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異世界を征く兄妹 ―異能力者は竜と対峙する―  作者: 四方
第三章:竜の滅んだ世界
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第四十話:過去があるから今があり、今があるから未来がある<古の都>

side:薫

 この世界には神がいる。

 この世界のあらゆる国の人々が存在を認め、多くの信仰を捧げられる、強大な存在だ。

 その存在が、"神"などという崇高に過ぎる名前をいただいているのは、かつて彼らが成した一つの"創造"のためだ。

 神々は一つの世界を――即ち、今俺達が居るこの世界を、全くの虚無から創り出した。

 作り出したばかりのまっさらな世界に広大な大地を広げ、永久に流転し続ける大気をその上に巡らせた。そして、万物を構成し、万物と調和するエネルギー、魔力を流し込んだ。

 捏ねられた魔力は植物や動物といった生命の形を取り、その大きな大きな箱庭に降り立った。人間やその他の賢き者達が現れたのも、世界誕生からさして時の過ぎぬ間だった。

 意思と知性を得た神の創造物達は己の足を動かして世界に広がり、腕を動かして文明を築き上げた。

 獣に近い特性を持ったとある賢き種族は、小さな部族単位の集団を形成し、各々最も住み良い場所に点々と集って安住の地とした。

 初期の最も厚い魔力層が植物と溶け合って生まれたとされるとある種族達は、数の少ない同族同士で集い、大森林や深海の底に生活圏を移動させた。

 最も繁殖力旺盛だったとある種族は、木々を開墾し、海に船を浮かべ、拙い魔法で天敵たちを討ち果たしながら、地上全体に勢力を伸ばしていった。

 多くの種族が生まれ、そして、消えていった。

 魔力の扱いに長けた種族、魔力の扱いは不得手だが指先の器用さと蓄えた技術力に優れた種族、種族単体としての欠点を他の種族との共存で補う種族、繁殖力と適応力のみで最大の繁栄を掴んだ種族など。今の世界に残る"賢き者達"は、その中の一割にも満たない。

 そして、そのような種族の中で。

 ただ一つ、他とは一線を画していた種族があった。

 巨大な体躯、他の追随を許さぬ強靭な肉体、溢れんばかりの魔力保有量、精霊宿りし老樹すら羨む寿命の長さ。

 あまりにも突出し過ぎた力を持った存在達。


 「竜」


 その種族はその名で呼ばれていた。

 神にも迫る力を持った彼らは、地に暮らす生き物たちからは時に神にも等しい崇拝を受けることもあったという。

 それがまずかったのだろうか。

 あるいは、また何か別の理由があったのかもしれないが、真相は分からない。

 とにかく、その種族の存在は神の怒りを買ってしまった。

 しかし、いかに強大な神とて、すでに命と意志を得た彼らを好き放題出来る訳ではなかった。

 竜が神に匹敵するほどの力を持ってしまった、それ故の哀しき事態。

 大きな戦争が始まった。

 文字通り、世界を割る程の大戦争だ。

 多くの知恵ある者達、力ある魔物を巻き込み、世界に破壊の嵐が吹き荒れた。

 海は枯れ、山は崩れ、雪原を溶岩が塗り替えるような、途方もない争い。

 その戦争はいつ終わるとも分からぬまま世界を荒し、憔悴させていった。

 自然に満ちる魔力の流れが捻じ曲げられ、極端に魔力濃度の高い地域が生まれたのもこの頃だ。

 多くの生き物が住処を追いやられ、そうした"魔力地帯"の中で魔獣へと変異していった。歪な角を生やし、旺盛な食欲を得たそれらは、戦場から離れた疎開地を混沌の坩堝に陥れた。

 多くの文明が滅び、優れた知識が失われた。

 しかし、どれほど長く激しい争いも、いつか終わりは来る。

 平和の到来だ。

 そして、全ての争いが途絶えた、屍の残る荒れ果てた地上の上からは。

 かつて「竜」と呼ばれた種族は、一匹残らず姿を消していた。









「ふう。ようやく着いた~。知ってはいたけど、長い道のりだったわね~、ほんと」


 深い深い森林の奥。

 行く手を阻む藪を払い、危険な魔物たちの蠢く魔力地帯を死に物狂いで踏破し、俺とユムナはとうとう終着地に辿りついた。

 崩れ落ちるようにして地面に座り込み、そのままう~ん、と身体を伸ばし始めたユムナを他所に、俺は疲労ののしかかる肉体を奮い立たせ、その執着地を目を細めて眺める。


「それで、実物を目にした感想はど~お? ここがかつてこの大陸を統べた権力者達が住んでた花の都、ノクワリア王朝首都、ノクワリアよ」

 

 そこにあるのは、人為のみであっても自然のみであっても造られ得ないであろう、混沌と秩序の黄金比とでも言うべき光景だった。

 数百メートル離れたこの岩山の上からも、視界を埋める城垣の規模ははっきりと分かる。

 背の高い、黒く節くれだった木々が“それ”の城壁を取り巻きようにぐるりと周囲を巡っている。

 円形に連なる厚い城壁の内側には、所狭しと立ち並ぶ幾つもの塔や館が街並みを形作っていた。

 外周には、高い技術力を伺わせる美麗な尖塔が立ち並び、その隣には複数の蔓性植物が伸びあがり、絡まり合って緑の丸塔となっている。

 かつては鮮やかな赤や黄色の彩色が施されていたのであろう中央の街路や家々は、血管のように伸びた植物の根と枝で覆われ、色褪せた茶と緑と黒との、新たなコントラストを形成していた。

 町全体に網目のように巡らされた水の涸れた水路には、正体不明の濁った光が瞬き、六等星の沈んだ暗い夜空のような体を成している。

 黒や黄、鈍色をした異形の木々に埋もれながら、未だ町の中心で存在を見せつけているのは、古の城か宮殿であったと思わしき重厚な建物。今や巨大な怪鳥の巣と化したその石の塊は巣の主が集めた様々な巨大塊や塔の残骸に埋もれ、在りし日とは異なる威容を纏って、変わらず古都の中心に佇んでいた。


「ああ、これが……。なるほど、古の都というだけあって何ともいえない威厳のようなものを感じるな。到着まで随分と時間がかかってしまったが」

 

 もっと早く到着できていれば、この町のかつての栄光を偲ぶ時間くらいは確保できていたんだろうか。


「しょうが無いでしょ~。貴方がラナさんの容態が安定するまでは遠出しないなんて言ってごねてたんだもん。私のことは何時まで経っても信用してくれない癖に、ラナさんの依頼はしっかりこなすって言うんだから、本当、失礼な子よね~」


 今の時間を生きる者を拒むように佇む古都の前では相応しくないような、どこか間の抜けたというか、所帯じみた生活臭漂う言葉が、やれやれと首を振るユムナの口から零れた。

 肩まで浸かっていた非日常から一気に引き戻された気分だ。

 まあ、ちょうど良い意識の切り替えにはなったか。少しだけ感謝の念が沸き上がったが、言葉にはしない。少し顎を引き、苦笑を返すことで返事とする。

 そう。ユムナの言ったように、ラナさんの容態は現在のところ悪くない。

 今は、設備の整っていた街の治療院で、リュウやラン、残してきた護衛の冒険者達に囲まれながら安静を保っている。

 目的地であるアルケミの街ほどではないにせよ、それなりに技術も薬の蓄えもある病院ではあった。しかし、信頼できる同行者の誰も良く知らない街の、良く知らない医師に身を任せることになるのだ。町に着いた当初、彼女を入院させるつもりは無かったのだが、結果的にそうなってしまった。ラナさん自身がそれを希望したことがその理由だ。

 俺達がこの“古都”の探索で数日間は町に戻れない以上、ラナさんが町での治療を受け入れてくれたことは、渡りに船だったと言える。

 ラナさんの心遣いに、感謝するばかりだ。

 ただ、その医院では初めて試す薬を投与するということで、ラナさんの健康状態が安定するかを確かめてからの出発になった。

 この地に到着するのが予定より遅くなった理由の一つはそれだったろう。 

 もっとも、そればかりではないが。

 このノクワリアという名を持つ古都は、濃い魔力地帯の奥に存在する、超級の危険地帯だ。

 ここにたどり着くためには、多くの魔獣の縄張り、魔物の巣などを突っ切っていかねばならない。

 なるべく戦闘を回避できるよう立ち回った俺達も、幾度か足の速い好戦的な魔物・魔獣と衝突している。

 一番嫌な相手だったのは体長1mほどの異形の蜂モドキだった。

 5階建てビルに匹敵するほどの巨大な巣の周りを集団で巡回していた奴らは、紫の体色に、鋭利な爪、そして禍々しい形状の針を備えていた。生理的に受け付けない者であれば、回れ右で逃げ出しても不思議じゃないビジュアルだった。

 そして何よりも厄介な性質が「殺された個体の死亡時の体液を浴びた者を、別の巣の個体と共に大群で追い続け、襲い掛かる」というもの。

 その特製を知らなかった俺がそいつらに四方を囲まれ、突破のために一体の首を跳ねてしまった時から、神聖魔法で「脚力強化」を施した俺とその腕に抱え上げられたユムナ、そしてそれを集団で追いかける奴らとの、地獄の鬼ごっこの幕が上がった。

 最初は数十匹だった蜂の群れはやがて百を超える大群に膨れ上がり、やがて翅音はおとを喧しく響かせながら俺達の後を追う巨大な塊になった。

 地を駆け、枝上を疾駆し、岩山を駆け上がっては木々の幹を蹴りという全力の立体機動で逃走を図ったが、とうとう振りきることは敵わなかった。

 結局、火魔法の長い詠唱を終えたユムナが半径100m程の大火球を放って森林の一部ごと奴らを炎上、焼失させるまで、俺は翅音の大合唱に苦しまされた。

 あの大音量の不協和音をもっと長時間聞いていたら、耳か頭が甚大なダメージを被っていたことだろう。

 樹上で平和な生活をしている子リスがあれを聞いたら、両手で頭を抑え、二秒と持たずに白目を剥いてひゅうんと落下していたことだろう。


 その後、土・水混合魔法の「完全洗浄(ピュリファイ)」で俺のダガーを忌まわしき蜂の呪いから解き放ったユムナが「一個貸しね」などと嘯き、俺に精神的な苦痛を与えてくるなどと言った一幕もあった。

 だが、情報を無駄に隠匿(ど忘れしていたとも言う)することで、避けられたはずの窮地に自分から飛び込む条件を作った奴なぞに、借りを作った覚えなどない。

 とはいえ、こいつの魔法に助けられたのもまた事実だ。いずれ、何か形あるもので礼をしてやるとしよう。

 まあ、今は手の届かない未来のことより、手の届く未来について考えるべきだな。


「早いところ用事を済ませるぞ。書物を漁り、例の“教会”とやらを確認するまでは明日の暮れまでに終わらせたい。それさえ終わればもうこの町に用はない」

「歴史学者の人たちが聞いたら呆れられるか激怒されるわよ~、そのセリフ。まあ、歴史学者なんて名乗る連中がこんなところまで来られるとは思わないけどね」

「そもそも俺たち以外でこの古都に来る人間がいるのか?」


 半眼になって腰に手を当てたユムナが絡んできたので、適当に切って捨てる。 

 ここは仮にも冒険者ランクA以上、もしくはそれに準じると国が判断した者以外の立ち入りを禁じられた場所だ。

 歴史学者はまあいないだろうが、冒険者等に出くわす可能性は一応あり得る。

しかし、冒険者の誘因となる、優秀な素材になる身体部位持ちや質の良い魔結晶持ちの魔物や魔獣が、この地にはほとんどいない。

 「稼ぎ」の効率が良くないこの古都が、冒険者を引き付ける要素は無いはずだ。

 いや、もしかしたらトレジャーハントに来ている連中などはいるかもしれないな。

 その場合でも、スぺランカー先生の様な虚弱な者はたどり着けないだろうし、どの道俺達とバッティングする可能性は低いだろうが。


 俺はそれまで足場にしていた木の枝を蹴って、宙に身を躍らせた。

一瞬の浮遊感が全身を包む。

 ユムナを抱えたまま枝伝いの移動・跳躍を繰り返し、地上に蠢く蟲型魔獣との接触を避けながら“古都”を目指す。


 そしてようやく、かつてこの都の入口、「門」であったのだろう場所まで辿りついた。

 建造以来数百年もの間、ただ静かに佇んで都を見守り続けた、巨大な門。

 その半ば以上を地面に埋もれさせ、魔力変異した強靭で太い植物の蔓にその身をびっしりと覆われていて尚、変わらない迫力と貫禄と言えるものがその門にはあった。

 往時は毎日のように出入りする商人達、旅人たちを迎えていたのだろう。城壁に接続された黒い枝々が自由な出入りを保証する橋になっているため、今の住民――魔獣や魔物達にとっては、唯一の通行口にはなっていないのだろうが。

 黒い歪な形の蔦で装飾された石の門は、傷つき倒れた巨人に開いた、血の乾いた巨大な傷跡を連想させた。

 ふんふんと鼻歌を歌いながらさっさと歩いて行ってしまっていたユムナが、その傷口の中に立ち、さっさと来いとばかりに俺を手招いた。

 

「で、ど~お? この世界の『歴史』を目の当たりにしている気分は?」


 門を潜る最中、隣を歩くユムナが唐突にそんなことを問いかけてきた。


「観光に来ている訳じゃないからな。感慨が無いと言えば嘘になるが、それ以上に大事なことがある。今俺の頭にあるのは紅のことだけだ」


 何を当たり前のことを聞く。

 何のためにこの場所に来たと思っているんだ。

 ジロリと目線を向けると、質問を投げたユムナは何故かいきなり足を止め、蹲る。

 次の瞬間、ユムナは腹を抱えて笑い出した。


「ちょっと~、シスコンにも程があるわよ~。何キリッとした顔で堂々とそんなこと言い放ってんのさ~」


 シスコンか。

 まあ、そう言いたいなら言えばいい。

 俺が紅を大事に思う気持ちは、そんなからかいの言葉一つで揺らぐものじゃない。むしろ、最大級の賛辞として受け止めてやる。

 ――だからこの妙にむかむかと腹の底から沸き上がってくる気持ちは、ユムナ

の神経逆なでスキルにイラッと来ただけだ。大したものじゃあない。


「なに一人で変な百面相してるのよ~。一瞬口元引きってたわよ?」

「……俺がそんなことするわけないだろう。お前の気のせいだ」


 そうこうしている内に、俺達は門を抜け、魔境と化した古都に一歩を刻んだ。割れていた石畳が、足元でゴリっと音を立てる。

 何時の間にやら雲が去っていたらしく、遮るもののない強烈な日差しがいきなり目を焼いてきた。

 片手で庇を作って、その日光を遮る。


 ユムナもおれに倣って庇を作っているようだ。

 それを横目で確認した後、俺の視線は先ほど外から所在を確認しておいた、一つの「大尖塔」へと移る。


 非常に目立つ塔だ。

 背の高さで言えば周囲にいくらでも高い塔が別にあるが、真っ先に目を吸い寄せられる塔がどれかと百人に問えば、百人があの塔だと答えるのではなかろうか。

 派手派手しく美しい塔では無い。

 ただ、極めて"綺麗"な塔であった。

 その塔だけが、年月の経過から取り残されたかのように、綺麗な白色の外壁を維持していた。

 白い石造りの塔は、あちこちにひびが入り、黒と緑の植物に絡みつかれていたが、決して倒れる気配なく、堂々と屹立している。

 巨大な穴の空いたその屋根の上には、壊れて風化し、原型を無くしたモニュメントの残骸が鎮座していた。


 あの塔が、この町の知識の集積所か……。

 ようやくご対面できた目当ての相手を前にし、まるで焦がれた恋人を前にした時のように口元が緩んだ。


 ――さあ、古の都よ。俺はここまで来たぞ。今この時代、この場所に立つ俺にお前が蓄えた知識を寄越せ。お前が刻む「竜」の歴史を、どうか俺に教えてくれ。

 


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