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天高く巫女肥えるべきこの世界から  作者:
穢れとの闘い
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強い穢れ

「…あいつは…病気かなんかですか。」松治が言う。「昨夜も唸り声がうるさくてオレ達眠れなくて。こっちからどうしたって叫ぶのに、聞いちゃいねぇ感じで。」

結花は、少し怯えるような目を奥へと向けてから、答えた。

「…私はもう、巫女ではないので見えないのですが、恐らく咲也さんはもう、穢れが酷くて神にも救えない状況だったのではと。それで、聖なる力を持つ人に、吹き飛ばされた時に、命が砕けてもう、欠片しかないと聞いています。あの…私がこんなことを聞くのはおかしいのですけど、あなた方は、あの人を殺そうとして捕まったのだと聞きました。あれだけの穢れを持つには、人を何人も殺していたり、私服を肥やそうと善良な人々を苦しめていたりするのですが…もしかしたら、そのためですか?でないと、神社でそうやって健康に、平気で過ごせるあなたがたが、そんなことをしようなんて思わないと思って…。」

松治は、黙る。

他の者達も、顔を見合わせたが、黙っていた。

結花は、言った。

「…すみません。疑問に思っただけなんです。もしそうなら、あなた方は悪くないと思ってしまいました。だって…あなた方は悪い人ではありません。中の普通の人達と、何も変わらない、もしかしたらそれより善良かもしれません。だから…少しは私も、神主に話しておける気がして。」

正が、目を潤ませた。

「結花さん…。」

だが、松治は言った。

「…オレ達だって良い生き方はしてません。結花さん、気持ちは嬉しいが、あなたは何も関わらねぇ方がいい。オレ達のことは、心配せずに。」

結花は、渋々頷いた。

「…分かりました。でも、これだけは覚えておいてください。ここでは、穢れが全てです。どんなに綺麗な姿をしていても、中の命の色は神主や巫女、神には見えています。悪いことをしていたら、いえ考えただけでも、命は穢れて黒くなる。だからこそ、神主は神の立ち合いの下に裁判官もこなします。神社は穢れを浄化する場で、穢れ過ぎたらここへ近付くことなど苦痛でできません。あなた方はそうやって快適に生きている。あなた方は、どうしようもないほど、穢れてはいません。」

崎生が、ポツリと言った。

「…人を殺してても…?」

結花は、答えた。

「その人が、神にも助けられないほどに真に穢れた善良な人々に害を成す人ならば、神の代わりに穢れを祓った、つまりは祓えの儀式をしたとみなされて、罪にはならないのです。それが、神からの視点です。それが祓えの儀式だったのかそうでなかったのかは、命の色で判別がつきます。つまりは、隠しようがないのですよ。」

…そうなのか。

皆は、シンとした。

結花は、パッと表情を明るくした。

「さあ、この話はこれで終わり。お代わりはどうですか?しっかり食べましょう。お昼ご飯も楽しみにしていてくださいね。」

皆は頷いて、いつもより格段にゆっくりとした速度で食事を進めた。

皆、何かを考え込んでいたのだった。

咲也は、そんな間も度々獣のような唸り声を上げて、結花はビクリと肩を震わせていた。


食事が終わり、結花は洗濯物と食器をリアカーに乗せて、台所へと帰って来た。

結麻が、慌てて中から出て来た。

「今日はお時間か掛かりましたね!みんな先にご飯を食べているんです。後は私が片付けておきますから、早く食べてください。」

結花は頷いて、畳の上へと草履を脱いで上がった。

結麻は、手際良く食器を流し台へと放り込んで、着物を外へと持ち出して行く。

聖が、結花に言った。

「どうした?囚人達が何か?」

美智子も、心配そうにこちらを見ている。

結花は、首を振った。

「いえ、そうじゃないの。咲也さん…度々唸り声を上げていて、落ち着かなくて食事も進まなくて。」

聖は、息をついた。

「…恐らく最後の苦しみだろう。欠片の命が、神の結界の浄化の力に晒されて、痛みで声が出ているのだ。そうやってじりじりと削られて、欠片は消滅する。もう、意識はないだろうから…無意識下でのことだろうな。」

大樹が、暗い顔をした。

「…まさか咲也さんがこんなことをするなんて。そこまで穢れていたのも、知らなかったよ。忠臣さんも…危険な状況が続いている。所長が憔悴しきって治療所に詰めて、回復を待ってるんだがな。」

聖は、言った。

「浄化の時に命が小さくなっているし、どこまで踏ん張れるのか私にも分からないな。能力者の忠興が、側について必死に力を放ってるみたいなので、もしかしたらと言ったところか。咲也は今、忠臣襲撃の咎で拘束されている、と公表されている。忠臣のことは、私から見ても穢れは消え、清輪様からもお許しが出たので、生き死に関わらず聞いたことは公表しないつもりだ。」

大樹は、聖を見た。

「…何か他にあったのか?」

聖は、首を振った。

「私からは言えない。伊知加様が、お調べになってこちらへ戻って来られると先ほど伊津岐様からお話があった。それ次第で、沙汰を下すことになると思うが、咲也はそれまで保たぬだろうな。」

大樹は、息をついた。

「…命が腐り切って鳥居の力で砕け散るって、想像もつかなくて現実味がない。本当に、そんなに大変なことを咲也さんはしたのか?」

聖は、言った。

「…大樹、お前には想像もつかないことだろうが、確かにそれだけのことをした命の色だった。忠臣は腐っていると言ってもまだ表面だけで、酒で浄化も完了できたが、咲也はそんなものではもう間に合わなかった。あの時、伊津岐様もさっさと空に帰ってしまわれたほど、凄まじい腐臭が我らを襲ったのよ。私も腐り切った命は何度か見たが…あれほど酷いのは初めてだ。」

そんなにか。

大聖は、言った。

「やはり、我らが中のことばかりで、外を見て回らなかったからでしょうか。外にはもっと、腐った命があるのでしょう。」

聖は、息をついた。

「そうだな。とはいえ、大半がまだ間に合うレベルだ。善良な人を私欲のために幾人か殺し、私服を肥やしていなければそこまでにはならぬもの。命は心。心で常に悪いことばかりを考えておれば、自然腐敗は内から進む。引き返せるかどうかなのだよ。」

結花が、黙って食事をしていたが、言った。

「…でも!あの…松治さん達のお世話をしていて思ったのは、あの方達は悪い人ではないということだったわ。最初は怯えて出せと必死に叫んでいたけれど、次の日からは落ち着いて、きちんとお礼を言って、礼儀正しいし。私が思っていたような、粗野で粗暴な人達ではなかった。最初に暴れていたのも…神社の敷地に入ったら、死ぬと信じていたからみたいで。今日、そのお話をしたの。」

大樹は、驚いて結花を見た。

「え、君は囚人と話してるのか?そんなの信じられるのか、君を騙して解放させようとしてるんじゃ。」

結花は、キッと大樹を見た。

「違うわ!だって、私の手にも触れないように気を遣ってお茶碗を差し出したり、気遣いもきちんとしてる。今日も、御神酒が原因で死んだと勘違いしている話をして…外でね、神社の封じがついたままの、酒樽を皆で飲んで、それで死んだ人を昔から何度も見てるって。」

大聖が、言った。

「え、封じ?それはおかしい。」

大樹も、頷いた。

「今はなくなったが、たまに神社から役所へ皆に振る舞う酒を輸送している時に、襲撃されて盗まれたことがあった。きっとそれだろう。」

聖は、頷いた。

「盗んだのならその時点で神はそこから加護を外してしまわれるからな。それはもう、御神酒ではない。」

結花は、頷いた。

「それを説明したの。それで、分かってくれたようだったわ。神は人を殺さないって。あんな所に籠めているのに、私に悪態をつくこともないし、体調が良くなったと感謝もしてくれる。あの人達が悪いとは、私には全く思えないの。咲也さんが悪い人なら、もしかしたらだからこそ殺そうとしたのではないかって…そう思った。」

皆は、黙り込む。

するとそこへ、結麻が戻って来て戸を開いた。

「聖さん!あの、伊知加様が戻られました!」

皆が、そちらを見る。

するとそこには、伊知加ともう一人、知らない男が立って、こちらを見ていた。

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