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転生者だらけのシェアハウス  作者: 名無なな
第1部 映画「君と過ごした時間」
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第三章⑩



「――――ナオトが不幸のまま、物語を終わらせたくなかったから、だ」



 ガラス細工のように繊細な声音は、意味を問い直すことを封じてくる。

 俺が不幸のまま、と彼女は言った。それは即ち劇中で『カズヤ』が『ユイ』と別れ、自暴自棄のまま終わらせることを拒んだということだ。


 しかしそれはあくまで登場人物の話で、しかも架空の物語で、俺が不幸に陥ったというわけでは断じてない。ノエルの先ほどの発言は二次元と三次元を同一視するようなものだ。

 だいたいノエルだって、これまで散々主人公を不憫なままにしておいたじゃないか。それが悪いわけじゃないけど、どうして今更になって……。


 俺が腑に落ちない疑問点を抱えていると、偶然にも彼女はそれを補足していく。


「我の紡ぐ物語が現実に影響を与えるなどと己惚れてはおらん。……ただ、それでも。我はどうしても『カズヤ』をナオトと重ねて見てしまい、いつしか救ってやりたいと思うようになったのだ」


 これが先日彼女が語っていた『納得できない』部分なのだろうか。『カズヤ』――俺が不幸のまま終わらせたくないと、無意識のうちに思うようになったのだろうか。

 そう言えば、俺は確かにこの映画を撮るまで主役を張ったことはなかった。だから今になって表面化してきたのかもしれない。


 役者は監督の描いた理想を叶えるために存在する。少なくとも俺たち映研部員はそうだ。なのに監督のノエルが役者に遠慮するなんて、本当は褒められた行為じゃないのだと思う。


 だけど俺にとっては却って嬉しかった。

 俺のことを少しでも思いやってくれたことが、ではない。


 理由はどうあれ、ノエルが自分の生み出した登場人物に対し感情移入をするようになったことが――である。

 たとえば恋愛マンガで、複数いるヒロインのうち誰を主人公と結ばせようか、と作者が悩んだとする。読者投票で決める方式もあるが、だいたいは作者の想い一つで決定される。

 作者がどのヒロインを最も大事に想っているのか。それが感情移入だ。そしてノエルに一番欠けていた素養だった。別になくたって構わないが、そういった人間臭さを俺はノエルに抱いてほしかったのだ。


 今度は俺が彼女の頭を撫でてやる。穢れのない金髪の触り心地に酔いしれながら、前髪に沿って手を流していく。


「こっちこそありがとな。俺なんかを主役に据えてくれて。……おかげでこの一か月、色んなもんが見えた気がするよ」

「……ふん。それはお互い様、というやつだろう」


 俺はノエルに対して過剰なまでの期待をかけ、そのためのサポートを惜しまなかった。

 一方でノエルは俺に対して分不相応な役を与え、さらに多くの雑務を任せ、映画のクオリティ向上に尽力していた。


 結局のところ俺たちは、他人に必要以上に大きな荷物を委ね合っていただけなのだ。そしてそれに見合うだけの対価を得ている。だとしたらこの話はもう終わりだ。互いに謝る必要なんてなかったのだから。

 俺と彼女は同じ目標に向かって突き進んでいた。隣にいる相方に目も暮れず、一直線に駆けていただけだった。それさえ分かっていればいい。


 俺はゆっくり彼女の太ももから頭を離していく。うっかり他の部位に触れてしまわないよう慎重に。

 スマホのディスプレイで時間を確認すると、もう朝の七時を過ぎていた。それを自覚した途端腹の虫がクゥと小さく鳴いた。いつもなら朝飯の時間だもんなあ。


 だが今すぐ摂らなければならないほど切迫してるわけじゃない。俺は回転椅子に腰かけて、一つ大きな伸びを挟んでから言った。


「じゃあ早速、昨日までに完成させた映像の確認をしようぜ。ぶっちゃけ俺もちゃんとできてるか自信なくてな」

「無論だ。……というか貴様、何故昨夜我を起こさなんだ? 目覚めてみると六時を過ぎていたのだが」

「ああそれ今さら蒸し返す感じ? 良いじゃん細かいことは気にすんなって、大きくなれねえぞ」

「大きなお世話だ!」


 ぎゃあぎゃあと朝っぱらから騒ぎ立てるノエル。まあ悪いの俺なんですけどね。


 ――――いつも心の奥底で根付いていた彼女への罪悪感は、いつの間にか消え去っていた。頑張ることを強制しているんじゃないかと、ずっと不安に感じていたから。

 それを押し殺して生きるのは簡単だ。それを見て見ぬフリして生きるのはもっと簡単だ。

 けれどそんなやり方ではいつか破綻していたはずだ。日に日にノエルへかける期待が増していき、俺の周りから誰もが離れていったはずだ。


 自分一人楽して過ごしていたら、そりゃあ見切られても仕方ないだろう。

 しかし俺たちは今日、お互いの心のうちに触れることができた。そして二人とも相手に負担を強いているという負い目を抱いていた。

 そう、俺たちには最初から遠慮なんて不要だったのだ。互いに期待や責任を押し付けて、最善を尽くし、期待以上のものを返してみせる。


 ――――俺は今までの人生で、最も誇ることのできる選択をしていたのである。



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