第74話 父ちゃんよお・・・
日本代表が今大会初めて3点の重みを感じます
延長に入ると、スペインDFクバルシュがゴール前に鍵をかけた。龍永を含めことごとくシュートをブロックしていくクバルシュはまさに壁だった。だが日本も青木から発動させるワイバーンによってスペインゴール前に閉じ込める。下川も田中も上がりっぱなしだったが
「あと1点が届かない!」
と焦り出す。延長後半交代出場した田嶋に代わり桑原を投入。一気に畳みかけるもゴールを割れず、タイムアップ。2-2のまま延長でも決着が付かず勝負はPK戦にもつれ込む。
太田監督は1度選手を集め
「大丈夫。落ち着いていけ。それと時間をたっぷり使ってスペインをじらそう。」
という作戦に移り、日本は時間を稼ぎながらゆっくり蹴る順番を決めていた。
先攻はスペイン。ジャマールがボールをセットし、佐藤が身構える。ジャマールのシュートが決まり先制される。
日本1人目はキャプテン工藤。難なく決めて追いつく。
スペイン2人目はオルモス。これも決めて引き離されるが、日本も桑原が決める。
その後、スペインのフェルモン、日本の小林、スペインのウィレムズ、日本の三浦が立て続けに決めて最後のキッカーに繋いでいく。
スペイン5人目はガビン。このシュートを佐藤がフェイントを混ぜて弾くが、回転のかかったボールは辛うじて日本ゴールに吸い込まれる。
日本5人目のキッカーは龍永。ボールをゆっくりセットし、1度キーパーのエメルの顔だけを見る。そして一呼吸置き、龍永が左足で渾身のシュートをスペインゴールに放つと
《ボッ!チッ!ガーン!・・・》
龍永のシュートはキーパー、エメルの指先をかすめゴールポストに当たり、ゴール左サイド脇に外れてしまった。この瞬間、日本が寸前でワールドカップ連覇を逃す。エメルは両手をダランと下げながらも歓喜の雄叫びを上げた。どうやらこの龍永のシュートを受けて両手数本の指が折れていたようだ。
4-5。スペインが3度目の優勝を手にした瞬間であった。龍永のチームメイトであるバルセロスの選手達は、PKを外した龍永を他所に歓喜に包まれた。
最後にPKを外した龍永は歯を食い縛り上を向き、ヘの字口で下唇を噛みしめ、静かに涙を流しながらペナルティスポットの前で仁王立ちする。スペイン代表が歓喜に包まれるのを他所に、しばらくその場から動けなかった。日本イレブンは龍永に駆け寄ると、龍永のユニフォームはひんやりと冷たかった。
(こいつ・・・こんなに冷たい汗を・・・)
と龍永に肩を回す工藤や背中を押す三浦、ベンチに下がった内田や越後、怪我で戦線離脱した阪倉や池田も駆け寄ると
「ごめん。俺のせいで・・・」
と言葉にならないような口調で謝罪する龍永に三浦は
「今回はギリギリの勝負だった。PKなんてただの運だ。次勝てばいい。だから諦めんなよ!お前はそれが持ち味だろ?次はお前らの世代に託した。」
三浦や越後、阪倉、田嶋等「京浜五輪世代」と呼ばれたベテラン達は、この時点で全員代表を引退した。スタンドにいる家族に龍永は
「母ちゃん、絵梨香さん、梨々香、姉ちゃん、ごめん。」
と涙を拭きながら謝罪すると、最前列まで来た4人に
「良くやったわよ!胸張りなさい。龍永。」
「大丈夫。まだまだこれからでしょ?」
「パパ・・・」
「でも2大会連続得点王よ?凄いじゃない。」
龍永は前回大会に1点届かない16ゴールで2大会連続得点王となった。現段階で2大会連続得点王はこのニホンオオカミ出浦龍永唯1人である。
試合後のロッカールーム。皆が悲しみの涙に暮れる中、龍永は自分のロッカーに銀メダルを思い切り投げ付け、粉々になるまで踏みつけた。太田監督やコーチ、チームメイトから
「何やってんだ!テメー!」
「正気か!」
「準優勝だぞ!」
「お前得点王なんだぞ!」
「八つ当たりすんな!」
「立派な勲章を何で足蹴にするんだ!」
「馬鹿も大概にしろ!」
「悔しいからってそこまでする事ねーだろ!」
と一斉に怒号が飛ぶが、龍永は涙を滲ませながら周囲を睨み、拳から血が出るほど握りしめてながら、自分のロッカーを
「ガン!」
とぶん殴る様子を見て、全員固まってしまった。龍永がそれほどワールドカップ優勝を目指していたのだと、自分達は、日本代表は準優勝でもいいという甘い考えを丸ごと粉砕するかの様な行動だった。
「こんな結果で満足するんなら日本代表はもう終わりだな!」
「・・・俺達は最後の最後で負けたんだ。こんなもんクソ食らえだ!でも終わってねーぞ!俺は!俺達はまだ何もかも諦めてねー!」
「・・・俺達は!日本代表はもう弱小チームじゃねーんだぞ?・・・・!」
そう言い放ち日本代表のロッカールームにいた全員が凍り付く。その場にいた全員が甘い考えを持っていたことに気付かされ、無言でロッカールームを片付け、誰も何も言うことなくアンダルシアのベニト・ビジャマリナをあとにした。
後日だが、龍永のこの行為を理解する人物がたった1人だけいた。それはバルセロスのメッツ監督だ。彼はワールドカップで1回しか優勝していない。更にコパ・アメリカでも優勝を逃しまくっている。メッツはその度に金じゃないメダルを捨てるか破壊している。龍永に対し
「あいつは今回が初めてだろうけど、俺は数え切れないくらいそれをやってるよ。あいつの思うとおり、優勝以外クソ食らえだよな!それでいいんだ。その計り知れない悔しさがあいつをもっと強くする。」
と龍永を擁護していた。
宿舎に戻り、メディアがごったがえすと、太田監督が日本の敗因について
「3点を決められなかった事」
である現実に、日本代表に関わる者全てが2人のニホンオオカミ達がいつも口癖にしている
「あと3点。」
という言葉の重みを理解した試合となった事を痛感する。
その夜、龍永は宿舎のバルコニーに佇み
「ごめん。1人にしてくれねーか?」
と日本代表全員に頼み、アンダルシアの星空を眺めていた。
龍永はこのワールドカップで、2度目の得点王に選ばれた。歴代最初の快挙だったが・・・
龍永は宿舎のバルコニーでゴールデンブーツを持ったまま夜が明けるまで一人でボーっとしていた。
「父ちゃんよお・・・負けて初めて解ったよ・・・悔しいよ・・・父ちゃんが命を賭けてまで勝ちにこだわったのが今解ったよ・・・」
「・・・何か気が抜けたみたいでよお。得点王なんてつまんねーよ。切なくってしょーがねーよ。俺はただ上を目指してやってただけなのにさ・・・ピレネーやモンブランの頂上登り切ったら何もなくてよ・・・誰もいなくてよ・・・身体中あちこちいてーしよ・・・こんなもん貰っても、日本代表は負けちまったんだよ・・・悔しくて・・・悔しくてしょうがねえよ・・・」
龍永はアンダルシアの星空を見つめながら一人静かに大粒の涙を流した。父、敬助が死んでも一切泣かなかった男がようやく気付いた。
「ワールドカップで優勝する事がどういうことか。フットボールで負ける悔しさがどれほど辛いか。」
ワールドカップ決勝で負けるということは龍永にとって全てを失うようなものだった。例え得点王となりゴールデンブーツを獲っても、チャンピオンズリーグで優勝しても、五輪で金メダルを獲っても・・・
次の日、龍永の元にメディアが続々と現れる。龍永は
「次こそ絶対にワールドカップを取り返す!こんなんじゃ死んでも死にきれねー!この試合で僕の父が命を賭けてまで日本のゴールを守り抜いた意味が今更ながら理解出来た。この決勝での敗退の責任は全て僕にあります。」
と真っ向から取材に答えた。メディアはPK失敗の責務は一切聞かなかったが
「実際あと3点取れなかったのが敗因です。他の試合は3点以上取ってたけど、この試合に限っては取れなかった。それが大きな敗因だと思います。」
と涙を滲ませながら話すと、メディアから
「それでも2大会連続得点王は史上初ですよ?」
と質問すると
「そんなモンクソ食らえです。現に俺達日本代表が優勝出来なかった。俺1人がそれを獲っても意味がありません。俺達日本代表はもう弱小チームじゃない。ディフェンディングチャンピオンとしてこの大会に臨んでいました。それにあと1歩届かなかった。俺の外したPKが、たった1本のシュートが勝負を決めてしまった。今はその現実を、ディフェンディングチャンピオンとしての自覚の足りなさを痛感した。はるばる日本から応援に来てくれた皆さんや、テレビで視聴されていた1億2千万の日本の皆様に申し訳ない気持ちでいっぱいです。」
と遂に嗚咽を吐きながら答えた。メディアも
「次は期待してます。」
「あなたのせいじゃない。」
「我々も自覚が足りなかったのは事実だ。」
「これからも本物のニホンオオカミとなったあなたに期待します。」
「頑張って下さい。出浦選手。まだ次があります。」
「私達も気持ちを入れ直して応援しますから。」
とメディアの1人にハンカチを渡され大声で泣いてしまった。メディアは既に龍永を守ろうとする記事を書こうと全員脳裏に文章を思い浮かべていた。
「彼のおかげで日本代表はワールドカップ決勝に2度も戦っている。」
「自分達も本気で戦わなければ日本は勝てない。」
「甘い考えを持っていたのは選手や監督だけじゃない。私達日本人全員なのでは?」
と記事にして配信しまくっていた。
そして3日後、日本代表は解散し、太田監督は責任を取って辞任した。選手達も日本中からも
「決勝で負けただけだから継続してもいいのでは?」
と多くの人物達が止めたが、太田監督は
「このままじゃいけない。もっと先に行かなきゃ日本のサッカーは完成しない。」
「お前らはどんどん先に行ける。だが俺達監督陣が中々前に進んでない。だからチャレンジするために一旦辞める。もっと欧州に出て勉強する事が山ほどある。でも、またいつか必ず代表監督になって帰ってくるからな!」
と選手達に言い残し辞めていった。太田監督は既にイングランド・リーグのアーセノルヘッドコーチの打診を受け、保坂前監督もドイツ2部、ハノーベルの監督に就任が決まっていた。この2人の巨匠は更なるレベルアップを図るために龍永達より遅れて欧州へのチャレンジの1歩を踏み出したのだ。
一方その頃、龍永の姐さん女房である絵梨香が体調を崩していた。まだ帰国していない京香と静香が付き添い病院へ行くと、絵梨香の身体には龍永の2人目の子供が宿っていた。京香と静香は
「これって龍永が産まれた時と同じじゃない?何かが起きそうな気がする。」
と顔を合わせていた。
何処かで負けないといけないと思い、この決勝になりました。ワールドカップは簡単に連覇出来ないということで、それはどの国にも共通する事です。今回スペインを優勝させたのは、2026年大会の繰り下がりです




