第四十八話:大空の上で、包み隠さず本当の気持ちを教えて欲しい<司祭長様の迷い>
side:薫
ノエルが作り出した火球群が、気球の周囲を巡り始めた。
その様はまるで、気球という恒星の周りを公転し続ける衛星のようだ。
時折、ノエルの指揮の下で引力のくびきから解き放たれる火球。それらが、俺達を追ってくる飛行魔物達へと吸い込まれていく。
ノエルが扱っている火球の魔法。
それ自体は初級魔法クラスの、ごく初歩的なものだ。
しかし、これほどまでに連続して、これほどまでに精密に、これほどまでに無駄なく魔法を扱うことは並大抵のことではないはず。
この事実が示すのは、それだけノエルが火魔法使いとして優秀であること、そして現在は恐らくもう一つ。
「ノエルちゃん、張り切ってるわね~。貴方の出番は無いんじゃない、カオル?」
「まあ、それならそれでいいさ。少しくらい余裕があるくらいがちょうど良い。」
「まあ、そうね。あ、あった。ノエルちゃ~ん、あたしの魔石も分けたげる。これも使いなさいな」
「あっ、ありがとうございます! ユムナお姉さん」
「いいのよいいのよ~」
荷物をごそごそと漁っていたユムナが、火の魔石を取り出してノエルに手渡した。
受け取った火の魔石を握り締め、より一層のやる気を見せているノエル。
命からがらの逃走中だというのに、その顔はどこか晴れやかだ。
心なしか、彼女の狐耳もぴくぴくと嬉しそうに跳ねているように思える。
空中に、ノエルの作り上げた爆炎の華が咲き、少し遅れてその破裂音がこちらまで届いてくる。
これが夜であれば、日本の花火を思い出して郷愁に浸っていたかもしれないな。
――紅が居たら、どんな反応をしていただろう。
あいつは子供のころ、村の夏祭りが大好きだった。
俺も、紅に手を引かれて屋台を駆け巡っていたのを覚えている。
普段は倹約志向だった紅が、祭りの時ばかりは羽目を外して、両手をリンゴ飴とたこ焼き入りの紙舟で武装していた。
紅のお気に入りの花火鑑賞スポットは、神社の石段の上だった。
紅が笑顔で石段を駆けあがり、それを俺がゆっくりと追う。
紅の催促の声を受けながら、中々長かったあの石段を一歩、また一歩と登って行くのだ。
そうしてたどり着いた社近くの石段を、俺達二人が並んで腰を下ろして、独占する。
小さな村の小規模な花火大会だ。今思えば大したものでは無かったはずだが、紅と一緒に過ごしたあの夏祭りの思い出は、今でもしっかりと胸に刻まれている。
――もう、何年も行ってないな、夏祭りなんて……って、おいおい。しっかり郷愁の念を掻き立てられているじゃないか。
苦笑が漏れる。今は、そんなことを考えている場合じゃなかったな。
頭に湧き上がってきた日本の情景を振り払う。狭い気球内に、自分の意識が戻ってきた。
安定した航行を続けている気球内。木製の搭乗部に乗っていても、揺れはあまり感じない。
顔を巡らせると、火球を生成し続けるノエルと、風にあたって気持ちよさそうに涼んでいるユムナの姿が目に入ってくる。
そのユムナが、独り言を漏らした。
「順調ね~。もう古都の領域からは抜けられそう。このまま町まで飛んで……え? ああ、駄目なのね。この『気球』は処理して、人目につかないようにしておいたほうが良いかしら」
緊張感が抜けていたユムナが、あからさまな「失敗」をしていた。
独り言で「え?」は無いだろう。
――ふむ。
せっかくの機会だ、ここで確かめておくか――ユムナの信頼度が、どの程度のものであるかを。
「それはお前の意見か? それとも……、アリアンロッドの意思か?」
何気ない調子で、重要な問いを投げかけた。
縁から身を乗り出して進行方向を眺めていたユムナが、慌ててこちらに顔を向けてくる。
その瞳は大きく見開かれていた。
不意を衝かれて動揺しているのだろう。
魔物退治に全力を傾けているノエルの背後で、俺達二人の視線が交錯した。
「俺が気づいていないとでも? これまでも、ちょくちょくそうやってアリアンロッドからの“神託”……いや、連絡を受け取っていたんだろう?」
さらに動揺を誘うような一言を放つ。
ユムナの瞳に迷いが生じた。
今までなら、にべもなく誤魔化しに入っていたはずのユムナが、迷いを見せている。
……ここだ。
「俺が信用できないか? ユムナ」
今のユムナは、俺への信頼とアリアンロッドへの信仰、二つの重石を両手に載せて揺れている天秤のようなものだ。
ユムナを完全に俺の側に引き込むチャンスは、今しかない。
躊躇いがちに揺れていたユムナの視線が、徐々に俺の目を覗き込む形で固定されていった。
その青い瞳を覗き込み、できるだけ優しい声音で語り掛ける。
「俺はお前のことを信頼してきているぞ? 今回の逃走。お前が居なければこうまで上手く事を運べなかった。俺の命だって危うかっただろう。もう俺は、少なくともお前が俺の命を狙っているなんて思っていない。お前が教えてくれた知識についても、あの“図書塔”で正誤を確かめられた。“教会”の探索ができなかったのは心残りだが、な」
笑顔を作り、立ち尽くしていたユムナの手を握った。
「お前だってこの旅を通して、俺の人となりは大凡掴んだはずだろう? お前がアリアンロッドからどんな使命を受けたかは知らない。教えるつもりが無いというなら、教えなくてもいい。だけど、もう少しだけ俺を信頼して欲しい。俺を、信じてくれ」
姑息なタイミングで語りかけたぼは間違いないが、告げている内容に嘘は無い。
――それに、俺だって、もっとユムナのことを信じたい。ユムナを俺の仲間だと、胸を張って言えるようになりたいと、今では強く思っている。
俺の前で見せてきたユムナの言動。あれらが全て、俺を欺く演技であったなんてことは無いはずだ。
俺を信頼してくれ、ユムナ。そして、俺にもお前を信頼させてくれ――
しばし、沈黙の時が流れた。
ユムナの目線が、次第に繋がれた俺達の手の方に移っていく。
その手の上に、何か小さく透明な物が落ちてきた。
その、正体は、
ユムナの目元から流れ落ちた一筋の滴。
ユムナが流した、涙だった。
「ごめんなさい、カオル。私、貴方に今“一つだけ”嘘を吐いてるの。その嘘が何かは……言えない」
その涙は、信仰神への忠義を果たしきれなかった己のふがいなさを嘆くものだったか、それとも、俺に対しての申し訳なさから来たものだったか――
分からない。
分からないが、一つだけ分かったことが、他にある。
「そうか……。なら、今はそれが何かということは聞かない。お前が俺を信じてくれたと分かった。今はそれだけで、十分だ」
ポケットから取り出したハンカチをユムナに手渡してやる。
もとより大した量の涙を流していた訳では無かったが、その分、その一滴に込められたユムナの思いは、決して軽いものでは無かったはずだ。
受け取ったハンカチで、ゆっくり目元を拭うユムナ。
そのユムナに対し、何か気の利いた一言でも言って慰めてやろうと口を開いた矢先。
「お兄……隊長っ! なんかヤバそうなのが来ました! あれを私の火球でどうこうするのは無理ですっ!」
ノエルの焦りの混じった叫び声で、中断を余儀なくされた。
「何だと! ……っ!! あいつは……!?」
立ち上がって後方を振り向いた俺の間に飛び込んで来た巨大な影。
大きく翼を広げ、長く伸びた首をもたげてこちらを見据えている存在。
あまりのスケールの違いに、一瞬、俺達のすぐ近くにいるのかと錯覚してしまったそいつは――
「PHHIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIYYYYYYYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
古都ノクワリアの中心、王拠跡に陣取り、巣をこさえていたあの、巨大生物。
ジャンボジェットより二回り以上は大きい、超巨大魔物――大魔怪鳥だった。
SSのリクエスト、まだまだ募集中です。
誰かからのリクエストを書くというのは、自分にとっても勉強になる経験です。
何か思いつきましたら、気軽に教えて下さい。