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異世界を征く兄妹 ―異能力者は竜と対峙する―  作者: 四方
第六章:集いと別れ
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第八十七話:居座り強盗にも権利が保障される? んな馬鹿なこと、あってたまるかよ<もう一人の自分>

 遅れてすいません。

 六章開始ですが、まずは解説回から。こういった話をこそもっと面白く書けるようにしていきたいですね。

 side:紅

 おい、ここはどこだ?

 

 ふと気づくと、あたしは見知らぬ場所に立っていた。

 ふわふわと宙を舞う綿くずのような白いものに満たされた、広い部屋。

 部屋を仕切る色あせた壁は年を経てぼろぼろに崩れた煉瓦が積み上がってできたものであるらしく、それがあたしの四方と高い天井を覆っている。

 写真で見たこともないし、当然やってきた経験もあるはずもない、完全に未知の場所。

 その、はずだ。


 焦点のはっきりしない、どこかぼんやりとした気分のまま歩を進めると、足元にあった脆い段差に足がひっかかって埃がぶわっと舞い上がった。

 巻き起こった埃の渦は我先にとあたしの膝上を駆け抜け、たちまちあたしの喉元まで這い上がってきた。

 白灰色の直撃に見舞われ、あたしはケホケホと咳き込んでその場からあとじさった。

 けど、おかげでようやく意識がはっきりしてきたぜ。

 掌で鼻を覆い、改めてあたしが足をぶつけた箇所を見やると、そこが檀上に続く小さな段差であったことが分かった。

 顔を上げると、白い靄のように滞留する埃の層を突き抜け、高くそびえる煉瓦の壁があった。

 その壁高くには大食堂のテーブル程はありそうな巨大なステンドグラスが掲げられてる。

 でも、綺麗なガラス細工が施されたそのステンドグラスは右肩から左半身までに痛々しい亀裂が入っていて、繊細な色合いを窺わせる色ガラスの大半が砕けて失われ、描画の全容が分からなくなっちまっていた。

 砕けたステンドグラスを掲げる壁の下から続く床には、色褪せた赤色の絨毯が無造作に敷かれていた。

 その上には、中途で折れた金色の燭台が載る小さな木机が無造作に転がっている。

 この建物の中にあるのはどれもこれも、色彩豊かではあるけれど、きっと本来の鮮やかさを失い、くすんじまっている品ばかりなんだろう。


 ――教会、か?

 

 全く知らない場所ではあったが、今自分が立っている場所が“教会”であることを、あたしは誰に告げられるでもなく確信していた。

 より正確には、教会だった場所……だろうか。

 少なくとも、現在も使われている施設じゃあ無さそうだ。

 ステンドグラス下の段差を登りきったあたしの足元には、埃が降り積もり、木の肌を喰う蟻達の棲みかとなった演壇が。その向こうには、背が破け、足の折れた木椅子や机の列が並んでいる。

 天井も、向かいに見える扉も、良く見るとあちらこちらにぽっかりと大小の穴が空いてその向こうを覗かせていた。

 壁穴の向こうには草花の茂る地上が顔を覗かせ、天井の上にはは鳥たちの泳ぐ青い空が浮かんでいた。

 廃墟然とした、埃とガラクタに溢れた室内を、天井から優しくしっとりと降り注ぐ太陽の光が照らし出している。

 本来が人の集まる場として作られた空間だったからなんだろうか。その気配が一切無い今は、何とも寂しい空気に感じられた。


 コトリと音を立てて再度一歩を踏み出すと、床に降り積もった土砂や埃が、わずかな風の流れに乗って再びふわりと舞い上がる。

 埃まみれの机につっと手を這わせると、あたしの動かした指の痕がそこに残った。

 埃のついた指どうしをこすり合わせ、もう一度ぽつりとつぶやく。


 ――どうしてあたしは、こんなところにいるんだ?


 でも、その問いに答える者は無い。

 ここにいる人間は、あたしだけ。

 他には、誰もいない。


 ――一体、あたしは……っ!? 

 

 突如、膝の力が抜けた。

 ずしゃんと、何かが床に転がる大きな音が響く。

 埃化粧の施された演壇前の床が視界いっぱいに広がって、ようやく今自分が転倒したんだと気づく。

 転倒時の衝撃は一切感じなかった。

 手足、筋肉、五臓六腑、心臓。

 そんな場所とは比べならないほどに痛む箇所が、他にもう一か所あったからだ。


 ……痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い――!!

 

 強烈な頭痛があたしの体の自由を奪い、立ち上がることさえ許そうとしなかった。力を籠めた両手の指が、脆くなった演壇の床を突き破る。

 頭の内側から刃物を突き立てられるような痛みと共に、何かの映像が鮮烈にフラッシュバックしてきた。

 思わず頭を抱え込み、埃まみれの床に頬を擦り付ける。

 目の奥がぐりぐりと痛み、脳の内側が金属柱で貫かれ、弄り回されているかのような痛みを訴えて来る。


 ――あ、あ、ああ、ぁぁぁああああ!!!?


 あたしの脳裏を、瞬きの間に多数の光景が流れ去って行った。

 朝食の席。屈託のないアリスの笑顔。

 洞窟の暗い通路。ぬるぬると滑る床。

 不安げにあたしの手を掴むリーティス。その手に光る赤い指輪。

 奇抜な格好を見せつけながらゆらりと立ち上がってきた蝙蝠亜人の男。

 恐怖に引き攣った顔をこちらに向ける蝙蝠亜人の少女。

 リーティスに刃を向けるユーノの姿。

 自分の手の中で、苦悶の表情を揺らす――。

 突然現れ、あたしの体を引き離した――、の姿。


 ――ぐ、ぐ、ぐぎ、あ"あ"あ"あ"あ"……。


 限界だった。

 際限なく強くなる痛覚が、間もなくあたしの意識までをも狩り取ろうとしていた。

 だから、コツリコツリと何者かの足音がこちらに近づいてきた時も、それを幻聴だと疑わなかった。

 その足音は、頭を抱えて屈みこんだあたしの、ちょうどその手前で停止する。


「ふふふっ。痛い? 痛いでしょう? それ以上、思い出さない方が良いんじゃないかしらねぇ? 無理すると、貴女、本当に壊れちゃうわよぉ」


 ――誰だ!?


 声が振ってきた瞬間、あたしの体は弾かれたように跳ね起きて臨戦態勢を――とることができなかった。

 あたしの体は金縛りにでもあったかのように、ピクリとも動かない。

 せめて声の正体をと顔を上げようと試みるが、それすら敵わない。

 これはきっと痛みのせいだけじゃねえ。何か別の力も働いるはずだ――!

 そう確信するが、対応できねえなら意味もない。

 女王の前での敬礼を命じられた騎士のごとく、あたしの体は、脳の命令に逆らって頑固に今の芋虫のような体勢を維持し続けているのだ。


「ふふふふっ、身構えない身構えない。私の正体なら、今の貴女は感覚で理解しているはずでしょう? ねえ?」


 痛む頭を抑えつつ、ぶらぶらと振り子のように揺れている目の前の足を見つめる。

 こいつは今、祭壇上におかれた卓の上に腰かけ、地にへばりつくあたしを見下ろしていやがるらしい。


「ふふふふっ」


 何が可笑しいのか、ねっとりした、背にへばりつくような気味の悪い笑い声を延々とあげてくる。

 その笑い声で、ようやく思い出した。

 この”声”をど一体どこで聞いたのか。

 それを思い出したからには黙っちゃいられなかった。

 金縛りでも何でも、知ったこっちゃねえ。

 ぎりっと歯を喰いしばって頭痛と見えない力に抵抗し、決死の思いで口を動かした。

 

 ――あの時、洞窟であたしを煽って、暴走させたのは、テメエだな?


「正解よぉ」


 お茶らけた賞賛の声が、汗に塗れたあたしの額の上から降ってきた。


 ――……あたしの体に巣食って、虎視眈々と乗っ取りを進めていたのは、テメエだな?


「んー、ちょっと訂正したい部分は有るけど。ま、正解かしらねぇ」


 ――あたしの「力」を変質させたのは……テメエか?


「半分正解よぉ。その犯人が私なのは確かだけど、貴女とも言えますもの」


 ――……ぐぎっ、せ、説明は……してもらえるんだろうな?



 あたしの放った質問に対し、一拍おいて返答が返って来る。

 頭上から聞こえてくる、あたしのものではない響きを持ったあたしの声。

 そいつの顔がどんなもんかは分からねえのに、何故かそいつが今にぃっと唇を釣り上げながら言葉を放ったという事が分かった。


「勿論よぉ。なにせこれから、一つの体を二人で分け合う仲になるんですもの。仲良くしませんと」


 ――……あたしは、テメエにあたしの体をやった覚えはねえぞ?


 くそっ、ふざけたこと言いやがって。

 あたしは、あたし以外の誰にも、勿論兄貴にだって、あたしの体を明け渡すつもりは無え。

 それがこんな訳の分からねえ奴ともなれば、尚更だ。


「そうねえ、何から話してあげればいいかしら」


 おい! 無視すんじゃねえ!

 会話のキャッチボールはちゃんと拾うもんだろうが! 暴投もいい加減にしやがれ!

 よっぽど軽口でも本気の罵詈雑言でも浴びせかけてやりたかったが、そんなことで限りある体力を浪費する訳にもいかず、心中の叫びに留まらせる。


「ひひひっ。まあ、焦らないことですわぁ。どうせこのまま私と貴女の融合が進めば、互いの知識の殆どが互いのものになるんですもの」


 融合だと? いったい、どういうことだ?

 訝しむあたしに向け、ケラケラと笑い声のようなものと共に、言葉の続きが降ってきた。


「言葉通りの意味ですわよぉ。ああ、こんなことをしたのは、貴女が本気で気に入ったからですわよ? 光栄に思ってくださいな。本来なら完全に浸食して、乗っ取るつもりだった貴女の魂を、こうして残して差し上げたのですもの。安心なさい。もう(あなた)を破って、消し去ろうなんて考えちゃいませんわ」


 ――ふざけんな! 元々はあたしの魂を浸食して、体を完全に乗っ取るつもりだったってことじゃねえか! テメエなんぞにあたしの体をやれるか! とっととあたしの体から出てけ!


 怒鳴りつけるが、帰って来た声は実に涼しげなもんだった。


「あらら、嫌われたものですわねぇ。で・も。残念ながら、今の私達は離れたいと言っても離れられない状態なんですわよぉ? もう既にそういう体になってしまいましたもの」


 ――どういう、意味だ?


「『力』で強化された貴女の体は、成程。確かに私の魂にも耐えうるほど、強固なものでしたわぁ。けれど、それだけじゃ駄目だったんですのよぉ。つまり貴女と私、二人分の魂を抱く器としてはまだまだ落第点だった、ということ。ひひっ、それで無理に貴女を『暴走』させて容量(キャパシティ)を増大させたは良いけれど、今度はあまりに私の魂に合致しすぎた体になってしまったものですから……このままだと、私と貴女、どちらが欠けても、(からだ)は崩壊するでしょうねぇ」

 

 ガツンと、金槌ででも殴られたかのような気分だった。

 あたしの命は、今完全にあたし以外の奴に握られてるってのか……?

 そんなことがあるのかよ。

 いや、そんな馬鹿なことがあってたまるか。

 そうだ。こいつが嘘を言っている可能性だって、無いわけじゃない。


「うふふふ。可愛いわねぇ」


 心の整理がつけられぬうちに、"そいつ"は次の行動に出てきた。

 あたしの眼前で膝を折り、あたしの頭に手を置いてきたんだ。

 振り払ってやりてえところだったが、やっぱり体の自由が利かねえ。

 せめてもの抵抗に唇を強く噛みしめるが、痛みこそ感じるものの何故か血は出てこなかった。


「そう悲観するものじゃありませんわよぉ? 要するに私達は一蓮托生。同じ一人のお兄様を愛する、女と女。ふふふっ。それに、貴女と融合しているものですから、アリスさんやリーティスさんだって私の大事な友人ですわ。今の貴女は認めないでしょうけど、ユーノさんだって私の大切な友人。ま、どの方もあくまで”友人”どまりですけれど。ふふふふっ」


 ――どういう、意味――ぐぅっ!?


 頭の痛みが、それでも大概だったそれまでよりさらに酷くなってきた。

 意地で持ち上げていた上半身の重みすらもはや支えられなくなり、頭から床に倒れこむ。

 そのまま顔に再度埃の白化粧を施す羽目になるかと思った、その途端。

 

 景色が、弾けた。

 砂の城が崩れ去るかのように周囲の石床が、木椅子が、黒塗りの教壇が、金平糖よりも、砂よりも、そしてミジンコよりも小さい微粒子レベルまで分解され、光となって消えていく。


「あらら、消えちゃいましたわねえ。勿体ない。まあ、今見た景色の意味はその内『思い出せるように』なるはずですわよぉ?」


 支えを失ったあたしの体が、何もない中空に投げ出される。

 先ほどまであったはずの教会の光景は、もはやどこにも、その名残の一かけらさえ存在しない。

 スカイダイビング時のようなえも知れぬ浮遊感が身を包むが、周囲の景色は白一色。

 変わらぬ景色の中、ただただ落ち続ける感触だけが身を襲う。


「一応断っておきましょうか。貴女が回復(・・)するまでには当分時間がかかりそうですから、その間は私が”この身体”を一人で使わせてもらいますわねえ? ふふふ、あんまり回復が遅いようでしたら、貴女抜きで先にお兄様に会いに行っちゃいますわよぉ? 精々頑張ってくださいな、もう一人の私さん」


 ――待て、テメエ。……まだお前の正体を聞いてねえぞ!


 落ちていくあたしの身に対し、声の主の気配が上方に遠ざかっていく。

 それでも何とか声を絞り出し、その存在に向けて問いかける。

 

 落下しながら体を捻り、見上げた先には――あたしと同じ姿をした、少女の姿があった。

 宙に立つその少女が、あたしなら絶対に浮かべないであろう種類の笑みを浮かべてこちらを見下ろしている。


「ふふふっ。その内嫌でも分かりますわぁ――と言いたい所ですけど、せっかくだから答えてあげましょうかしらねえ」


 そして、回答を返してきた。


「私は千年以上前にこの世界で滅んだ”竜”種の生き残りにして、大絶滅を引き起こした元凶たる神に牙を向ける者。そして――」


 一拍後、短い黒髪をかき上げ、真意を読めない笑みを浮かべて少女は言った。


「”竜崎紅”ですわよ。貴女と同じ、ね」


 その言葉の真意を問いただす間もないまま、あたしの体は下へ下へと落ち続け、少女から遠ざかっていく。

 どんどん小さくなるその姿は、やがて米粒ほどの大きさにまでなり、 

 あたしの意識は、そこで途切れた。


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