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吸血姫として現実世界を生き抜くために  作者: ふじごがつ
第二章 《守護神》 カーディン(上)
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No.2-9 「ヴァンパイア」

 たっぷりお湯が入った桶がカエデの手から滑り落ちる。

 温かいお湯が足元に流れて、桶の落ちた音が反響する。

 暖かくなる足とは裏腹に、上半身が冷や汗で震えてきた。


 遅くなったが、デゥアルが吸血鬼であることを明かさない方がいいと言った理由を理解した。

 他の人だって、種族が変わり生活が変わっても、根本的な人としての生活は変化していない。

 耳が生えようが、翼が生えようが、あくまで人として接してくれるかもしれない。


 だけど、俺は吸血鬼だ。

 人の血でしか栄養を取ることができない化け物なんだ。

 いつ襲ってくるか分からないような存在を近くに置くなんて、怖くて仕方ないはず。

 俺のことを吸血鬼と知れば、カエデが、離れていくかも。


 カエデの問いに対し、答えられずにいると、カエデは無言で背後から手を回し、俺の口の端に中指を添える。


「……口、開けて」


 静かな口調で言われ、歯医者に見せるように大きく口を開ける。

 すると、カエデは中指で俺の牙をまさぐり始めた。

 歯磨きをしていないので、今すぐにでも指を振り払いたかったが、カエデのなすがままじゃないと、気が気ではなかった。


「この牙……鏡に映らない……血を使ったスキル……ヤナちゃんって、吸血鬼?」


 ピンポイントで当ててくるとは。

 これだけ情報が揃っていて、違うなんて言ってもカエデは納得してくないよな。


「う……ぁあ、ひょっほ」


 肯定しようにも、未だに俺の口内で指が蠢くせいでうまく発声できない。

 なんとかしてカエデの指を口から取り除き、邪魔な髪はまとめて横に流して、カエデの顔を見る。


「言えるような隠してた訳もある。……俺は、吸血鬼なんだ」

「……やっぱし」

「こんな化け物、怖いよな。あがったら泊まらずに帰るよ。騙して、ごめん」

「なんで謝るん? 向こうの世界じゃ嫌われてるかもしれんけど、うちにとってはただの女の子や。そんな不安そうな顔せんといて」

「違う、違うんだ……」


 俺は、女の子じゃない。


「なんも違わへん」


 全部違う。


「うちは頼りになって、可愛くって」


 カエデと仲良くなりたいって下心があったから。


「ちょっぴり子供っぽいヤナちゃんの味方やから、これは絶対」


 俺の外れた視界を戻すように、カエデは両手で俺の顔を捉える。

 そのまま俺の頬をふにふにしてから、パチンと優しく叩き、桶を拾い上げて立ち上がる。


「暗い話は終わり! うぅ、寒い……さっさと体洗ってお風呂入ろ!」

「う、うん! 待ってるからカエデが先に洗って」

「……ヤナちゃん、まじまじとうちのおっぱい見てたよね」

「…………」

「見てたよねっ」


 右手にシャンプー、左手に桶を持つ笑顔のカエデ。

 既にメンタルが底をついてしまっている俺は、何も反論せずにカエデに背を向けた。

 贖罪のつもりで謹んでお受けする。


 カエデは「うへへ」と下品に笑い、俺の髪をわしゃわしゃと揉みしだく。


「いいなぁ、長くてさらっさら」

「邪魔なだけだよ。体が変わったせいで伸びちゃって」

「へぇ、うちとは逆やね。あっ、泡流すから口閉じてね」


 じゃばじゃばと、頭からお湯と泡が落ちていって、排水溝に渦巻きを作る。

 髪も洗い終えたし、体は自分で洗おうとボディソープのありかを尋ねる。


「ボディソープって……」

「何言っとん? 体もうちが洗うで」

「流石にそこまでは……お願いします」


 どんなことをされても反応しないと心に決めてじっと待つ。


「ひゃっ!」


 冷たいボディソープが肌に直に触れて声が出てしまった。

 しかも、素手だ。

 背中にほのかに熱を持った手のひらを二つ感じる。

 たまに指先が触れて痒くなるが、石像のように体を固める。


 しばらくして背中を洗い終え、カエデの手は俺の腕を握る。

 手先から肩にかけて泡を延ばし、その手は肩から鎖骨、肋骨まで広がり、あと少しで胸に触れようとしたが、そのタイミングでカエデは両手を離した。


「ちょっとやり過ぎちゃった、かな」


 あとちょっとだったのに……って!

 名残惜しようにするんじゃない!


 カエデが自分の髪を洗い始めたので、俺も手にボディソープをワンプッシュして体を洗い直そうとするが、嫌な液体が(うちもも)を伝う感触がした。


 恐る恐る指で股間を触ると、ぬるっとした粘液がついていた。

 慌てて指についたそれを洗い落とし、桶でお湯をすくって股間に触れないよう丁寧に内腿にお湯をかける。


 まだ自分でも触ったことないのに……ちょっと興奮しただけで出てくるなんて、女の子は全員そうなのか。

 いや、単に俺がえっちなだけ、か。


 精神的に後者だとは思いたくないが、これ以上恥を上乗せもしたくはない。

 内腿を垂れる粘液を早急に処理してから、瞼を閉じて、ゆっくりと人差し指を割れ目に近づける。

 触れた瞬間、ビクッと体が反応するが、そこに粘液がないのを確認して安堵する。


 そして、体の泡を全て落として浴槽に足を入れる。


 後に入る人たち、ごめんなさい!

 きちんと洗ったから大丈夫だと思うけど。

 カエデが浴槽に浸かったら、すぐに上がるので許してください。

 俺だって……俺だって……初めての経験でわかんないんだもん。


 さらに業が深まるような気持ちで、浴槽に肩まで浸かる。

 足を十分に伸ばせられるが、体操座りでカエデが洗っている姿を眺める。


 普段の姿を知っている人の裸を見る行為に背徳感を感じながらも、しなやかに伸びる腕、白く滑らかな首元に釘付けになる。


「……おいしそう」


『ぎゅるるるる』


 うっかり漏れた声と、制御できない腹の音が傷口をえぐってくる。 

 体を洗い終えたカエデが髪を括って浴槽に浸かる。

 カエデは「んんっ」と、バンザイをしてくつろぎ、俺のすねにカエデの足が触れる。


「あんさ、ヤナちゃんって、吸血鬼やから血とかやないと、お腹が膨れへんの?」

「カエデって、なんというか、その……察しがいいよね」


 吸血鬼だと知っているカエデに、隠す必要もないだろう。

 俺は血液でしか腹を満たすことができないと伝える。


「やったら、うちの血、吸ってみる?」


 カエデは背中を向き、火照って赤みが掛かった肩を見せつけてきた。


「えっ! ほんとに?」


 差し出された食事を前に冷静でいられる訳もなく、頭の中が「吸いたい」という欲求で満たされてしまい、さっきまでの沈んでいた心が迷子になった。


「ええけど、あんまし痛くせんといてや」


 俺は誰かから直接吸血したことはない。

 いくらお腹が空いていようが、血液を吸うことによって起きる副反応があれば、責任の取りようがない。

 それでも、俺は目先の食べ物を我慢できるほど大人じゃない。


 開きっぱなしになっている口から涎が落ちて、ポツンと湯船に弾ける。


「いいの? 吸っちゃっていいの?」


 俺はカエデの頸に手を添えて、ひっついている髪を払い除く。

 肩をパクッと甘噛みし、歯を柔肌に突き立てる。

 すべすべで、ボディーソープの匂いがする。


 痛みを和らげるため、甘噛みした部分をマーキングするかのように歯を押し込む。

 ベロで凹みができたのを確認してから、顎に力を入れる。

 そして、二つの牙が肌を貫き、甘い匂いが漂ってきた。

 歯を刺した後、どうすればよいか分からなかったが、呼吸をするたびに歯を通してカエデの血が体内に流れ始めた。


「んんっ!」


 甘くておいしい。


 新鮮な血を飲むのは自分で自分を傷つけた時以来だ。

 だが、自給自足ではない食事ほど、甘味が深い。


 チョコレートのようにまろやかで、イチゴの先端の甘さが口いっぱいに広がり、幸福感で満たされてゆく。


「あっ、んあっ! ちょ、ヤナ……ちゃっ!」


 カエデは声を抑えようと口に手を当てるが、それを突き破って発せられる艶かしい叫びは、静かな浴室内を反響する。


「吸いすぎ! んんっ、んやっ、はぁ……あぁ」


 ケモ耳がピンと立ち、俺の体に巻きつく濡れた尻尾。

 カエデはせめてもの抵抗をするが、お構いなしに呼吸を続ける。


「もう……だめ、だめやってぇ、お願い…やから」


 浴槽にぽつんと、小さな波紋が広がる。

 髪から落ちた水滴?

 俺のヨダレ?

 違う…………これは、カエデの涙だ。


 俺は理性を取り戻し、根元まで食い込んだ歯を引き抜く。

 カエデの肩に生まれた数ミリ程度の二つの穴。

 俺の歯からは血がぽつぽつと垂れて、水面を赤くぼやかす。


「「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」」


 俺とカエデは、肩を上下に動かして空気を肺に直接送る。


「カエデっ、俺……また」


 最悪だ。

 カエデの涙を見ても、罪悪感が生まれない。

 もう一度吸いたいっていう欲が止まらない。

 痛々しく流れる血が。

 苦しさを隠そうと、はにかむ笑顔のカエデが。

 どうにも俺の欲求を刺激してくる。


「どうやった? うち、おいしい?」


 傷を見せないように、カエデはそっと俺の体を抱きしめた。

 肩に回された手には力が感じられない。

 カエデは俺を安心させようとしてくれたんだ。

 だったら、向き合わなければいけない。

 体が元に戻るまで、抑えられない食欲と。


「うん、めっちゃ好き」

「ふへへ、やったら……、めっちゃ嬉しいなぁ」


 カエデは涙を拭い、血が流れる穴を手で抑えて浴槽からあがる。

 腰に巻いてある尻尾が左右に揺れるのを眺めながら、カエデが浴室の扉を閉めるのを待つ。


 暖かい浴槽に残る俺は、水面に浮かぶ血液をできるだけ桶で拾い、カエデのシルエットが見えなくなったタイミングで浴槽を出る。




 さて、体を拭いた後にも問題は続いている。

 カエデが用意してくれたこの新品の下着。


 どうしようか。

 いや、履くのは決まってるよ?

 でもね、俺はまだ女の子なってから二日目なの。

 服なんか全くわからないわけであって、その……つまり、恥ずかしい。


 無地で白色なのはありがたい。

 でも、一個だけ謎なんだ。

 女物の下着って、なんでこんなにぴちぴちなんだろ。


 利便性とか考えられてると思うけど、ちょっとぐらい布を増やしてくれてもいいんじゃない?

 まぁ、誰かに見せる予定があるのなら別にいいけど、俺はよくない。


『ガチャン』


 裸で腕組みをして下着に文句を言っていると、浴室の扉が開かれた。

 音に反応して顔を向けると、そこにはゴキブリ並みのスピードで黒目を動かす紅葉が立っていた。

 ぼとぼとと紅葉が持っていた下着やらパジャマやらが地面に落ちる。

 紅葉の視線が怖くなり、組んでいた腕を少し上げて乳首を隠す。


「……覗きにきたの?」


 冗談っぽく言うと、頬を赤らめた紅葉は扉を勢いよく閉めて、どもりながら言葉を並べる。


「ちちち違うっ! カエデが、あ上がってから……時間が経ったから、ヤナちゃも、いないと思って、お風呂入りに、きた……だけであって! 別に覗こうだなんて」

「……その割には見過ぎじゃない?」

「違うの、ほんとに違うのぉ……」

「ジョーダンだってば、あと5分だけ待ってて、すぐに着替える」

「悪気はなかった。それだけは信じて」


 今にも死にそうな声を発して消えていってしまった。

 しかしなんだ。

 裸を見られたと言うのに、心臓の鼓動は速くならない。


 理由は想像がつく。

 見られたのが紅葉だからだろう。

 そうに違いない。


 時間を指定した手前、もう言い訳を並べることもできない。

 えいっと、パンツに片足ずつ突っ込み、勢いでスウェットに首を通す。

 ブラジャーをすっ飛ばしてるって?

 俺は思うんだ。

 下は必須だが、上に必要性はないと。


 余ったブラジャーは放置して、床に置いていた服を脇に抱えて浴室を出る。

 リビングでお風呂が空いたことを伝えて、カエデの部屋へ向かう。




 名札を確認してから、コンコンとノックする。


「入ってええよ」


 ドアノブを回して中に入る。

 カエデはベッドの上で、クマのぬいぐるみを抱きしめていた。

 扉を閉めて、脱いだ服を端っこに置く。

 カエデには吸血鬼と知られているので、姿見の位置なんて気にしない。


「どこに座れっ」


 口を動かしきる前に、カエデが俺の手を引っ張った。

 クマのぬいぐるみを間に、俺がカエデを押し倒した体制になる。

 濡れた髪が頬にまといつき、してやったりと口角をあげるカエデ。

 笑顔を見ていると、俺の方も顔が緩くなってしまう。


「……腕退けてぇや」

「カエデこそ、ぬいぐるみ取って」


 カエデはお腹を圧迫するクマのぬいぐるみを顔に埋めた。


「熊五郎、うち……頑張んや。応援しといて」


 デフォルメされたクマに付ける名前にしては厳ついな。


「ぎゅっとしてぇや」

「ぎゅっ、ぎゅー」


 体を支えていた腕の力を抜き、体重をかけないよう気を付けて胸を近づける。

 素足が絡み合い、柑橘系の匂いが鼻を通り抜ける。

 ベッドに埋もれる背中に腕を回して力を加える。

 胸に硬い感触と、腕に柔らかな感触。


「ふふっ、口で言わんでええよ〜」

「誰かと抱き合うなんて……初めて、だから」

「初めて……そっか、初めて、うちが初めてなんか」


 カエデはケモ耳をピクピクと動かし、尻尾で俺のお尻を優しく叩く。

 そして、体温を確かめ合うように、指の間に指を入れて恋人繋ぎをする。

 カエデはリモコンで電気を消して、目を閉じ、顎をあげる。


 これはつまり、そういうことだろう。

 俺が、俺からしなければいけない。

 カエデがえっちな雰囲気を作ってくれたのに、男の俺が臆してどうする。


 空いている手をカエデの頬に添える。

 カーテンの隙間から差し込む月光が、ぷっくらとした唇に反射する。

 その光を、俺がカエデの唇から消した。


「……どう? 下手、だった?」

「下手も甘いもあらへんよ。好きな人にしてもらったら、なんでも嬉しいんやから」

「それはっ、でも……俺」

「ふふっ、ごめんなぁ。うち、さっきからヤナちゃんを困らせてばっかりや」

「……困っては、ないよ。ただ、迷ってるだけ」


 カエデは、吸血鬼の、女の子の、かわいらしい俺が好きであって。

 人間の、男の、冴えない俺が好きなわけじゃない。

 カエデに真実を明かすか、騙したままでいるかで迷っているんだ。


 沈黙が続くと、カエデは痺れを切らしたのか、抱きしめていた体を転がして、仰向けに寝転んだ俺の上に座る。

 下から捲り上げてパジャマを脱いで、残骸を乱雑に投げる。

 うっすらと形を見せる鎖骨。

 小さくとも、そこにあるものを支える黒のブラジャー。

 肩にある紅い二つの生傷。


「うちの気持ちなんてもうわかっとるやろ。答えなんて求めへんから、今日だけは許して」

「許すも何も、許されたいのは俺の方だ」


 カエデはスウェットの中に手を差し込む。

 俺は抵抗することなく、まさぐられるお腹に全神経を注ぎ込む。


 初めは形を覚えるように、手のひら全体で横腹を、へそを、脇を掴まれた。

 あらかたもみもみされた後、しなやかに伸びる指が胸の突起に触れた。


「んんっ!」


 意図せず声が漏れる。

 初めての体験。

 執拗に攻められ、絶え間なく与えられる快感を耐えるために下唇を噛む。


「ヤナちゃんのえっちな声、聞かせてや」

「いや、だ、あぁん! ……お腹が、じんじんするのぉ」


 男で味わったことのない快楽が思考を停止させる。

 へその下の部分が、ぎゅーってなって、ぱーってなって、苦しくって、物足りない。


「かえでぇ、そこばっかりじゃなくて……」


 息を荒くするカエデは手を段々と下に落としていき、水音が部屋に広がった。


【精神の主の権限を確認。『同期シンクロ』を発動します】


 あれ? なんでユラがスキルを?

 ていうか、頭がくらくらして、意識が遠のくよう……な。



 ◇ ◇ ◇ ◇



 白銀の髪が月光と見間違うほど輝く金色こんじきとなり、幼さの残った顔はひとかけらの隙をも露わにしない歴戦の風格となった。


「此度の主人様は手を出すのが早いのぅ。……いや、手を出されたのか」


 我としては嬉しい限りじゃが、準備はまだ進んでおらん。

 前回かなり苦労したのを踏まえて、カエデの指が主人様のあそこに触れるのをトリガーにしたんじゃがのぅ。

 聖騎士と会わせたのがまずかったか。


「ねぇ、ヤナちゃんで……あっとる?」

「あってはないのぅ。じゃが、すぐに忘れる」

「忘れるって……ヤナちゃんはどこに!?」

「その姿で我に怒ってくれるな」


 威圧した言い方になってしまい、カエデは小動物のように体を丸め、ビクビクと震わせる。

 しまった、と思ったが、魔素がない世界では我が生存できる時間が限られている。

 謝ることよりも先にしなければいけないことを済ませなければ。


『眷属召喚:デゥアル:クートロン』


 スキルを使用し、カエデの部屋に二人を呼び出す。

 赤箱の状態のデゥアルと、腰に浮き輪、額にゴーグルを装着した妖精種のクートロン。


「クートロン、カエデの記憶を消しておけ」

「是、でも、せっかく、のバカン……こいつのせ」

「休んでおったのか。すまないのぅ。じゃが、記憶さえ消してくれれば、我も付いてゆこう」

「是! ぜったい……ぜった」


 その場でジャンプを繰り返すクートロンの頭を撫でる。

 機嫌を直したクートロンは困惑しているカエデの額に手を当てる。

 すると、カエデは意識を失い、ベッドに倒れ込んだ。


「ユラ様、待ってる……先に行って」

「うむ、我も後を追おう」


 手短に仕事を終わらせたクートロンをアザーワールドへ送る。

 その後、牙で手の甲に傷をつけて、デゥアルが眠る赤箱に血を垂らす。


「デゥアルよ。やることは分かるな?」

「もちろんです」

「魔素はできるだけ節約してほしいが、主人様を守ることを最優先に考えろ」

「かしこまりました」

「頼んだぞ。親愛なる妹……よ」


 もう時間か。

 生きる世界が別れる以上、デゥアルとはもう少し話をして起きたかったが、致し方ない。

 後のことはデゥアルに任せて、これから我はクートロンと遊ばねば。


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