第七十一話:失敗をしない人間になりたい 誰だって、そう思うこと、ありますよね?<思わぬ再会>
遅刻です。すいません。
side:リーティス
残暑厳しく、背に浮かぶ汗に寝苦しさを覚える夏の夜。
粗末とは見なされない程度に内装の整えられた庶民宿の一室で、私は目を覚ましました。
いつの間にか、熟睡中のアリスに抱き付かれ、髪を掴まれていたみたいです。
その小さな手を優しく解いて、再びまどろみの世界に身を委ね――かけたところで、慌てて上半身をベッド上に起こしました。
自分の腕の中に、本来あるべき感触がないことに気づいて。
就寝前にしっかり握っていたはずのベニさんの左腕――いいえ、それどころか私とアリスに挟まれて眠っていたはずのベニさんの姿が、どこにもありません。
掛布団をはね除け、首を巡らせて薄暗い室内を眺め回しますが、やはり、どこにも見当たりません。
“紅は夜の街を出歩きたがる悪癖がある。リーティスさん、旅の間は俺の代わりに紅を見張って、その悪癖の発動を抑えてやって欲しい”
カオルさんの手紙に添えられた、お願いの言葉が思い出されました。
自分がそのお願いを守ることができなかったことを自覚し、思わず目を瞑って反省と後悔の念を覚えます。
――やっぱり、ベニさんに口頭で“夜は出歩かないでください”って伝えれば良かったんです。
「わざわざ言わなくても、寝ている間ずっと捕まえていれば勝手に出歩きはしないはず」、などと考えたのは、随分と甘い見通しだったようです。
友人の自由を束縛するような言葉を伝えることにどうにも気が進まず、結果として中途半端なやり方を選択してしまったことを、今更ながらに悔みました。
――こうしちゃいられません!
ベッド脇の靴を履いて、いずこかに消えたベニさんを探すべく立ち上がったところで、はたと気づきます。
私が探しに行こうと外に出たとしても、おそらく何もできないこと、そして、何の役にも立てないことに。
私には、ベニさんの行き先がどこなのか、その見当もつきません。
さらに私がこの場を離れることで、アリスの身の安全を保障できる人間が一人もいなくなります。
そもそも、私に夜の町を一人で探索するような能力があるのでしょうか。
――私じゃ、何もできない……!
無力感を覚え、一歩を踏み出しかけた足がピタリと止まります。
自分の力で何もできないことを知った私が次に選んだ行動は、酷く情けないものでした。
手を合わせ、目をぎゅっと閉じて、「祈祷」の体勢に入ります。
――お願いです、アリアンロッド様! どうか今回は、何事もなくベニさんを私達のところまで返してください!
神さまに、自分の浅ましい望みを託すなど、仮にも神官の身にある私が取るべき行いでは無かったでしょう。
でも、思慮を欠いた判断で間違った結果を招いてしまった卑俗な私には、お似合いの姿だったかもしれません。
大切な人に任された仕事すら碌にこなすことのできなかった、こんな女には……。
今の私にできること。
それは、ベニさんの身に何事も起こらず、彼女の帰りを待つことを願うだけでした。
そんな卑しい私の有様にアリアンロッド様もお怒りになったのでしょうか。
「祈祷」中にも関わらず、私の意識が安寧の空間に至ることはありませんでした。
いえ、これはそもそも、アリアンロッド様とのつながり自体が酷く弱まっているような……?
ガツン。
不意に、私の背後、ちょうど部屋の窓側から、くぐもった物音が響いてきました。
なにか硬いものが、壁にぶつかってきた時のような、そんな音です。
思わずビクンと肩を震わせ、「祈祷」を中断してしまいました。
恐る恐る、背後を振り返ります。
ガツリ、ガツリ、ガツリ。
更なる物音が、階下からこちらに迫ってくるかのように音量を増し、近づいてきました。
――何? ベニさん? それともまさか、――侵入者ですか?
緊張に喉を鳴らしつつ、迫ってくる物音の正体を考えますが、結論は出ません。
一瞬の逡巡の後、ベッドの下に置いていた杖を取り出し、構えます。
意を決して窓際に駆けより、閉まっていたその窓を開け放ちました。
そして、
窓から身を乗り出し、階下を見下ろした私の目と、
奇妙な燐光を放つ、獣を象った白仮面の目空け穴が、
互いを見合うことになりました。
「きゃああああああああああ!?」
「うわぁ!? ――ってあれー、リーティス?」
『あっと、リーティス。勝手に外を出歩いちまってごめんな。ちょいとこいつを部屋に上げたいんだが、良いか?』
思わず尻餅をついて室内に倒れこんだ私の耳に、聞き慣れたベニさんの声が届き、少しだけ落ち着きを取り戻しました。
『ほいしょ――っと。っておい、大丈夫かリーティス?』
仮面の何者かを背におぶったまま窓枠を飛び越えてきたベニさんが、腰を抜かしかけてへたり込んだ私に手を伸ばしてきます。
色々と言いたいことはあったはずなのですけど、先ほどの睨めっこで心臓がひっくり返るほど驚いていた私は、金魚のように口をパクパクと動かすことしかできませんでした。
おずおずと、ベニさんの手に縋って体を起こします。
「れれ? やっぱり、リーティスだ。何でこんな町に居るのー?」
そういえば、先ほどから私の名前を呼んでいる方は一体?
消去法でいくのでしたら、この場で私の名前を呼んでいるのは――この、目の前の仮面さんのはず。
ようやく落ち着いてきた私は、見覚えのない仮面姿を視界に収めてから、首をかしげます。
失礼ですが私、貴方のような仮面の知り合いを持った覚えはないのですけれど……。
「あっと、これじゃあ、分からないかー。私よ、私。4年ぶりくらい? お久ー」
え?
この声は、ひょっとして……。
気安い言葉と共に仮面を取り外した少女。
見覚えのあるその顔を目の当たりにして、私は目を見開きました。
※この作品で、リーティスが(ヤンデレ的な意味で)病むような予定はありません。




