第五十四話:さあ、戦場だ。働け屑ども!<冒険者の抗い>
遅れましたああああ!
すいませええええん!!
「おい、ユムナ! このままじゃあいつの方が先に町に着くぞ! 本当に“気球の始末”は絶対条件だったのか!? 今更だが、お前の光魔法でステルス航行という手もあったはずだ!」
「そんなこと私に怒鳴らないで~。アリアンロッド様が言うには『空から舞い降りた救世主』ってのがどうも駄目らしくて……」
「そんな理由だったのか!? おい、そのふざけた運命神に文句を伝えてくれ」
「ちょっとっ! 落ち着いてください隊長! よそ見してたら木にぶつかっちゃいます! このあたりの木は世界で一番硬いと言われているんですよ!?」
「このくらいの立体機動、片手間でこなせる。そいつに文句を言う方が先だ」
「ああ~、ごめん。今の言い方には語弊があったわね~。後で詳しいことは伝えるから、先を急ぎましょ」
「仕方ない……。しっかり掴まってろ、ユムナ! そしてノエル、もっと限界ぎりぎりまでスピードを上げるぞ!」
「はいっ!」
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「GHOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOH!!!」
「み……耳が~~!」
「全部隊! 全力で攻撃を叩きこめぇ!!」
詠唱を完成させた二人の冒険者の前に、とうとう待ち構えていた巨大魔物が姿を現していた。
間近で見る強大な魔物。緑の巨体は彼女達の視界全てを覆い、本来彼女達の下に届くはずだった太陽光の全てをその身で遮っている。
凶悪な牙を数十本と揃えたその強靭な顎から、鼓膜を破かんばかりの咆哮が上がる。
その怪物の、鋭利な爪を有する前脚二つは、地中深くに沈み込んでいた。
柔らかな土質に変化させられているその土中に、自身の圧倒的な質量故に奥底まで埋まり込んだその足は、少なくとも数十秒は引き抜くことができぬように見えた。
隙を晒した怪物に、木々の合間から鬨の声を上げながら姿を現した冒険者たちが突進していく。
「剣士」達の闘技が、魔法使いたちの魔法が、あらゆる種類の攻撃が竜の巨体を貫く。
「ずぇえりゃあ!」一人の剣士が、後ろ足の爪の間めがけて渾身の「魔刃」の闘技を叩きんだ。
「切り裂け!『我流奥義・焔一閃!』――やったか!?」右目に眼帯を装着した少年が、「縮地術」の応用で枝から華麗に飛び立ち、赤く光り輝くただの「魔刃」を力強く首筋に叩き込んだ。
「「「届けぇ!」」」質より量とばかりに三人の風魔法使いが協力して生成した50本近い風の刃が、空気を切り裂き、唸りをあげながら怪物の目に向かって次々に飛翔していく。
「ヒャーハハハ!! 一子相伝の錬金爆薬だぜえ! たっぷり味わいなあ!」狂った笑い声を上げた青年が、怪物の鼻面に夏果実型の何かを大量に投げつける。
「さっさと死ねよ! 化け物ォ!」恐怖を顔に張り付かせた男が、必死に足を動かして接敵し、動けないのをいいことにやたらめったらと斬りつける。
「魔刃」の発動により、輝く光の尾を引いている冒険者たちの剣が、硬質の鱗とぶつかって火花を散らした。
「はははははは! やればできるじゃいか! さあ、もっと猛れ! 冒険者ども! ここは死と背中合わせの戦場だぞ! 狂気の炎で、己の心を燃やしつくせ!!」
「「「うぉおおおぉおおおおおおおぉおおぉぉおおおおおおおおおぉおおおおおお!!」」」
「足りない!! 足りないぞ、お前達! 貴様らの“決死”の力はその程度か!?」
「GHHHYYIIIIOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOH!!!」
姿を現した化け物――その前に立つだけで、震えが走るほどの凶悪にして強大な力を感じさせる存在。それを眼前にした冒険者たちが、狂気をもって恐怖をねじ伏せ、あらんかぎりの力で攻撃を叩きこむ。
その冒険者たちを煽り、猛獣使いのごとく狂気の者達をまとめるのは、指揮を執る銀髪の女性。
群れることを嫌う気質のある冒険者をまとめ上げる最善の方法は皆の感情を一つ方向に束ねることであると知っている彼女は、ただひたすらに皆を煽り、攻撃を促す。
彼女自身も、鈍色に輝く魔石を取り出し、高速回転する鉛の杭を作成。咆哮する化け物の口内めがけ、ミサイルのように発射した。
唸りをあげて飛翔していった鈍色の杭は怪物口内に吸い込まれ、その粘膜を突き破る。
怪物の悲鳴と共に赤い血しぶきが上がり、眼前に立っていた年若い冒険者の兜を濡らした。
先程から腰が引け、攻撃を躊躇していたその男が思わず絶叫をあげる。そのまま手に持った大鎚を振りかぶって怪物めがけて突っ込んで行った。
――そうだ。働け屑ども! お前達の恐怖心が、自身の身の安全を憂えるその臆病な心が、この戦場においては最高の狂気に変換される!
冒険者たちの攻撃は、致命傷を負わせるとまでは至らぬまでも、怪物の弱所と思われる部分――主に鱗の無い顔の重要器官などを損壊させ、充分に怪物に痛みを与える役割を果たしていた。
それは、自身の命を奪い得る存在を無駄に刺激し続けているという意味でもあるのだが。それら攻撃に対する返礼として、怪物による絶大な暴力が彼らの身に振りかかるであろうことは疑いがない。
覚悟を決めた一部の者達は、それすらも乗り越えてやろうという決心の下で、自身の死への恐怖と戦場の狂気に身を委ねた者達は、ただひたすらに攻撃することにのみ腐心することで、強大な敵に立ち向かっていた。
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAH!!!」
腕を地中に拘束されたままの怪物が、地団太を踏むかのように後ろ足を大きく振り上げ、地面を思い切り踏みつけだした。
巨体が見せた稚拙なステップに、巨大な振動という形で大地が答えた。
だが、大地の震動ごときで体勢を崩すような者はこの場にはいない。
この場に集った者達は、仮にも皆、冒険者である。
気を抜けば即、死が待っている魔力地帯に、己の武器のみを頼みに入り込んでいく存在だ。
危機には誰よりも敏感で、死の危険から逃れる最良の術は身を竦ませることではなく、どんな無様な姿であってもとにかく体を動かすことだと、その体で理解しているのだ。
怪物の力が抜けた瞬間こそ好機と考え、突撃の構えを取り直した者らがいれば、狂気を目に宿しながらも、すぐさま距離を取って踏みつぶされぬ位置取りを確保した者らもいた。
「一旦引け! 充分に奴の気は引いた。魔法使いと「気弾」が使える者達以外は――!?」
そろそろ地の拘束が破られる、敵の足踏み行動はその前触れだ――そう考えた指揮官の女性が指示を出そうとした刹那――
怪物を中心に、爆発的な勢いで突風が吹き荒れた。
台風はおろか局所的な竜巻に匹敵する勢いで巻き起こった豪風が、怪物に群がっていた冒険者たちを、塵か何かのように吹き飛ばした。
「くっ!? 風魔法か土魔法が使える奴!! 吹き飛ばされた周りの者達を安全に着地させろ!」
自身は咄嗟の土魔法で足を拘束して踏みとどまった銀髪女性が、噛み少女を抱きかかえながら、周囲に指示を出す。
――くそっ! あの巨体で魔法まで使えるだと!? 化け物め――なっ!?
正面から襲い掛かってくる豪風を、腕で顔を覆うことで耐える女性。
退かされるのは己の誇りが許さんとばかりに踏みとどまり続ける彼女は、自身の視界の真横に、「何か巨大で太いもの」が迫ってきたことに気づいた。
風切り音と共に接近してくる、何か大きなな物体。
一瞬ハッとなるが、もう遅い。――手遅れだった。
――あの怪物の尻尾か!? 拙い……回避が間に合わな――
地面から引き抜いた右前脚を振るって勢いをつけることで繰り出された、長大にして頑丈な尻尾による、斜めからの振りおろしの一撃。
直径がすでに人間の身の丈を越えているという、実に馬鹿げた鞭から繰り出される一撃だった。
せめてもの力を振り絞って手に抱える少女を庇い、背中で尻尾の一撃を受けようとした女性。
その背後で轟音が鳴り、土煙が舞い上がった。
だが、いつまでたっても女性が覚悟した尻尾の一撃は襲い掛かってこなかった。
――なん……何だ? いったい何が起きた?
恐る恐る後ろを振り返った女性が見たのは、わずか自分の歩幅数歩分という地点に振り下ろされ、尻尾型に刻まれた巨大な溝と、そこに半ば埋まった怪物の尾。
その尾の先を目線で辿っていくと、緑の鱗でおおわれた怪物の身体の先に、不可思議な茶色い存在が視界に入ってきた。
それは、強大な怪物を押さえつける、身の丈30メルトルは有ろうかという巨大な土の巨人。
全長100メルトルに至るだろう怪物と並ぶと小さくも見えるが、その身体から醸し出される威厳溢れる存在感は、怪物のそれと比べても決して引けをとるものではなかった。
グルル、グルルと威嚇の声を上げる怪物の頭を小脇に挟んでガッチリと拘束し、離そうとしない。それどころか、さらにきつく締めあげ、怪物に苦悶の鳴き声を上げさせている。
「――すまない、遅くなった」
突然現れた謎の巨人に呆然としていた女性指揮官の背後から、つい数日ほど前に聞いたばかりの、若い男の声がかけられた。
その声の、正体は――




