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発話代行サービス・イストリア  作者: 眠理葉ねむり
タイプライターで綴るもの
43/51

2:失礼な依頼人

(とにかく、お客さんのところへ行かないと)


 エルトゥスが考えていると、一人の女性が階段を下りてきた。

 少しくすんだ色の赤毛を緩く編み込んだ彼女は、エルトゥスに気付くと嬉しそうに顔を輝かせる。


「あ、エルさん。お帰りなさい」

「ただいま。遅くなってごめんね……」

「いいんです、エルさんが無事なら」


 彼女の丸いレンズの奥では、ライトグリーンの瞳を持つ目が優しく細められている。

 彼女はマリー・フロックハート。今年で二十歳になるのに、幼い顔立ちと低めの身長のせいで、中等(セカンダリー)学校(スクール)の上級生だと思われたことがある。


 そんなマリーの服装は白いシャツとグレーのニット、黒いスラックスだから、華やかな色使いのノアが傍にいると少し地味な印象を受ける。その代わり、赤い髪やライトグリーンの瞳が印象的だ。


「マリー。ケーキ、先に食べてて」


 ケーキの箱をマリーに渡したノアが言う。


「サラ、もうすぐ帰ってくるだろうし」

「分かりました。いただきます」

「あ、マリーさん。お茶、いつもありがとう」


 エルトゥスがマリーに礼を言う。

 マリーが担当している仕事は経理。要するに、イストリア社の支出を管理する係だ。

 それなのに、マリーはいつも率先して依頼人用のお茶を用意してくれる。しかも洗い物までしてくれるから、エルトゥスはマリーに感謝していた。


「気にしないでください」


 マリーは首を横に振って答える。


「エルさんのケーキ(これ)と同じで、私がそうしたいだけですから」

「そう? でも、ありがとう」


 たとえマリーがどう思っていても、仕事の時間を割いてお茶の用意をしてくれていることに変わりはない。

 そう思い、改めて礼を言うと、マリーの頬が僅かに赤くなった。

 もしかしたら「お礼を言われるほどのことじゃないのに」と照れているのかもしれない。


(謙虚な人だなあ)


 微笑むエルトゥスを見て、ノアは何故かため息を吐いた。


「……エル、そろそろ行くよ。押しかけのやっかいな依頼人候補だけど、一応お客さんなんだから」

「そうだね、早く行かなきゃ」


 エルトゥスは頷き、カーディガンのポケットからコンパクトミラーを取り出した。


 ポニーテールよりも低い位置で結んだ明るい色の銀髪と、少し緑が混じった海色の瞳、優しそうな顔立ちに、がいこつの姿と同じくらい白い肌――。

 今のエルトゥスは間違いなく青年の姿をしていて、初対面の相手を不必要に驚かせることはない。


 エルトゥスはノアと共に二階の応接室に向かい、一声かけてからドアを開けた。


 応接室の中央にあるソファーに座っているのは、三十代半ばから四十代くらいの男性だった。ミルクティー色の髪をオールバックにしていて、依頼人というよりも面接官のようだ。身に着けたグレーチェックのスーツがよく似合っている。


「大変長らくお待たせして申し訳ございません。発話代行人のエルトゥス・アサラと申します」


 エルトゥスはドアの前で一礼し、ノアと共にソファーの対面席へと移動した。

 そんな二人をじろりと見た依頼人の彼は、予約を取らずに押しかけたことを謝りもしないで「あなたが模造骸骨(レプリカ・スケレトス)ですか」と尋ねる。


「失礼ですが、証拠を見せてもらえませんか。偽物ということもある」

「もちろんです」


 今回は彼が先に申し出たけれど、実を言うと、イストリア社には「依頼人には最初にがいこつの姿を見せる」というルールがある。エルトゥスが普段青年(ヒト)の姿でいることを知っている誰かが、模造骸骨(レプリカ・スケレトス)のふりをしないようにするためだ。


 エルトゥスは、青年の姿を作っている魔力の流れを遮断した。

 その瞬間、優しい雰囲気の青年は跡形もなく消えて、シャツとカーディガンを着た真っ白ながいこつが現れる。


「……確かに本物のようだ」


 がいこつの姿を確認した彼は眉を顰めた。

 「見たくないものを見てしまった」――そんな顔をしている。


「ご確認ありがとうございます。先程の姿に戻ったほうがよろしいでしょうか?」

「ええ、ぜひ。がいこつは嫌いなもので」

「ちょっと、勝手に押しかけといてその言い方はないでしょ」

「ノア、いいよ」


 腹を立てているノアに声をかけたエルトゥスは、青年の姿に戻ると「失礼いたしました」と頭を下げた。

 ノアの気持ちは嬉しい。だが、多くの人間にとってがいこつは「死の象徴」のようなものだと知っているから、がいこつは嫌いだと言われても、エルトゥスが嫌な気持ちになることはない。


「お客様のお名前を窺ってもよろしいでしょうか?」

「モーガン・アストリーです。先程、そちらの彼に名乗ったのですがね」

「何度も申し訳ありません。アストリー様ですね」


 嫌味な発言を軽く流したエルトゥスは青年の顔に穏やかな笑みを浮かべ、申し出る。


「では、改めてご依頼内容を窺ってもよろしいでしょうか」

「ネムにある、マクラウド孤児院で暮らしている盲目の女性――ルシア・ホイストンと、面会してほしいのです。私の代わりに」

「孤児院、ですか」


 ネムというのは、フラッタから特急列車と普通列車を乗り継いで約五時間のところにある小さな町だ。エルトゥスたちも昔依頼で訪れたことがあるが、ネムに孤児院があるのは知らなかった。


「ホイストン様は目が見えないとのことですが、アストリー様として面会すればよろしいのでしょうか?」

「いえ。トマ・ナーグ・スレイという名前の男として話していただきたい。できますか」

「はい」


 エルトゥスは頷いた。


「ただ、ホイストン様と面会するにあたり、必要な準備をするための期間――スレイ様としてホイストン様に接するための情報を頭に入れる期間と、声と口調の再現を行うための期間を確保していただき、スレイ様として面会することでホイストン様やスレイ様に不利益を及ぼすことはないと書面で誓約していただくことになりますが、よろしいでしょうか?」

「問題ありません」


 アストリーは即答した。


「――トマ・ナーグ・スレイという人物など、実在しませんので」


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