第八十三話:ようやく、ですわねえ<鬼はどっち?>
遅れました。どうもすみません
side:紅
首元が熱い。
いや、そうじゃないのか。
この感触は、痛い、だ。
どくどくと首元の血管が脈打つ度、そこに食らいついた少女の喉がコクコクと鳴る度、全身の力と共に、あたしの体を動かす”何か”が抜け出ていく感触がある。
それは全身を循環して活力を運ぶ役割を担っている、生命の象徴たる赤い液体。あたしの血は今、急速に失われつつあった。
『はむはむ……♪ ん。あったかくて、美味しい。やだ、何これ。美味しい、美味しすぎるよぉ。あぁ……至福ぅ』
『おいおーい、あまり吸い過ぎないようにな。同意のない相手からの吸血は本来ならご法度ってこと忘れるなよ。……ところで、そんなに美味いのか? なあなあ。どうだろ。俺も、ちょっと吸っていいかな?』
『……やだ』
おい、何だこれは?
頭が、くらくらする。
力が……入らねえ。
闇の中、随分とご機嫌そうな調子でやり取りを交わす年若そうな男女の声が狭い洞窟を反響する。
それを今のあたしは、ただ聞いていることだけしかできない。
手も、足も、目も、舌も、指の一本さえも動かすことができないのだ。
首筋にあの温かい感触を覚えてから、あたしの全身は電源の切れたロボットのごとく全ての機能を停止してまっていた。
『聞こえてないだろうけど、一応説明してやろうか。俺達の固有特技は"暗中知覚"と"吸血"。前者は耳には届かない音波で物体の位置関係を補足する技、後者は血液ごと相手の魔力を吸い取る技だ。……キヒヒィッ! そして何とこの”吸血”。何とも強力な効果を持っているんですよねえ。さあ、何だか分かるかなァ?』
畜生、……どこでだ。
どこであたしは失敗したんだ。
初見の相手を侮りすぎていたのか?
闇に怯えて火魔法を使うことを優先するあまり、あたしの長所たる感知力を鈍らせてしまったからか?
『キヒヒィッ! 正解はっぴょ~う。答えは、魔力吸収と同時に俺達の魔力を逆に流し込んで、そいつの魔力回路をずたずたにするって効果さ。食らったやつは百発百中昏倒する上、用量を誤るとその後の魔法発動に支障が出る。強えだろ。ヤバい力だろ。まあ、それが純血の俺達のご先祖サマが人間から目の敵にされてた要因でもある訳で、素直に誇れる力でもない理由なんだけどねえ』
『……独り言。キモい。どうせこの子、聞こえてないのに』
どうすれば良い?
どうすれば、この拘束から抜け出せる!?
どうやったら、アリス達を守ることができる!!?
『おいおい、様式美ってやつだよ。勝者たる俺達は、敗者たる彼女達に、敗因を説明してる義務がある訳さ。ま、暗闇の中で俺達に戦いを挑んだのが運の尽きだったな。一方的な感知と一撃必殺の吸血……暗闇では、俺達は無敵さ』
『……だから、キモい』
どうすればいい。
何も、方法は無いって言うのか?
もう、ここで諦めなきゃいけねえのか?
……嫌だ。
そんなのは、嫌だ!
『はいはい、分かった。分かりましたよ。さてさて、ご注文のあったこっちのお嬢様を連れてく前に、そっちの娘の代わりとしてこっちの娘の血を貰っとくかね……っ!? ――おい、何だこの娘。服に隠れちゃいるけど、でかい! でかいぞ、この胸の果実!? うん、ちょっと揉むくらい、良いよな?』
『……揉んだら、絶交』
諦めたくない! ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………ええ、そうよねえ。
諦めるのは、癪に障るわよねえ?
ここで負けたら、あたしは、腸が煮えくり返るほどに怒って、それで悔しがる。間違いねえ。
二人を助けて、胸を張ってお兄様に会いに行きたいわよねえ?
そうだ。アリスを見捨てて、どの面で兄貴に会いに行けば良いってんだ。
お兄様に、嫌われたくはないものねえ?
そうだ。あたしは、兄貴に嫌われたくはない。絶対に、嫌われたく、ない。
『……ん?』
『ん? どうしたよ?』
『……なんだか、この娘、変。今気づいたけど、魔力の核? が、二つ――二種類ある……?』
なら、話は簡単よぉ。
そうだ、話は簡単だ。
どんな手段を取ってでも、目の前のふざけた二人を目の前から消し去れば良いじゃない?
そうだ、あたしはこの二人を――
『はいぃ? 魔力が二つ? んなことある訳……いや、待て。最近、ごく最近だ。ごく最近、何かそれに関する話を聞いたことが無かったか? えーと、あれは、えっと、なんだっけな……』
排除してやる。
――ええ、八つ裂きにしてあげましょうか。
蹂躙してやる。
――ええ、踏みつぶしてあげましょうか。
蹴散らしてやる。
――ええ、噛み砕いてあげましょうか。
消し去ってやる。
――ええ、消し炭にしてあげましょう。
『……え!?』
『おい、どうし――何だ!?』
そう、ふふふふふふ、これならいいですわね。
今、ようやく気づきましたわぁ。
無理に乗っ取る必要なんて最初から無かったんですのね。
だって私達は、紛れもなく、同じ「紅」だったんですもの。
――あぁ、力が漲るぜ……。
――こんなに清々しい気分、初めてだ。
私達の"獣化"能力の本質は、暴君たること。
変化を拒む紅色の衣を身に纏い、外的な干渉の一切を拒む。
殴りかかってきた拳を壊し、ただそこにある鉄塔を歪め、飛来してくる銃弾を弾き返す。
自身に逆らう存在に、自身こそが絶対なのだと教え込む。
それだけの、能力。
さあ、時は来たわぁ。
今こそ制限を外しましょう。
思考の全てを赤く染め、暴虐の化身として君臨いたしましょう。
『この娘、おかしいよ!? 普通じゃない! 普通の人間じゃない!』
『赤い……光? ――思い出した!』
今、この場で理性は要らない。
産声をあげようとする雛は、殻を破ることにだけ必死になれば良いですもの。
他のことなど考える必要がありませんわ。
ひひっ! なんておあつらえ向けの状況なんでしょう!
『やっべえ! 待った待った! おいおい、何で『貴方』がここにいるのか分からないけど、俺達は『貴方』の味方だ! 何なら、今すぐ――』
さあ、反撃の狼煙を挙げましょう。
今ひとたび、この世に「我ら」の存在を示しましょう。
「……"最終精神防壁"、解除。」
そして、神に支配された世界に、――永久の自由を与えましょう。
「グルゥゥウウウゥゥゥゥウアアアァァァアアアアアアァァァアアアアアアァァァアアアアアアアア!!」
ふふっ、さあ、行きましょうか。
もう一人の、私さん。




