第六十三話:ようやく僕の再登場だね――えっ、セリフは無いだって?<予想外の邂逅>
side:アリス
「離して、ベニ様! この手で一発ぶん殴ってやらないと気が済まないの!」
『落ち着け、アリス。気持ちは分かるが、こんなとこで殴っても問題は解決しねえ!』
「そうですよ、アリス。ここでアリスの存在がばれたら、そっちの方が危ないです」
――何で! 何でなのよ!?
ベニ様に羽交い絞めにされ、拘束された犯罪者の様相でもがき、手を伸ばす私の視線の先。
そこには、一人の男の姿があった。
陽光射す麗らかな町の景観を、滝のように流れる汗と、その汗でぐっしょりな趣味の悪いマント姿で損ね、汚している、中年の男。
リーティスの住む村を苛め、好き放題に振る舞い、さらには契約を結んだガーリス盗賊団に私を拘束させた、あのにっくき男。
不健康な肥満体を不格好に揺らしながら歩く怨敵。パシルノ男爵が、そこにいた。
ソルベニスの町を出発し、変態妖精との邂逅などを経て3日間の旅路を越えた私達は、無事に馬車旅を終えて、オルニス伯爵領に到着したわ。
お世話になった御者のおじさんにお礼を告げて、一足先に町の門を潜る。
いつもなら貴族の証である腕の紋章を見せればフリーパスなんだけれど、今日はリーティスの薦めもあるから、滞在料の銀貨を払うの。
「ひい、ふう、みい……はい、確かに。それじゃあ、お嬢ちゃん。三日間の滞在許可証だよ。無くしたりしないでね」
むうっ。
ちょっと、私を誰だと思っているのよ?
よっぽど、子供扱いの舐めた物言いに文句を言ってやりたいと思わされる。
けど、ベニ様に「この旅の間はよほどのことが無い限り、騒ぎを起こしたりすんなよ?」と言われていることを思い出して、ぐっと堪えた。
「分かったわ……ありがと」
短いお礼の言葉を残して、町の中に足を踏み入れた。
数日ぶりの人の波。どこか懐かさを覚える町の喧騒が、私を出迎えてくれた。
ああ、良い街ね、ここ。
ソルベニスの町は、こう言っちゃなんだけど、町全体が酷く元気の無い感じだったんだもの。せっかく綺麗な街並みだったのに、あの辛気臭い空気が素敵な景観を全部台無しにしていたわ。
全部、領地の経営すらまともにできないパシルノ男爵のせいなんでしょうけど。
私達が屑野郎の悪行を然るべき場所に届ければ、あの街も活気を取り戻すのかしらね? ――そうだと、いいな。
「んん~~っ。 あぁ~」
ようやくパシルノ男爵領から脱出できたことを実感して、清々しい気持ちで大きく伸びをする。
うん、空気が美味しいわ。
ここはオルニス伯爵領、領境の町、「オルスクラブの町」。
商業で栄えた、凄く賑やかな町よ。
――ふふん。さすがにヴェルティ侯爵領には敵わないでしょうけどね。
西に港町、北には実り豊かな農村地帯があるこの町は、商人の通る町としてそこそこ名が通った場所ね。
町の門を入ってすぐの通りが、既に商店街として機能している。
買い付けに来る商人を狙った店じゃなくて、それに同行する冒険者や旅人たちを狙った商品を売る店が多いみたいね。
武器の手入れをする店に、旅の各種消耗品を揃えた店、……旅の間解消できなかった諸々の欲求を解消するための店なんかもある様子。まだ昼時だけど、下品な格好の裸婦をデフォルメしたような絵の描かれた看板が目に飛び込んで来たから、すぐに何のお店か分かったわ。
――本当、男ってどうしようもない存在よね。
せっかく良い気分だったのに。あんな変なもの、私の目の届く場所に置かないで欲しいわ。
そんなことを思いつつ、地べたに置いた荷物に腰かけた私は、リーティスとベニ様が町の中に入ってくるのを頬杖を突きながら待っていたの。
もうパシルノ領を出たことだし、これでもう用済みね、と思って暑苦しい外套のフードを取り払おうとしたその瞬間、私の目は有り得ざるものを発見してしまったの。
「あ、アリス。遅れてごめんなさ――!?」
ようやく入町手続きを終えて私の方に駆けてきたリーティスも、その光景を見てしまったみたい。
目を見開いて、抱えていた荷物を地面に取り落したわ。
見間違えようのない、当代パシルノ男爵の紋章を左肩に刻んだ肥満男。
その不細工な姿が、使用人に傅かれ、馬車から降りて来るところだった。
瞬間、私の中で憤怒の気持ちが膨れ上がった。
私をあんな目に遭わせた黒幕が、今目の前にいるのだもの。
――そりゃあ、どうにかしてやりたいって思うものでしょう!?
手の中の旅用杖を、強く握りしめる。
「剣士」の技を使うのは久しぶりだけど、この杖でも使えるはずよ!
歯を食いしばって力を漲らせ、思い切り地を蹴りとばす。
豚男めがけて駆けだした矢先、何かを訴えるようなリーティスの声が、私の背中にかかった。
――待ってて、リーティス。貴女の分まで、あの男を殴り飛ばしてあげるから!
魔力を爆発させ、加速しようとしたその瞬間、先ほどまで馬車の荷物の乗降を手伝っていたはずのベニ様によって、私の体が持ち上げられた。
――何で!? 行かせて! 行かせてよベニ様!
手足を振り回して行かせて欲しいと訴えたのだけど、駆け寄ってきたリーティスも加わった二人がかりで引きずられ、その場を離れざるを得なくなってしまう。
必死に手を伸ばす私の視線の先で、歩み出したパシルノが道角を曲がり、私の捉えられない場所へと消えてしまった。
アシュリーと薫の対話のエピソードを期待していた方、ごめんなさい。
納得いく出来にならなかったのと、本筋に関係のない話だったという事を鑑みて、没にさせて頂きました。
どうしてもそちらが読みたいという要請があれば、間話で追加します。
ご了承ください。




