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異世界を征く兄妹 ―異能力者は竜と対峙する―  作者: 四方
第四章:未だ遠き再会の日
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第五十五話:目には目を、歯には歯を。デカブツには、デカブツを。<土精霊タイタン>

 久々の主人公視点ですね。


 side:薫

「すまない、遅くなった」


 どうやら、間に合ったようだ。

 目の前にある竜モドキの小山のような巨体を見上げながら、ほっと安堵の息を吐いた。

 ユムナが召喚した土精霊“タイタン”に組み伏せられた巨大な怪物は、先ほどの魔力放出で力が抜けているのか、激しい抵抗をみせる様子は無い。


「アシュリー、本当にありがとう。お前達が居なければ、この怪物は町を蹂躙し、多くの被害者が生み出されていたことだろう。お前が冒険者たちを率いて今まで戦ってくれていたおかげで、俺達が間に合った」


 あの怪物に矛を向けていた冒険者たちの戦闘部隊、その指揮を執っていたらしい銀髪の女性――アシュリーに感謝の言葉をかける。

 その言葉を受け取ったアシュリーが、こちらを振り返る。

 腕に年若い少女(――また、お前の毒牙にかけたのか?)を抱いた格好の彼女が、複雑そうな顔をこちらに見せくる。

 整った顔立ちに、不機嫌そうな仏頂面を浮かべていた。

 おい、いつもの甘い笑顔はどこに行った?


 ――ああ、こいつはアリスとは別タイプの「男嫌い」だったか。危地に駆け付けたのが男とあって素直に喜べないのかもしれないな。

 

 自問自答で勝手な結論を出す。正確な答えが知りたくば当人に尋ねるべきだが、今はその時間が惜しい。

 礼は既に伝え終えた。すぐに視線を横たわった竜に向け、踵を返す。

 しかし、怪物目がけて駆け出そうとした俺の耳に不思議な問いかけが届き、思わず足を止めさせられた。


「君が、今回の私の『奇跡』なのかい?」

「奇跡? ……まあ、奇跡的なタイミングでの援軍ではあるようだが」


 怪訝な顔で言葉を返すが、アシュリーは勝手に納得したようで、笑みを口の端に載せ、「ははっ!」と短く声を上げた。


「ふん、なるほど。……加勢、感謝するよ。君にはいくつか聞きたいことがあるんだが」 

「悪いが、質問は後にして欲しい。“あいつ”を倒してからならいくらでも受け付けてやる。 ――ノエル!」

「はいっ、隊長! こっちの方です! ついて来て下さい!」


 よし、頼むぞ!

 今度こそ場を離脱してノエルの後を追い始めた俺の背中に向けてアシュリーの静止の声がかかったが、今はそれに応じている場合ではない。――“タイタン”の限界が来る前に、早く俺達の仕事をこなさなければならないのだから。


 俺の前を駆けるノエルが地を蹴って竜の体取り付き、剣士の脚力を全開にして緑の大壁を駆け登って行った。

 鱗の小さな隙間を手掛かり足掛かりにして、横たわった竜の体をアスレチックの岩山か何かのように軽やかに駆けあがっていく。

 時折大きく揺れる竜の体にも、ひるむ様子は無い。

 スピード・ロック・クライミングの教本あたりにお手本として掲載されていそうな見事な身体捌きに、内心舌を巻く。

 

 古都で共闘した時や森を抜けてきた時にも思ったが、こいつの運動能力は相当なものだな。「剣士」であるというだけが理由ではあるまい。獣人というやつは、こうも皆運動能力に長けているものなのか?


 俺も遅れずについていくが、実にしなやかに動物的な跳躍を繰り返すノエル程に優美な挙動とはいかない。……いや、そんなところで競っても仕方がないんだがな。


 ノエルの姿を追う一方で、現在、竜と取っ組み合いの大立ち回りを演じている茶色の巨人にも意識を向けた。

 回復したての魔力と、所持していたありったけの土魔石を糧にしてユムナが呼び出した土精霊、巨大土魔人“タイタン”。

 真の最上位土魔法使いでなければ呼び出すことはおろか言葉を交わすことさえできないとされる大地の化身は、全長なら自身より三回みまわり以上大きい竜モドキの動きを完璧に封じ込めている。

 目や鼻と言ったものが見当たらないのっぺりした土色の顔をしているが、その下にあるのは、男性の筋肉を模したかのような膨らみが見られる、雄々しく、屈強そうな体つきだ。


「隊長っ! あそこです! あの『背鰭せびれ?』のすぐ近く! あの変わった形の鱗が、ちょうどそのポイントです!」


 ノエルが「目標」の位置を告げた。

 なるほど、見えた。 鱗そのものの形が違うとは運が良い。僥倖と言って構うまい。これなら、俺でも目視確認ができ……ん? いや、あれはもしや話に聞く『逆鱗』という奴じゃないか? 

 魔力感知能力を持つノエルに探り当ててもらった、怪物の「体内循環魔力収束点」。背鰭に隠れ、発見し辛くなっていたそのポイントは、『表裏がひっくり返った鱗』の姿をしていた。

 緑鱗りょくりんの地面にぽつんと存在する、「危険スイッチ」。俺の喉がゴクリと鳴る。


「ノエル。“あれ”への攻撃は俺がやる。お前は今すぐここから降りろ。そして、枝上に置いてきたユムナを回収して、一旦退避していて欲しい。ユムナには『“タイタン”にはとにかくこの魔物を町に向かわせないことを優先させるように』と伝えてくれ。それと、下の奴らにも今すぐこの化け物から離れるよう呼びかけるんだ」

「えっ!? あ、り、了解ですっ!」


 当初の予定とは違う指示だ。

 魔力収束点という弱所――尋常な魔物であれば、そこを攻撃されれば魔力制御を乱され、一気に弱体化するポイントは、ノエルに攻撃して貰うつもりであった。

 その後、魔力の流れを阻害されて弱った竜の、眼や口内、可能であれば核たる魔結晶を、俺が銃で打ち抜く予定だったのだが――それではノエルが危険すぎる(・・・・・・・・・)


 急な予定変更を即座に受諾したノエルは、くるりと体を反転させ、今やってきた方向に向けて駆けだした。

 助走をつけて竜の背から飛び立つノエル。そのままひゅうんと綺麗に宙で一回転し、頭上の耳で風を受けながら落下して行く。


 風の魔石を地面に叩きつけてふわりと着地したノエルが、駆け寄ってきたアシュリーに、冒険者達に退避の指示を出すよう頼み込んでいるのを意識の隅で確認する。

 通常なら感知しえないだろう20mほど下での出来事だが、「力」を解放中の今なら、俺はロックコンサート会場で落ちた10円玉の音さえ、音情報の選り分けによって聞き分けられる。これくらいは訳無い。

 狼狽の後に逡巡するアシュリーの顔が目に浮かぶ。だが、アシュリーはノエルの願いを全面的に聞き届けてくれたようだ。

 アシュリーの退避の指示を受けた冒険者たちが、一旦竜の元まで戻ってきた足で、今度は適度に寄り集まりつつの一時退避を始めた


 俺はそれを確認した後、逆手に構えたナイフをぐっと握り締め、件の鱗の真上に立った。

 全身の体重と渾身の筋力を込めて振るったナイフが、その鱗に深々と突き刺さる。


 そして――

 


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「あ、ありゅえ! ノエルちゃん!? ノエルちゃんじゃないですか!」

「何だ、君たち、知り合いかい?」

「ごっ、ごめんなさいっ。私、覚えてないですっ。えっと、どこかで…… ――あっ、居た! ユムナさん! 私に捕まってくださいっ!」

「ありがと~、ノエルちゃん。って、あれ~? ノエルちゃんだけなの? あの馬鹿カオルは?」

「まだ、あの魔物の上です……。何で私だけ下ろされたのか、私にもさっぱり」

「君たちには、質問したいことが山のようにあるんだけど……“カオル”が帰って来ないことにはそれも叶わないのかな?」

「そんなことないわよ~、女隊長さん。あたしが答えられることなら答えてあげられ――ッ!?」

「? どうしたんですか、ユムナさっ――!!」

「おい、君たち。いきなり後ろを振り向いてどうし――!?」

「ふぇえ?」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 ……手ごたえあり。


 深く突き刺さったナイフを捻って傷口を抉った後、置き土産にポケットから取り出したブツを傷口に突っ込むと同時、すぐさま駆け出した。


 俺のナイフが鱗を貫いた瞬間より、体の動きを完全に止めた竜。

 その静止の時間が、「断末魔を上げる前の弛緩」によるものだと思うほど、俺は楽観的な性格ではない。

 

 むしろこの静止の時間はおそらく――「タメ」の時間。


「…………GI…………GO……!! GGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGHHHHHOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!」


 宙に身を躍らせた俺の背後から、文字通り「逆鱗に触れられた」ことに対する憤激の咆哮が上がった。

 


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