第28話 リーデン共和国のスパイ
毎週金曜更新の予定……です……多分。
【王弟オレリアス】
ヘレス師団長は、自らがリーデン共和国のスパイであると私に告げた。
意味が分からない。
スパイと言うのは、秘密裏に敵の情報を抜く者だろう。
「何故それを私に明かす?」
私が不信感たっぷりに尋ねると、ヘレス師団長……元師団長は、頭をかきながら苦笑する。
「正体を明かさないと、取り合ってもらえないと思いましてねぇ」
そうかもしれないが、正体を明かしたところで、私がスパイの提案にホイホイ乗るわけがないではないか。
「まぁ、少し話を聞いてください」
ヘレス元師団長は、私の態度を宥めるように、両手の掌を見せる。
「私は、ネヴィルディア帝国と、対帝国同盟の戦争は、同盟が勝利すると踏んでいるんですよ」
「ほう……」
私は指を組み、値踏みするようにヘレス元師団長を見つめる。
「根拠は、お判りでしょう? ロイ君ですよ」
「彼は戦争には加担しない」
私は一言で切り捨てるが、ヘレス元師団長は首を横に振る。
「彼は家族を見捨てられませんよ。最初に勇者を倒したのだって、ルードルフ様の命がかかっていたからです」
「グランドマスターがロイ君の介入を許すと思うか?」
私がさらに試すように問うと、ヘレス元師団長はニヤリと笑った。
「何故ロイ君が自ら戦う必要があるんです?」
「……!」
そして、ヘレス元師団長は諦めにも似た笑みでわずかに天を仰ぎ、声を潜めてこちらに身を乗り出す。
「皆、ロイ君の脅威を取り違えていませんかねぇ」
「?」
ヘレス元師団長は、怪訝な顔をする私に少しため息を吐いた。
「ロイ君が最も恐ろしいのは、彼自身の強さ故じゃありません。世界を変え得る彼の発明にあります」
「それは、無詠唱魔法の事か?」
「それもあります。が、ここ最近のロイ君の遊び、知ってます?」
「いや、さすがに知らないが……」
「魔道具開発ですよ」
「⁉」
私は目を見開き、拳を握る。
「恐ろしい兵器ですよ、あれは」
ヘレス元師団長が目をすがめ、私はさっと血の気が引く。
「あの子は、一体何の兵器を作っているのだ……!」
「通信の魔道具ですよ。実は、グランドマスターから支給されたもの以外の魔道具を、ロイ君やルードルフ様たちが皆所持しているのを見ましてね」
「……」
ヘレス元師団長の言葉に、私は緊張を解く。
なんだ。
てっきり、大量殺りく兵器でも作っているかと心配したが。
「それぐらい大したことない、と言いたげな顔ですね」
ヘレス元師団長は私の顔を見て、眉根を寄せる。
「あれは世界を変えますよ。一度広まれば、無くてはならない物になる。軍事においても、民間においても、誰しもが渇望する物です」
もしそれを、ロイ君しか作り出せなければ。
ロイ君の価値は、王侯貴族に勝る。
「しかも、それを一手に売ったら幾らになるかっていう話ですよ。目端の利く者なら、大枚はたいてでも必ず手に入れようとします。大国の国家予算並みの利益を生みますよ。そんなロイ君を敵に回して魔道具が得られず、周囲に出し抜かれたくないと考える者も、かなりの数に上るでしょうね。誰だって、時代に取り残されるのは恐怖です。それが自国の勝敗に直結するとなれば、なおさら」
「言いたいことは理解できるが……」
「いえ、貴方がたはロイ君の恐ろしさも、価値も、理解できていませんよ」
ヘレス元師団長は、指を組む。
「ロイ君はまだたったの4歳ですよ。この4年で、ロイ君がどれだけ軍事に革命をもたらしたと思います? ロイ君に触発されたレッドラン師団長も含めれば、戦場を一変させています」
それだけでなく、と、ヘレス元師団長は鋭く私を見つめる。
「ロイ君が作り出している通信の魔道具が世界中に普及し、更に作り方が開示されれば、国が廃れようと滅びようと、1000年後にもその技術は残り続けるでしょう。文字通り、彼の影響は後世にまで届く。それだけの影響力を持つ王族が、他に居ますかね? ……まぁ、本当に恐ろしいのは、ロイ君の研究の目標が『転移魔法』であるという事なんですがねぇ」
「それは……!」
私は口を押さえ、俯く。
「ロイ君本人は遊び感覚のようですがね。しかし、もし「軍から民間人まで気楽に転移魔法が使える」なんて世界がきたらどうです? 今の常識なんて、何も通用しなくなる」
「確かに……な……」
少しは私の懸念が理解できました? と、ヘレス元師団長は笑う。
「おそらく、今のロイ君でも、大量殺りく兵器を作ろうと思えば、そう難しくはないと思いますよ。でも、ロイ君はそうしない。……家族が追い詰められない限りは」
「……」
「自分はね、帝国が馬鹿なことをしでかさないか心配なんです。例え卑劣な手を使おうと、帝国はロイ君を殺しきれないでしょう。もし、ロイ君を本気で怒らせるようなことがあれば……。ロイ君が復讐者にでもなった日には、帝国は地図から消えるでしょうね」
ロイ君には、それだけの武力も応用力もある。
無言になった私に、ヘレス元師団長はあえていつものような気が抜けた笑顔で笑いかけた。
「だから、周りが彼をちゃんと見守っていないといけないという事です。無茶をさせないために」
「……それが、リーデン共和国に食料の買い付けを頼むことにつながると?」
私が片眉を上げると、ヘレス元師団長は頭をかいて小さく頷く。
「まぁ、そうですね。戦況が悪化すれば、ロイ君も不安定になる可能性がありますし。それに、リーデン共和国としても、同盟国側に借りを作っておくのが最善手だと考えています」
確かに、兵糧が無くては戦争を続けられない。
モルグーネ王国としても渡りに船の話ではあるが。
「スパイの言う事を、どこまで信用できるかな」
私が冷たい目を向けると、ヘレス元師団長は肩を落として小さくなり、言い辛そうに言葉を探している。
「あ~、実は、これは上の命令じゃないんです。自分の独断なんですよねぇ」
「は……?」
「リーデン共和国の上層部は、豪商たちが占めています。連中は金儲け主義で、リスクを嫌いますからね。同盟国に加担すれば、帝国との貿易に支障が出るでしょう?」
「そうだろうな」
ネヴィルディア帝国は、敵と判断した相手には苛烈なことで有名で、同盟国側を支援した敵方だと見做されれば、経済制裁含め、報復もされるだろう。
「上の連中は、ロイ君の脅威を理解していませんからねぇ。帝国か同盟か、日和見を決め込んでいるんです。しかし、そのままじゃ、どちらからも心証が悪くなる一方です。下手をすれば、帝国側に協力して、同盟国から恨まれて立場が危うくなる、なんてことにもなりかねません。国を飛び出した自分だって、祖国が滅亡する姿なんて見たくはありませんからね」
ヘレス元師団長は膝に両手を置き、居住まいを正す。
「しかし、ロイ君がもたらす利益を知れば、頭の固い上層部連中も、必ず食いつきます。自分が本国の連中を説得してみせますので」
「ロイ君の情報を、リーデン共和国に売ると?」
いや、ヘレス元師団長がスパイであるというのなら、すでに連絡済みか。
私がヘレス元師団長を睨むと、ヘレス元師団長は慌てて両手を上にあげ、降参のポーズを取る。
「売ってません! 本国には、「ロイ君と敵対してはいけない」ということしか伝えてませんよ!」
なぜなら、と、ヘレス元師団長は強張った笑みを浮かべて、冷や汗を垂らす。
「自分はずっとロイ君の傍で魔法を習ってきたんですよ? 誰よりロイ君と対立したくないと考えているのは、自分なんですから。みすみすロイ君の機嫌を損ねるようなことを、自分がするわけないでしょう!」
日ごろからあのロイ君の実力を見せつけられていれば、そう考えるのは無理もないだろうが。
「では、戦闘技術も魔道具も含め、ロイ君の技術流出はないと?」
「はい。ですが、リーデン共和国にその情報を開示することで、この度の食糧難は解決の見込みがあると考えます」
ヘレス元師団長は、いつになく真剣な顔で頷く。
ロイ君の情報開示。
これは、ロイ君を政争に巻き込むことになると、オーフェンに判断されるだろうか。
私は目を瞑り熟考した末、組んでいた腕を解いた。
「とにかく、まずは国王陛下に話を持っていく。それまでは、王城の地下に部屋を用意しようか」
「地下牢ですか……。お手柔らかに頼みますよぉ……」
ヘレス元師団長は、話を拒絶されなくて安堵半分、地下牢への恐怖半分で、情けない顔で頭をかいた。




