第三十九話:できないと思うことは、無理にやらない方が良いことが多い<妖精の頼み>
side:リーティス
妖精の少年が告げた言葉。
そのあまりに予想外で衝撃的な内容に、私は驚きを隠せませんでした。
頭を棍棒でぶたれたような心持ちです。
思わず手から力が抜け、妖精少年を取り落としそうになりました。
その隙に「チャンス♪」と言ってこちらの胸元に跳んで来ようとした少年の体を、高速で振るわれたベニさんの手がガッチリと捕えます。
『てめえ、今リーティスに何を言いやがった。こんなに動揺してるリーティス、見たことねえぞ』
ベニさんの手の内で三度ぎりぎりと万力の締め付けを味わう少年。
苦悶と光こ……あまり理解したくない感情を、その顔に浮かべています。
ベニさんの問いかけに妖精の少年が答える前に、慌てて二人に意思疎通魔法を飛ばします。
(待ってください! 彼女の体のことについては、本人に直接言わないでください!)
(ベニさん、私は大丈夫です。拘束を緩めてあげてください)
カオルさんに指示されたことです。
「まだ」ベニさんにはうかつなことは教えないでおいてくれ、と。
今の自分が取り乱しかけているという事に、頭の隅では気付いていました。
けれど、一度乱れだした私の精神は、崩れ出した砂の城のように、焦れば焦るほどますますすその原型を保てなくなっていくのです。
先ほどの妖精の言葉と、カオルさんの手紙の内容がぐるりぐるりと頭を巡ります。
「大きな力を持った寄生体」、「太古に滅んだ竜」、「神と竜の争い」そして、「世界そのものを揺るがしかねない存在」
頭を振って、ともすれば混濁の海に飛び込みかねない思考を中断します。
早く、早くこの少年を引き離さないと。
ベニさんに余計なことを言われてしまわないうちに……
(うーん? それを言わないでいたら僕を食べないでいてくれるかい?)
緩んだ締め付けに、安堵と共にどこか残念そうな表情を浮かべた妖精少年が、暢気な調子でそんなことを尋ねてきました。
妖精さんのそんな様子の一方で、
高鳴ったまま鳴りやまない心臓の音に、自分の緊張の程を感じ取ります。
じっとり汗ばんだ右手をキュッと握り、作り笑顔で平静を装って会話を続けます。
(元から、食べるつもりはありませんよ)
(そうなんだ。いやあ、二千年前なんかは良く僕たちを食べて魔力容量を増やそうとする人間達がいたもんだから、てっきり君たちもそうなのかと)
妖精の生態について色々と初耳な事実を聞きましたが、今の私にとっては重要でない事柄です。
お願いです、今は変なことを言わないで。
これ以上、混乱させられたら、私――、
(察するに、寄生されている事実をこの人が気づいていなくて、本人の気づかないうちにどうにかしてあげたいってところかな? まあ、この程度の体だと一回中のものが覚醒したら耐えきれずに……って、あれ? じゃあなんで君はこの人の体にそんなものがあるって知っていたんだい?)
「(と、とにかくもう離してあげますから! 早くどこかへ行ってください!)」
今、そんなことを尋ねてこないでください!
焦ってまたも大声を上げて、ベニさんとアリスを驚かせてしまいました。
カオルさんであれば、一旦頭を落ち着かせて、この妖精少年からもっと情報を引き出していたことでしょう。
けれど、この時の私は次々に頭の中に飛び込んでくるとんでもない事実に対する衝撃と、ベニさんから早くこの少年を引きはがさなくてはという気持ちでいっぱいで、そのような余裕はありませんでした。
「ちょっと、リーティス。こいつに何言われたのか分からないけど、もう少し落ち着きなさいよ。そんなに声を荒げるなんて、貴女らしくないわ」
アリスが私の肩に手を添えて、宥めてくれました。
その心配そうな声音とこちらを気遣う目線を、私の意識が認識します。
「大丈夫?」
アリスの大きな目が、私の顔を覗き込んできました。
トクン、トクン、トクン……
心臓の拍動が、収まってきました。
ようやく、心が落ち着いてきを取り戻してくれたみたい。
思わぬ事態に取り乱しすぎました。みっともない話です。
こういった情報管理などの仕事は、私には向いてなかったみたいです。できないことを無理にやろうとして、危うく大きな失敗をするところでした。
す――、と大きく息を吸い込み、深呼吸をします。
肺腑に入ってきた涼やかな朝の空気が、パニック寸前だった私の頭を冷やしてくれました。
よし、これで私は大丈夫です。両頬をパチリと叩きたいところでしたけど、見た目が怪しすぎますから、今回は自重します。
なので、アリスに笑いかけ、「大丈夫です。心配してくれてありがとう、アリス」とお礼の言葉を返すのと一緒に、自分の心を切り替えます。
また、失敗してしまうところでした。
ロゼッタさんの一件で、自分勝手に動いた挙句、アリスに無茶をさせてしまったことを、あの時あんなに後悔したじゃありませんか。
自分勝手な暴走で視野を狭めてしまうのは、未だに治らない私の悪い癖ですけど、あんな思いをするのは、もう沢山です。
今回は、カオルさんの頼みを全力でこなそうとして、間違った方向に必死になり過ぎていたみたいですね。
左手の指輪をそっと見やり、反省します。
きっとカオルさんも、こんな私は望んでいないでしょう。
今度は、ちゃんとした笑顔を浮かべ直して妖精少年に向き直ります。
アリスにも、これ以上の心配をかけたくはありません。
(ごめんなさい。追い払うようなことを言ってしまって。でも、私達はもうすぐ馬車が出る時間ですので、貴方とはここでお別れです。また機会があれば、ベニさんのこと、私にだけ教えて下さい)
そろそろ馬車が出る時間というのは本当です。ちょっと駆け足で戻らなくちゃいけなさそうな時間になってしまいました。
(待ってくれよ、せめて僕に最低限の魔力を……ってああ、ちょうどいいや。この女の人の中にいるものから魔力を吸い取っておいてあげるよ。そうすれば「覚醒」を遅らせられるんじゃないかなあ)
思わぬ朗報に、胸が躍ります。
(本当ですか? 是非お願いします!)
本当であれば、願ってもないことです。
ベニさんを助けられる確率が少しでも上がるなら、試してみるべきでしょう。
(でも、条件が一つあるなあ)
(何ですか? 私にできることなら何でもしますよ)
妖精少年が、爽やかな笑みと共にそんな提案をしてきました。
ああ、思わぬところに天の助けが。
これも運命神アリアンロッド様のお導きでしょうか。カオルさん、私、やりまし……
(君の胸、好きにさせてよ。具体的には揉む、吸う、つま……)
(それは無理です!)
この妖精さんはいったい何なんですか!
私の清らかな「妖精さん」のイメージを返してください!
ううう。もう、アリスのことを妖精さんみたいだと形容できなくなっちゃったじゃないですか……




