第四十七話:空の旅は逃避行~<浮上せよ>
side:ノエル
結界の境を飛び越えると、異形の昆虫達が視界を埋め尽くしていた。
巨大な複眼がぐるりと動き、飛び出してきたた私達の姿を姿を映しこんだ。
翅を使い、地上で蠢くなんでも溶かす緑スライムを避けてここまでたどり着いた魔物達だ。
私を確認した魔物達が、六本足を繰る昆虫独特の動きでカサカサダカダカと寄ってくる。
生理的な拒否感が湧いてくるような気持ちの悪い挙動だけど、これくらいで怯むもんか!
「てやああああっ!」
構えた剣を踏み込みに合わせて鋭く振りおろし、勢いを止めずそのまま横に一閃する。
――まだまだだ行くよぉっ!
当たるを幸いに、手あたり次第寄ってきた魔物達を切り伏せていく。
愛剣を一振りするたびに、体殻を切り裂かれた魔物達が宙を舞う。
魔力の通った剣が硬い甲殻を紙のように切り裂き、中の臓腑と骨とを両断する。
緑の体液が体にかかってきて気持ち悪いけど、愚痴を言ってる場合じゃない!
地を這う魔物は魔力を込めた全力の踏みつぶしで、甲殻の極端に硬い魔物は「魔刃」の闘技で強引に突破する。
無茶な取り回しだけれど、私の剣は私が欲する通りに敵を斬り、それでいて尚、切れ味を失ってはいない。
私の愛剣は、このくらいじゃ刃こぼれ一つしないもんっ!
順調に殲滅作業を進めていた私の頬を、何か鋭利なものが掠める。
慌てて首を振って回避したそれは、両手に黒光りする刃を発達させた蟷螂型の魔物の攻撃。
――嘘っ! 今の攻撃、見えなかった!?
今の攻撃を仕掛けてきた魔物の姿を、慌てて視界の内に入れる。
近距離戦闘に特化した魔物なんだろう。赤い体を揺らしながらゆっくりとこちらに接近してくる大蟷螂の姿に緊張を覚え、剣をそちらに向けて構え直す。
そうして蟷螂型魔物と牽制し合っていると、突然、横合いから甲虫型魔物が突進してきた。完全に不意を打たれた! 回避できる状態じゃない!
慌てて横に構えた剣の腹で、その攻撃を受ける。
牛並みの巨躯から繰り出された体当たりを受けとめきれず、私の体が真横に吹き飛ばされた。
「くうぅっ! せいっ!」
足元から土煙を上げつつもなんとか踏みとどまり、返す刀で真下から剣を跳ね上げ、その頭を真っ二つにする。
しかし、その体当たりの対処で、大きな隙を見せてしまった。
そんな私を、上空から飛来した巨大な鷹型魔物が狙ってくる。
駄目――対応しきれない!
一撃受けることを覚悟して体を強張らせた私の前に、黒い影が立ち塞がった。
「隊長っ!」
「油断するな。結構厄介な奴も交じっているぞ」
冗談のように滑らかな挙動で鷹魔物の爪足を右手のナイフの一閃で切り落とし、即座に伸ばした左手でその首を絞めて絶命させた男が、私の注意を喚起する。
さっき私が対峙していた蟷螂の首もいつの間にか斬り飛ばし終えていた彼が、周囲の魔物達を牽制しながら、私と背中を合わせて呼びかけて来る。
「ここは手分けして当たろう。地上の奴らは俺が相手する。お前には指一本、足一本、顎一本触らせやしないから、お前は空中の敵を倒していけ。『火球』あたりなら技後硬直も殆ど無しで使えるだろう? 頭上、特に“穴の真上”の敵を優先して焼き払え」
「はいっ!」
この人なら、きっと言ったとおりにしてくれる!
寄ってきた大蜘蛛の足を捕みとって投げ飛ばしたかと思ったら、今度は毒の鱗粉を撒き散らす巨大蛾の翅を斬って、緑スライムの蠢く地上に投げ落とし始めた男の姿を見てそう確信した私は、剣を肩に担いで足に魔力を集中した。
よしっ! それなら私は、自分の仕事を全うだ!
かつては図書塔の象徴だったと思しき壊れたモニュメント。銅製のそれを足場に、宙に身を躍らせる。
その過程で火の魔石を用い、無詠唱で四つの炎弾を作り出した。
作り出した手のひら大の火球を、そのまま私の周囲を巡らせる。
「落ちろおっ!」
剣の届く範囲にいた二体の昆虫魔物を、横なぎに力いっぱい振るった回転切りで斬り飛ばす。
それと同時、左右に二発ずつ放った火球が、少し離れた場所にいた二匹の猛禽型魔物達に命中、小さな爆発音を轟かせた。
火球の直撃を受けた魔物達が、煙を上げながら落下していく。
「よし、いいぞ。その調子だ!」
地上に降り立った私に向けて、この戦いで初めて称賛の声が届いた。あ、う、嬉しいっ!
男の方は既に、私に向かってきそうな魔物を優先的に排除しながらも、相当数の魔物を屠っていた。
塔に寄ってくる魔物の数より、私達が刈り取っていく魔物の数の方が、明らかに多い!
私達の強さに気圧されたのか、魔物達の攻め足も明らかに鈍ってきている。
その後数十秒間、私の炎弾が炸裂する音と、魔物達の断末魔だけが響く時間が過ぎ、塔の魔物達の大半が殲滅された頃、
「ノエル、詠唱を開始しろ! ユムナが“上がって”きている。そろそろこっちまで辿りつくぞ!」
男の指示を受け、私は詠唱を紡ぎ始めることにした。
軍式の特殊な訓練を受けている私は、剣を振るいながらでも集中の必要な高位魔法が使える。えへへ、ちょっとだけ自慢。
≪火の精霊よ、地に生きる者、ノエルがその力を請い願う。眼前の敵を打ち払う、粛清の炎を顕現させたまえ。その炎は、瞬きの間にのみ在ればよし。爆風をもって、彼の者らを排除せよ……ディニス・ウラーエ・フルベルク!≫
精霊の力を借り、イメージしたのは空に浮かぶ魔物達を吹き飛ばす、爆風。
そのイメージを、現実に顕現させる。
頭の中に浮かんだ三節の呪文で詠唱を締めくくり、力強く体を巡っていた魔力を紡ぎあげて、魔法を構成。
図書塔の真上、私が剣で指し示した地点を中心に、目を眩ませる光が一瞬だけ点灯した。その瞬間――
「ひゃあっ!?」
光を見てすぐさま動き出した男が、私の襟を掴み、塔の屋根に体を投げ出して穴の縁を掴んだ。
その、刹那の後。
私の想像以上の規模で膨れ上がった光が、轟音と共に弾け、爆風が周囲に撒き散らされた。
体を伏せていた私達も、巻き起こった暴力的な風に髪を煽られる。体だけは攫われないように、必死で体を屈める。
爆風が過ぎ去った後、私の体に覆いかぶさった男がじっとりと非難の目を向けてきた。
「また勝手なことをしたな……。後で反省してもらうぞ」
「ごめんなさい……」
周りの魔物を全部吹き飛ばせるイメージが沸き上がったからついつい使っちゃった。
呪文を紡いでいる時は気にしてなかったけど、自分たちまで吹き飛ばされたら本末転倒だよね……
「まあ、だが……、これで俺達の“出発”を邪魔するものは一匹もいなくなったな。そこは評価してやろう」
「ええと、喜んでいいんですかね?」
「駄目だ」
「貴方たち、案外余裕そうね~? で? 大急ぎでこの“気球”を完成させたあたしに対する称賛も労いも無いのかしら~、カオル?」
私達が伏せっていた天井の穴の中から、球形に形作られたモザイク模様の布、そしてその球から垂れ下がる6本のロープに吊るされた、木製の巨大な籠……というよりは、お皿? みたいなものがふよふよと“浮上”してきた。
その木製の皿の縁からは、二人折り重なっている私達をジト目で睨み付けているお姉さん――確か、ユムナさんと言ったはず――の顔が覗いていた。
「凄い……。本当に飛んでるや」
思わず口からそんな言葉が漏れた。
男――カオルさんから聞いてはいたけれど、「空飛ぶ乗り物」なんて、この目で見るまでは信じ切れていなかった部分があった。
「ああ、ありがとうな、ユムナ。ほら、ノエル。さっさと乗り込むぞ」
「軽っ!? もうちょっと褒めてくれたっていいでしょ~?」
皿の縁に手をかけたカオルさんが、ようやくの笑顔を見せて私に手を差し伸べてきた。
……私じゃなくて、ユムナさんに向けた笑顔なんだろうけど。
複雑な気持ちで、その手を取る。
「さて、もう一頑張りだ。もう少しだけお前の力を貸せ、ノエル」
――あ、違った。これ、私に対しての笑顔だ。
私とあの建物で会った時の屈託のない笑顔ではないけれど、確かに私を認めてくれて、私を労ってくれている笑顔だ。
私の足が、地から離れる。カオルさんの手に釣り上げられ、気球の中まで持ち上げられた。
手を引かれていた私の顔は、笑顔だったと思う。私の耳も、心中の喜びを表してぴょこぴょこ揺れていたし、ズボンの中の尻尾も同様だ。
そして気球の搭乗部分の中――木製の船のような外観の場所に上がり込む。
「ユムナ、“帆”の準備はできてるな?」
「勿論。ほら、これよ」
カオルさんの問いかけに対するユムナさんの回答は、元々は本棚の棚の部分だったと思わしき木の板と、この“気球”の球部分を構成しているのと同じ、モザイク布。
ユムナさんが床から持ち上げたそれらをばさりと宙に広げ、指をパチンと鳴らす。
すると、搭乗部分の両脇に、ばさばさと音を立てて布が展開していき、象の耳のような「帆」に形を変えた。
これ、なんだか、これから港を出る帆船みたいで、格好いいかも。 「帆を張れ、出港だ!」――なあんちゃって。
「ほ~いっと、一丁上がり。これが『加工魔法』よ。大したもんでしょ? ああ、そういえばカオル。指示通り『読めなくなった重量感のある本』も大量に積んできたけど、これ、どうするつもり~?」
「ああ、こうするつもりだ」
木の床に重ねて積んであった一冊の本を拾い上げたかと思うと、気球の外に向けて全力で投擲したカオルさん。
え? その本ってこの町にしかないような、貴重なものじゃないの?
「よし、ストライク」
「こ、の、罰当たり~!! そんなことに使うんなら、本じゃなくても良かったでしょうが~!」
カオルさんが投擲した書籍は、放物線を描いてしゅううっと飛んでいった。
そして、私の爆風が収まって何とかこちらに近づこうと試みていた飛行魔物に命中。
眼鏡をくいっとあげたカオルさんが、満足げな表情を浮かべて、落下していくその魔物を眺める。ユムナさんの抗議の声なんてどこ吹く風。
「あのっ、隊長! 遠距離攻撃なら私が火球でやりますから、大丈夫です! 隊長は、ユムナさんを労ってあげていてください!」
「あら、いいこと言うわね~。ノエルちゃん。あたしも手伝うわ」
「ユムナ、お前は休んでろ。相当消耗しているのは見れば分かる。いざという時、お前の魔法は必要だ」
腕を捲って縁から身を乗り出そうとしていたユムナさんの肩を、カオルさんが背後から掴んで制止した。
それを受けて顔を赤らめたユムナさんが、何かを振り払うかのように必死にぶんぶんと顔を横に振る。
? 一体、どうしたのかな?
まあ、今はそっちを気にしてる場合じゃないかな。
ポケットに入っていた魔石を取り出し、火球の構成を開始する。
上昇を続けながら、風を受け、私達を載せて動き出した「気球」。
追手の魔物はまだあるけれど、一緒にいるのは頼れる人達ばかり。
うん、大丈夫!
これならきっと魔力地帯の外まで脱出できる!
「見ててくださいね、カオル隊長! ユムナお姉さん! この気球は絶対守り抜いてみせるよぉ!」
そろそろ三章も終わりです。この機会に幾つかSSを描きたいと思っているので、「誰の」「どんな話」が読みたい等のリクエストを暫く募集させて頂きます。
尚、物語的に不可能な内容は強制的に「夢落ち」エンドになりますので悪しからず。




