第四十六話:素直な奴は、成長が速い<図書塔の脱出口>
古都編が予想以上に長引いてるなあ……。すいません、今回は戦闘前の繋ぎ回です。
side:ノエル
ゴツン、ゴツン。
頑丈な靴の底が石の階段を一歩踏むたび、小さくない足音が辺りに反響する。
目の前を歩くのは、20歳には届いていないんじゃないかと思うくらいの若い男性。
今は、私の今回の「役目」に関して、説明している人。
その横顔をちらりと盗み見た。
――不思議な人。
そんな感想が、胸に湧く。
自分と同じ獣人の友人がいると言っていた人。
初めて会ったときは、屈託のない笑顔を見せてくれた人。
細っこい外見からは想像もできないくらい腕っ節の強い人。
私の失敗を、本気で怒って、叱った人。
あの年上の恋人さんらしい人から、凄く信頼されてた人。
私の失敗を雪ぐための任務を与えてくれようとしている人。
何故だか今はもう……私に笑顔を見せてくれない人。
優しいのか厳しいのか。たぶん心根の優しい人なんだと思うけれど、今の私には厳しい顔だけを見せている人。
「隊長っ」
そんな人に向けて、呼びかける。
「何だ?」
……振り返ってくれない。
その背中から、返事だけが返ってきた。
「あの。今更だけ――今更なんですけれど、どうやってこの塔、というかこの町から脱出するんですか?」
その問いに対する返答は、まっすぐ真上に向けられた右手の人さし指。
えーっと、上ってこと?
「天井から? 確かに階下は緑の流動体に覆われてますけど、この塔から他の塔に飛び移る方がリスキーなんじゃ……」
男が急に足を止めてすうっと振り向いた。
私の体が勝手にビクンと反応する。
まずうっ! 私、何か怒らせること言っちゃった? 本当にそれしか手が無いほど追いつめられてるの? しかもそれって私のせい……
自分の頭上で、母親譲りの狐耳もビクビクと跳ねてるのを感じる。
ううっ、また怒られちゃうの……?
結論から言っちゃうと、その心配は杞憂だった。
振り向いた男が次に指を向けたのは、グルグルと螺旋状に続く階段の中心部、その階下の光景。
「今、ユムナが作っている“俺達の希望”。あれに乗って脱出する」
乗る?
えーっと、乗り物なんだよね。
馬車とか荷車ってことはないはずだから、あの数の魔物と戦えるものってこと?
もしかして、魔法生物か何か?
だとするとあのお姉さん、錬金工房の施設も無しにそんなもの作れるんだ。凄いっ!
思わず手すりから身を乗り出して、一階を覗き込んじゃった。
さっきまで床に散らばっていた布が、いつの間にか繋ぎ合わされて、大きな袋みたいな形になってる。
なんだか、ちょっぴりあれに似てる気がする。
そう。海棲魔獣の、大魔蛸(クラ―ケン)みたい。
「ふむ。丁寧な仕事だな。さすがユムナ。いい意味でも悪い意味でも俺の期待を裏切らない。これなら直接作成に口を出しに行かず、最終確認だけすれば良さそうだ」
私の隣で下をのぞき込んだ男が、満足そうに頷く。そういうのは、本人の前で言ってあげればいいのに。
そんなことを考えていたら、男がくるりとこちらに顔を向けてきた。
無いと分かってはいても、折檻されるんじゃないかとびくびくしてしまう。
「因みにあの“乗り物”はな――――――」
お父さん、この時ばかりは恨むよ。軍の訓練でお父さん以外の人間に私を叱らせなかったせいで、叱られ耐性が身につかなかったじゃないっ。
なんだかこの人妙に「叱り慣れ」してて怖いし……。お父さんにもほっぺたなんてぶたれたことなんてないのに~。うぅ~。
「聞いているか?」
「……はいっ! 聞いてます! 完成した“あれ”に乗って逃げればいいんですよね!?」
うう、拙い。集中して聞いて無かったから、うろ覚えだよ~。
乗り物の説明の他に、これからの私の「任務」についての説明も少し混じってたのは、何となく分かる。
ここは誤魔化し…………いや、それはきっと駄目。
「いいえ、ごめんなさい、ちゃんと聞いてませんでした。もう一回教えて下さい」
頭を下げて、もう一度教示してくれとお願いする。
さっき、自分勝手な判断と思い込みで大失敗したばかりだもん。
ちゃんと聞かなきゃ、きっと駄目。
「顔を上げろ。もう一回教えてやる。お前に与える『任務』についてもな……この一回で覚えろよ?」
「はいっ!」
気のせいかもしれないけど、私に振ってきたその言葉は、どこか柔らかかった。
男から、奇想天外な機能を持つあの“乗り物”に関する説明を聞いている間に、私達は図書塔の最上階までたどり着いた。
最上階から見る塔の天井、その大穴の空いた部分は、数多の魔獣達で埋め尽くされていた。宙に浮いた獣たちが足元にいる私達を威嚇しているみたいにも思えちゃう。
この塔の結界が、あの魔物達の見えない足場になってるんだろうなあ。
この穴から一歩外に出たら、
結界の境を抜けたら、
……そこは、もう戦場なんだ。
そして、これから私はこの結界の外に出て、この魔獣達と戦うんだ。
怖い、とはそんなに思わない。
だって私に、はこの子がいるもん。
愛剣を抜き放ち、その柄をぎゅうっと握り込む。
そして、「剣士」の技法――剣との一体化を試みた。
剣に吸い込まれた魔力が、そのままぐんぐんと私の体に流れ込む。
髪の毛一本一本、頭のてっぺんからつま先まで、私の体の全部が剣と一つになれることを喜んでる。
この魔力の充実を感覚として味わえるのは、私達、獣人だけの特権。
すごく気持ち良いんだ。何に例えれば良いのか分かんないけど、とにかくすごいの。
全身を巡る魔力の流れを感じながら、戦闘態勢を取る。
「カオル~、もう殆ど完成したわよ~! あとは“気体”を入れればいいだけね。100%図面通り作ったから、チェックもいらないと思うわ~!」
緊張を高めていた私の足元から、そんな声が聞こえてきた。
この声は、風魔法で届けてるのかな?
すごくはっきり聞き取れるもん。
「おいおい、仕事が早すぎるだろう……まあ、リミットも近づいていることだし、良いことか。――分かった、お前を信用する! ちんたらしてたら、流動体が先に塔を覆ってしまう! すぐに脱出を始めるぞ! 俺とノエルでそいつの出口を確保するから、今すぐ“上がって”来い!」
「了解~」
ああ、いいなあ。羨ましいな、こういうやり取り。軍に私以外の女の子が居たら、これくらい仲良くなれたのかなあ? でも獣人だってことは隠さなきゃいけなかったし……無理なのかなあ?
信頼し合う者同士の息の合ったやり取りを羨ましいなって思いながら見つめてたら、男がこちらを振り返った。
「ああ、そうだ。これを聞くのを忘れていたな。お前の火魔法、攻撃魔法を最大範囲で使うとどんな感じになる?」
「えっと……詠唱が10秒、有効範囲は球形の直径15メイル、それを使った場合、次に魔法が使えるようになる間隔が、10秒くらいです。あと3回は使えますよ」
「良し。なら、俺が合図をしたらその魔法の詠唱を始めろ。それまでの“殲滅”作業は剣だけでやってもらう。……できるな?」
「はいっ!」
「よし、じゃあ――準備は良さそうだな。……行くぞ!」
男が勢いよく床を蹴り、天井の結界に張り付いている魔獣達めがけて突っ込んだ。私も剣をひっさげ、それに続く。
――よし、行っくよぉ! 絶対、生きてこの町を脱出するんだ!