表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
発話代行サービス・イストリア  作者: 眠理葉ねむり
タイプライターで綴るもの
45/51

4:何百枚もの手紙たち

「手紙ってこんなに嵩張るんだ……」


 アストリーがイストリア社を訪れてから二日後の、午前十一時。

 抱えなければいけないほど大きなダンボール箱の中、束ねられている大量の封筒を見つめて、ノアは呟く。


 ルシアがアストリーに手紙を送り始めたのは約七年前。月に二度送っているのだから、単純計算では百六十八通前後のはずだ。


「手紙一つあたりが分厚いと、これだけの量になるんだね……」


 七年もの間手紙を送り続けたルシアと、送られた手紙をきちんと保管していたアストリー。どっちもすごいなあと、エルトゥスは素直な感想を呟く。


「わ! それ、全部読むんですか?」


 二人の横を通ったマリーが目を丸くして尋ねた。


 マリーの言う通り、エルトゥスたちはこの手紙すべてに目を通さなければならないのだ。しかも、ルシアと面会する上で重要だと思われる話のすべてを暗記しながら。

 もし封筒が百六十八個あり、封筒一個に便箋二枚が入っているとすると、読まなければいけない便箋は全部で三百三十六枚。

 目を通すだけでも相当時間がかかるだろうから、想像以上の大仕事になりそうだ。


「ノア、どうする? ……昼からにする?」

「今から始めたほうがいいんじゃない? 途中で昼休憩を挟んだほうが精神的によさそうだし」

「分かった。じゃあ、応接室で確認しよう。ここじゃちょっと狭いし」


 ダンボール箱を抱えたエルトゥスはマリーに視線を移し、声をかける。


「マリーさん。僕たちはお昼まで二階にいるから、何かあったら内線で連絡してもらってもいいかな?」

「分かりました。頑張ってください!」

「ありがとう」


 青年の顔に笑みを浮かべたエルトゥスは二階へ向かった。

 ノアにドアを開けてもらって応接室に入り、ローテーブルの横にダンボール箱を置く。

 大量の手紙は、エルトゥスたちが扱いやすいように紙紐で小分けされていた。

 紙紐の下には、数字が書かれたメモが挟み込まれている。多分、『1』の束から順番に読めばいいのだろう。


「意外と親切じゃん」


 そう呟いたノアは、ダンボール箱から『1』の束を取り出した。それからソファーの左端に座って、隣に腰かけるようエルトゥスに言う。


「ボクから先に読むよ。多分、ボクのほうが早く読めるだろうし」


 その通りだろうから文句はない。

 エルトゥスは頷き、指示通りに腰かけて、手紙が渡されるのを待つ。

 一通目が回ってきたのは、ノアが手紙を読み始めて一分後のことだった。


(ルシアさん、プライベートを覗き見してごめんね……)


 エルトゥスたちが手紙を読んでいることを、ルシアは知らない。

 それでも謝らずにはいられず、エルトゥスは心の中でルシアに謝ってから、便箋を開いた。



      ✦✦



 親愛なるスレイ様


 初めまして――と書くのはおかしいかもしれないけれど、初めまして。

 わたしは、貴方からの多大なるご厚意に感謝している孤児院の娘の一人、ルシア・ホイストンです。これまで手紙というものを書いたことがないので、もし失礼があったらごめんなさい(ちなみに、この手紙は五つ年上のジェシカに代筆してもらっています。彼女はとても親切で、しかも字が綺麗らしいから、お願いしました)。


 こういうお手紙で何を書けばいいのか分からないのだけれど、まずは、孤児院のみんながスレイさんに感謝していることを改めて伝えさせてください。わたしと、わたしたちのために寄付してくださって本当にありがとうございます。

 そして、お礼を伝えるのが遅くなってごめんなさい。マクラウド孤児院では「十歳の誕生日を迎えるまでは寄付があっても知らせない」という方針があって、知らなかったの。


 わたし、スレイさんのご厚意が本当に嬉しくて、手紙以外で何かお礼をしたいと思ったので、先生(わたしたちの孤児院では職員さんのことを「○○先生」と呼んでいます。そう呼ばされているわけじゃなくて、先生みたいに素晴らしい人たちばかりだから自主的にそう呼んでいるの)に頼んで撮ってもらった、みんなの写真を同封することにしました。スレイさんは孤児院を訪れたことがないと先生から聞いたので……。

 ちなみに、わたしは、右側のほうに映っている亜麻色の髪の女の子です(瞳も同じ色です。世間では淡いブロンドの髪に青い瞳が好まれると聞いているけれど、わたしは、亡くなったお母さんと同じこの色を気に入っています)。


 最後に、スレイさんに、厚かましいお願いがあります。

 この手紙を無事受け取った証に、一言だけでもいいので、お返事をいただけませんか?

 でも、もしお返事をいただけたら、誰かに音読してもらって、それから宝物にしようと思っているので、それが嫌じゃなかったらで大丈夫です。どうかご検討ください。


 真心を込めて  ルシア・ホイストン



      ✦✦



 クリーム色のシンプルな便箋二枚には、スレイに対する偽りのない感謝が、美しい字で綴られていた。

 手紙によると写真が同封されているとのことだったが、封筒には入っていなかった。多分、アストリーが持っているのだろう。


(ルシアさんがどんな子か分からないけど……きっと、すごくいい子なんだろうな)


 恐らく、話すことが好きで、快活で、世間の考えがどうあれ母親譲りの髪と目に誇りを持っていて――。

 たった二枚、されど二枚。ルシア・ホイストンという女性の人柄を知るには十分な情報だ。


 アストリーがルシアに会うことを望まない以上、トマ・ナーグ・スレイに会わせることはできない。その代わり、ルシアをがっかりさせないように頑張ろう――。

 エルトゥスがそう考えていたとき、二通目が渡された。エルトゥスは一通目の封筒を裏返してテーブルに置き、二通目を読む。


 二通目には、スレイが返信したことに対する感謝が綴られていた。一通目で言っていた通り、スレイからの手紙を宝物にしたこと、もし迷惑でなければこれからも定期的に手紙を送らせてほしいことなどが書かれている。


 二週間に一度手紙を送るようになった三通目以降では、マクラウド孤児院での生活について綴られることが多くなり、文通開始二十通目から突然、本文だけタイプライターで書かれたものに変わった。

 寄付のおかげで導入されたタイプライターのキー部分に、仲間が接着剤で点字を振ってくれたのだという。そのおかげでルシア一人でも手紙を書くことが可能になったらしい。


 だからだろうか。仲間の思いやりに対する喜びを綴ったその手紙には、それまで触れられていなかったルシアの過去についても綴られていた。


 ――孤児院があるネムからそう遠くない町で生まれたこと。

 ――五歳になってすぐ大きな事故に巻き込まれて両親と視力を失ったこと。

 ――孤児院で暮らし始めた当初は両親や視力が恋しくて毎日泣いていたこと。

 ――けれど、仲間や職員たちの優しさに触れているうちに孤児院での暮らしが嫌ではなくなったこと。

 ――点字を覚えてからは本も読めるようになり、楽しい日々を送っていること。

 ――そして、スレイと文通をするようになってからは、楽しみが一つ増えたこと。


 ルシアに関する事柄を、タイプライターはいきいきと描き出している。

 世間では「手書きの文字でなければ心は伝わらない」と言われることもある。だが、そうではないのだと、ルシアの手紙が物語っていた。


 温かみのある文字を追うこと数時間。エルトゥスがすべての手紙を読み終えたのは、午後四時半を回った頃だった。


「途中で休憩を挟んだっていうのもあるけど、思ったより時間かかっちゃったね……」

「エルは丁寧に読んでたからね」


 束ね直した手紙をダンボール箱に詰めたノアが言う。

 ノアは、エルトゥスより二十分以上早く手紙を読み終えていた。もちろん、内容はしっかりと頭に入っている。


「ま、覚えることがそんなになくてよかったよね」


 伸びをしたノアはダンボール箱を抱え、尋ねる。


「これならエルも再現のほうに集中できるんじゃない?」

「うん。……多分、大丈夫だと思う」


 もしエルトゥスには覚えられないくらい情報量が多ければ、記憶力のいいノアに助けてもらおうと思っていた。

 けれど、覚えていなければ不自然な情報はほとんどなかった。しいて言えば「ルシアが点字を読めると知ったスレイは点字が打てるタイプライターで返事を書くようになった」ということくらいだろうか。

 この分ならノアに助けてもらう必要はなさそうだ。


(あとは僕の声だけ、かな)


 これからの予定はこうだ。

 二日後、アストリーに電話をして声の候補をいくつか聴いてもらい、一つに絞る。

 それから五日間、スレイらしい口調で話せるよう練習したあと、もう一度アストリーに電話をして、声や口調を確認してもらい、ルシアと面会する。


 アストリーからは「少し神経質そうな四十代半ばの男の声」「乱暴な話し方はしないが、皮肉屋で愛想のない口調」というリクエストを受けている。

 そのリクエストに応えつつ「ルシアが抱いているスレイのイメージ」にも合わせなければならないから難しい仕事だが、するべきことはいつもと変わらない。

 依頼人であるモーガン・アストリーのために、そして、スレイに会いたがっているルシア・ホイストンのために努力するだけ。

 本人よりも本人らしく――それがエルトゥスのモットーだ。


 エルトゥスは応接室のドアを開け、ダンボール箱を抱えたノアを通す。

 二段先を下りていたノアは狭い踊り場で足を止め、エルトゥスに声をかけた。


「あの人、もしかしたら、事故を起こした張本人なんじゃない?」

「え?」


 あの人、というのはアストリーのことだ。


「事故を起こした本人だから、責任を感じて孤児院とルシアに十二年もお金を送ってるんだよ。で、うちに依頼したのは、劇団員に依頼するより安全だから。劇団員だと直接会えない理由をあれこれ訊かれて、脅迫されるリスクもあるけど、うちならルシアに不利益を及ぼさない限り過去を詮索することはないでしょ? きっとそうだよ」

「ノア。憶測で勝手なこと言っちゃだめだよ」


 エルトゥスはノアを窘めた。

 アストリーが何故イストリア社に依頼したか、気にならないといえば嘘になる。

 しかし、事情を知らないのに勝手なことを言うのはよろしくないことだ。


 アストリーはルシアから両親と視力を奪った人物なのか、それとも、善意で寄付をしているだけの第三者なのか。

 少し考えた末、エルトゥスは階段を下りながら言った。


「たとえアストリーさんがどんな理由で僕たちに依頼したとしても、僕たちは自分の仕事をするだけ。――そうでしょ?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ