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吸血姫として現実世界を生き抜くために  作者: ふじごがつ
第二章 《守護神》 カーディン(上)
22/38

No.2-12 「おっさん」

「そ、そろそろ離してほしいかも」

「……あと五分だけ、だめ?」

「駄目やないけど、先に周りを綺麗にせえへん? ここ、一応危ないとこやし」


 ぽんぽんと背中を叩かれ、名残惜しそうにカエデを抱擁する手を離す。

 眠気を覚ますために、ぐーっと背伸びをすると、自分の置かれている状況に気がついた。


 ――魔物に囲まれちゃってる。

 ツノの生えたうさぎ数十匹が俺を中心に囲いを作り、空には円を描くように回るペリカンみたいな鳥、木の影からは、はぁはぁと再生樹らしき声が聞こえてきた。


「綺麗に、かぁ。……この量は無理だと思う」

「やね。さっと逃げよっか」


 囲いから抜けるために、比較的数が少ない箇所を狙って『血剣』を、カエデは弓で射る。無事、何匹かのうさぎを倒すことができ、囲いから脱出できた。

 『彷徨いの森』を抜けられさえすれば追われることはないはずだが、安全を期してカーディンまで向かうことにした。


 意思疎通は問題なく行えたが、身体能力の差があり過ぎて、俺がうさぎに追いつかれそうになってしまう。


「頭下げて! 『弓術、爆』」


 カエデが弓を構えているのを見て、後頭部を手で覆い、地面にうつ伏せになる。

 弓矢一本で何の意味が、と思ったが、カエデが放った矢がうさぎに着弾すると、直径1mほどの爆発が起きた。

 けたたましい音と爆発の光で呆気に取られていると、戻ってきてくれたカエデが、


「ぎゅっと握っといてや」


 俺をお姫様抱っこの形で拾い上げ、『身体強化』のスキルを使って、『彷徨いの森』を駆けていった。


「撒けたかな。……下ろすから、足元気ぃつけて」


 夕日に照らされ、カエデの額に流れる一仕事終えて生まれた汗に目が釘付けになる。

 走っている最中の息切れや、白くて柔らかい喉が色っぽくて、カエデの顔が直視できない!


「かっこよかった……めっちゃドキドキしたもん」

「え〜、そお? まっ、今日のエスコート役はうちやから、大船に乗ったつもりでええかんね。ふふんっ」


 カエデは誇らしげに胸を張るも、俺がぱちぱちと拍手を送ると、恥ずかしそうに顔を逸らした。


「そんな褒めんでええよ。さっ、気を取り直してカーディンに戻ろっか」


 調子に乗っても、一瞬で我に返ってしまう。

 そんなところもかわいいんだよな。



 その後は魔物に襲われることなく、カーディンの門をくぐることができた。

 目的地があるのか、カエデが先頭に立ち、人で賑わう大通りをジグザグに歩む。


 カエデが足を止めた先には、こぢんまりとした一軒家が一つ。

 観察してみると、ベランダには作業服が干され、換気扇からか焼き肉の香ばしい匂いが漂ってきている。

 どう考えても、店を経営しているとは思えない。


 道に迷ったけど、恥ずかしくて言い出せない感じか。

 わかる、わかるよ。

 でも、人は認めて成長するのだ。

 ……あっ、ノックするのね。合ってるのね。


「いっつもやったらこの時間に起きてんねんけど」


 不服そうに言って、なんどもノックを繰り返す。

 しばらくすると、扉の奥からドタバタと足音が響いてきた。


「うるさい! ノックは多くても四回と教えただろが! お前の脳みそはダチョウと一緒か!?」


 怒号と共に現れたのは、ツルツル頭を反射させる1mにも満たない小人だった。


「いくらノックしても反応ないやん」

「……反応する間もなくお前が連打すんだよ。……で、要件は?」

「買い物! 他の店行く前に、挨拶がてら寄ろっかなって」

「あのなぁ、営業時間って知ってるか?」


 扉の横に置いてある看板に目をやると、そこには12:00~16:00、19:00〜22:00。今の時間は、18時25分。

 あと30分程度なら待てるが、小人は「いつものことだ」と言って、店の中に入れてくれた。


「ここが連れてきたかった場所?」

「そっ、うちがお世話んなってる小さいおっさんの店。融通聞いてくれるし、武器とか小物……宝石やったり、魔物のなんかやったり買い取ってくれるから、また使ってみて……ぼられたらうちに言うんやで」


 失礼な物言いだが、それに慣れているのか、小人は知らん顔で店の奥へ姿を消した。

 カエデも買いたいものの場所を知っているのか、迷うことなく足を動かすので、カエデの背を追う。


「地図? 元々持ってるのに?」


 設定を開けば、大まかな位置情報を知ることができる。

 地図とまではいかないが、それに近しいものなので、わざわざ実際の地図が必要とは思えないが。


「そうなんやけど、おっさんが言うには必須級らしい。値段も高いから、買えるもんは決まっとるけど」


 カエデはショーケースに飾られた三種類の地図を吟味する。

 気になったので、そのショーケースを覗くと、一つは、自分でマッピングして作る1000ベグの地図。一つは、初めから全て埋まっている10万ベグの地図。一つは、その場所に生息する魔物や隠し通路まで記されている20万ベグの地図。


 ベク……ああ、この世界の通貨のことか。

 そう言えば、昔は一文なしで、デゥアルに串焼きを買ってもらったな。

 今はクエストをクリアしたし、魔物も倒しているので、一文なしではないはず。

 メニューを開き、ストレージを確認すると、10005132と表示されていた。


 桁数……おかしいよな。

 いち、じゅう、ひゃく、せん……一千万ある……なんで!?


「カエデ、1ベグって日本円でどれぐらい?」

「う〜ん、販売価格とか見た感じ、1ベグで一円やと思う」


 つまり、俺は一千万持ってるってこと!?

 お金持ちじゃん! なんで?

 こんな序盤でこんな大金手に入れるクエストは受けてないし、拾ったわけでも……。


『ユラ! このお金、人を殺して奪ったとかじゃないよな?』

『ーーなんじゃ。バレてしまっては面白くないのぅ』

『なっ!! 嘘だよな。そんなことして恨まれたりしたらこっちの身が』

『もちろん嘘じゃ。単に我の貯蔵庫から引っ張ってきただけじゃ。相変わらず、主人様はからかい甲斐があるのぅ。カカッ』

『……よかった。奪ったとかじゃなくて。これは俺が使ってもいい?』

『ああ、自由に使え。じゃが、節度をわきまえるように』


 だったら、お言葉に甘えさせてもらうか。


 カエデが買おうとしているのは一番安い地図。

 せっかくだし、同じ地図を買って、マップを埋めるのを一緒にしたいな。


「俺も安いのを買おうかな。どこで払えばいいの?」

「ヤナちゃんも買うの? やったら、おっさん呼ぶわ」


 そう言って、カエデは店の奥へ歩いていった。

 付いていこうかと考えたが、知らない人のプライベートスペースに入るのに抵抗があり、商品の飾られているショーケースを見ることにした。


 三原色にきらめく宝石、白く輝く刃文はもんが特徴的な刀、紅葉が好きそうなゴツい甲冑。

 なんか、こう……少年心を震わせるようなもので溢れていた。


「お前が例の友人ってやつか?」

「うわっ! ……おっさん、例のって?」


 ショーケースに集中していると、背後からドスの効いた声で囁かれ、驚きのあまりその場に尻餅をついてしまう。

 幸い、ショーケースにぶつからなかったので、二次被害は出なかった。

 しかし、質問の意図がわからず、質問を質問で返す。


「例の友人って?」


 おっさんは俺の弱々しい雰囲気を感じ取ったのか、例の友人とは違うと察し、整えられている自前の髭を撫でながら、質問の意図を説明する。


「なんだ、あいつを見捨てた九条みほってやつだ。獣人種が弓を選んだからってだけで、パーティーから追放した挙句あげく、あいつの心を傷つけたクズだ」


 詳しくは聞いてないが、カエデの元から離れた人に、みほって人はいたのを覚えている。

 こんなことを言ったら無神経なのは分かっているが、俺はみほって子に感謝している。

 だって、カエデを傷つけてくれなければ、カエデはギルドで俺に話しかけてくれたりはしなかっただろうし。


「あいつは力をつけて、もう一度パーティーに入れてもらうってぬかしてるが、お前さんが止めてやってくれないか」


 なるほど、友達を見返すって、そう言う意味だったのか。


「安心してよ、おっさん。カエデは、俺の……恋人、になる予定だし、俺がそんなやつのこと、忘れさせるから」




『カッカッカッ!!』

「ガハハ!!」


 数秒ほど間を置いた後、小人は豪快に笑い、ユラのけたけたと笑う声も脳内に響いてきた。


「あいつめ、良いやつを見つけやがって。おっと、自己紹介が遅れたな。わしは【オブ・ファクト】っつーこの店の店主だ。名は亮平りょうへい。呼び方はおっさんでもいいが、小さいってつけるなよ」

「お、俺は、ヤナ。……よろしく、おっさん」

「こちらこそ、な。餞別だ、安い地図くらい二人分奢ってやる。あいつはどこいった?」

「おっさんを呼びにあっちに行ったよ」


 と、店の奥を指差すと、おっさんは俺の背を勢いよく叩き、カエデを探しに店の奥へ戻った。

 亮平という名前からプレイヤーと思ったが、右手にはスキルリングが一つもなかったので、ただ異世界チックではない名前なだけだ。


『ユラ、聞きたいことはないから寝てて』

『ふむ、寝たいのはやまやまだが、目が冴えてしまってのぅ』

『だったら、現実の方で好き勝手に動けば良いじゃんか』

『今のところやることがないんじゃよ。それに、主人様を眺めていた方が心躍る。カエデは、その……俺の恋人、だし……じゃと? カカッ、主人様は可愛いのぅ』


『もーいいだろ!! デート邪魔しないでよ、昼間も変な二人に絡まれたし』

『分かっておる。我だって、主人様の恋路に横やりを入れるつもりはないんじゃ。ただ、こうして主人様との会話は楽しいからのぅ』

『……そう言えば俺が許すって思ってんだろ』


 図星だったのか、ユラから一向に返事がこない。

 黙ったってことは、もう邪魔しないってことだよな。うん、そう思うことにしよう。


「あんね、ヤナちゃん。あのケチンボが地図くれたんやけど、どういう風の吹き回しなんやろか」

「餞別だって。ここで買うのは地図だけ?」

「そっ、次は武器とか服とか見に行く予定。なんか買いたいもんでもあった?」


 俺は首を横に振る

 すると、カエデは地面に片膝をつき、ケモ耳をピンと立てたキメ顔のカエデが手のひらを差し出す。


「お嬢様、お手をこちらに」


 ファンタジー物でよくある、騎士がお姫様に向かって忠誠を誓うようなやつだ!

 俺がお姫様側か……ううん、贅沢は言ってられないよな。


 差し出された手のひらに、そっと自分の手を被せる。


「エスコート、よろしくお願いいたしますわ。……なんて、くふふっ」

「ちょっとぉ、笑わんといてよ。うちやって、うち、やって……無理、ふふっ、笑っちゃうってば、あははっ」


 二人して笑いが堪えきれず、茶番の最中だというのに役を放ったらかして、店を、【オブ・ファクト】を後にする。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 なんやかんや楽しく雑談しながらカエデに手を引かれていると、おっさんの営んでいたオンボロな店とは違い、目を見張るほど大きな看板に、それに見合う木材でできた風情のある巨大な店のシルエットで、これぞ異世界チックな店に到着した。


【アルマ】と書かれた看板。

 外からでも中の喧騒が聞こえる。

 おっさんの店と違って、人で賑わってるな。


「ヤナちゃんってここ、初めて?」

「うん、そもそもギルド以外の建築物に入ったのが、二回目」

「やったら、どこで武器とか買ってたん?」

「スキルが武器になるから買ってない。服とかも自分で作れるもん」


 自分の今着ている初心者装備の裾を広げて見せる。


「でも、一本ぐらい予備で買ってみたら? リングにできるから、場所も取らへんし」


 そうもそうかと、首を縦に振る。

 すると、カエデがにっこりと笑みを浮かべ、【アルマ】の扉を開いて足を踏み入れ、俺もカエデに続く。


 入ってまず目に飛び込んできたのは、人が振るうには大きすぎる斧、天井に吊られている直径10mはありそうな翼竜の剥製、そして、店内に溢れる俺を見つめるプレイヤーの視線!


 毎度のことでカエデも慣れてしまったのか、周りの視線を無視して、店の説明をする。


「一階が武器で、二階が防具とかマジックアイテムがあんねんけど、とりあえず武器からやね」


 俺の手を引いて、入り口から移動する。

 手始めに、近くにあった弓のコーナーから見ることに。

 歯車だけで造られた弓、植物の芽が生えている青い枝の弓などがあり、バリエーションが豊富で、見るだけでもなかなか楽しめる。値段のせいで熱は冷めるが。


『この性能で10万か、これなら買ってもありじゃな』

『買うってカエデにか? 高い値段の弓を買ってあげても、カエデは受け取らなさそうだけど』

『たかが10万じゃ、それに主人様の恋人じゃろ? ……一応じゃが。100万までは許すから、プレゼントととして渡せばよい』


 たかが10万って言うけど……まぁ、財布の主の許可も得たし、カエデにどれが欲しいかそれとなく聞くか。


 ショーケースを見つめるカエデに「欲しいのあった?」と聞くと、似たっと笑い、少し駆け足で俺を引き連れて反対側に回り、一本の弓を指差した。

 一見、なんの変哲もない初心者装備の木の弓。

 しかし、値段は100万と端数の初心者では手が出せないほどの高値。何か特別な効果があるのか。


「普通の弓じゃないの?」


 疑問を投げかけると、カエデは人差し指を振って「ちっちっちっ」と自慢げに説明し始めた。


「この弓はうちの持っとう木の弓と同じなんやけど。一つだけ違う点があって、この弓を買うと、付属品として守護神の力が宿った矢筒が付いてくるんや」

「守護神ってこの街の神だよね。どんな力が知ってるの?」

「簡単に言うと、永遠を与える力。この矢筒もその力を持ってて、矢筒の中に手を突っ込んだら、矢が永遠と生まれるんよ。やから、弓の弱点の矢不足がなくなる、弓使いとしては憧れやねぇ」


 カエデは息を漏らしながら、ショーケースに入った矢筒に目を輝かせる。

 無限の弾数だんすうと言われれば、ロマンを感じる。

 値段もユラに許されている値段をちょっと超えるぐらいだし、これをプレゼントにしようかな。


「俺はあっちの短剣のところ行くね」


 一人になって店員に声をかけようと考えたが、夢中になって弓を見ていたカエデは、側から離れようとした俺を見かけて、すぐに駆け寄った。


「……待って、うちも付いてく。せっかく二人きりやもんね。ログアウトするまで離れんから」


 誤算だが、離れないと言ってくれたことが嬉しくて、頬がほころぶのを止められない。

 こうなってしまっては、永遠の矢筒を買おうとしても、カエデに阻止されそうなので、今度一人でログインしたときに、この店に訪れようと決めた。


「ヤナちゃんの体に合う短剣ってどれやろか」

「地味じゃなかったら、なんでもいいけ、どぉ! ってあれ? コケてない」


 飾られている武器や防具を眺めながら歩いていると、階段の段差に気づかず、躓きそうになるも、すれ違った男の人が左手でお腹を支えてくれたおかげで助かった。


「あ、ありがとう、ございます」


 手を離してもらい、男の右手にスキルリングがないのを確認してから、三十度ほど頭を下げる。

 セットされていないが清潔感のある短髪に、高級そうな黒の民族衣装、かなりの大物感が漂う紳士的な立ち振る舞い。

 怒られるかもと体を縮こませると、男の人は、


「しょう……少女よ、礼は無用だ。ただ一つだけ、質問に答えてくれないか」


 と、朗らかな声で訊いてきたので、カエデの体に身を寄せ合て、こくん、と頷く。


「この近くで、クリムゾンと名乗る女を見たことはあるか?」


 この近く……アザーワールドで仲良くなったのは、おっさんと、ユラとデゥアルとファーだけ。

 道の真ん中で名前を叫ぶイベントとは遭遇していないので、首を横に振る。


「そうか、知らない方が幸せだ。これで失礼する。……赤子なのだから、怪我をしたらいけない」


 男の人が微笑みながら忠告した後、【アルマ】から立ち去っていった。


 クリムゾン……はて、聞き覚えのあるような、ないような。


『ねぇ、ユラ。クリムゾンって知ってる人?』

『知ってるもなにも、デュアルのことじゃ。洞窟で出会った時、きちんと「デゥアル・クリムゾン」と名乗っておったはずじゃが?』

『…………あっ』


 ここにいないはずのデゥアルの舌打ちが聞こえた。……恐怖で体が震える。

 だって、一回しか聞いてないし、デゥアルって呼んでるから下の名前なんて覚えてるわけないじゃん!


『あやつがデゥアルを探している理由は知らんが、我にとっては迷惑この上ない話じゃ』

『あやつって……ユラの知り合い? 偉い人っぽかったけど』

『知り合いではあるが、人ではない。端的に言えば、幻獣種であり、我の敵じゃ』


 それ以上、ユラは何も言わなかった。

 ならば、放っておいても問題ないってことになる。

 俺に直接関係することなら、ユラは濁すことなく答えてくれる。

 その逆も然り、だからだ。


 カエデは脇に隠れる俺と顔を見合わせる。


「えらいカッコいい人やったね」

「……カエデはああいうのがタイプなの?」


 あの男と俺が話している間、カエデは魅入られたように無言で男の姿を眺めていた。


「え、やだっ、嫉妬しちゃった?」

「…………嫉妬なんかしてない」


 カエデは男の服装の物珍しさで見ていたってのは理解している。

 でも、こう……体から溢れる色気っていうのか、大人っぽさが凄くて、目だけなく、心も奪われたら、なんて思ってしまった。

 俺も早急に身長を伸ばさないと、大人っぽくならないと。


「機嫌直してよぉ。ごめんってば、あっ、あの短剣、うちが買ってあげるからさぁ」


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