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第160話 闘技大会当日

本日四話目です。

「……これまた盛況ね。まぁ分かってはいたけれど、これほどとは……」


 宿を出ると、大量の人の海に私は驚く。

 もちろん、全員が闘技大会本戦のためにやってきた人々だった。

 この調子では、とてもではないが馬車で会場まで行くというわけにはいかない。

 加えて、これでもまだまだ一部でしかない。

 闘技大会本戦の開会式開始までにはまだ二時間ほどあるのだ。

 それにも関わらずこれだけの人々が既にいると言うのは相当なものだろう。

 まぁ、今日、明日が本戦であるから、たくさんの出店なども出ているのでこその人の群れではあるのだが。

 それにしても、私は本戦の開会式開始一時間前までにエターナの中央闘技場まで行かなければならないのだが……。

 果たして無事に辿り着けるのだろうか?

 少しばかり不安である。


「獣王国最大の娯楽ですからね。仕方のないことでしょう。しかし、こうなるからもっと早めに出ておいた方がいいと申し上げたではありませんか」


 サロモンが隣で私にそう言った。

 今は彼と共に、群衆を掻き分けながら進んでいるところだった。

 意外にも器用に人々の間隙をひらりひらりと抜けていくサロモン。 

 対して私の方はそれほどうまくいっていない。

 ……なんだか悔しいな。

 悔しがってもしょうがないことかもしれないが。

 そしてしばらく街を進むと、大きな円形闘技場の姿が見えてくる。


「あれがエターナ中央闘技場ね……闘技場と言っても、普段は演劇なども開催されているって聞いたけど」


 私の言葉にサロモンが頷いて答える。


「ええ、そうですね。見ての通り、屋根は存在しませんが、雨天などの場合には魔導具の力によって雨を遮断することが出来ます。いろいろな出し物に使える、良い会場ですね。ただ、やはり獣王国で最も好まれる出し物と言ったら闘技大会系ですから、そちらの用途の方がずっと多いですけど」


「まぁ、それは想像がつくわね……ちなみにだけど、今回の闘技大会以外には、どんな大会があるの?」


「年に一度の大闘技大会以外には、毎週開かれている闘技会がまず一番でしょうね。これは今回の大闘技大会と同じく、賭けが行われているので、観にくる人も多いです。ただし、出場者は今回のように誰でも、というわけではなく、基本的にプロの闘士が出場します。人気のある闘士にはやはり実力者が多いので、観ていて面白いものですよ」


「へぇ、時期が合えば観てみたかったわね。今回は残念ながら無理だったようだけど」


「闘技会はともかく、闘士の一人とは会えますよ」


「え?」


 首を傾げると、大通り中央の方で歓声が聞こえた。

 私たちは端の方を目立たないように進んでいたから、何が起こったのか一瞬理解できなかった。

 しかし少しばかり背伸びしてみると……。


「なんだか上半身裸の男性が手を振ってるんだけど」


 そこには、豪華な輿に乗った筋骨隆々の男性が、大通り中央をゆっくりと進むのが見える。

 周囲に笑顔を向け堂々とした様子で手を振り続けており、大通り周辺の人々はなんだか嬉しそうだった。

 なぜ、と思って首を傾げる私に、サロモンが言う。


「あれが先ほど説明した闘士ですよ……名前はトレッドのところで聞いているでしょう? カーター・ベライゼン……《剛力のカーター》と呼ばれる人物があの方ですね」


 言われて、トレッド……カジノにいた裏社会のボスに聞いたことを思い出す。

 彼には闘技大会出場者について、その戦闘スタイルについて色々と聞いていたが、細かな事情とかは尋ねなかった。

 そういうことを聞くのはあまりフェアではないというか、家に病気の妹がいる、とか、どうしても叶えたい立身出世の思いがある、とか聞いてしまうと、それを弱みとして使いたくなる気持ちを抑えきれないので聞かないことにしておいたのだ。

 だから、カーターの名前と戦い方は概ね分かっていても、闘士であるという情報は聞いてなかった。


「確か、その肉体を主要な武器とするという話だったわね。まぁちゃんと武具は持つようだけど、飛び道具の類は好まない、真正面からくるタイプ」


「まさに闘士のそれですね。闘技会においては、その闘い方で魅せる必要だありますから、あまり埃の立つような闘い方を彼らは好みません。剥き出しの肉体同士のぶつかり合い……そうするように興行主からも言われているのでしょう」


「トレッドとかにかしら」


「彼もその一人であるのは間違いないでしょうが……カーターにはそれほど期待している素振りはなかったですね。それよりも、その隣にいる方に目をかけている様子でした」


「ええと……あの暗そうな男?」


 そこには、カーターとは正反対に無表情な様子で輿に乗る男の姿が見えた。

 全く周囲の市民に手を振るとかそんな様子は見えない。

 あれでは闘士としては人気がないのではないか。

 そんなことを思ってしまったが、案の定、サロモンは言う。


「彼はリューズ・フー。《静寂のフー》と呼ばれる闘士ですね。戦い方は……」


「名前で思い出したわ。主に暗殺者の類が使うようなものだと。確かに、気配の消し方をみる限り、そのタイプのようね……よく闘士なんてやっていられるものだわ」


 人気商売なのだから、あんな様子では難しいだろうに。

 せめて笑顔の一つくらい見せたらどうなのだろうか。

 しかし、サロモンは言うのだ。


「彼の場合は、どちらかというと人気者の相手役として頑張っている感じですから」


「なるほど、敵役ね……」


「そういうことです。闘士全員が英雄だと観客もどちらを重点的に応援したらいいのか分からなくなりますからね。そのための、ある種の悪役としての価値が、彼にある。それにそうであっても彼にあるのは悪名だけではなく、真っ当なファンも少なくないのです。カーターは人気がありすぎて、同性から嫉妬を受けやすいのですが、そんな彼に比肩する実力者はフーだと言われていますから。男性は大体、フーの方に応援が偏る傾向がありますね……」


 そんなものか。

 まぁ、物語でも敵があまりにも微妙だと面白く無くなってくるものだ。

 それと同じようなことだろう。

 しかしそれにしても……。


「サロモン、貴方随分と闘士界隈に詳しいわね?」


 これは意外だった。

 何せ、サロモンはここ数年、イストワード王国の学院において、教鞭を取っていたのである。

 獣王国までちょこちょこやってくるなんて暇は……。


「姉上はあまり戻られることはありませんでしたが、私はイストワードの道が閉鎖されてしまうまでは頻繁にこちらに戻っていましたからね。カーターとフーは、闘士でも比較的古株な方なので、余計によく知っているのですよ」


「……意外ね。一度、《聖浄の森》を出たエルフは戻りにくいものかと思っていたけれど」


「そんなこともないですよ。《聖浄の森》のエルフは確かにある種、排他的なところはありますが……特に大きな変化を望まない、というだけですからね。入ってくるもの全てを排除、みたいな思考ではないです。まぁ森に他種族が入ってきた場合は排除するのですが」


「するんじゃない」


「他種族は、ですよ。エルフなら《聖浄の森》を出たエルフであっても、すんなり受け入れてくれるんです。ただ、姉上は《聖浄の森》の空気があまり好きではないようで、ほとんど戻らなかったですが。私の場合は、《聖浄の森》に戻りたいというより、獣王国の見物をしたい、という気持ちが強かったので《聖浄の森》に留まる時間は少なかったですけどね」


「なんにせよ、やっぱり貴方も貴方の姉上も、エルフの中では随分な変わり者よね……」


「今更な話です。さて、それよりもちょうどよく道が開けましたよ。今のうちに急ぎましょう」


 見ると、多くの市民たちはカーターとフーに夢中で足が止まっている。

 代わりに私たちが向かう方向、闘技場への道は少しだが空いていた。

 今がチャンスだというわけだ。


「そうね、行きましょう」


 そして私たちは闘技場へと急いだ。


 ◆◆◆◆◆


「近くで見るとやっぱり大きいわね……受付は、と」


 きょろきょろとしつつ、入口と出場受付を探す。

 本来なら予選で勝ち星を上げた証をそこに提出すれば、本戦出場者として案内してもらえるらしいが、私の場合は特殊だ。

 ただ、名乗ればいいらしい。

 先日、宿に王宮から使いの者がやってきて、そのあたりについて説明して去っていったのだ。


「エレイン様、あちらのようです」


 どうやら私より先に、サロモンが見つける。

 そのまま進むが、そこは一般観客用に設けられた入口よりも空いていた。

 考えて見れば当然か。

 ここに来るのは、本戦出場者の十六人と、その関係者のみ。

 他にはVIPなんかもここで受付するらしいが、まぁ数えるほどだろう。


「すみません」


 と、私が話しかけると、仕事の出来そうな官吏風の女性が、


「はい、なんでしょう。受付でしょうか? 一般受付でしたらあちらですが……」


 そんなことを言って、だいぶ並んでいる受付の方を示す。

 そちらから入るためには、かなりの倍率の木札チケットを手に入れなければならないようだが、私たちは持っていない。

 この点でも、出場者に入れてもらえてよかったと言える。

 私たちはこの大闘技大会を見物するつもりでいたけれども、普通の方法では木札を手に入れることは出来なかっただろうから。

 ともあれ、私は受付の女性に言う。


「いえ、出場者だからここで間違っていないはずよ。こっちは連れだから」


「えっ、出場者、ですか……? ですが、貴女が……?」


 私のことを頭のてっぺんから爪先まで見て、少し失礼だな、と思うが、闘技大会に出場などしそうもない容姿に見える、というのならそれも悪くない。

 か弱い婦人にでも見えたということだから。

 一度目から今までに至るまで、あまりそういう目で見てもらえた記憶がないので、新鮮でもあった。

 私はそんな受付に言う。


「ええ、急に出場が決まったから、申し訳ないけれど証明書の類はないの。ただ、ここで名前を言えば問題なく通してくれると聞いているわ。私の名前は……」


 と、そこで受付の耳元に口を寄せて「……エレイン・ファーレンスよ」と告げる。

 受付の女性は目を見開き、言う。


「あ、貴女が国王陛下のおっしゃった……なるほど、承知しました。出場を受け付けました。では、こちらのバッジを服のどこかにお付けください。出場者としての証になりますので。無くした場合には特に弁償を、みたいなことはありませんが、開会式前に紛失されると、本戦に出場することが出来なくなりますのでお気をつけを。それとお連れの方はこちらのバッジを」


 受付の女性はそう言って、まず私に金色の小さなバッジを手渡し、その後、サロモンに銀色の同じデザインのバッジを渡した。


「本戦出場者に手渡されるバッジはすべてデザインが異なっておりますので、紛失されても見つかる場合はありますが、期待されない方がいいです。毎年、開会式前に紛失される方が一人は出るので……」


 この言い方に、なんだか物騒な話だな、という気がした。

 このバッジがなければ、本戦には出場できない。

 となれば、あわよくば、開会式前にこれを奪ってしまおうか、などと考える本戦出場者も出る可能性があるのではないか。

 毎年紛失する者が出るというのはつまりそういうことで……おっかないな。


「エレイン様、紛失されないよう、ご注意を」


 サロモンが苦笑したように、静かな声で言う。


「本気で心配していないくせに。まぁ大事に持っておいた方がいいことは確かね。スられたら問題だし」


 私の方もヒソヒソ声で返す。

 まぁ魔術で誰にも聞こえてはいないだろうけど、無音で会話しているように見えるのもおかしいし、これくらいの擬態がちょうどいい。


「エレイン様にスリを働ける者がいれば、私はスカウトすることを勧めますがね……」


「それもそうね。期待しようかしら……」


 そして、


「他にお伝えしなければならないことは……バッジに刻まれている番号は、控室の番号になりますので、闘技場に入り次第、右に進んでください。突き当たりに階段がありますから、そこから上がれば、控室のあるフロアの二階に着きますので。三階はVIPフロアになりますので、踏み込まれないように……」


 と受付が言った。


「分かったわ。では、そろそろ中に入ってもいいかしら」


「ええ、開会式が近づき次第、控室に人をやりますので、その後はその指示に従っていただければ大丈夫です」


「ありがとう。じゃあ行きましょう、サロモン」


「はい」


 ◆◆◆◆◆


 与えられた控室は、随分と豪華なものだった。

 かなり広いし、ソファやテーブルがあるのはもちろん、仮眠用のベッドまである。

 というか普通にここを宿に使ってもいいくらいだ。

 さらに……。


「闘技場の中が見えるわ。ここから観戦できるってわけね……」


 そう、控室の扉の反対側には窓があって、そこからは闘技場の舞台が見えた。

 石造りのかなり頑丈そうなもので、遠目からだが、それなりの強化魔術がかけてあるのが分かる。

 あそこで戦いが繰り広げられているから、かなり強固に魔術を編んでいるのだろう。

 まぁそれでも、壊せと言われれば壊すことは出来るけれども、流石にこの国の数少ないだろう魔術師たちの努力を踏み躙るのも申し訳ないからやるつもりはない。

 戦う時も、舞台には気を遣おうと思った。


「出場者からすれば自分の試合以外はここから観戦すればいいのはありがたいでしょうね。それに観客たちに混じって観戦するのもまた楽しいでしょうが、流石にエレイン様が暴れた後に、そんな場所で観戦する姿を想像すると……」


「何か問題ある?」


「観客が気の毒だと思いまして。失神しますよ」


「私をなんだと思ってるのよ……」


「美しき貴婦人でいらっしゃいますが、たまに凶悪な魔獣と見紛う瞬間がございます」


「言うわね……まぁ、否定できないわ」


 暴れることがそれなりにあるのは事実だし、サロモンにはそういうところを結構見せてきたのも本当のことだ。

 なんならサロモンを叩き潰したこともあるのだから、そんなことはないとは口が裂けても言えないのだった。


「ま、ここで暴れるかどうかは相手次第ね……ッ? さっき言ってた案内の者かしら」


 サロモンと話していると、控え室の扉が叩かれる。

 受付が人をやると言っていたが……いや、それにしても少し早すぎる気がする。

 何せ、まだ開会式には一時間以上あるし……。

 サロモンと目配せをし、少し警戒することにする。

 そしてサロモンが扉をガチャリ、と開けると同時に杖を向けると、そこに現れたのは……。


「……おぉ? なんだ? 随分と物騒じゃないか、二人とも」


 この国の国王、ルーカスその人だった。


 ◆◆◆◆◆


「……大闘技大会の開会式前に、出場者の控室に国王陛下がやってくるのは、普通のことなのでしょうか?」


 私が首を傾げてそう尋ねると、ルーカスは、


「まさか。出場者は本戦とはいえ十六人もいるのだぞ。そんなことをしていたら時間が足りんよ」


「だったらどうして……サロモンに御用ですか?」


 ルーカスはサロモンと親しい間柄だ。

 私ではなく、彼に用があって、と言うのなら理解は出来た。

 しかしルーカスは首を横に振って、


「いや、そうではない」


 そう言う。


「ではやはり私に……? 心当たりがないのですが」


 おおむね、しなければならない話は既にしたように思うのだが。

 けれどルーカスは言うのだ。


「大した話ではない……が、重要な話だよ。エレイン殿、貴女は大闘技大会に出場するわけだが、その際の名前についてね……」


「あぁ、ファーレンス、の名前を出すとまずいでしょうか?」


「獣王国とイストワード王国の国交は薄いからな。にもかかわらず、イストワード王国の重鎮たるファーレンス公爵家の夫人が、大闘技大会に、国王推薦枠で出場しました、では何か余計なことを勘繰るものも出てくるだろう。だから多少の工作をしてはどうかと提案をな」


「そういうことでしたら、全然構いませんわ。名前を変えるとかでしょうか?」


 それがまず、一番簡単な方法だろう。


「そうだな……まぁ、こう言ってはなんだが、エレインという名前自体はありふれているしそのままでもいいだろう。ファーレンスの家名だけ名乗らなければそれでいい。後は、顔だな。我が国では貴女の顔はもちろんほとんど知られてはいないが……知っている者がいる可能性もある」


「であれば、幻惑魔術などで見た目も変えましょうか? 私には可能ですが……」


 しかし試合中もずっと維持するのは若干面倒くさい気はする。

 でも面倒なだけで、特に大きな負担にはならない。

 けれどルーカスはそんな私に、


「いや、その必要はない」


 そう言った。


「……ですけど、顔を見られるとまずいのですよね? だったらそれくらいしか方法は……」


「いや、仮面などを被ればいいだろうと思ってな。まず、これを」


 そう言って手渡してきたのは、仮面というよりフェイスマスクだった。

 口元だけ隠れるレース素材のもので、どことなく蠱惑的だ。


「……全面隠れるタイプの仮面などではなくて、一体どうしてこれなのでしょうか?」


「それだと魔術の詠唱などしにくいらしいと、うちの魔術師に聞いたからだが……それと、目元まで隠れてしまうと戦いにくいだろうとも思った。これならばそのようなことはあるまい」


「なるほど」


 特に他意はないらしい。

 むしろ気遣いされたもののようなので、納得する。

 まぁ、人間、口元が隠れれば十分に顔の識別など出来なくなるだろうからいいだろう。

 しかし、ルーカスが出してきたのはこれだけではなく、


「後、こちらもだ」


 これには、サロモンが、


「ブフッ」


 と吹き出す。

 ぎろりと視線を向けてみると、彼は背中を向けた。

 しかし肩は動いていて笑いは隠し切れていない。

 咎めたい気持ちにもなったが……そもそもルーカスが出してきたものが悪いのは間違いないので、そこまで強く責める気にもなれなかった。

 とりあえず、質問が先か……。


「これは、一体……」


「見ればわかるだろう。獣族に擬態できる、耳の形のカチューシャだな。耳以外の部分は、取り付け次第髪色に同化するのでどうか心配しないでほしい」


 心配しないでも何もない。

 これは、いわゆるアレだ。

 《猫耳》というものだ。

 南方ではこれを身につけて踊りなどを披露するのが流行っているとは聞いたことがあるし、一度目の時には一瞬だが王宮に流行したこともあった。

 だからまぁ、付け方とかは分かるのだが……。


「なぜこれが必要なのですか? レースマスクだけでいいのでは……」


「それだけだと、貴女が普人族であると一目で看破できてしまうからな。普人族の、エレイン。それもかなりの魔術師とくれば、エレイン・ファーレンスに辿り着きやすくなるだろう。まぁ仮に辿り着いたところで、さしたる問題はないのだが、可能な限り隠した方がいいだろうと考えると、貴女に獣人族として振る舞ってもらった方が簡単だろうと思ってな。エレインは獣人族にも少なからず存在する名前であるし。特に猫人族に多いのでな。そのカチューシャを持ってきたわけだ」


 なるほど、筋は通っている……のだろうか?

 しかし極めて断りにくいのは間違いなかった。

 そもそも断る理由もさほどない。

 私が恥ずかしいような気がするという理由以外には。

 だから結局私は最後には、


「……仕方ありません。承知しました。開会式から、これらを身につけて出れば良いのですね?」


 そう尋ねていた。

 これにルーカスは頷いて答える。


「うむ。控室を出る場合には、可能な限り身につけておいた方がいいだろう。今のところ、闘技場内でエレイン殿の姿を見たものは受付くらいであるからな。それで問題ない。あぁ、そうだ。衣装の方もクローゼットに用意してあるから、そちらも着るといい。今の格好だとやはり普人族だと見抜かれやすいゆえな。心配は不要だ。しっかりと魔術を編み込んでもらって、その辺の防具よりも高い強度の品を持ってきてもらっている。詳しいサイズは分からなかったから、複数用意してある。どれかは着れるだろう」


「至れり尽くせりですね……」


「それでも足りぬと思ったら、衣装についても魔術を重ねがけするなりしてもらって構わんぞ。エレイン殿は魔導具職人なのだから、それくらい朝飯前だろう」


「分かりました」


「さて、そろそろ開会式も迫ってきている。私も準備があるから、そろそろ行くとしよう。あぁ、サロモン。開会式はお前はここで見ていても構わんぞ。どっちにしろ、選手と同じ場所には並べないからな」


「そうなんだ。分かったよ」


 そして、ルーカスは去っていった。

 それから無言でレースマスクと猫耳カチューシャを私がつける。

 鏡を見ると、そこには確かに獣人族のように見える私が立っていた。

 ため息をつきつつ、


「……衣装も着替えるから、少し出ていてくれる」


 と言うと、サロモンは、


「……よ、よくお似合いです」


「笑ってもいいわよ」


「いやぁ……ご主人に見せたかったですが。後でご報告しておきたいと思います」


「……好きにしなさい」


 ◆◆◆◆◆


『……さぁ、お待たせしました!』


 闘技場内に、そんな声が響いた。

 聞き取りやすい良い声であり、そのために雇われた本職のものだろうと思われた。

 また、闘技場中に響く音量は、魔導具の効果だ。

 いくら獣人族が魔術をあまり得意としていない、とは言っても、魔導具の有用性についてはしっかり理解している。

 他国から購入するなり、必要と思われる魔導具に開発力を注ぎ込んだりしてなんとかやっているのだろう。

 そんな貴重な魔導具のうちの一つ、拡声魔導具によって、大闘技大会についての来歴が語られていった。

 それなりに長いもので、私のような他国の人間からすれば退屈なものにも聞こえてしまったが、観客たちは神妙な様子で聴いている。

 彼らにしか分からない、伝統の重みを感じているのだろう、と思った。

 そして、そんなアナウンスが終わると、


『次に、選手の紹介を!』


 と言って、一人一人、選手を上げ始めた。


『まずはこの人! カーター・ベライゼンだ! みんなご存知の通り、《剛力のカーター》として知られるプロの闘士! 大闘技大会への出場は三度目だが、今年こそは優勝まで駆け上がれるかぁ!?』


 そんな風に煽りつつ。

 そうやって十五人の選手を紹介し終えた後、ついに私の番がきた。

 今の格好は、ルーカスに渡されたレースマスクに猫耳カチューシャ、そして着ているのは白を基調とした、体のラインが比較的見えやすいぴったりとした服だ。

 これで防御力など存在するのだろうか、と一見思ってしまうが、ルーカスが保証した通り、かかっている魔術は一流のもので、少なくとも金属製の鎧に匹敵する程度の堅固さはある。

 なので私は特に手を加えることなく、そのまま着ることにしたのだった。

 もっと丈夫にすることも出来なくはないが、私の戦い方は《魔術盾》を張りながらのものであるから、それを抜いて攻撃が命中するときは負けるときだ。

 そのためこれくらいの防御力があれば、十分である。

 そんなことを考えている私について、アナウンスの声は言う。


『……最後の一人は、十六人目。国王陛下自らが推薦した、謎の戦士だ! しかし名前と性別だけは分かっている。彼女の名前はエレイン! その実力の程は、今のところ全く不明だが、頭の上に見える耳からすると、おそらくは猫人族の戦士! その妖艶な姿には期待が持てそうか……少なくとも、この大闘技大会を盛り上げてくれる一人であることは、間違い無いだろう!』


 見た目以外何も分からないところから、なんとか搾り出して説明してくれた感じが強い。

 しかしプロだけあって、流れるような口調でやりきってくれた。

 観客たちの歓声と、そして近くに立っている他の十五人の戦士たちの視線が若干痛い。

 そこまで注目しないでと言いたくなるほどだ。

 そんな私の願いが通じたのか、アナウンスの声が続けて、


『……さて、開会の挨拶ですが、もちろんこれは例年通り、この方が行います。ルーカス国王陛下、どうぞご登壇を!』


 と言ったところで注目は私から別の場所へと移った。

 私はホッとする。

 そしてアナウンスの声と共に、闘技場の中心にある少し高いステージに現れたのは、先ほど控室であった時とは異なる、鎧姿のルーカスだった。

 ああしていると、なるほど、あれでしっかり国王陛下なのだな、と感じ入ってしまうような立派な姿である。

 観客たちのみならず、私たち選手もまた、彼の存在感に引き寄せられ、注目してしまう。

 そんな私たちに、ルーカスは一人一人目を合わせていく。

 それから、言った。


『……今年も、例年と同じく、素晴らしい選手たちが揃ったように思う。十六人、いずれからも、強い闘志が噴き上がってくるようだ。観客たち、それから他ならぬ私の期待する、熱く心が躍るような戦いを、きっと見せてくれると信じている!』


 そこで観客たちの強い歓声が響いた。

 そして、ルーカスは、


『それでは、ここに大闘技大会の開会を宣言する! 戦士たちよ! その魂のかぎり、戦え!! 勝ったものには素晴らしき栄誉が約束されることだろう!』


 そう言って、大闘技大会の開会を告げたのだった。

これで今年の更新は終了となります。

本日、本作の書籍第三巻が発売するので、一挙更新となってしまって申し訳なかったです。

できれば本屋などで手に取っていただけると嬉しいです。

来年は三が日が明けたら書こうかなと思っていますので、よろしくお願いします。

他の作品についても今年中に更新することはあるかもしれませんが、とりあえず、みなさま、どうぞ良いお年を。

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― 新着の感想 ―
あっという間にここまできちゃったヽ(*゜ー゜*)ノ お忙しいかとは想いますが、続き楽しみにお待ち申し上げます!
[一言] ああ、続きが読みたい。
[一言] 昨日、コミックを読み、次回まで更新を待てないので、小説ページに来ました。昨日、読み始めましたが、とても面白く、すでに160話に来てしまいました。「三が日が明けたら更新する」とのことですが、も…
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