No.2-11 「デート(仮)-3」
冷房が強く、露出している肌に冷気が触れて鳥肌が立つ。
楽しげに会話する和也の横顔を眺めていると、
「うちはこのレモンのにするけど、ヤナちゃんは?」
「……チョコレートにする」
「はーい、……すいません。アイスのチョコ味とレモン味を一つずつ。……カップで、サイズは普通ので。……店内で食べます」
店員とのやり取りを任せてしまい、申し訳ない気持ちになるが、この場から逃げないことで一杯一杯な俺は、カエデの背にピッタリ張り付くしかできない。
混んでいなかったのもあり、アイスクリームは一分も経たずに手渡された。
和也の席から見えない場所に座り、小さなプラスチックのスプーンで掬って一口。――甘くてちょっと苦い。
「ん〜、この店のレモン味、すっごい酸っぱい! チョコ味はどうなん? おいしい?」
「おいしいよ、カエデも食べてみる?」
何の気なしにスプーンで一口分掬い、カエデの口元に近づける。
カエデは目を見開き、周りを確認してからスプーンを口に運ぶ。
「んっ、……濃厚! カカオ味が強くて苦いんやね。……うちのも食べる?」
目の前に差し出されたスプーンを恥ずかしげもなく根元まで口に含み、乗っかっていたアイスを綺麗さっぱり平らげる。
カエデはピカピカに反射するスプーンを見て頬を赤く染める。
和也のことは一旦忘れよう。
元気な姿を見れて、知らない一面も知れた。
それで満足じゃんか。
気づかれなかったから拗ねるって、恋人でもあるまいし。
何で俺が好きな子をいじめる中学生みたいにならないといけないんだ。
そう考えると無性に腹が立ってきた。
むかむかする心を落ち着かせるために、アイスクリームを味わうことなく口に運ぶ。
その最中、店を出ようと席を立ち、目の前を通り過ぎる和也と友人から視線を感じたが、知り合いを見たという眼ではなく、珍しいものを見たような眼で、さらに苛つきが増した。
「そういえばヤナちゃんってどこの高校なん? うちは阿佐高……阿佐ヶ谷高校やけど」
「俺は揺江式。知ってる?」
「知ってるも何も、揺江ってここらへんじゃ一番頭ええとこやん。へぇ〜、びっくりやわ」
「びっくりって……、俺のこと、馬鹿だと思ってたの?」
「んなわけっ、……ある。でも! いい意味で、いい意味で馬鹿やと……ごめん、流石に無理すぎやね」
カエデは失言に気づき、力無く項垂れる。
その愛らしい姿を見ると、和也のことなんて一瞬で頭から抜け落ちた。
大丈夫だよ、カエデ。
俺の頭が悪いのを一番理解しているのは俺だから。
正直言って、入れた理由もわからないし、一年前の受験の日すら忘れているこの知能。馬鹿と言われてもなんら思わない。
カエデのカップにあるスプーンを手に取り、既に一部が液体になっているレモンのアイスクリームを掬うと、何かを思い出した楓がビクッと体を起こした。
「あっ! 学校の手続き!」
「なんかあるの?」
「アザクラのせいで姿が変わっちゃったから、本人確認のためにいろいろ書類とか提出せなあかんやん。その期日がもうすぐやから、今日の昼からお母さんと約束しとって」
「昼って……もう一時過ぎてるけど」
「忘れてたんや……うぅ、めっちゃ通知溜まってる……度々(たびたび)ごめん! この埋め合わせは絶対するから、エリマさんとデゥアルさんに謝っといて! 今日は楽しかった! 今度は二人っきりでデートしよっ!」
カエデは急ぎながらも、鞄の中に入れていた俺のスマホと財布をテーブルに置き、俺の手にある行き場の失ったスプーンを口から向かい入れた。
「アイス、要らなかったら捨てていいかんね。それじゃ」
「う、うん! またね」
周りの目を気にせず、大きく手を振ってカエデを見送る。
後ろ姿が見えなくなったので席に腰を落とし、レモンのアイスを救って一口。
「……酸っぱいし、頭も痛い――」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
約束の三十分過ぎにアパレルショップの前で姉を待っていると、大量の紙袋を携えた姉とデゥアルが俺に気づき近づいてきた。
姉の姿がはっきり見えてくると同時に、言いようのない感情が生まれて目頭が熱くなるも、ぎゅっと指で押さえて声も震えないように唾を飲む。
「あれ? カエデちゃんは?」
「学校の手続きがあるって、帰ったよ。また埋め合わせはするって言ってたけど」
「あははっ、別にいいのに。……って、どしたの? 何か嫌なことでもあった? そんな苦しそうにして、頼りになるお姉ちゃんに話してみ」
姉はその場にしゃがんで俺と目線を合わすも、塞ぎ込んで話そうとしない俺を幼児のように抱っこして、背中を摩りながら落ち着いた声色であやす。
「何も言わなかったらわかんないでしょ〜。どーちたの、カエデちゃんに意地悪された?」
「ちがっ、違う! そんなんじゃ、ない。俺がカエデを困らせた……かも」
「そうなの。お姉ちゃんには言わなくていいから、カエデちゃんには謝りなよ」
「……わかってる」
気分が落ち着くと、それに応じて和也には吸血鬼だと、女になったと明かしてもいいような気がしてきた。
和也は聖騎士だけど、俺のことを罵ったり、殺そうとしたりなんてしないと断言できる。
今日の夜にでも会おうかと考えたとき、そばにいたデゥアルの手の平が背中にピタッとくっついた。
そして、頭の中にデゥアルの声が流れる。
「ヤナ、あなたはお姉様、カエデ様、私以外の知人には合わなかった」
「それってどういう……」
「あなたはお姉様、カエデ様、私以外の知人には合わなかった」
「だか……」
「あなたはお姉様、カエデ様、私以外の知人には合わなかった」
頭が、くらくらする。
考えられない、力が抜けて…………ねむたく、なって。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――不規則に体が揺られて心地いい。
夕日のほんのりとした暖かさが眠気を加速させも、踏ん張って瞼を開く。
目に映し出されるのは、高速に移動する変哲もない街並み。
「車の、なか? カエデ……どこ?」
寝起き特有のけだるさで呟くと、運転している人が答えてくれた。
「起きましたか、もうすぐお家に着きますので、眠っていてもよろしいですよ」
「……デゥアル? 姉は、カエデはいないの?」
「カエデ様とはアイスクリーム屋で別れ、お姉様はアパレルショップの店長と何やら仕事の話があるようで……、私だけはお気に召しませんか?」
からかい気味に話すデゥアル。
いつもの調子だと、そうだよ、と冗談で返していたが、ずきずきと痛む頭が話す内容を変えた。
「そういうことじゃなくて、あんまし記憶がないんだ。俺に何かした?」
「眠っていたからではありませんか? 気になるのなら私の記憶と照合しましょうか?」
「……お願い」
それからデゥアルは、フードコートで遭遇してからのことを事細かに教えてくれた。
姉がエリマという名前で活動していたこと、三人の着せ替え人形にされたこと、アイスクリームを食べたこと。
――合ってる。
何かが抜け落ちたような気がするのは気のせいか?
でも、疑う心が、起きた瞬間から痛む頭が認めてくれない。
「人混みの中で疲れてしまったのです。今日の話は、帰ってからカエデ様と電話でもしてお楽しみ下さい」
言われてみればそうか。
デゥアルが嘘を吐いているかもしれないし、カエデと話すのが得策か。
あとで連絡送ってみよう。
次のデートの予定もしたい。
アザクラだって一緒にしたい。
……あっ、約束する前に謝らないと。
理由は忘れたけど、カエデに謝らなきゃ。
「ん、そうする……」
瞼を閉じて、車の揺れに身を任せ眠りにつく。
―――――
「私本来の毒の効果とはいえ、ここまで純粋だと可哀想に思えますね」
―――――
家に帰ると、物置部屋となっていた部屋が改造され、デゥアルの部屋となっていた。
ちらっと中を覗くも、引っ越した? ばかりのため、タンス、ベッド以外何もない。
「先にスマホと財布を返しておきます」
「デゥアルが持っててくれたんだ。ありがと」
手渡されたそれを自部屋に戻してから、洗面所で手を洗い、うがいもする。
タオルで顔を拭き、カエデに『夜、アザクラできる?』と連絡を送る。
「二人きりになれましたし、ヤナには私がここにいる理由を話しておきましょう」
「ちゃんと説明あるんだ」
「ユラ様の命令ですので」
そう言われ、リビングのソファに腰を落とし、聞く準備を整える。
さっきの痛みはなくなったし、寝たおかげか頭もスッキリしている。
デゥアルが用意してくれた緑茶を飲んで息を吐き、隣に座ったデゥアルに話を始めるよう促す。
「一言で伝えますと、【創造主】がヤナと接触することを防ぎにきました」
「【創造主】……って、もしかして頭がモザイクで汚いローブしてるやつ、のこと?」
「安心してください。既に一度や二度は会っていることは認知しております。ただ、これからは使徒を量産し、ヤナの肉体を狙ってきますので、その護衛をするのが私です」
「待って、聞きなれない単語もあったけど、俺、殺されるの? しかも現実で?」
現状、ユラ側に所属している俺が【創造主】に狙われるってのは想定はしていた。だけど、デゥアルが現実に来たせいで想定ではなくなった。
前に会った時は、俺がユラ側だと【創造主】は見抜いていなかったが、デゥアルが近くにいる以上、襲われないって期待はできない。
「ええ、こちらの世界で襲われますね。あと、使徒は神の眷属のことで、基本的には一神につき二人までですが、【創造主】は神ではありませんから例外です」
「どうせ詳しいことは教えてくれんのだろ」
「使徒は神の能力を受け継いだものの名称です。ちなみにですが、カーディンを守護する【聖王】と【法王】は守護神の使徒になります。ヤナは二人と会うことはないと思うので、忘れてもらっても構いませんが」
ちゃんと説明して、さらには追加点も教えてくれる。や、優しい、……優しいのに裏がありそうで怖い。
ソファに足を乗せて、じっとデゥアルの顔を睨むと、デゥアルは無表情のまま前のめりになって俺に覆い被さるような姿勢になる。
相変わらず顔面はいいな。
……まさかっ、【創造主】の使徒に襲われる前に、私が襲ってやろうってこと!?
姉も帰ってくるのが遅いし、俺が力で抵抗できないことを知ってるし、乱暴に汚されちゃうの!?
瞳をうるうるさせてデゥアルの目を見つめるも、デゥアルは淡白に親指で俺の上唇の端を押して、牙とも思える八重歯を観察すると、すぐにソファから立ち上がった。
「ユラ様の体ですので、健康管理はきっちりとさせていただきます。お姉様が帰ってくるのは八時だそうで、晩御飯はお姉様に合わせてよろしいですか?」
「よろしいけど、歯を見ただけで分かるのか……きもいな。あっ……」
つい『きもい』が出てしまい、『いい意味で』を付け足そうとしたが、無理だと思い、別の話でうやむやにすることにした。
「俺はアザクラでレベル上げ、向こうまでは付いてこないよね?」
「もちろんです。アザーワールドでの管轄は私ではありませんから」
そう言って、デゥアルは台所へ歩いて行き、冷蔵庫の中を物色し始めた。
デゥアルが俺を襲うだなんて、あり得ないと分かっていても、変な妄想をしてしまう。こんなところに姉の血を感じる。……泣きたい。
自部屋でログインしようと、ソファから立ち上がると、
「こんなことを言える立場ではありませんが、ぜひ、楽しんできてください」
作業をしながら、何の気なしに吐かれた一言。
言った本人は忘れていそうだが、その自然さが、その無自覚さが、その一言が本心だと表しているような気がして、デゥアルへの信頼度が高くなった
「じゃっ、行ってくる!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
アザーワールドにログインすると、目の前には見覚えのない店。
人の視線が集まってしまい、ぼーっとその場に立ち止まることもできず、人の流れに沿って街を出て、『彷徨いの森』を目指す。
『彷徨いの森』に入り、人の目がなくなったのを確認してから、『影化』を使用して、自分の影に潜り込む。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
赤黒いどろどろを一身に受けながら、鎖に四肢が繋がれているユラを見つける。
前よりも部屋が広くなっているような気はしなくもないが、そもそもの部屋の大きさを知らないので、こんなものかと納得することにした。
足元のどろどろを掻き分けて触れる距離まで近づくと、寝息が聞こえてきた。
腕とか鎖が刺さってんのによく寝れるな。
長年も同じ状態だと、慣れたのか。
申し訳ないけど、起きてもらうとするかのぅってな。
手だけを伸ばして、ちょんちょんと肩に触れると、ユラは鎖の音を立てながら背伸びをした。
「んんっ、……我はまだ眠たいんじゃが」
「ごめんって、聞きたいことがあってさ」
「……了解じゃ、言ってみよ」
「ユラってさ、【魔神】の使徒なの?」
「――カカッ、デゥアルから聞いたか」
「やっぱり……でさ、俺の体がユラの体になったのも【魔神】の力ってこと?」
「じゃな。恨んでくれても構わんが、全ては我の目的が達成したあとで頼む」
「【創造主】を殺すの?」
「いや、神を殺す。【魔神】以外の神全てを」
そう宣言する声は、冷酷に、怨念を乗せて放たれた。
ユラから発せられる威圧感に慄きつつ、理由を尋ねる。
「そうすれば、ユラの願いは叶うの?」
「ああ、過去の友人と会うことが我の願いじゃ」
「会うって……」
「深く教える気はないのぅ。今のところ、7つの神は殺せたんじゃ。此度の戦、異界戦線ではどれほど殺せるか……楽しみじゃ。カッ、カカッ、カカカカッ」
話す内容は上部しか理解できないが、ただならぬ執念を感じ、適当に相槌を打つことしかできなかった。
さらに、『影化』の制限時間が過ぎて、強制的に足元から泥の中に引き込まれる。
「言い忘れておったが、主人様がアザーワールドにいる間、現実世界の肉体は我が動かしておるのぅ」
「は? そんな大事なこと最後に言うなよ! うわっ、口入ったし……最悪」
べじゃべじゃと地面を跳ねる泥が開いた口に入ってしまい、まっずいどろどろを飲まされてから、『彷徨いの森』へと弾き出された。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ユラ! だったら今も現実で何かしてるのか!? 俺の体を使って……待て、そういうことなら、俺が現実にいる間、ユラがこの世界の俺の体を動かしてるってこと……」
「正解じゃ、主人様がログインしたら、たまによくわからん場所におるじゃろ? それは我が移動しているからじゃ」
だから森の中でデゥアルにお姫様抱っこされてたり、見覚えのない場所で目が覚めたりするのか。
現実の方もってことは……。
「もしかして俺がトイレに行かないのって、ユラが代わりに行ってるから?」
「それは違うのぅ。吸血鬼じゃから、そもそも体の構造が変化しておって、尿意や便意を催すのは、吸血鬼にとって栄養を取れるものを食べたときだけじゃ」
「栄養って、血とかのこと?」
「ああ、じゃからもうすぐでおしっこはしたくなるはずじゃ」
血でおしっこなら、うんちは人の、肉を食えば……。
今は必要としてないけど、俺が血で満足できなくなったら、人を食べなきゃ生きられなくなる。
そんな日が俺にくるのか?
「主人様や、今のところはあまり考えるな」
「無理だよ、それは。絶対考えちゃう。だって、人を食うぐらいだったら死んだほうが」
「詳しい話はデゥアルに訊けば良い。主人様は後ろの子の相手をするんじゃ」
「後ろの相手?」
振り向くと、そこには忍び足で近づくカエデの姿が。
そう言えば、遊ぼうと連絡だけして返事は見ていなかった。
「よ〜気づいたね」
「気配がして、手続きは終わったの?」
「そっ、ヤナちゃんの場所は分かるし、驚かせよ〜って、思ったんやけど」
――空気が重い。
さっきの会話を聞かれていたかもしれない。
記憶にない罪悪感が唇を乾燥させる。
「さっきの、聞いてた?」
「さっきのって……何の? そんなことより、今日は何しよっか。予定がなかったら、連れて行きたい場所があんねんけど」
カエデは思い出しながら、一つずつ指を折ってやりたいことを話す。
「武器も見たいし、食べ歩きもあり。あとあと、地図も欲しいな」
カエデの楽しげな様子から、ユラとの会話を聞かれていないと分かり、ちょっとは空気が和やかになる。
よかった、ユラとの会話は全部頭の中だけでできてた。
次は俺が謝れば、初デートの再開だ。
その場に膝をついて、
「今日、カエデをいっぱい困らせちゃって、ごめんなさい。これからはちゃんとするから、許して、ほしい」
「許すってそんな、うちの方こそ朝、怒鳴っちゃってごめん。これでおあいこやから」
そう言って、カエデは俺と目線を合わして、額と額をくっつけた。
ぎゅっと体を引き寄せて、カエデの肩に顎を置き、こんな俺のわがままを許してくれるカエデを困らせないと誓う。
振り回さず、地面にペタッとしている尻尾を見つめながら。




