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異世界を征く兄妹 ―異能力者は竜と対峙する―  作者: 四方
第五章:そして役者が揃い出す
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第七十話:この世界に万能のものなんて無い 魔法だって例外じゃないよー?<Girls beat Guys>

 いけない、これぐらいじゃ遅刻じゃないだろとか思ってしまう自分が怖い……。

 遅刻すいません。

 side:紅

「おいおい、どうするよ」


 腰を落として細い息を吐き、意識を戦闘時のそれへ切り替えながら、棒立ちの仮面少女に話しかけた。

 言葉が通じないことは承知の上だ。

 辞書代わりの手帳など、この状況で開いている余裕があるはずもない。

 んな悠長なことしてたら、「舐めてんのか!」の一言と共に、向かいからリンチの嵐が飛んでくるだろうさ。


『んー。やばいなー。初めてのお使いでこんなに見事に失敗するなんて思わなかった。「臨戦」の効果を持つ仮面だし、デフォで挑発効果でもついてたんかなー』


 何とも余裕そうに、指で仮面をコツコツと叩いていらっしゃる、その少女。

 荒事に慣れた暗殺者や、世間の荒波にもまれた娼婦のような貫禄は感じられないが、裏社会の生活に片足突っ込んでいるタイプの人間かもしれねえな。

 とはいえ、この段に至って己の武器(エモノ)を取り出さない様子を見るに、「剣士」ではなかろう。

 それならば、あの剣士軍団と戦うのは、あたしの仕事だ。

 どんな強力な魔法使いでも、前衛無しで8人の剣士を捌ききるのは不可能に近いだろうからな。


 ――何とかこいつを逃がしてやりてえけど……


 視線を周囲に巡らせ、状況を今一度確認する。

 建物を足場に逃げたとしても、「獣化」でもしないことには、超人的身体能力を誇る「剣士」との鬼ごっこに勝てるかどうかは定かでない。

 そして、瞬間的な「獣化」能力の引き出し以上の能力使用は、兄貴から禁じられている。

 逃走は無理、と。じゃあ、戦闘はどうだ?

 少女のことはひとまず戦力計算から除外する。

 あたし一人で、剣士八人の相手か……。

 あいつら全員がこの前見たA級冒険者程度の腕だと仮定しても、普通に戦うなら負けないとは思う。

 けど、少女に一切手出しをさせずにとなると……最悪の場合、やっぱり「獣化」が要るな。

 変装用のお洒落帽子を投げ捨て、懐から取り出した「帽子」を被って万一の事態に備える。

 兄貴の「基本的に獣化は禁止」の注意は守れないかもしれねえ。


『お姉さん、10秒だけ時間を稼いで。それで私が何とかするから』

『ああん? 10秒で俺達に何してくれるんでしょうかね、お嬢ちゃん? ――野郎ども、行け!』


 あたしに向けて何事かを呟いた少女が教鞭のように細い杖を高々と振り上げ、呪文の詠唱を始める。

 朗々と響き渡る、明朗な詠唱。

 途端、その杖先に光が生じ、薄暗い路地にぼんやりとした明かりが生まれた。

 それを合図にに、相手方の男達が動きを見せた。

 指揮官の指示を受けた幾人かが、弾かれた弾丸の勢いで突進してきたのである。

 命令を受けた兵士の表情の、男共――一番厄介なタイプの敵が、あたし達を明確に「敵」と認識し、襲い掛かってくる。


 ――ええい、しょうがねえ!


 腹を括り、この場は「戦闘」を選択することにした。

 呪文を唱え出した以上、少女にも後衛としてそれなりに仕事をする気は有るはずだ。


 さすがに、全員でひと塊になって襲い掛かってかかってくるような愚を犯す気は無いらしい。

 まずは三人の男が剣を携え、左右挟撃の態勢で猛進してきた。

 魔刃の光を尾に引く剣を小脇に抱え、刺突の構えである。

 

 あたしは先ほどから後ろ手に携えていた風の魔石を地面に叩きつることで、それに応じた。

 狭い路地内に、烈風が炸裂する。

 見えない大槌に叩かれたかのように大きく仰け反った男たちが、そのまま背後に吹き飛ばされていった。

 突進してきた奴らだけじゃない、背後にいた残りの5人も同様の運命をたどる。


 しかし、いくら高級風魔石によるものとはいえ、ただの無詠唱の「風おこし」程度で怯む相手では無かった。

 飛ばされた男たちはすぐさま体勢を立て直し、背後に迫る壁を足場に跳躍を試みる。

 そして――、予想外の柔らかい材質と化していた、その「壁」の中に埋まり込んだ。


 ニヤリ。

 男たちの驚愕の表情に、思わず笑みが浮かぶ。


 慌てて埋まり込んだ下半身を引き抜こうとした男たちが、そこで更なる驚愕に見舞われる。

 埋まった体を「引き抜けない」のである。


 ――さて、このデカい隙をあたしが逃すと思うか? なあ、てめえら!


 セメント壁(・・・・・)にぶち当たった奴は、脱出に数秒かかるはずだ。

 先ほどの風を背に受け、自らも跳躍していたあたしは、空中で無様に体勢を崩していた一人の男の鳩尾を殴りつけて意識を刈り取り、他の奴らの排除に意識を切り替えた。

 気絶した男を盾にして、自ら作り出した「壁」への着地を逃れたあたしは、その男を足場にさらに跳躍。


 壁から這い出てきたばかりの男共の前に着地し、次々に沈めていく。


 「剣士」の魔力が込められた刃に触れるような愚かな真似はしない。

 縮地の歩法で、獲物が振りかぶられるより前に懐に潜り込み、顎を掌底で貫く。

 相手に重心を錯覚させる特殊な踏み込みで刃の軌道から身をずらし、肝臓に肘を叩きこむ。

 砂を投げて相手の目を潰し、怯んだところをハイキックで狙い撃って、その側頭部を蹴り飛ばす。


『ひあっ! なんて姑息な! 正々堂々勝負しろっす! ――グボォッ!』

「わりいな、お前の言ってる言葉の意味分かんねえんだわ――っと、これで4人目か」


 瞬く間に、敵の半分が戦闘不能に陥った。


 しかし、順調にことが運んだのはそれまでだ。

 唐突に、壁に埋まった男の一人が、あたしに向けて赤いものを投げつけてきた。

 魔力を籠められて薄く発光するその物体の正体は、すぐに分かった。


 ――(まず)い! 火の魔石か!?


 精霊魔法は、一度使用すると、少しの間他の魔法が使えなくなるという性質がある。

 まだ魔法に不慣れなあたしは、先ほどの「風起こし」後の術後猶予(クールタイム)が終わっていない。

 あの魔石による火魔法を、精霊魔法で迎撃することはできない。


 ――なら、これでどうだっ!!


 目の前で崩れ落ちていく男の手から大槌を奪い取り、飛んできた魔石めがけて全力で投擲。

 大槌が魔石と衝突するかしないかという刹那、魔石を起点に爆炎が炸裂する。

 あたしの視界が、炎の赤一色で満たされた。

 夜の闇が、爆発的な勢いで膨れ上がった閃光に駆逐される。


 ――うぉぉぉおお!?


 一瞬の「獣化」で最初の衝撃波を受け止め、大鎚で大部分をカバーされた熱波はASP製のジャケットで耐えきる。


 ――熱っちいいいいい! こいつ、男の癖に炎で中級以上の魔法が使えんのかよ! 


 派手に生じた爆発だが、完全にあたしだけに向けられたものらしい。

投げた本人の居る方角には勿論のこと、壁側の他のお仲間達にも一切のダメージが入っていない。


 一瞬、背後を確認するが、少女のいるところにもダメージは及んでいない

鎚の投擲で威力の減殺はできていたことを知り、ほっとする。


 しかし、安堵の息を漏らす余裕は無かった。

 先ほどの男の行動を見た壁の3人が全員同様に懐から魔石を取り出したのだ。

 そしてその狙いはあたしではなく、その後ろ――


 ――っ!! 三つはさすがに迎撃できねえ!


 この体勢から三人をまとめて瞬殺するのも不可能だろう。

 ならば、方法は一つしかない。


 ――「獣化」して盾になるしかねえな。一瞬の発動じゃなく、短時間だが「完全発動」になる……耳は出ちまうだろうが、この際仕方ねえ!


 兄貴のいいつけを破ることになってしまうが、非常事態である。

 少女の方へと走り出し、一瞬の発動の場合とは次元の異なる集中が必要な、完全なる「獣化」の体勢に入りかけた、


 その、瞬間。


『かんせーい。“大氷結(アイス・コール)”』


 詠唱を完了した少女から放たれた魔力の波が、路地を埋め尽くす莫大な規模をもって、「壁」へと向かっていった。

 魔法初心者のあたしにも分かる、強大な魔力。

あたしの体を通り抜ける一瞬、背筋がゾクリときた。

小さな(あり)の傍を、巨象が通り過ぎて行ったかのような感覚だ。

 少女の放った魔力は、直ぐに魔法による現象として結実した。

魔石を放とうと手を振り上げた格好のまま三人の男たちが凍り付き、物言わぬ氷像と化した。

 三人だけではない。

 「壁」のある建物のみならず、その周囲二、三の建造物が瞬く間に巨大な氷の中に閉じ込められた。

 ピシピシと音を立てて氷の領域は広がり続け、貪欲に周囲のものを飲み込んでいく。

 先ほどあたしが昏倒させた男たちも、氷のオブジェの仲間入りを果たした。

 あたしの足元にま氷の浸食が伸びてきたため、慌てて跳び退る。

 遅れてやってきた冷気が、物理的にも精神的にも、あたしの体を震わせた。

 

『凍れ凍れー♪ って、いけなーい。やり過ぎた。建物の中のものまで凍らせちゃまずいもんねー』


 少女が、指揮者がタクトを振るうかのような仕草で、手を勢いよく振り下ろした。

 すると、先ほどまであたしの視界を埋め尽くしていた氷が、潮が引くかのように消えていき、余分な氷だけが無くなった。

 精霊魔法は一度使うと、次の魔法を暫く使うことはできない。

 このルールは絶対であり、同種の魔法であっても例外ではない。

 修練を積めば間を短くすることができるが、完全に0にすることはできない。このレベルの大魔法なら尚更だ。

 つまり、この少女は先ほどの氷の招来から今まで、「ずっと魔法を使い続けている」ってことになる。

 一体どれほどの魔力を扱える力があるんだろうか?


 ――って、今はそんなこと言ってる場合じゃねえ!


「おいおいおい! あんなカッチカチに凍らせられたら、あいつら死んじまうだろ! ええと…… 『コオリ、ケス、オトコ、コロサナイ、オネガイ』」

『んん? ま、良いけど、何で?――って聞いても分かんないのかな? お姉さん、この国の人じゃないみたいだし。分かったよー。氷、消すね』


 少女が再び杖を振るい、男たちは氷の縛めから解放された。

 まだ、魔法が続いているのか……。

 

 この少女がその気になれば、

 今隣にいるあたしも、一瞬で凍り付かすことができるに違いない。

 戦慄と共に、強大な力を持つ魔法使いの少女の方を振り向く。

 すると――、


『う……、魔力を無駄遣いしすぎたかなー。ごめん、お姉さん、私を大通りまで運んでくださ……』


 仮面少女が燃料の切れたロボットのようにふらりと体を揺れさせ、そのまま、ばたりと地面に倒れた。

 たぶん、魔力切れだろう。今、『マリョク』って言葉を口にしてたし。


 ――って、おい! 要するにさっきのは本当に限界ぎりぎりまで力を振り絞ったってことかよ! 無駄遣いにもほどがあるわ!


 倒れた少女を放っておくわけにもいかず、背に担いで立ち上がる。


 ――とりあえず、うちの宿に運ぶか? リーティスに通訳して貰わないことには事情も分からねえ。


 思わぬ事態になったが、一人の少女の身を守れたのだ。

 今回のあたしの行動は無駄ではなかったと思いたい。

 ……思い、てえな。


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