第34話 フットボールの王様からのオファー
パサディナ五輪で金メダルを獲った龍永。束の間のオフで日本に一時帰国し、帰省しがてら一人の女性を連れてきた。龍永はサッカージャーナリストであり、龍永を何度も取材していた沖田絵梨香と五輪後に結婚する事になった。姉の静香と同い年の姐さん女房である。京香と静香は大喜びしていた。2人は
「息子(弟)をよろしくお願いします。」
と絵梨香に頭を下げた。そして
「早くニホンオオカミ三世を作ってね。」
と冗談交じりに言った。夜には淀川も駆けつけた。淀川は日本代表のチームドクターに就任したばかりで、5人でパーティーを開いた。
次の日、龍永は早速自主トレーニングを開始した。場所は轟競技場のすぐ脇にある森の中。ここは龍永が中学時代からひっそり練習場に使っていた所である。木々の間をドリブルで交わしシュートやパス。大木に向かって空中戦や競り合い、跳ね返りをトラップ。もうあれから数え切れないほど世話になった森の木々。今は傍らで絵梨香が愛妻弁当を持って見守っている。終われば河崎のアンダー達からサインや享受を求められる。そして次はワールドカップ予選が控えている。前回得点王になった自分は絶対削られるだろうと準備を怠らなかった。河崎のクラブハウスに顔を出し、怪我に強くなれるよう筋トレも行った。多摩川の土手でロードワークも行った。龍永は多摩川を見下ろしながら
(バロンドール獲ったらここに来たいな。)
とふと思った。
その前に来季の契約交渉が行われた。龍永はフベントルスと3年契約を結んでいたが、そのフベントルスが財政難に陥り、龍永達主力を売却しなければならないと申し出てきたのだ。龍永自身はようやく手応えを感じていた所だったのだが、チーム事情により移籍を余儀なくされる。
龍永にとってワールドカップも五輪のメダルも手に入れた。欲しいものは次回のワールドカップと、クラブではリーグ優勝したものの、チャンピオンズリーグの優勝、そしてバロンドールが欲しかった。きっとアジア人の龍永じゃ無理だろうと周囲は笑うが、ただ一人龍永のバロンドールを信じる者がいた。2年前のワールドカップ決勝を戦ったサッカーの王様メッツである。
そんなメッツが監督に就いたスペインリーグ・バルセロスは昨年リーグ優勝はしたものの、チャンピオンズリーグでは惜しくも2年連続準決勝で敗れていた。得点源として龍永は喉から手が出るほど欲しかったらしく、メッツ監督から直々に
「よお、ニホンオオカミJr。そろそろウチに来て一緒にやろーぜ!」
と熱心にオファーが来ていた。欧州サッカーに詳しい姐さん女房の絵梨香に
「どーしよう。確かにバルセロスでやりたいってのはあるんだけど、プレミアにも挑戦したいんだよね。バルセロスはスペインじゃ大した敵いないだろ?どー思う?」
と相談していた。新婚早々難題が降りかかっていた。だが絵梨香は
「絶対バルセロスがいいわよ。だって日本代表見てもわかるけど、プレミアは何人もプレーしてるじゃない。スペインで通用してるのは工藤君だけよ。日本代表もあなたももっとラテン慣れした方がいいと思うわ。もう日本は欧州のチームと試合しても互角なんだから。問題は南米やアフリカの選手やチームに負けない事よ。スペインにはそれがあると思うわ。言葉もイタリア語と似てるし苦労はないわよ。」
とアドバイスをもらった。龍永はブレインとなる伴侶を経て背中を押された。
翌日、代理人を通じてメッツ監督とお互いの妻を連れ、4人で食事をする事になった。メッツ監督は
「お前のフベントルスや五輪でのプレーは全部チェックしているよ。ストライカーから一皮剥けたじゃないか。もちろんお前のストライカーとしての能力は高く買ってるよ。だがな、バロンドールを獲るためにももう1歩先を目指してみないか?」
龍永は
「チャンピオンズリーグ優勝するって事っすか?」
とあまりピンと来ない様子だったが、メッツに
「お前のポジションチェンジ能力を買っているんだ。フベントルスや五輪で見せたストライカーだらけのメンバーを自在に操るストライカー。偽ストライカーやトップ下じゃねーぞ?俺とお前がこれから作る新しいストライカーをお前がやって見せるんだ。どうだ?わくわくしねーか?お前がフットボールの概念を変えるんだ。そうすりゃバロンドールだって夢じゃねー。どうよ?一緒にやろーぜ!」
龍永はメッツ監督の考えに興味を持つ
「新しいストライカーか・・・考えたこともねーけど面白そうだな。」
欧州サッカーに詳しい妻の絵梨香はメッツ監督に
「オランダの現代版クラッフと考えてよろしいでしょうか?」
と尋ねる。メッツ監督は
「クラッフどころじゃねー。もっと上を行くんだ。お前にはその素質がある。ノルウェーのハーラルトやベルギーのルコックとも違う。かといって俺やフランスのエムペバとも違う。完全オリジナルのお前だけが出来るストライカーだ。」
龍永はその熱意と「新しいストライカー」という響きに共感を持った。
「・・・わかりました。まさかワールドカップ決勝であんだけ激しく戦った相手にここまで言われるなんて思ってもみませんでしたよ。バルセロス!一緒に国内と欧州、そして世界を勝ちまくりましょう!」
龍永はメッツ監督と初めて手を組んだ。ワールドカップ決勝で自分のシャツを引っ張って退場になったフットボールの王様が、龍永を次期王位継承候補に任命したかのようだった。
それから1週間後、正式に龍永のバルセロス行きが決まり、新聞の一面にデカデカと掲載された。
『出浦龍永!スペインの名門バルセロスに入団!』
日本人にとっては遂に!という出来事だった。イタリアの名門ASミランの本街、結城、岡野航、イングランドの名門ワンUに奥山、アーセノルの岩本、鳥海、茶野、ドイツの名門バイエリンに池田が入団した過去があるが、スペインの名門への入団は龍永が初めてであった。日本代表のOBである歴代10番の新村や奥山は口を揃えて
「スペインリーグが一番難しく、順応しにくい。」
と言っていたが、果たして龍永はどうだろうか?そして並行してワールドカップ予選が始まる。アジアカップは龍永が五輪を優先して出場辞退し準決勝でオーストラリアに敗戦。保坂監督が勇退した。新たに五輪代表の太田監督が後任に就いた。ディフェンディングチャンピオンとなった日本が今度は狙われる立場にある。龍永はいろんな意味で気を引き締めるのであった。
そして、祖国にいる母、京香に連絡をした。
「母さん。俺、バルセロスに行くことになったよ。母さんが初めてこっちに観に来てくれた対戦相手だよ。覚えてる?ほら、ワールドカップで俺のシャツ引っ張って退場になった人が監督やってて・・・」
京香は手放しで
「凄いじゃない!また応援に行くからね!」
と喜んでくれた。姉の静香曰く
「お母さんは夜中も起きてあんたの試合観てるわよ。もう大丈夫みたいね。それより龍永。あんたはサッカーで死なないでよ。」
と心配するが、あっさり
「しねーよ!してたまっかよ!俺だってこう見えて新婚なんだぞ。ぜってー大丈夫だよ。あんなんまずねーからさ。」
と明るく返した。
イタリアのフベントルスに別れを告げ、龍永はスペイン、カタルーニャにあるFCバルセロスの入団が決まった。あのガンプ・ノーで試合が出来ると意気揚々としていた。今季のバルセロスは、イングランドのチームに選手をごっそり引き抜かれ、一部のカンテラ出身者が残り、龍永を含め完全に新しいメンバーが揃ったようだ。メディアでは何人か取り沙汰されているが、龍永は
(こんな即席メンバーで大丈夫だろーか?連係出来んのか?)
と疑問に思っていたが、メッツ監督から
「身体が仕上がり次第各自合流してくれ。」
と連絡が入った。どうやらカンテラ出身の残留メンバーは既に練習入りしており、龍永を含めた新加入選手の合流を今か今かと待っているようだ。
翌日、バルセロスの練習場、シウト・エスポルティボに行くと、チャンピオンズリーグで戦った馴染みの残留組以外はあまり面識のない選手達が顔を並べていた。龍永は、練習場でその面子達の正体を知り、驚愕する事になる。
この話から第四章となります。敬助のパートナーはサッカーをあまり知らない京香との対比で、龍永はサッカーを熟知している絵梨香をパートナーに選びました。サッカー選手あるあるで姐さん女房の設定にしています。




