3:白鳥の想い
その言葉に、エルトゥスたち三人が息を飲む。
サラだけは特に驚いた様子もなくマリーを見ていたが、ペンを持つ手は止まっていた。
「あ、でも、ただの推測っていうか、私が勝手に『こういうことなんじゃないか』って考えただけで、本当にそうかは分からないんですけど……」
「それでもいいよ」
慌てて付け加えたマリーに、ブライアンが言う。
「教えてくれ」
「マリーさん、僕からもお願い」
エルトゥスも、ブライアンに続いた。
「推測で勝手なことを言うのは確かによくないけど……何も分からないよりいいと思うから」
「……分かりました。じゃあ、私が考えたことをお話しします」
マリーは頷き、説明しやすいよう、エルトゥスたちの近くに移動する。
「えっと、まず、ハクチョウゲの名前に込められた意味について説明しないといけないと思います」
「名前に込められた意味?」
ノアは首を傾げた。
「それって『ハク』は白で『チョウゲ』は似てる何かで、どこかに『花』の意味も入ってるってやつ?」
「いえ、それは『名前の由来』ですよね。そうじゃなくて、ハクチョウゲって名前には別の単語が――とある鳥の名前が入ってるんです」
「鳥の名前?」
エルトゥスも首を傾げる。それは初耳だ。
「向こうの言葉で『白鳥』は『ハクチョウ』。白鳥みたいに真っ白な花をつけるから『白鳥の花』って意味が込められてるんです」
「なるほどね」
ノアが頷く。
「つまり、彼のお母さんは〝白い花を咲かせるからこの花を植えた〟わけじゃなくて、白鳥の意味合いで植えたってこと?」
「そうだと思います」
「けど、白鳥で植えたとしても、結局の意味は『白』だろ?」
ブライアンは眉を顰めて言った。
「白でも白鳥でも、オレから見たら同じだ」
「ううん、そんなことないと思うよ。――『黒い白鳥の子』って童話、読んだことない?」
「黒い白鳥の子?」
マリーの言葉を聞いたブライアンが首を傾げる。どうやら知らないようだ。
そして、知らないのは、エルトゥスとノアも同じだった。
「悪いけど、内容を説明してもらえない?」
そう頼んだノアに、マリーは「細かいところは違っているかもしれませんけど」と断った上で話し始めた。
✦✦
昔々あるところに、雪のように白い羽を持つ白鳥のお母さんがいました。きれいな川の傍に巣を作ったお母さんは、七つのたまごを一生懸命あたためています。
「わたしの可愛い子どもたち。はやく会いたいわ」
その声が聞こえたのでしょうか。太陽が川をきらきらと光らせた朝、七つのたまごは次々と割れはじめ、灰色のヒナたちがお母さんの下から出てきました。
元気な鳴き声を上げるヒナたちにお母さんは喜び、七羽のヒナたちの世話をしました。
そうして白鳥のヒナたちはすくすくと育ち、灰色だった身体も少しずつ、お母さんと同じ雪のような色にかわっていきました。
けれど、たった一羽だけ、まったくちがう色にかわった男の子のヒナがいました。
男の子の姿は、お母さんや他のヒナたちとよく似ているのに、羽の色だけがカラスのように真っ黒だったのです。
「ぼく、きっと、お母さんの子どもじゃないんだ」
たとえよく似た姿をしていても、黒い羽を持った白鳥など聞いたことがありません。
黒い白鳥の子はかなしみました。お母さんと他のヒナたちは、黒い白鳥の子を本当の家族のようにあつかい、種族がちがう鳥たちにも「自分たちの家族」だと紹介していましたが、黒い白鳥の子には、それがつらくてしかたありません。
みんなの優しさにたえられなくなった黒い白鳥の子は、夜中のうちにこっそり巣をぬけだし、旅に出ました。
「ぼくの本当のお母さんと兄弟に会いたい」
一枚、また一枚と黒い羽を生やしながら、黒い白鳥の子は歩きます。
その道中、出会った他の鳥たちに『黒い白鳥を見なかった?』とたずねましたが、黒い白鳥なんて、誰も見たことがありません。
そうして旅を続けること数か月、黒い白鳥の子は、アヒルのお母さんに会いました。
アヒルのお母さんは「どうして一羽で歩いているの?」と黒い白鳥の子にたずねたので、黒い白鳥の子は「本当のお母さんと兄弟を探しているんです」と、旅をしている理由を説明しました。
その話を聞いたアヒルのお母さんは、少しかなしそうな顔をして、黒い白鳥の子にたずねます。
「あなたにとって、白鳥のお母さんと兄弟は大切な存在じゃないの?」
「そういうわけじゃ……」
「ああ、ごめんなさいね。あなたの『本当のお母さんや兄弟に会いたい』と思う気持ちを否定したわけじゃないの。でも、あなたを育てた白鳥のお母さんや、一緒に育った兄弟は、あなたのことを本当の家族だと思っているんでしょう? 家族が突然いなくなったんだから、きっとすごく心配しているわよ」
「…………」
「それに……白鳥の家族には、近いうちに会えなくなるかもしれないわ」
「えっ」
黒い白鳥の子は、クチバシを大きくひらいてたずねました。
「どうしてですか?」
「白鳥はね、秋から冬の時期は、海をわたったさきにある、あたたかい場所ですごすのよ。春になったら帰ってくるけど、かならず同じ場所に帰ってくるわけじゃない。もしかしたら、今帰らないと、二度と会えない家族がいるかもしれないわね」
「そんな……」
家族が遠くへ行ってしまうなんて、黒い白鳥の子は知りませんでした。
俯いてしまった黒い白鳥の子に、アヒルのお母さんはたずねます。
「黒い白鳥の子さん。あなたはどうしたいの?」
「ぼくは――」
✦✦
「……それで?」
いいところで終わってしまった話に、ノアが尋ねる。
「黒い白鳥の子は、結局どうしたの?」
「結末は描かれていないんです。『彼がどうするかは読み手が決める』ってコンセプトの童話なんですよ」
「ええ? そんなの酷いよ。言いたいことは分かるけど……」
ノアは不完全燃焼だと言いたげに唇を尖らせて紅茶を飲んだ。
一方、ブライアンは複雑そうな表情をしている。
「――『白』と『白鳥』じゃ全然意味が違うでしょ?」
明るく声をかけたマリーに、ブライアンはふいと視線を逸らして言った。
「……まだ、そうだって決まったわけじゃない」
「そうだね。でも、実は、もう一つ判断材料があるんだ」
「え?」
ブライアンは目を見開いた。
その言葉を聞いたエルトゥスとノアもお互い顔を見合わせる。反応しなかったのは、ペンを走らせているサラだけだ。
「ねえマリー、もう一つの判断材料って何?」
「花言葉です」
そう言って、マリーはハクチョウゲを指差す。
花を咲かせる植物には、それぞれ『花言葉』というものが定められている。
たとえば、バラなら「愛」や「美」という意味を持っていて、好きな人にプレゼントするにはぴったりだ。
ただ、花によっては、色や本数、そして国によって異なる意味を持っていることもあるため、プレゼントする前に意味を調べておくほうがいい――と、エルトゥスの友人は言っていた。
「ハクチョウゲの花言葉はたった一つ、『純愛』。――ちょうど誕生日の頃に咲くなら、貴方のお母さんは、花言葉通りの気持ちをブライアンさんにプレゼントにしたかったんじゃないかな?」
「…………」
ハクチョウゲをわざわざ取り寄せて植えたのは、自分の髪色にコンプレックスを持っている息子に、言葉以上の形で伝えたかったから。
髪色なんて関係なく愛していると――「『黒い白鳥の子』に登場する白鳥の母親と同じように愛している」のだと、伝えたかったから。
「――親の心子知らず、ってやつだね」
わざとらしく肩を竦めてみせたノアが、クッキーを齧って言う。
「ま、ブライアンは童話を知らなかったわけだし、誤解しても仕方ない部分はあると思うけど」
マリーの説明が正しいかどうか、ここにいる誰にも分からない。
けれど、ブライアンは俯いていた。何も言わずに、ただ足元を見つめている。
「……ちょっとだけ、ブライアンさんの気持ちが分かるよ」
そんなブライアンに声をかけたのは、マリーだった。
「分かるって言っても、髪色のことだけなんだけどね。……私も、おばあちゃん譲りの赤毛について小さい頃から色々言われて嫌だったの。ほら、赤毛って『魔人の髪色』だっていうでしょ? 魔人は赤毛が多かったみたいだから」
確かに、魔人には赤毛が多かったと文献に記されている。
だが、「赤毛なら高確率で魔人」というわけではない。もしそうだとしたら、西大陸諸国は魔人でいっぱいだったはずだ。
「しかも私以外の家族は茶色に近い赤毛だったから、一人だけ浮いちゃって。クラスの男の子には『マリーは魔人の生き残りで、髪色が似てるフロックハート家を魔力で操って暮らしてる』とか何とか、散々言われてた」
「……今も赤毛が嫌なのか?」
顔を上げたブライアンが尋ねる。
マリーは、眩しいくらい明るい笑顔で答えた。
「ううん。今はこの色が大好き!」
「理由は?」
「うーん……上手く伝えられるか分からないけど、どう考えるかは自分次第だって気付いたからかな?」
首を傾げて、マリーは説明を続ける。
「えっと、それまでの私は、周りの人が『赤毛なんて』って言うから赤毛が嫌いだったの。でも、一番大事なのは『周りの人がどう思うか』じゃなくて『自分がどう思うか』だってことに気付ける出来事があったから、自分の赤毛が大好きだって思えるようになったんだ」
「自分が、どう思うか……」
「そう。……あ、別に『自分がどう思うかが大事だから周りの人に何を言われても気にしないようにしなさい』って言いたいわけじゃないよ。酷いことを言われて傷付くのは当たり前のことなんだから」
(……マリーさんが言ってること、分かる気がするなあ)
「自分が悪いことをしていないなら悪口を言われても傷付く必要はない」。そう主張する人を時々見かける。
だが、それは多分、少し違うのだろうと思う。
たとえ悪いことをしていなくても、多くの人は、自分にとって酷い言葉をかけられたら傷付いてしまうものだ。「傷付く必要」の有無は関係ない。
「ただ、周りの人が髪色のことでブライアンさんをからかったとしても、ブライアンさんのご両親がブライアンさんを大事にしてることは変わらないでしょう? だから……もしかしたら、ブライアンさんも自分の髪色を好きになれる日が来るかもしれないね」
「…………」
マリーの言葉を聞いたブライアンが俯く。
それきり黙っていたブライアンは、やがて、ぽつりと呟いた。
「……いつか、そんな日が来るのかな」
「それを決めるのはマリーじゃなくて、ブライアンでしょ」
ノアは少し呆れたように言う。
「ま、自分の髪色を好きになれる日が来なかったとしても、髪の色なんか関係なく家族だってことには変わりないけど」
いつものノアと同じ、素っ気ない発言。
だが、その言葉には、言葉以上の温かさがあった。
「――ブライアン様」
ベストなタイミングを見計らい、エルトゥスは声をかける。
「大変申し訳ありませんが、ご事情を伺った結果、ブライアン様のご自宅に誘拐の電話をかけることはできないと判断いたしました」
「……そうかよ」
「しかしながら、ブライアン様のお声で電話をおかけして、ご家族の方にブライアン様の想いを伝えることは可能です。――特別に無料で承りますが、いかがいたしましょう?」
「んー……」
少し考えたあと、ブライアンは首を横に振った。
「せっかくだけど、遠慮しとく。……自分で言えるし」
「なんだ、結構根性あるじゃん」
「うるさい」
からかわれたブライアンがノアを睨み付ける。
それから、エルトゥス、マリーへと視線を移したブライアンは「あー……」と声を出した。
そして――。
「……けど、ありがとう、ございます」
お礼を言って、座ったまま頭を下げる。
驚いたらしいノアが目を丸くする中、エルトゥスはマリーと顔を見合わせて――優しく微笑んだ。
「私どもでお役に立てたのであれば、幸いです」




