき物はまったく見つからない。
カエデはそのまま明りのない方へ歩き始めようとしたが、俺は強引にカエデの腕を握り引き留める。
「ダメだ!!」
「いきなりそない大声出してどしたん? この先に何か強大な気配感じるとか?」
「……違う」
俺は震える両手でカエデの腕に体をくっつけて、ぼそっと伝える。
「おれ……俺は、幽霊とかホラー系は無理なんだ。……ど~~~~しても行くって言うんなら、俺の傍にずっといて、カエデの存在を常にアピールして。じゃないと、俺はここから一歩も動かない。いや、動けない」
不動を宣言すると、カエデは尻尾を俺の腰に巻き付かした。
温もりともふもふ感が溢れてくるが、こんなことで恐怖心が紛れるもんか! ビビリを舐めるな!
「ごめんねヤナちゃん、幽霊が出るとは思わんかったんや。怖いんならこのクエスト諦めよっか」
「……うん、帰る。他のしよ」
「ま、待ってくれ!! 幽霊なんかじゃない。俺はここだ! こっちにいる!!」
「また声が……早く!! 早くここから脱出しよう!!」
「……ちょっと待って。なんか、下の方から声が」
下の方だと?
地面には蝋燭以外に何も……もしかしてこれが喋っているのか?
俺はしゃがんで蠟燭に耳を近づけると、くたびれたおっさんの声が聞こえてきた。
「俺はこのクエストの依頼者だ。魔物が巣を作っている場所まで案内するためにいる。よろしく頼む」
「こちらこそ! ……ちなみにやけど、なんで蝋燭から話しかけてるん?」
「鉱石掘りの俺が魔物と遭遇したら危ないからに決まっているからだ」
「そないドヤって言えることやないと思うんやけど」
「誰しもが魔物を倒せる力を持っているわけではない。だからお前らみたいなギルドに属しているやつが必要なんだ。話している時間が勿体無い。俺を持て。真ん中の道を進むぞ」
持て、と言われても地面に蝋燭が刺さっているだけで、持つところなどない。
何か器があるわけでもないので、カエデから矢を一本貰い、蝋燭に刺す。
これだけだと不安定なので、『血の糸』を使って矢と蝋燭を固定する。
蝋燭の灯りで辺りを照らしながら、雑な作りの階段を下る。
しばらくすると、地下鉄の線路のような場所に出た。壁面には一定感覚で蝋燭が置かれていたので、足元の何かに躓くことはないはず。
あちこちには、運搬に使われていたトロッコや、血のついたヘルメットが転がっている。
魔物が襲ってきた時の為に『血剣』を装備する。
「この道をまっすぐ進んだらええんやね」
「そうだ、少し歩くと分かれ道があるが、そこは右だ」
「りょ〜かい。ちなみに、どんな魔物が鉱物を守っとるん?」
「鉱物が好物のわんちゃんだ」
「……おっちゃん、ダジャレのセンスないね」
「親父ギャグは寒いのが当たり前だ。……前を向け。わんちゃんだぞ」
そこにいたのは、トロッコの中の鉱物をガリガリと貪る狼。
赤く光る瞳孔に、発達しすぎて口からはみ出るほど長い鋭利な牙。
わんちゃんってレベルじゃねえ。
「カエデ、行くよ!」
「んっ、合わせんね」
内心ツッコミながらも、俺は手に持っていた蝋燭さんを地面に投げて、『血剣』を構える。そして、噛もうと襲ってくるわんちゃんの開いた口に向かって、『血剣』を突き刺す。
手応えを感じたが、腕ごと食われしまい、さらには、カエデの放った矢がわんちゃんの頭を貫くと同時に俺の腕も貫通した。
わんちゃんは断末魔を叫んだ後、塵となって消え、俺の腕には矢だけが残る。
矢が俺の腕を射ったと知れば、カエデは土下座をしそうなので、カエデが近寄る前に矢を抜いて、ポッカリとできた穴を『血の糸』で塞ぎ、肌を『複製』で再現する。
「大丈夫!? ……あれ? 腕とか噛みつかれんかった?」
「牙が食い込む前に倒せたから無傷」
疑いを持たれないよう、ほら、と噛み付かれた腕を見せる。
「……無理はせんでね」
蝋燭さんを回収して道を歩き始めると、
「……おかしい」
と、蝋燭さんが呟き、それにカエデも同意する。
ただ一人、状況を把握していない俺は、二人に問う。
「何が変なの?」
「やってさ、魔物が叫んでも他の仲間が来ないって変やない?」
「普通なら、わんちゃんが10匹ほど襲ってきてもおかしくないが」
言われてみればそうかも。
RPGだと、魔物の断末魔は味方を呼ぶと、相場が決まっている。
「聖騎士のこともあったし、慎重に進もう」
足音をできる限り小さく、すぐに戦闘できる体勢で足を動かす。
何も異変はなく、分かれ道を右に進むと、体育館程度の一室があった。
じっくり観察すると、上半身裸の男が扉にもたれかかっているのが見えた。
「俺が一人で行く」
「あかん、危険な目には二人で会お」
「カエデは弓だから、遠くじゃないと不利だ。俺が剣を握ったら、あいつに向かって打ってくれ……できるだけ、戦わないようにするからさ」
カエデの返答を待たず、俺は男に近づく。
スキルリングは4つ。
紅葉やルミナでさえ3つなのに……強いのかなぁ。
戦いたくないなぁ。
「お前は鉱牙を狙いに来たのか?」
「鉱牙ってなんのこと? 俺はただ、わんちゃんのボスを倒しにきたんだ」
「倒しにきたって、残念だが諦めてくれ。ボスを殺されちまうと、鉱狼がリポップしなくなるんだ」
男はしっしと手を払う。
ここで引き下がるのは癪だけど、無理に戦って殺されて、1日ログインできなくなる方が嫌だ。
「いいよ。諦めたげる。お兄さんも雑魚狩り頑張って」
そう言って、体の向きを変えてカエデの元まで帰ろうとした。その時……
【ギャンッ!】
背後からの男の蹴りを『血剣』で防ぐも威力を殺すことはできず、『血剣』が折れて、俺の体は宙を舞い、鉱物の山で音を奏でる。
「なんで攻撃してきた? 俺は諦めるっつったよな」
「pvpしたことないなって思ったんだ。お前はありそうだよな。楽しかったか?」
「……カエデから聞いたけどさ。このゲーム、役職を育てるゲームなんだろ? きちんとストーリーとかもあって、内容は面白いらしいじゃんか」
「つまり、何が言いたい」
「決闘とかならまだしも、何の意味もないpvpをしたくないって話だよ」
鉱物の山から飛び降り、服についた石や砂を払い落とす。
「ただのゲームだ。ここで死んだって1日ログインできないだけだろ。痛みなんて感じないし、スキルを使うことで得られる高揚感に、鍛えられた筋肉の解放! みんな感じられるのが俺の戦う意味だ」
「……そっか、一応名前教えてもらっていい?」
会話で繋ぎながら『血剣』を新たに生成して合図を送る。
矢は男に向かって放たれた。
しかし、矢は男の体を滑って壁に突き刺さる。
「二人か、――ラグビー。押して参る!」
ラグビーは俺が驚いている合間に、地面を蹴って走り出した。
「『身体強化』、狙うは遠距離から」
俺には目もくれず、矢を放った場所に向かう。
カエデはもう一度矢をラグビーに打つが、同様に滑って貫通しなかった。
カエデは距離を取るために、『身体強化』で来た道を引き返すも、元の身体能力の違いで追いつかれそうになる。
ラグビーがカエデを捉えようとしたとき、急ブレーキがかかったようにラグビーは顔面から勢いよく転げた。
『血の糸』を巻き付けていた俺の左手が犠牲となったが、時間はできた。
「蹴られただけで終わるかよ」
「このガキッ。……やるねぇ、こうでなきゃ面白くない」
ラグビーが起き上がるまでに、カエデは俺の元まで全力で戻ってきた。
「あれ、五回だけ攻撃無効の称号やと思う」
「だったらあと三回か」
「……無理やったら一緒に逃げよ」
左手のことは何も触れず、カエデは俺の背後を走る。
一瞬でもラグビーから目を離してしまった。
その代償をすぐさま払うことに。
「『衝撃』!!」
距離を詰められ、みぞおちを殴られる。
歯を食いしばり、ラグビーの背中に『血剣』を振り下ろすも、左側に回って回避し、手刀によってぶら下がっていた俺の左腕が切り落とされた。
宙を舞う左腕によって、血液が辺りに飛び散る。それがラグビーに付着したのを見て、『血剣』を発動する。
『血剣』は体を滑ってダメージはないが、突如として生まれた剣に動揺し、膠着したラグビーの体を一本の矢が滑るも、滑った先にある俺の腹部に矢が刺さる。
「あと……一回」
「俺の血肉が躍動している、感極まっているぞ! 『衝撃』!」
くそっ、血液を使いすぎてる。
頭が痛い……、意識も、めまいも。
やつのスキルをくらえば、俺は、負ける。
物は試し……、イメージしろ、スキルを使う自分を、ラグビーに勝つ自分を!
「『複製』、『衝撃』」
ラグビーが放つ、オーラを纏った拳に合わせ、俺の拳を突き合わせる。
指は何本か砕けたが、ラグビーの体から、殻が割れたエフェクトが発生したのを見逃さなかった。
「カエデ! 今!」
「……『弓術、爆』」
目の前のラグビーに直撃。
小さな爆発が起こり、煙で見失った。
「やれてないよな、こういう時って」
腹に刺さっている矢を引き抜き、怪我した部分を、『血の糸』で応急処置し、流れる血の量を少なくする。
スキルを使えるのはあと一回ってとこ……あ、
「気づかな、かった」
いつの間にか、背後から心臓を貫かれていた。
胸から人の腕が出ている風景に、なんだが笑ってしまう。
「おうよ、スキル『気配断ち』。ったく、あの爆発、威力高すぎだぞ」
「……だったら……もういっ、かい、体験しよっか」
右手に握っていた矢を後ろに思い切り刺す。
「『複製』、『弓術、爆』」
「ちょっ、自爆はなしだっ」
背中から強烈な熱と光。
爆発の衝撃に巻き込まれ、再び鉱物の山に放り込まれる。
力を使い切った。
血も全く残ってないし、体も傷だらけ。
でも、今回は勝てた。
胸に刺さっていたラグビーの腕が消滅したのを見て、確信した。
「もう! 無理せんでって言ったんやん!」
「無理はし、てない……頑張った、だけ」
「でも、腕とか、お腹の穴とかっ」
「それなんだけど、カエデの血……吸わせてよ。飲んだら、治るかも」
そう言うと、カエデは俺の体を持ち上げ、自分の首に俺の口を当てる。
すっと息を吸うと、涎が溢れ出し、優しくすることを忘れ、甘噛みもせずに八重歯で柔肌を噛む。
甘くて、おいしい。
疲れた体に染み渡る濃厚な鉄分。
ぽっかりと空いた穴が繋がってゆく。
必要最低限の吸血を終えて、歯をカエデの肌から抜く。
抜いた歯からぽたぽたと血液が落ちるので、それを右手で受け止め、舌で舐めとる。
「ありがと……これで、まだ先にいける」
「どういたしましてやけど、別に急がんでもええんやで」
「体も完璧に治ったし、服だってこの通り」
服の機能を完全に失った初心者装備を脱ぎ、ストレージに保管していた『炎憐なる吸血鬼殺し』を装備する。
さっき、きちんと装備を変えていれば、ここまでやられなかったのに。
「ヤナちゃんがそう言うんやったら、気を取り直して行きますか!」
何も話さなくなった蝋燭さんを回収し、ラグビーがもたれかかっていた扉を開く。




