第八十二話:挟撃ってのは古今東西単純にして最強クラスの作戦さ ま、質が伴わなきゃ無意味だけどな<鬼さんこちら>
遅れてすいません……。
side:紅
前門の虎、後門の狼か……。
いや、知性のない獣たちに挟まれたほうが、まだなんぼかましだったかもしれねえな。
目の前に立つ男からは、見るからに只ならぬ雰囲気が立ち上っていた。
どこのホームレスからかっぱらってきたと思うような擦りきれた黒マントに、冗談のように間抜けた黒色のシルクハット姿。
それだけならただの奇抜ファッション野郎だが、そんな恰好も『アリ』と思わせてしまうだけの迫力と威厳が、その男にはあった。
その手は武器も何も構ずぶらぶらと遊ばせちゃいるが、それだけで無害と判断するには、正体が掴めなさすぎる。
赤い輝きを放つ妙な両目を歪め、にたにたとした嫌な笑みを浮かべてやがる。
下衆な笑いって意味じゃねえ――もっと質の悪い、本当に自信のあるやつ特有の余裕の笑みってやつだ。
油断がならない。
あたしの後ろに立つ少女も、そうだ。
男と同じ黒マントに、ユーノが着けていたのと似たような白仮面をつけちゃいるが……その仮面の下にどんな種類の戦士の顔を隠してのか、想像もできねえ。
どちらとも先ほどからあたし達を挟んで立ったまま微動だにしていないが、少しでも動くそぶりを見せれば即座に対応できる構えである。
つまり、逃げる隙が見当たらない。
――こいつら、闘い慣れてやがる。
なんちゃって護衛だったパシルノ配下の剣士たちとは大違いだ。
少しでもうかつな動きを見せれば、背後で威嚇の構えを取っているアリスや、あたしの腕の中にいるリーティスの身が危うい。
リーティス相手に、威勢よく”強行突破する”なんて告げたは良いが、二人を守りながらこいつら相手に逃げ出せるのだろうか……?
ふと、額に一滴の汗を垂らしたあたしの前で、正体不明の男が肩を竦め、両手を広げながら言葉を放った。
余裕綽々に、まるで親しい友人にでも声をかけるような気安い態度で。
『おろろ? 俺が言ったことが聞こえなかったか? 見たところ、戦う力があるのは君だけなんだろう? お荷物二人抱えて、俺達二人に勝てるとでも? この、暗闇の中で、この我々(・・)相手に』
シルクハットを持ち上げながら慇懃無礼な言葉と共にニヤリと歪めた口を開いた男の、長い犬歯が露わになる。
――何を言ってやがるんだ?
くそっ、リーティスがいない時のためにこっちの言葉を習ったってのに、まるで役に立ちやしねえぞ! どうなってんだ!
『貴方達、まさか……吸血鬼?』
『ん? あー……まあ、そういう反応にもなるか。でも、その呼ばれ方は、あんまり好きじゃないんだよなあ。俺達はただの亜人。分かりやすく言えば、蝙蝠人間といったところか。ま、混血だけどな。因みに俺よりそっちの妹の方が血は濃いんだぜ。だからこいつの羽は綺麗だぞ。惚れ惚れするぐらいにな』
アリスが何事かを尋ねかけてはいるが、やっぱり何を言っているのか分からない。
男の注意が会話に向かっている隙にと思い、背後の少女を振り返る。
『……』
……何も反応しやがらねえ。
黒づくめの全身が背景の暗闇と同化していることで、猫を模した白仮面だけが宙に静止しているようにも見える。
しかし、こいつがさっきリーティスに嗅がせたのは何だったんだ?
強化した嗅覚で感じ取ったあの甘い臭い。
ここが科学技術の進んでいない異世界じゃなりゃ、化学睡眠薬を疑うとこだが、そんなはずもない。似たような効能の魔法薬とでも考えておくか。
『はっ! 蝙蝠だか子守だか知らないけどね。ベニ様はあんた達なんかに負けるほど柔じゃないの。きっとすぐにこのヌルヌルした床に這いつくばって、べとべとになりながら命乞いをする羽目になるわ』
『ん? ……”ベニ”? はて、どっかでその名前聞いたような聞かなかったような……いや、今はどうでもいいな。さて、大層な自信だけど。こと”暗闇”で俺達に勝てる人間なんてそうそういないぜい?』
男がにいっと意味深に笑い、頭上のシルクハットを右手で掴んだ。
『その一番の理由は何といっても――これだ!』
男の流れるような動作で、シルクハットが胸元の高さまで降ろされた。
と、そのシルクハットの中から、黄色に輝く握り拳大の石――光の魔石が滑り落ちた。
「――!? アリスっ! 掴まれ!」
咄嗟の判断だった。
取り出したのが光魔石とくれば、まず警戒すべきは目くらましの光魔法。
男が中級以上の魔術師なら、あの魔石から目を焼く強烈な閃光が放たれるはずだ。
無力化狙いの攻撃ではあるんだろう。
だが、相手は明確な攻撃の意思を示していることには変わりない。
こうなったら、もう一刻の猶予もない。
―― 一か八か、突破を図るしかねえ!
魔石から目を背ける目的もあり、進路を「少女」が待ち構える方に決め、アリスを抱え上げて、最初の一歩を刻む。
『およよ、判断が早いね。いいセンスだ。でも君、一つ勘違いをしてるかな』
――何!?
男の声が聞こえると同時、目の前の少女の姿が消失した。
いや、違え。
そっちが消えたんじゃない!
アリスがリーティスの手から拾い上げていたランプの灯りや、男たちが予めこの部屋に設置していたと思われる松明の放つ光が、一切届かなくなったのだ。
その証拠に、さっきまで薄ぼんやりとは見えていたはずの硬質な地面が、まるで見えなくなっている。
あたしは暗闇の視力には自信があった。
わずかな明かりがあれば月明かり無しでも大抵の闇夜は見通せる。
夜の町なんか、きっとそこらの野良猫よりよっぽど上手く走れるだろう。
けど、今あたし達の周囲を包んでいるのは、そんなあたしの目さえ聞かなくなるほどの濃密な闇だった。
『――!? 嫌! 離し――ムグッ! ベニさ、助け――』
「アリス!? くそっ! てめえら、アリスを離せ!」
『馬鹿力だね、君。おいおい、そんなに引っ張っちゃお嬢様の腕が――ってうおっ! 危なっ!』
ちっ! 避けやがったか。
振りぬいた足を床面に滑らせ、そのまま背を壁につける。
リーティスが食らったのと同じものであろう攻撃を受けたアリスが、あたしの腕の中でクタリと力を失った。
アリスの手から滑り落ちたランプが地面に叩きつけられ、粉々になる音が響く。
リーティスに続けてアリスまでもやられ、焦りが心を満たしていくのを実感する。
だが、その焦りを打ち払う方法は見当たらなかった。
どうすればいい?
戦うしかないのか?
そうであれば、どのように戦えば良い?
兄貴の指示の無い戦闘が、これほどまでに不安だとは、思いもよらなかった。
敵は今、何らかの方法でこの闇の中でものを見通し、攻撃をしかけてきている。奴らの様子を見るに、暗闇という環境は完全に向こうのアドバンテージであるのだろう。
そして、その手法も対応策も、今の所は分からない。
救いとしては、「アリスに危害を加えない」といっている以上、奴らが取る手段には限りがあるだろうことぐらいか。
しかし、肝心の応戦するあたしは、両手が塞がって蹴りしか繰り出せない。
これで、どうすれば奴らを倒すことができる?
考えろ。
考えろ考えろ!
死ぬ気で、考え抜け!
ヒートアップしそうなほど頭を回転させ、一つだけ活路と呼べそうなものに思い至る。
……そういえば、さっき男が放った光魔法は一体何だ?
空間内の明かりを全て消す魔法?
もし、そうだとするならば?
その効果範囲に、新しく出現した明かりは含まれるのか?
もし含まれないのだとすれば、あたしにもこの暗闇を打ち払うことができるかもしれねえ。
確証はない。
でも、何もしなけりゃ、黙ってやられちまうだけだ。
そうと決まれば――
あたしはゆっくりと息を吸いこみ、精神集中に入った。
慣れない動作なんだが、魔石無し、呪文無しで火魔法を使うために今のあたしには必要不可欠な動作でもある。手のひら大の火の玉を出すだけでも一秒はかかる今のあたしには。
だがその動作は、実戦で試みるにはあまりに大きすぎる隙を作っちまっていた。それに気づき、後悔したのは全てが終わってしまった後。
その隙は少なくとも、"彼女"に対して見せて良いようなものじゃ無かった。
周囲への注意を一瞬途切らせたあたしの首元で、その"彼女"の囁き声が聞こえた。
『……いただきます』
――ッ!?
振り向いたときは、もう遅かった。
音もなく忍び寄ってきた少女があたしの応撃の足払いを難なく飛び越え、あたしの背中に抱き付いた。
そしてあたしの首元が、生暖かい、何かに柔らかいものに包まれ――鋭い痛みがそこに走った。




