事件究明2
超鈍足更新ですいません
思えばあなたとの出会いは本当に偶然でした。
私に異性を近づけさせたくなかったお父様が連れてきた青い髪の女の子。類い稀な運動神経を見出されて病院から連れてこられたばかりのあなたを初めて見たとき、まるで深海のような瞳だと思ったのです。私がすること、私が言うこと、何を見ても笑って許してしまう広い心を映した瞳のことがとても大好きでした。日が経つごとにあなたの色は美しく変わっていって、今では夏の水面を思わせる輝きを見せてくれます。
あなたの視線が心地よかった。あなたの言葉が嬉しかった。あなたを知ることが楽しかった。
聞き飽きた賛美もあなたの声で聴けば素直に受け入れることができたのです。
思い起こせば脳裏に浮かぶのはあなたの背中や、正面から見た姿ばかり。隣に並んで笑いあうことを礼儀正しいあなたは良しとしませんでした。私が主であなたは従者。その一線をあなたは越えようとしなかった。
私はそれが少しだけ悲しかった。寂しかった。ちょっとだけ腹立たしかった。
私が貴族じゃなければ良かった。あなたが従者じゃなければ良かった。そうしたらきっと、誰もが羨む仲の良い関係を築けたでしょう。
私を守るためならあなたは命だって懸けてしまう。問題ごとに巻き込まれやすいあなたはそのうち手の届かない遠くへ行ってしまう。
そんな運命は私が壊す。私を湛える言葉はあなた以外の口から聞きたくない。私の背中はあなただけのものだから。
あなたが整えてくれた自室で、あなたが磨いてくれた窓から、今は屋敷にいないあなたに思いを馳せる。四角く切り取られた空。美しいスカイブルーの天井を見てあなたの笑顔を思い出す。庭に咲く手入れの行き届いた花を見てあなたの指先を思い出す。世界の何を見ても私はあなたへと繋げてしまう。
きっとこの感情は友情とはまた少し違うのでしょう。羨望。憧憬。独占欲。正にも負にも転換する心を静かに仮面の下の押し隠す。
そっと腰を上げて衣装ケースの扉を開ければ、あなたと相談しながら仕立てたドレスが行儀よく並んでいました。その中から真っ青な薔薇が咲き誇るドレスを手に取ります。あなたが今宵、戦いに出るのなら……。
その背中は私が守ります。
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落陽とともに開場する地下のパーティー会場。革靴やヒールの音が複数人分響いて、着飾った仮面の紳士淑女が入場していきます。その波に逆らうことなくわたしとカルマ様も歩を進めます。
公言できないコネで手に入れた招待状で潜り込んだのは『ヴィーシャ』の極秘の仮面舞踏会です。開催者は不明。開催は不定期。場所も毎回変わる『ヴィーシャ』の裏社交界。闇の情報や取引、他国の秘密の噂まで表では話ができない薄暗い話題が集まる場所。
仮面によって本来の身分を隠し、また正体を追及することもご法度となる完全秘密主義の闇舞台。
目的はもちろん情報収集でございます。コンテナの惨劇を起こしいまだに名前以外の情報をつかめていないシャトン・ジュネルという男。
お嬢様が息づくこの国で同じ空気を吸うなど決して許しません。見つけ次第即刻処理いたします。
身分を隠した仮面舞踏会ということで私もカルマ様も普段と装いを変えております。
常のメイド服から一転、動きやすさを重視した体に沿うタイプの淡い黄色のドレス。確か用意したカルマ様はチャイナドレスと呼んでいました。
そんなカルマ様も色を揃えるように白と黄色のタキシード姿です。
今宵の私たちの設定は恋人同士なのだと馬鹿げたことを、鼻息を荒くして仰っていました。詳しく聞けば全くの無関係を演じるより近しい関係性のほうが何かと便利なのだとか。私はそういうことにあまり詳しくないのでカルマ様の設定に従い、現在は腕を組みあって入場中です。ちなみに普段は二つに結っている髪はドレスに合わせてお団子にしております。
非公式で形式もいらないパーティーで主催者側の挨拶があるはずもなく、会場では自由にダンスを踊る男女が多くいました。左を見ても右を見ても仮面、仮面、仮面。シャルロットお嬢様以外の顔を忘れてしまいそうです。
うまく情報を聞き出せそうなおバカを壁の花になって見定めていると、不意に組んでいるカルマ様の腕が僅かに強張りました。
不思議に思って会場から目を離せば、カルマ様に親しく声をかけている女性がわらわらゾロゾロと。身に着けている装備品の質から間違いなく貴族でしょう。金魚の糞のように纏まって動いているのを見ると些か国の未来が不安になりました。
素知らぬ顔で耳を傾ければどうやらダンスを申し込まれているようです。おっと、いま部屋がどうのという話題も聞こえました。裏情報の往来の他に、貴族のアブナイ遊び場でもあるようですね。鳥肌が立ちます。
粟立ちかけた肌を落ち着けるためにお嬢様の純粋な笑顔を思い起こします。お嬢様万歳。
利用者がダンスをするのは、踊りを隠れ蓑にして情報や物の応酬をするためです。踊っている間の会話は誰にも聞かれませんからちょうど良いのでしょう。
カルマ様がダンスを快諾できないのはその後のお誘いに拒絶反応が出ているからでしょう。ジワジワと女性たちから距離を取り最終的に私を盾にし始めました。
「ねぇ、あなたその方のお知り合い?」
筆頭になっている女性が軽々しい口調で尋ねてきました。私は貴族ではないので特に気にしませんが、初手から礼儀をわきまえない人がお嬢様と同じ貴族とは腹が立ちます。
しかし私はできる潜入メイド。これくらいでヘマはいたしません。
仮面で見えない目は冷え冷えと。相手に見える口は朗らかにお答えしました。
「知り合い、というより恋人でございます。私の彼に何か御用でしょうか?」
想像以上に歯が痒くなる台詞でした。もう二度と言いません。
私の回答に女性は少しだけ考えた後、こんな提案をしてきました。
「後であなたの元に最上級の男性を寄越してあげるわ。だから今夜だけ、そこの素敵な御仁をお借りできないかしら?」
なんて明け透けな提案でしょう。最上級な男とは何ですか。
「申し訳ないのですが彼は物ではないので代用は利きません。踊りだけのお誘いであれば私の背中から引っ張り出して差し上げたいのですが、一夜となると難しい話でございます」
引っ張り出すという言葉にカルマ様の手が分かりやすく冷えていきました。これはこれで面白いのですが肝心の情報収集が全く捗っていません。
「可愛らしいお嬢さんにお教えしましょう。私たちは欲を満たすために顔を隠しているわけではございません。そのお体を対価に夜を誘うのであれば、同じ目的でいらしている方にお声がけするほうが魅力的な満足感を得られると思いますよ。情事中に別のことなど考えてほしくはないでしょう?」
「そこの青髪の麗しいお嬢さん。情報がお望みなら俺と一曲踊っていただけないか」
女性たちとの問答をいつから聞いていたのか、私が言い終わると同時に右手を取られ甲に口づけを落とされました。視線を落とせばハニーブロンドの髪の男が仮面の奥からこちらを見上げていました。
「人の会話に途中で割り込むとは強引な方。お話を邪魔した無礼を帳消しにできる情報をあなたは持っているのですか?」
別に会話を遮られたことは気にしておりません。ただこう言っておけば私のほうから情報を提示する必要がなくなるだけです。
高貴な女性を気取った私の言葉に彼は迷うことなく笑って肯定しました。カルマ様を残していくことになりますが、きっと自分で何とかするでしょう。
今宵の目的達成に一歩近づくために私は彼の手を取りました。