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異世界を征く兄妹 ―異能力者は竜と対峙する―  作者: 四方
第四章:未だ遠き再会の日
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第六十二話:終わりの後は、また新しい始まりが続くのよ<祝勝と、旅立ち>

 side:薫

「さて、冒険者諸君。お疲れ様。後日、君たちの奮戦に対して報奨金が出るそうだ。君たちの働きぶり、『どいつがどれだけ貢献したか』は私の知る限りで仔細に説明させてもらったから、頑張った人にはそれ相応の報酬が出ることだろうね」


 街役場に報告を終えて戻ってきたアシュリーが、勢いよく扉を押し開け、皆の注目を集めるが早く、慰労の言葉を投じた。

 依頼を受け、報酬の受領確認をもって仕事を終えるのが冒険者という職業だ。

 彼女の言葉は、冒険者達に今日の戦の終焉を告げる、何よりの締めくくり言葉となった。

 集っていた冒険者達が、手元のジョッキを掲げ、わっと盛り上がる。

 冒険者ギルド支部の狭い空間が、談笑の輪と戦勝を喜び合う声に溢れ、明るい空気に満たされた。

 まさにこれこそ、戦勝祝いのムード。酒場の雰囲気という奴には慣れてきたが、これだけ大勢が陽気に盛り上がる場を見るのは、この世界では初めてだ。


「今日は疲労回復のために惰眠をむさぼるなり、生を拾ったことを神に感謝して祈祷するなり、酒を飲んで馬鹿騒ぎするなり好きにするといい! これで“緊急招集班”は解散だ。皆、私の指揮に従って、身を粉にして働いてくれてありがとう。くくく、君たちのおかげで私の武勇伝がまた一つ増えたよ。感謝御礼だ」


 聞きようによっては酷く無礼で高慢な言葉だったが、それを聞いて気を悪くするような者はこの場にはいなかった。――文句をつけそうな者達は、敢闘と勝利を祝うこの席には参加していなかったと言った方が正確か。

 この場に居る者は皆、彼女がどれだけ苦心して指揮を執り、前線の者達を生き残らせるためのサポートをしていたのかを知っている。文句などあろうはずもない。


 扉からの道々でかけられる感謝の言葉を受け流しながら俺達の座るテーブル近くまで歩んできたアシュリー。

 片手を上げてその目をこちらに向けさせ、俺達のテーブルへと招く。

 俺達の席には、アシュリーのお目当てらしい少女を招いている。きっと座って貰えるはずだと考えていたが、計画通りにいった。

 ちらりと俺の指し示す席の隣に座った赤髪の少女を確認したアシュリー。

 ふん、と鼻を鳴らして座席を引き、着席する。


「お疲れ様」

「お疲れ。その労いの言葉は私に対する嫌味かい? 今回最大の戦功者殿」


 おいおい、いきなりそれか。

 俺の正面席に、笑顔で毒舌を飛ばしながら着席したアシュリー。

 その嫌味に苦笑で答え、彼女のためにキープしておいたグラスを手元に送ってやる。


「ふ~ん、本当に男に対しては酷いことしか言わないのね」

「くくく。なにぶん、こういった生き方が染みついてしまったものでしてね。ああ、ユムナさん、今回は地精霊の召喚などという大役を果たしてくれて、本当に感謝しております。どうもありがとうございました」

「ふふ~ん。これこれ、これよ。これがあたしの正しい姿よね~。カオルはあたしに対する評価が低すぎるの」チラッ

「そういえばノエル、お前アルケミの町出身というのは本当か?」


 先ほど、噛み少女に質問攻めにされていたノエルがぽろっとそんなことを漏らしていたのだ。

 ノエルの父親に一時お世話になっていたのだと申告した少女は、得意の噛み噛み節を炸裂させながら、ノエルの近況から今の彼女の夢まで、根掘り葉掘り色々なことを聞いていた。

 それらの質問に一つ一つ丁寧に答えるノエルは、自分の故郷が「アルケミの町」であるとはっきり言っていた。

 それが本当だとすれば、彼女の帰り道はちょうど俺達が予定していたルートと重なることになるのだが……。


「はい、そうですっ! ええっと、それがどうかしましたか?」

「あっと、ノワール茶をもう一杯お願いします――いや、実は俺達の現在の目的地もその『アルケミの町』でな……ノエルさえよければ、俺達と一緒に来ないか?」

「ちょっと、そこの眼鏡! あたしを無視するな!」


 何やら五月蠅い声とバンバンとテーブルを叩く音が聞こえてくるが、いつものように意識から締め出し、気にしないことにする。

 こいつは、俺が褒めたら間違いなく調子に乗る――この場では、褒めないほうが良いだろう。

 

「ほえぇ、何だか面白い人たちですね」

「ふむ、全くだね。ああ、君。私の乾杯の相手になってくれないかな? 薄情者の皆は、どうせもう乾杯を済ませているんだろう?」

「へ? まだ(しゅ)ませてませんよ?」

「何?」


 疑問符を頭に浮かべるアシュリー。

 ふふ、その反応を待っていた。

 唐突に、アシュリーの周りに座っていた者達――否、ギルド支部内にいた者達皆ががたりと音を立てて席から立ち上がった。

 ノエルとの会話を一時中断した俺も、その列に加わっている。


「さて~、主役の方々が揃いましたたところで、――皆様、お手元のグラスをお取りください。――本日の我々の生還と、勝利を祝して、乾杯~!!」

「「「「乾杯!!」」」」


 ユムナが音頭を取り、乾杯の斉唱がギルド支部内に響く。

 カチカチカチンと音を立てて合わされるグラスとグラス。

 あっけにとられるアシュリーの傍に、各テーブルからやってきた冒険者たちが次から次へと寄って来てお礼の言葉を告げ、杯を合わせて席に戻っていく。

 

「緊急収集で『全員無事』なんて経験は、あんたでも初めてだろ? アルさん。いやあ、完全勝利の味に酔いしれながら飲む酒は美味いねえ」

「危ない所を何度も助けて下さり、ありがとうございました!」

「フハハハハ! アル元・指揮官殿! 良いものを見せてもらったぞ! 今回の一戦、我にとって実に有意義だった! 貴殿とは再び別の戦場で共闘したいものだな!」


 ……少々おかしな奴も交じっていたが、困惑から抜け切れていないアシュリーに対し、誠意と感謝の気持ちの籠もった感謝の言葉が伝えられていく。


 アシュリーは暫くそちらにかかりきりになりそうであったため、俺は一旦そちらから視線を外し、ノエルを口説く作業を再開することにした。


「それで、どうだノエル? 俺達と一緒に来る気はないか? 立場としては、俺達の護衛対象を一緒に守る三人目の護衛という事になる。もちろん、給金も出すぞ」


 実力、性格ともに信頼のできるノエルを雇うことができればこれ以上ない収穫だ。

 俺達も安心してリーティスさんの「召喚」を待つことができるというものである。


「願っても無いことですっ! 是非! ご一緒させてくださいっ!」


 ノエルの耳がパタパタと揺れる。

 実に嬉しそうに目を輝かせ、両の拳を胸の前で握っている。


「ノエルちゃんも来てくれるのね~。嬉しいニュースね――ってあれ? ねえ、カオル。あんな魔物が町に来てたら、ランちゃんたち、町から退避してるんじゃない?」

「いや、お前がここでへばっている間にさっき宿に確かめに行ったんだが、リュウも、ランも、ラナさんも、皆待っていてくれたよ」


 この町から退避する人々に着く護衛――町の兵は、当たり前だが町の住民たちに優先して配置される。

 病気のラナさんを運べる馬車と、冒険者以外の信頼できる護衛の確保――これらができないだろうと踏んだリュウ達は、医療施設の者達と頑丈な避難所に移動するだけに留め、町を離れなかったそうだ。

 この町から一刻でも早く脱出しなければと殺気走った連中が列をなしていた町の門を抜けるより、町の中にとどまっていた方がまだ安全だと判断したらしい。

 俺達があの竜モドキとの戦いに参加することは、彼らには予測できなかったはず。

 竜モドキが避難所を破壊せずに通り抜けることに賭けたか、あるいは、リュウの“先生”――アシュリーを含む冒険者たちが竜を打倒することに賭けたか。

 いずれにせよ、大した度胸だ。


「ノエル。俺達の護衛対象もこの後紹介するから、この席が終わったら俺達の宿に来てくれ」

「はいっ! ……でも、私獣人なんだけど、その、大丈夫ですか?」


 しまった。それを失念していたな。

 冒険者の者達がノエルをあっさりと受け入れていたものだから、頭から抜け落ちていた。

 この国に亜人種の人権規定は存在しない。リュウ達に限ってそんなことは無いと思いたいが、亜人嫌いである可能性も無いわけではない。


「ふふん。それなら問題ないわよ~?」


 ユムナがずいと体を乗り出してきた。テーブルの上に垂れた葡萄酒が服の染みになりかけているが、教えてやるべきだろうか?


「何せ、ランちゃんとラナさんは、今や敬虔なアリアンロッド様の信者だもの~。リュウ君もランちゃんに嫌われたくなければ、おかしなことは言ったりしないでしょうね~」

「……お前が布教したのか?」

「そうよ~、悪い?」

「複雑な気持ちだが……今回は『グッジョブ』だ」

「『ぐっじょぶ?』って何?」


 そういえば、こいつも一種の宗教家なのか。それなら、布教活動の一つや二つはするか。

 運命神アリアンロッド――今のところは俺にとっての仮想敵な訳だが、俺の外堀を埋めていくつもりか? 

 いや、単にユムナが暴走しただけという可能性も十分ある。後で当人に聞いておこう。


「大丈夫そうなんですね! 良かったぁ。 あ、そうだ、この機会に一つお聞きしても良いですか?」

「なあに? なんでも聞いていいわよ~」

「ユムナお姉さんとカオルお兄さんってコンビを組んで冒険者をしてるわけですよねっ! どういう関係なんですか? やっぱり恋人っ!?」

「いや、それは違――」

「簡単に言うと、カオルがあたしの膜を破って、その責任を取るために同行して貰ってるって感じね~」

「ふぇえ!?」「ええっ!?」「待て! 誤解を招く言い方は止めろ!」


 俺の否定の言葉を遮り、爆弾発言をかましたユムナ。

 先ほどからソワソワとアシュリーの方を伺っていた噛み少女まで驚きの声を上げてこちらを振り向いた。


「何よ、本当のことでしょ~? 嫌がるあたしを押し倒してナイフで脅して……」

「やめろっ! それ以上言うな!! 違うっ! 違うぞノエル! そんな目で、俺を見るな!」

「ふ……不潔ですっ!」

「あからさまに俺から距離を取ろうとしないでくれ! お前が今考えていることは事実じゃない!」


 あれ? なんだか既視感が……。

 ユムナにの言う「膜」……要するにアリアンロッド神殿司祭長が代々魔力を注いで完成させた防御障壁を、ソルベニスの町で尋問した際、俺がナイフで破ったのは事実だ。

 そのせいで自分の身を守る術を失ったと告げたユムナにその責任をとって「相棒として、傍で守る」という約束をしたのも事実。

 だがユムナの言い方では、まるで俺がユムナを強引に自分の女にした最低の屑野郎のように聞こえてしまうではないか。


「ほう……。ねえ、カオル君。今私の耳に面白い冗句が聞こえてきたんだが。君は、猿以下どころか台所を汚す黒い油虫より下劣で救いようのないゴミムシだったのかい?」

「聞けっ! アシュリー! 俺の腕を離してくれ! 千切れる! 千切れるからっ!!」


 俺の身体は、いつの間にか剣を手にしていたA級冒険者の「剣士」による腕ひしぎに耐えられるほど強靱ではない。

 腹を抱え、体を痙攣させながらバンバンとテーブルを叩き続けるユムナを憎悪の眼差しで睨みながら、必死の弁解を開始する。

 弁解が間に合わなければ――おれの右腕が、天寿を全うできなくなるだろう。




「あ、安心しましたっ。そうですか、カオル……さんは別に性犯罪者オンナノテキさんでは無かったんですね」

「分かってくれて嬉しいよ、ノエル。……分かってくれたなら、もっとそんなに露骨にビクビクしないでくれると尚ありがたいんだが」

「ふん。ケダモノに対する距離感なんて、それくらいが適当さ。後五秒もあればその腕、貰ってやれたんだけどね」


 ペキペキと指関節の音を鳴らしながら、不満そうにそう告げる銀髪の女性。

 ――勘弁してくれ。骨折の仕方によっては、神聖魔法でも治せないんだぞ。


 いつぞやのリーティスさんとのやりとりを思い出した。

 ……考えてみればあの時の出来事もユムナが原因か。

 やはり俺は、とことんユムナが苦手なようだ。あしらい方を覚えたと思っていたが、まだまだ修行不足か。


「ふん。まあ、それはそうと、君たちはこれからどうするつもりなんだい? 謝礼金なら、どの町のギルド支部でも受け取れるわけだし、予定通り明日中にはこの町を出るつもりかな?」

「ああ、そうするつもりだ。――ノエルもそれで良いか?」

「はいっ!」


 よし。ラナさんもそうだが、俺達にとっても時間は大事だ。早く町を出るに越したことは無い。


「そうか。私の方は、礼金が出るまで、この町でのんびりさせてもらうつもりだよ。女の子達と遊びながら、ね。まずは手始めに……」

「ふえ?」


 アシュリーが実に良い笑顔を向けた先にいたのは、やたらと言葉を噛みまくる特技を持った魔法使いの少女。

 実に自然な動作で肩を組み、自分の胸元に引き寄せる。


「ちょ! ちょっと待ってくらしゃい! 私、そっちの気はにゃいって言いましたよね!」


 あわあわと騒ぎ出す噛み少女。

 そんな初々しい(?)所作を見せる幼い魔法使いに、女こまし女アシュリーが、笑顔で一言。


「まあ、そう言わず、とりあえず今日はこの後一緒に夕食でもどうだい? 強敵相手の勝利と生還を祝って、二人だけでね。私が今取っている宿が、実に美味いワインと肉料理を出すんだ」

「うう……。まあ、食事くらいにゃら……。色々アルさんの昔のお話とかも聞いてみたいですし」


 ――今ここに、一人の越境被害者オーバー・ザ・ラインが誕生したな。


 今晩、この町の宿で繰り広げられるであろう百合百合しい光景が頭をよぎったが、明日この町を出る俺達には関係の無いことだ。

 まあ、“合意の上になった”後なら、とやかく言うつもりは無い。

 どうぞ、お幸せに。


 と、ノエルと俺の注目がアシュリー達二人に向かっていた時のこと。

 いつの間にやら俺のすぐ横に這い寄ってきたユムナが、俺の耳元に口を持ってきていた。

 内緒話でもあるのだろうかと思い、俺も体をそちらに寄せ、言葉を促す。


(あ、ねえカオル。ちょっと聞いておきたかったんだけど、あたしが古都で“やらかした”のって結局何だったの~?)

 

 ……今、聞くことか?


 拍子抜けしてしまった。てっきり、何か今話しておかなければならない、重要なことでもあるのかと思ってしまったじゃないか。


 ――いや、今だからこそなのか。


 さっきの危うい発言。

 あれは、俺をからかうと同時に、実際に俺がユムナに変なことをしていなかったのかを確かめる意味合いもあったのかもしれない。

 俺の反応から、俺がやましいことを抱えていないことを読み取り、こうして今確かめている……、と。


(後で、話してやる。……一応、他の人間が居ない場所でな。ここではちょっと言い辛い)

(え!? ……ねえ、本当に何やったのよ、あたし)

「んんっ? 何のお話をしてるんですか?」

「ノエルが聞くには、まだ年齢としが足りないな。条例違反になってしまう――さて、少々早いが、俺達はお暇させてもらうことにしようか。睡眠時間が取れなければ明日の出立に差し障りが出る」


 アシュリー達等、この機会にもう少し話をしておきたい冒険者達などもこの場にはいるが……ほとんどの者達は、今日は夜通し騒ぐことを決めている。

 睡眠の要らない俺だけ、深夜にお邪魔させてもらうことにしよう。

 

「おや、もう行くのかい? 君はともかく、ユムナさんとノエルちゃんは置いていってほしいんだけど、仕方ないか……ああ、そうだ。君に一つ聞きたかったことがあるんだ。これが今生の別れになるかもしれないからね、今聞いても良いかい?」

「俺としては、この出会いを一期一会にはしたくないがな。――ああ、いいぞ。なんでも聞いてくれ」


 俺に、質問? 

 立ち上がった俺に従って、自分たちの席を立つ準備を始めるユムナとノエル。

 周りの酔客――冒険者達と最後の挨拶をしながら少ない荷物をまとめている彼女達の前で、銀髪の女性と俺が、見つめ合う。



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