終章 現在の俺たちと未来の俺たち
ゴールデンウィーク最終日。
五日間あったはずの連休も残すところ今日一日だけとなって、多分おおよその学生たちは憂鬱に過ごしているに違いない。明日から学校再開と思うとなかなか外出する気になれず、今頃課されていた宿題の存在に気が付き、さらに憂いているはずだ。
忙しい自慢をするつもりなど更々ないが、全校生徒の中でトップテンに入る忙しさだったと思います。二日目までに映画製作を終わらせた俺たちを待ち受けていたのは、上映会宣伝のためのチラシ作りであった。正直この存在忘れてました。できれば忘れ去ってしまいたかったが……。
残り三日しかないのに凝ったデザインなど思い浮かぶはずもなく、いつものように乙原を前面に押し出したビラを作成した。毎回同じ手段だが、これで人が集まるのだから仕方ない。
映研総動員で他にも看板作りなどをするとあら不思議、残るは最終五日目しか残っていませんでした。マジシャンに渡した一万円が消失トリックに利用され、そのままネコババされた的な悲しさがある。
本来なら俺も最終日くらいはゆっくり家で羽を伸ばしたいが、北大路発案により俺の家で打ち上げを行うことと相成った。いや別にいいんだけどね……。
「えー皆々様方グラスは行き渡りましたでしょーか!」
こういう場での司会進行に定評のある北大路が声を上げて確認する。といっても会場のリビングには映研五人+大名寺しかいないから、すぐに目視確認できた。
そのままノエルが音頭を取る流れかな、と気を抜いていると、不意にノエルがこっちに視線を投げかけてきた。……嫌な予感が。
「ユカリ。こういう場では、監督が乾杯と言うべきなのか?」
「へ? うーんまあ基本そうだね。あ、でも主役の人がやることも稀にあるよ」
ノエルの思惑を察したようで乙原が絶妙なアシストをする。お前ら! 実は打ち合わせしてたんじゃないのか!
「というわけでナオト、今回は貴様に委ねるとしよう」
「謹んで辞退させていただきます!」
「却下だ」
俺の意思は無視され、北大路と野田くんに強引に背中を押されて前へと流されてしまった。野田くんまでそんな……。
逃げ場のない状況下で、これ以上ごねても場の空気を悪くするだけだ。俺は清水寺……はちょっと言いすぎか。三階から飛び降りるくらいの覚悟を決めて声を発した。
「えー……本日はお日柄もよく……」
「仲人じゃないんだからそんなんいらないぞーっ!」
北大路が野次を飛ばしてくる。あいつの料理だけ塩味濃くしといてやる、覚えておけよ。
ごほん、と咳払いをして話の流れをリセット。
「……映画が完成するまで、数多くの苦難がありました。脚本の完成は予定より五日も遅れ、絵コンテは一向に上がらず、撮影期間も当初の予定より大幅に伸びました。もう無理なんじゃないか、と就寝前に考えない日はありませんでした」
本当に長い道のりだった。艱難辛苦の連続というべきか。寝る時間を削り、各所へのスケジュールの調整を行い、乙原からの厳しい演技指導の毎日。あれ、思い出すと涙が零れてきそう……。
次第に俺の声に湿っぽさが混じり始め、呂律がいよいよ怪しくなってくる。
「そんなこんなでぇ、もう、駄目なんじゃないかってぇえ、けどその度に皆が頑張ってる姿見て、俺ももっと頑張らないとってぇえぇぇええ○▼×◆◎~∴□……!」
「はいそんじゃカンパーイ!」
見るに見かねた北大路が俺の代わりに乾杯を告げてくれた。だってマジでしんどい日々だったんだもん。涙の一つも零れてくるさ……。
俺がグスッと鼻を啜っていると、横合いからそっとハンカチを差し出された。
「はいナオトさん。これをお使いください」
その持ち主は今日の宴会で調理係を買って出てくれた大名寺だった。彼女はエプロン姿で、手にはから揚げを盛った皿が握られている。
俺はそのハンカチを受け取りお鼻をチーンしていると、北大路がシュババ! と駆け寄ってくる。
「あ、ナオトのお姉さん! 俺が運びますよ!」
そう言って北大路はお皿を受け取る。いくら大名寺の見た目が良いとはいえ、下心見え見えである。最近の女子はそういうのが嫌いってネットで言ってたぞ。ただしイケメンは除く、と但し書きがあったかもしれないが。
いつになく迅速的確な気配りを披露する北大路。トークも普段の五割増しで気合入っている。
「いやあ、それにしてもナオトくんにこんな綺麗なお姉さんがいるだなんて、ははは彼も隅に置けませんね!」
「あらあら、蓮くんったらお上手ね」
うふふ、と柔和に微笑む大名寺に、北大路はまたしても目を奪われる。
大名寺とのシャアハウスに何ら隠し立てするところはないのだが、説明するとなると面倒臭いので『姉』ということで通している。ちなみにノエルともシェアハウスしてるのも教えてない。
そいつの中身おっさんだぜ? と言ったところで聞く耳持たないだろうし、もはや放っておくしかあるまい。何ならもう北大路に押し付けた方が良いかもしれないな。
心配なのは大名寺にガチ恋して、中身がおっさんだと知ったときの反応だ。「おっさんなのかよ、うげえ」で済むならまだしも、「俺ってもしかして男が好きなんじゃ」と変に拗らせたらマズい。大名寺を相手にするとその辺の境界線が曖昧になるから厄介だ。
でもまあ、そこに変わらず愛があるのなら、もうなんでもいいんじゃないかな。
業腹なのは映研の前では大名寺のことを「お姉ちゃん」と呼ばねばならんことだ。絶対後でからかわれるな。
俺は大名寺から距離を取って、代わりに料理に舌鼓を打っている乙原へと歩み寄った。
「今回もお疲れさま。ほい、乾杯」
「そっちこそ。乾杯」
コチン、とジュースの入ったコップを軽く当てる。乙原がいなければ学芸会に毛が生えた程度の完成度にしかならないことを考えると、彼女はノエルと一、二を争う功労者。存分に労ってやらないと。
といっても何か特別にプレゼントするわけじゃないが。そんな暇も金もなかった。貯金したバイト代でカメラを新調する予定なのだ。
乙原は俺の顔を見るや否や、プププと笑いを滲ませながら言う。
「と、ところでさっき、めめめっちゃ泣いてたけど大丈夫? 『も、もう駄目なんじゃないかってええぇええ』とか……、センパイ名演技過ぎて感動しましたよ~」
「そこはかとなく腹立つな。声真似すんなし。みっともないと思うのなら笑えばいいさ」
「あはははははっ!」
「うわーーん乙原のバカーーーっ!!」
笑えとは言ったが笑ってほしいとは言ってないのに!
実際高校生にもなって人前で感極まって嗚咽を漏らすとか、せいぜい卒業式くらいでしか許されないだろうけど、そんなのは当人にしか分からないところが大きい。
俺がブスッと頬を膨らませているのを見て、乙原がゴメンゴメンと手を合わせて平謝りしてくる。彼氏のご機嫌取りみたいな感じだ。
「いや分かるよ? プロの現場でもそういう人いたし。初主演だったらなおさらだよ」
「……ホントに?」
「まあ絶対数は少なかったけど」
「やっぱり俺を貶めたいんじゃねえか!」
そんな感じで五分少々話し込んだところで、乙原がお手洗いへと向かったため打ち切りとなった。女子の中で一番話が進むのは乙原だな。ノエルは会話好きではないし、大名寺に至ってはそもそも女子としてカウントしていいのかが論点となる。




