第六十四話:納得と理解はまた別物です。特に、女の子はそうですね<妖精(あくま)との契約>
最近毎度のことながら、遅れてしまってすいません。
side:リーティス
「……理屈では分かっても、やっぱり納得いかないわ。胸の中に焼け付いた火箸を差し込まれてるような気分よ」
(いいから落ち着け、アリス。そうだな……、お前とリーティスはこの宿で休んでろ。その間に、あたしがあの醜男を誘惑して骨抜きにしてベッドの上で足蹴にしといてやるからさ)
「ちょっと、変態妖精。ベニ様がそんなこと言う訳ないでしょ。適当な通訳したら、ベニ様に握りつぶしてもらうって言ったわよね?」
(妖精使いが荒いよお。最低限の言葉をこの女の人に教えるまでの通訳っていう仕事は果たしたんだし、もうそろそろ解放してくれないかな……ぐくぅ。ああ、この痛み、癖になりそう……)
やっぱり、アリスは直接自分の手でパシルノ男爵をどうにかしないことには怒りが収まらないみたい。
私だって、その気持ちは分かります。
でも、中途半端に賢しい私は、パシルノ男爵にちょっかいを出すことを考えた場合、その後のことを、つまり私や村の皆に降りかかるであろう報復の嵐のことも考えてしまうんです。
――いっそのこと、あの男が私達の目の前になんて現れなければどんなに良かったでしょうか。
それなら、話はもう少し単純でした。
恨みを抱く相手が目の前にいるのに、自分からは手を出せないこの歯痒さは、何とも形容しがたい切ない痛みに変わります。
こんな気持ちを抱くのは、私が個人としては酷くちっぽけな力しか持たないが故のこと。
私にもっと皆を守れる力が有れば、こんな悩みを抱かずに済むのでしょうか?
無力感に苛まされます。
でも、悩んでいても問題は解決しません。
今はとにかく、今の私達にできることだけを考えて、それを失敗させないことを第一に優先させるべきでしょう。
顔を上げ、やいのやいのと騒ぎ合っているベニさん達の方を見ます。
「とにかく、今はパシルノ男爵のことは考えないことにしませんか? あの人も、アリスを探しに来たという訳では無いでしょうし」
(ん? どういうことだ? あいつがわざわざ他貴族の領まで足を運んでる以上、アリスを探しに来たって考えた方がしっくりくるだろ?)
ベニさんが首をかしげて疑問の言葉を述べてきましたけど、私はそう考えていません。
「いえ、それだと本人がわざわざやってくる理由には弱いです。いくらでも、部下にやらせればいい話ですから。オルニス伯爵にアリス探しを依頼するにせよ、パシルノの町からオルニスの町への最短ルートにこの町は含まれない以上、この町に来るのは無駄足のはずです」
もし私達の足取りを掴んで追ってきたのだとすると、ますます本人が来る可能性は低いはずです。自分が恨みを買っていることは重々承知しているでしょうし、そんな人達の前に姿を現すような危険なこと、まっとうな神経の人間はしないはず。
「何故パシルノ男爵がこの町に滞在しているかは分かりませんが、ひょっとするとアリスの情報自体受け取っていない可能性もあるんじゃないでしょうか」
さすがにそれは楽観的過ぎるでしょうか?
(なるほどな。まあ、いずれにせよひとまずの方針としてはゴミ野郎は無視ってことでいこうぜ。――アリスも、それで納得してくれよ?)
「……はい」
曇った顔で首肯したアリスの頭に、ふっと息を漏らしたベニさんの、手が置かれました。
そのまま、優しい手つきでアリスの金髪を撫で始めます。
白い歯を見せてにこりと優しい笑みを見せるベニさんの顔を見て、アリスが目をぱちくりとさせました。
(なあに、アリスの安全を確保して、あいつの悪行を全部ばらした後は、奴が憲兵にとっ捕まる前にあたしがちょちょいっと滞在場所に忍び込んで、お前の分まで殴り飛ばして来てやるさ)
――ベニさん、格好いいなあ。
ふふっ、女の子にしておくのが勿体ないと思わされちゃいますね。
アリスもそんなベニさんを見てうっとりと頬を赤く染めて――
(ねえ、おっぱ――じゃなかった、司祭さん。あの百合百合しい二人は置いといて、そろそろ僕はお暇させてもらってもいいかな? これ以上あの女の人の言葉を通訳してたら、砂糖を吐きそうなんだ……)
(今、私を何て呼ぼうとしたんですか!? ええと、大丈夫ですよ。色々ありましたけど、ここまでついて来て下さってありがとうございます)
居ずまいを正し、ベッドに腰掛けていたお尻を上げて、宙に浮かぶ妖精さんに向けて少しだけ頭を下げます。
短い間ですけど、本当にお世話になりました。
この妖精さんとの日々が頭をよぎります。
水浴びをする私達を除きに来ようとして、察知したベニさんに踏みつぶされていたり、
寝ぼけ眼の私が着替えようとした旅装に張り付いていて、アリスに蠅たたきで打ち落とされていたり、
山菜を見繕っていた際、茸をしげしげと見つめていた私を卑猥な言葉で囃し立てて、包丁を持ったベニさんに蛇睨みを頂いていたり……
……。
――ベニさんの腰に括りつけられた状態で「中のもの」の魔力を吸い取りながら、私達の通訳に励んでいたりしてました。
ふう、良かった。ちゃんとお世話になっていますね。
(うん、どういたしまして。――じゃあ、約束の“報酬”を頂戴♪)
報……酬?
一瞬何のことやらわからなかった私ですが、はたと思い出しました。
そういえば私、この妖精さんと取引をしています。
妖精さんがベニさんの中のものから魔力を吸いつくし、それが終わるまで通訳として同行する――そしてその対価として私が払うのが……
――何で私、あんな約束してしまったんですかぁ!?
了承した時は「あれ、それだけでいいんですか? てっきりもっと変なお願いをされるものかと思ってましたけど」なんて言葉で返してしまいましたけど……
この二、三日で妖精さんの汚染を受けてしまった私は、その「対価」の重みが理解できてしまっています。
何で今まで思い出さなかったんですか、っ私!
(いやあ、楽しみだなあ♪ 最高にワクワクするね。本当に里を出て良かったと心の底から、今思うよ)
※この作品に、NTR要素は含まれておりません




