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天高く巫女肥えるべきこの世界から  作者:
穢れとの闘い
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中津国一之宮にて

結麻は、毎日せっせと結花を手伝って、家事をこなしていた。

記憶は全く戻る様子もないし、こうなったらとにかく、役に立って自分にできることからやるしかないと思ったのだ。

今は、牢に6人もさらに抱えているので、毎日の洗濯料理と、料理の量が半端ない。

なので、今大事な時期に差し掛かっている美智子に、負担をかけられないと二人で頑張って奮闘していた。

とはいえ牢に持って行くのも、基本的に同じ物なので別に作っているとかない。

それだけでも、手前が省けていた。

が、その朝起きて台所へと行くと、結花が渋い顔をした。

「…あのね、聖さんから指示があって。」

結麻は、何か悪い事でも起こったのだろうか、と顔色を変えた。

「何かありましたか?」

結花は、頷いた。

「昨日、役所の咲也さんが捕らえられて牢に追加されたの。」

役所の咲也…?

結麻は、巫女の仕事の時に、その名を目にしていた。

「…え、咲也さんって…」と、ハッと目を見開いた。「え、次長の?!」

結花は、深刻な顔で頷く。

「ええ。何でも昨日、忠臣さんが来てここから帰ろうとして、鳥居の外へ出た時に、待ち伏せしていて斬り掛かったんですって。忠臣さんの息子さんは能力者だから、咄嗟に跳ね返したみたいだけど…咲也さんは鳥居にぶつかって、そのまま意識がないんですって。というか、そんなことをする人って穢れてるからね、鳥居なんかにぶつかったら場合によっては粉々になっちゃうのよ、命がね。」

結麻は、唖然とした。

「え、命がバラバラって、だったら亡くなってるんじゃないんですか。」

結花は、首を振った。

「いいえ。命が欠片でも残ってる限り、体に傷が無ければ生きてるわ。だから、ご飯を持って行っても、多分食べられないから。要らないと言うの。」

…大変なことになってるんだ。

「…それで、忠臣さんは。」

結花は、答えた。

「今治療所に運ばれてるみたいだけど、意識は戻っていないみたい。」

…知らない間に、そんなことが起こっていたんだ。

「…役所で何かあったんでしょうか…そんなふうに殺そうとするほどって、いったい何が。」

結花は、息をついた。

「分からないわ。とりあえず、私たちは言われた通りに6人のお世話をするだけよ。」と、竈に向かった。「さ、火を入れましょう。さっさと済ませてしまわないとね。」

結麻は頷いて、結花を手伝って朝食の準備を始めた。


食事の準備ができると、結花は一人でリアカーに食事を乗せて、地下牢のある穀物庫の近くの、地下牢への扉へ向かう。

朝はその他に全員の着替えの回収と、ランプの油も追加するのが日課だ。

扉を開くと、牢の格子の前に、もう脱いだ着物とランプが並んで置いてあった。

…きちんと回収しやすいようにしてくれているんだわ。

結花は、思った。

彼らは、咲也と忠臣を殺そうとした犯人なのだと、聖からは聞いている。

だが、6人の世話をするようになって、結花はそれにも、もしかしたら正当な理由があったのではないかと思うようになっていた。

なぜなら、彼らは皆、とても悪い人には見えなかったのだ。

最初に対面した時に、こちらが名乗ると、あちらも一人ずつ丁寧に名乗って挨拶してくれた。

それから食事になったが、結花が眺める中で特に暴言を吐くことも無く、穏やかに食事をする。

お代わりも、遠慮しているのが目に見えるので、お代わりを言えない人のために、いつも山盛り茶碗によそって渡していた。

結花が階段を降りて行くと、6人がこちらを見て頭を下げた。

「結花さん、毎朝ご苦労様です。先に着物を回収した方が良いかと思って、集めときました。」

結花は、微笑んで頷いた。

「おはようございます、松治さん。助かりますわ、では先に持って上がりますね。」と、結花は着物をわっさりと抱きかかえた。「ちょっとお待ちください。」

正が、言った。

「結花さん、朝飯なんですか?いい匂いがしてる。」

結花は、微笑んで答えた。

「今日は昨夜の残りと、卵焼きと焼き魚です。ちょっとお待ちくださいね。」

結花は、階段を駆け上がって行く。

渥美が、正を窘めた。

「こら、お前はがっつくな。結花さん一人でオレ達6人の世話なんて、大変に決まってるだろ。ちょっとぐらい待て。」

正は、バツが悪そうにした。

「…ごめん。」

結花は、お盆を手に戻って来ながら言った。

「良いんですよ、渥美さん。楽しみにしてくれていると思うと、頑張りがいがあります。」

結花は、何度も行き来して全部持って降りると、それを格子の間から次々に渡した。

6人は、それを受け取ってせっせと布団を畳んでテーブルを引き出した上に、載せて行く。

そして、いつも通りにご飯をたんまりとついだ茶碗を一人ずつに渡すと、皆は手を揃えて戴きますと言い、一斉に食べ始めた。

結花は、その間にランプの油をせっせと注ぎ足して、それを中へと押し入れた。

「美味い。」正が、満面の笑顔で言う。「なんか最近体調が良くて。」

崎生が、驚いた顔をした。

「え、お前も?オレも。胃の辺りがいつもおかしかったのに、最近めっちゃ体調いい。」

結花が、フフと笑った。

「私と娘が丹精込めて毎朝作ってますの。お野菜もお魚もバランス良く食べているので、そうなのかもしれませんね。」

え、と全員の箸が止まる。

結花は、何か悪いことを言ったのかしら、と驚いた顔をした。

「え、何か?」

松治が、言った。

「…結花さんの娘ってことは、巫女なんじゃねぇですか。」

結花は、頷いた。

「はい。巫女の結麻ですわ。とはいえ、今は穢れの障りがあって、少し記憶を失くしておりますけど…家事はきちんとこなしています。」

だから変なものは入ってません、と言いたかったが、松治は言った。

「巫女は…オレ達の食事を作ってることは知ってるんですか。」

結花は、不思議そうな顔をした。

「ええ。量が普段の倍ですからね。神主さんも私達も同じ物を食べてます。」

神主もだって?!

皆、顔を見合わせる。

…囚人用とかではないのだ。

結花は、言った。

「あの…気になるのなら私が一人で作りましょうか?でもあの子、天ぷらを揚げるのがとても上手なので、任せてるんですけどね。」

松治は、首を振った。

「そこまでしてくれねぇでもいいです。結花さんの負担が大変だ。」それでも結花が納得できないように顔をしかめるのに、松治は言った。「…気になりますよね。お話しします。オレ達から見た、神社の印象って奴です。」

結花は、頷いた。

松治は、箸を置いて話し始めた。


結花は、神社が外の世界でどんな扱いなのか、それで知った。

外の人達は知らないが、彼らは等しく多かれ少なかれ穢れを孕んで生きている。

神社関係の物に触れると、そこから焼けるような痛みを感じたり、酒を飲んで倒れたり、死んでしまったりするようだ。

そのせいで、神社は外の人に対して、敵意を持っていると思われていたらしい。

つまり、松治達にとって、神社参拝イコール死と言ってもいいぐらいの価値観で生きて来たのだ。

それが、ここへ来て死ぬどころか体調も良くなり、毎日たらふく旨いものを食べて、きちんと洗濯されたきっちりした着物を着ている。

「…もしかしたら、誤解があったのかも、と思い始めてて。」松治は、言った。「神社って、オレ達が思うほど悪いところじゃねぇのかなって。でも、昔から神社の酒を飲んだら死ぬってみんな本気で思ってた。それを目の前で見てたし。」

結花は、息をついた。

穢れていても、御神酒を飲んで死ぬことはない。

いいとこ、吐くか下すか、目を回すぐらいで、絶対に死なない。

死んだとしたら、それは別の物だ。

「…まず、神は人を殺しません。」結花は、言った。「私は元々巫女でしたので、そういったことには詳しいのですが、御神酒を飲んで死ぬことはまずありません。目を回したり吐いたり下したりはします。穢れを孕んでいたら、聖なる物への当然の反応なのです。死んだとしたら、それは別の物だと言わざるを得ません。」

晴海が、言った。

「でも!オレが見たのは神社の酒樽で、きちんと役所の封じがされてるまっさらのやつでしたよ?」

封じがされてる…?

「…神社では、封じは取ってから表に出します。役所に渡す時も、役所に着いたら必ず封じを外すはずです。そういう決まりなので。封じがあるのは…もしかしたら、盗んだのではないですか?」

言われて、皆はハッとした。

…言われてみたらそうだ。

皆は、思った。

真っ当なルートから、神社の酒が樽ごと外に出て来るのはおかしいのだ。

「…盗んで来たら、変わるんですか。」

渥美が言うのに、結花は頷いた。

「神の加護から外れます。神から下賜された物ではなくなるのです。そうすると、酒というものは良いものも悪いものも引き寄せるので、魔のものも寄って来るようになる。私なら、そんなものは飲みませんね。何が籠められているのか分かりませんもの。」

全員が、顔を見合わせた。

つまりは、あれは神社の酒ではない。

間違いなく、盗品だっただろうからだ。

「…知らなかった。」松治が、言った。「そんなこと、誰も教えてくれねぇもんで。ってことは、オレ達は酒を飲んでも死なないんですね?」

結花は、頷いた。

「はい。でも、もし穢れが強かったら、飲んだら浄化しようとするので、最初は目が回ったり吐きたくなったりします。それを堪えて飲み下すと、御神酒は神の力で中から命を浄化して、穢れのない命になります。たまに祓えない穢れを孕む人も居ますけど、その人はそもそも酒に口を触れることすらできません。激痛が走るからです。」と、冷めて来ている食事を見た。「あの、食事を。冷めてしまいますわ。」

皆は、あ、とテーブルの上を見て、慌てて頷いた。

「…はい。」と、皆はまた食べ始めた。「すみません。」

そうして、食事を再開する。

すると、奥から何やら唸り声のようなものが聴こえて来た。

結花と6人は、そちらをビクリと振り返った。

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