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発話代行サービス・イストリア  作者: 眠理葉ねむり
タイプライターで綴るもの
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5:ルシアとの面会

 約一年ぶりに訪れたネムの町は、一年前と何も変わっていなかった。


 良い言い方をすれば「素朴で静か」。悪い言い方をすれば「何もないような片田舎」。

 町の中心部と同じくらい大事な場所であるはずの駅前には小さな飲食店が一軒あるだけで、他に目立った店はない。

 視界に入るのは、遠くにそびえる山々と、背の低い住宅だけ。

 エルトゥスたちが暮らしているフラッタも田舎町ではあるが、特急電車が停まるだけあって駅前はそれなりに賑やかだから、ネムとは雰囲気が違う。


「相変わらず何もないところだよね」


 駅前でブラックキャブ(タクシー)を待つノアが言う。


「ま、それがネムの魅力なんだろうけど」

「ノアは自然が好きだもんね」


 意外かもしれないが、ノアは自然豊かで静かな環境が好きなのだ。フラッタに会社を作ったのも、ノアが「自然がないと落ち着かない」と言ったからだった。

 ただ、田舎ならどこでもいいというわけでもないらしい。


 「田舎にありがちな閉鎖的な空気は嫌い」だとノアは言う。ただ、それがどういう空気なのか、模造骸骨(レプリカ・スケレトス)のエルトゥスにはよく分からない。

 そのまま駅前で待っていると、予約していたブラックキャブ(タクシー)が到着した。

 運転手に名前を伝え、美しく磨き上げられた車体の後部座席に乗り込む。


「〈カフェ・ルミナス〉まで」


 ノアが目的地を告げると、丸っこいデザインのそれは静かに走り出した。

 現在時刻は午後一時過ぎ。〈カフェ・ルミナス〉でルシアと面会するのは、約二十分後だ。

 本来は孤児院で面会するのが一番楽なのだろう。にもかかわらずカフェで会うのは、エルトゥスの姿を子どもたちに見られないようにするため。

 トマ・ナーグ・スレイは「少し神経質そうな四十代半ばの男」だから、「会いに来たのは青年だった」という情報がルシアの耳に入ってしまえば、全部台無しになってしまう。


(頑張れば青年以外の姿にもなれるんだけどね)


 エルトゥスがとっている青年の姿は「ノアが詳細に考えた容姿を再現したもの」であり、別のデザインを用意してもらえれば、そちらに替えることもできる。

 ただ、「魔力を操って人間の姿をとる」というのは、実は簡単なことではない。

 今の姿を安定してとれるようになったのも、練習を始めてから半年後のことだった。


 そういう事情で、スレイの姿になることは諦めた。その代わり、アストリー本人が会えない事情を知っている職員に頼んで、ルシアをカフェに連れてきてもらうことになったのだ。


(上手くいくといいけど……)


 調整した声と口調は、アストリーのお墨付きを貰っている。

 だから問題はないはずだが、誰かの代わりとして振る舞う依頼は、何度引き受けても緊張するものだ。

 緊張しているエルトゥスをよそに、ノアは「何の心配もない」と言いたげな表情で窓の外を眺めていた。

 十四歳でここまで落ち着き払っているのは、エルトゥスを信頼しているから――というだけではなく、余程のことがない限り、緊張したり不安になったりしないタイプだからだ。


 時速五十キロで移動すること十五分。ブラックキャブ(タクシー)はカフェの前で停車した。


 レンガ造りで二階建ての〈カフェ・ルミナス〉は、居心地がよさそうな店だった。周囲が山に囲まれているせいか客は一人もいないが、落ち着いた内装と、ちょうどいい音量で流れるジャズが心を穏やかにさせてくれる。


 待ち合わせしていることを店員に伝え、壁際の四人掛けテーブルでしばらく待っていると、三十代くらいの女性が現れた。


「マクラウド孤児院の者です。発話代行人の方ですか?」

「ええ、そうです」


 立ち上がったエルトゥスが答える。


「発話代行サービス・イストリア社所属のエルトゥス・アサラと申します。モーガン・アストリー様に依頼されてまいりました」


 彼女にだけ本来(、、)の姿を見せると、彼女は目を見開いた。がいこつだと知っていても、やはり驚いてしまうものらしい。


「ありがとうございます。ルシアを連れてまいります」


 軽く頭を下げた彼女が店を出る。ルシアは店の外で待っているようだ。


(緊張してきた……)


 こういうとき、人間は「心臓が飛び出しそうになる」らしい。心臓を持っていないエルトゥスには分からない感覚だが、その気持ちは分かる。

 何となく左胸の辺りを押さえていると、ちりん、とドアベルが鳴って、二人の女性が入店した。


「こっちよ」


 職員の女性は、自分の左腕を掴んでいる女性に声をかけてから、ゆっくり歩き出す。


 初めて見るルシア・ホイストンは、エルトゥスの想像にかなり近い女の子だった。

 手紙に書かれていた通り、緩いウェーブがかかった長い髪は亜麻色で、一つに纏めた状態で左胸の前に垂らしている。

 服装は淡いブルーのトップスと白いロングスカート。可愛らしさの中に上品さが感じられるデザインで、彼女の髪色にもよく似合っていた。


 そんなルシアについて一つ気になることがあるとすれば、やたら大きなトートバッグを肩に掛けていることだろうか。それだけは服に合っていないし、何のために持ってきたのか、エルトゥスにはよく分からない。


「ルシア、こちらがスレイさんよ」


 職員の女性はルシアをエルトゥスの正面に導き、エルトゥスがいる方向を指示する。

 立ち上がったエルトゥスは、ゆっくり深呼吸すると――模造骸骨(レプリカ・スケレトス)は呼吸しない存在だから、あくまでも形だけのものでしかないが――スレイの声でルシアを呼んだ。


「――会うのは初めまして、ルシア」

「……スレイさん?」


 その声を聞いたルシアは、何故か、驚いたような表情になった。

 少しの沈黙のあと、ルシアは満面の笑みを浮かべた。事故の影響か、頬の上から瞼にかけて傷跡がいくつも残っていたが、エルトゥスには気にならない。


「わあ、すごい! わたしがイメージしてたのと、ほとんど同じ声!」

「……そうか」


 どうやら「ルシアがイメージするスレイの声」を作り上げることに成功したらしい。


(よかった)


 密かに安堵していると、ルシアがエルトゥスに向かって手を差し出した。握手したいようだった。


(応えてあげたいけど……)


 たとえ人間の姿に見えていても、それはあくまで見た目だけのこと。

 体はがいこつのままだから、スレイとしてルシアの手を握ることはできない。


「申し訳ないが、私の国ではハグも握手もしないのでね。代わりに会釈させてもらうよ」

「あ、そうなんですか。ごめんなさい」


 そう言って手を引っこめたルシアはお辞儀をしたあと、誰かを探すように辺りを見回す仕草をした。


「どうした?」

「えっと、お連れの方がいらっしゃるんですよね?」

「ああ……そうだったな」


 すっかり忘れていたと、エルトゥスは答える。


 『不正防止のため、発話代行業務を行う際は、社長のノア・アングレカもしくは魔法使いであるサラ・トレイラーを同席させること』――。

 そういうルールが定められているため、発話代行サービスを提供するときはいつもノアが同席していた。

 ただ、今回の場合、ノアが理由もなく同席するのはおかしいから、ルシアには「知人に頼まれて面倒を見ている少年を連れていきたい」と、孤児院経由で伝えてもらっていた。

 もしもノアが一言も喋らずに黙っていたら、目が見えないルシアはノアに気付かないかもしれない。だが、それはルシアに対して不誠実だと、エルトゥスは考えた。


ノーミィ(、、、、)、彼女に挨拶を」

「はーい」


 普段の様子からは考えられないほど明るい声で返事をしたノア――ノーミィが、ルシアに声をかける。


「初めまして。ボクはノーミィ・ド・ファイ。十四歳で、最近スレイさんのところでお世話になり始めたんだ。今日はよろしくね」

「ファイさんですね。こちらこそ、よろしくお願いします」

「ノーミィでいいよ。それよりさ、その服すごく似合ってる。スレイさんもそう思うでしょ?」

(えっ?)


 ――なんで急にそんなこと言うの? もちろん似合ってるけど……。

 慌てたエルトゥスは、僅かな沈黙のあと、いかにもスレイらしく答えた。


「……まあ、似合っているんじゃないか」

「ありがとうございます」


 頬を赤くしたルシアが言う。


「実は、今日のために買った服なんです」

「そうか……」


 アストリーさんにも見せてあげたかったな。

 スレイの声で喋りながら、エルトゥスはそう思った。あいにくカメラは持参していないし、持参していたところで写真を撮る口実など思い浮かばない。


「あの、ノーミィさん」

「何?」

「ノーミィさんの綴り字(スペリング)を窺ってもいいですか?」


 綴り字(スペリング)というのは「ノーミィ・ド・ファイという名前を文字でどう書くか」ということだ。

 ノアのために用意した偽名は、スレイの名前と同じくテトラノールらしくない響きだから、どう書くのか気になったのかもしれない。


 ノアが綴り字(スペリング)を教える中、職員の女性はエルトゥスに声をかけて外に出た。話が終わるまで店の近くで待っているそうだ。


 大きなトートバッグを隣の席に置いて座ったルシアに、エルトゥスは何を注文するか尋ねる。

 彼女はホットミルクティーを選び、エルトゥスはカフェオレを注文することにした。

 ノアは――歳相応の子どもであることを演出するためなのか、それとも食べたかっただけなのか、チーズケーキを選んだ。

 ドリンク付きのセットを選ばなかったのは、「ちょっとちょうだい」と言ってエルトゥスのカフェオレをさり気なく飲むためだろう。エルトゥスは五感を持った模造骸骨(レプリカ・スケレトス)だが、がいこつだけあって、食事することはできない。


(さて……どうしようかな)


 長い間文通してきた相手と初めて会ったのだから、普通ならスレイのほうから話しかけるべきなのだろう。だが、スレイの性格だと、自分からあれこれ喋ることはなさそうだ。

 そして、そう考えたのは、エルトゥスだけではなかったらしい。

 静かな店内にジャズが流れる中、先に口を開いたのは、ルシアだった。


「スレイさん。長い間わたしや孤児院のためによくしてくださって、本当にありがとうございます。それだけでも感謝しきれないくらいなのに、わたしのわがままを叶えるためにこんな田舎まで来てくださって……お礼の言葉もありません」


 感謝が滲む声で言い、ルシアは座ったまま深々と頭を下げる。


「……私が勝手にしたことだ」


 エルトゥスは、可能な限り感情を見せないようにして答えた。心の中ではアストリーに「どうしてスレイさんをこんな性格にしたんですか」と、勝手な文句を言いながら。


「スレイさんはいつもそうですよね。手紙でも『私が勝手にしていることに感謝する必要はない』の一点張りで、『どういたしまして』なんて一言も言わなくて」

「本当のことだからだ」

「そうかもしれません。だけど、わたしと孤児院のみんなは、スレイさんが勝手にしたことのおかげで『人生そう悪いことばっかりじゃないんだ』って思ったんです。だから、感謝させてください」


 そう言って、ルシアは微笑んだ。少しあどけない顔には、有無を言わせない力がある。

 エルトゥスが何も言えないでいると、それまで黙っていたノアが「この人、素直じゃないからね」と、会話に加わった。


「ノ――ミィ」


 「余計なこと言わないで」と声だけで伝えながら、エルトゥスはノアを呼ぶ。

 窘めるような声は確かにスレイのものだが、その言葉はエルトゥスのものでもあった。


「あはは」


 笑ったルシアが言う。


「スレイさんって、本当『スレイさん』って感じですね」

「それはそうだろう。――一体どういう人間だと思っていたのだ?」

「どうって、素っ気ないけど、実は優しい人なんだろうなって思ってましたよ」

「優しい? ……寄付をしているから? それとも会いにきたからかね?」

「それもありますけど、点字が読めるって知ってからは点字で返事をくれたり、お仕事が忙しいはずなのに毎月必ず返事をくれたり……。言葉にしない部分の優しさ、手紙から伝わってましたよ」


 自信ありげに答えたルシアに、エルトゥスはややぶっきらぼうな口調で「随分な高評価をどうも」と答えた。――スレイなら、きっと照れるだろうから。

 そのあとケーキとドリンクが届いて、ノアとルシアが飲食を楽しむ中、エルトゥスだけは難しい顔をしていた。


(スレイさんに直接話したいことがあるから「会いたい」って手紙を送ったんだと思ってたんだけどな)


 たとえ目が見えなくても、手紙でしか知らないスレイと会ってみたいと考えるのは普通のことだ。

 ただ、エルトゥスは、こう考えていた。

 ルシアには、スレイと直接話したいことが――将来の話だとか、孤児院を出てからも連絡を取り合いたいだとか、特別な話があるからスレイを呼びだしたのだと。

 けれど、ルシアは孤児院で起こった出来事を楽しそうに話すだけで、特別な話をする気配はない。


(僕の勘違いだったのかな……)


 別に、ルシアの話を聞くのが嫌なわけではない。寧ろ、楽しいと思っている。

 ただ、フラッタに戻るまで五時間以上かかる関係上、あまり長くはいられない。


 ノアがカフェオレを飲み終えた頃合いを見計らって、エルトゥスは話を切り出した。


「ルシア。申し訳ないが、私たちはそろそろ帰らねば」

「……そう、ですか」


 俯いたルシアは「今日はありがとうございました」と言って、頭を下げる。

 そのまま俯いていたルシアは、やがて何か言いたそうに顔を上げて、遠慮がちに口を開いた。


「あの……ちょっとだけ時間を貰えませんか? 五分くらい……」

「……まあ、五分なら構わないが」

「ありがとうございます」

(やっぱり、何か言いたいことがあったんだ)


 話してくれてよかった。でも、上手く対応できればいいけど……。

 エルトゥスが心配していると、ルシアは何故か、トートバッグに手を伸ばした。スレイに見せたいものが入っているのだろうか?


 だが、エルトゥスの予想は外れた。

 トートバッグから出てきたのは、少し型の古いタイプライターだった。これには流石のノアも驚いたようで、目を丸くしている。


 エルトゥスたちが驚く中、ルシアは、やや大きなそれを膝に乗せ、タイピングを始めた。低い位置だから少し打ちにくそうだが、長年使用しているだけあってタイピング速度は速く、機械に慣れていないエルトゥスよりもスムーズに文章を打ち出している。


 それからしばらくキーボードを叩く心地よい音が店内に響き、やがて、ルシアは手を止めた。

 ロール紙という紙を手慣れた様子で切り取って四つ折りにすると封筒に入れ、エルトゥスがいる方向に差し出す。


「スレイさん宛ての手紙です。受け取ってください」

「私に?」


 エルトゥスは首を傾げた。


「……何か言いたいことがあるなら直接言えばいいのでは? 君、恥ずかしがり屋ではないだろう」

「恥ずかしがり屋じゃなくても手紙に託したいときがあるんです。――でも、あとで読んでくださいね」


 微笑んだルシアは「家に着いてからか、せめて列車の中で」と、続けた。理由は分からないが、ネムを離れてから確認してほしいようだ。

 エルトゥスはあとで読むことをルシアに約束し、支払いを済ませて外に出た。


 ちりん、とドアベルが鳴る。

 エルトゥスとノアにもう一度礼を言ったルシアは、エルトゥスのほうをじっと見つめた。


「それじゃあ……またいつか」

「……ああ、また」


 スレイらしい愛想のない声で、エルトゥスは答える。

 「いつか」の機会が訪れることは二度とないのだと知っていながら。


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