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瀧が外へと出て行くと、砂月が飛んで来て言った。
「瀧さん、楢さんは…」そして、楢がソファに倒れているのを見て、駆け寄った。「楢さん!」
瀧は、扉の所から言った。
「相当疲れてたみてぇだぞ。話してる間に寝ちまった。ちょっと休ませてやれ。とりあえず、話はついたしオレはもうちょい見回ってから、中へ戻る。」
砂月は、楢が穏やかな寝息を立てているのを確認してホッとした顔をすると、瀧に頷いた。
「…すみません、ここのところ寝てなかったみたいなんで。このまま休ませます。」
瀧は、頷いた。
「そうか。じゃあ頼む。」と、相良を見た。「相良、お前腹が減るだろうがちょっと今北に居る緑楠に話してくれねぇか。」
相良は、頷いた。
「ちょっと距離あるけど、オレの声が届くかな?」
瀧は、頷いた。
「緑楠の意識がこっちを向いてるから、聞いてる。問題ないから、そっちは外の役所の出張所作るのを急げと言え。オレは、その間行って来る家があるから、お前はここで緑楠と話してろ。」
…聴いてるなら、今のも聴こえたと思うけど。
相良は思ったが、黙って頷いた。
瀧は、砂月を見た。
「砂月、すまねぇがこいつ、腹が減るから何かさっきの姉ちゃんに食わせてやるよう頼んでくれねぇか。金は置いてく。」
瀧は、そう言って金貨を一枚、砂月に渡した。
「え、たかが飯です、こんなにもらえない!」
瀧は、言った。
「だから世話になるから。あるとこからもらっとけっての。ここらの人は欲がねぇなあ。今夜それでみんなで良いもん食やいいだろ。頼んだぞ。」
そうして、瀧はそこを出て行った。
…人は善良。
瀧は、思っていた。
南の荒れた所でこれをやると、その時点から狙われて面倒なことになるのだ。
ここでは、それが一切ない。
それが、楢ゆえなのは、瀧にも分かった。
瀧は、そのまま楢から聞いた、名津達が居る家へと向かった。
楢に教わった通りの家へと到着すると、瀧は声を掛けることなくいきなり扉を開いた。
中では、急に開いた扉にびっくりした二人がこちらを見たが、瀧の顔を認識した後、みるみる顔色を変えて、椅子から跳ね上がった。
「…お前…あの時、術の中に居た…!」
瀧は、頷いた。
「そう。瀧だ。南の能力者。いまは中之国で警備兵やってる。」
二人は、ジリジリと後ろへ下がりながら、言った。
「…オレ達はあの術に関わってなかった!亜津真の奴に、利用されてただけだ!」
瀧は、頷く。
「知ってる。だってお前ら、砂にならなかっただろ?」
二人は、仲間がさらさらと崩れて行った姿を思い出して、顔色をさらに青くする。
「…だったら、オレ達は見逃してくれ!ここで、真面目に働いてるんだ!あそこに居たのは、それしかなかったからなんだよ!」
瀧は、首を振った。
「残念ながら、そういうわけにはいかねぇ。お前ら、楢に術のことを話したな?亜津真の奴が使ってた術を、いくらか知ってるんじゃねぇのか。」
一人が、言った。
「…術って…オレらは、そんなもの知らねぇ!亜津真が隠してて、読めなかった!」
だが、瀧は続けた。
「オレから逃げた来斗が知ってたけどな?」二人の顔は、また青くなった。「来斗は、外でも術の紋様を惜しげなく書いて使ってたぞ?あいつはお前らの仲間だった。聞いて知ってるんだろうが。」
一人が、ブルブルと震える。
もう一人の、足を怪我している方の男が、言った。
「…名津、ダメだって。能力者には見破られる。」と、瀧を見た。「その通り。オレ達は来斗から聞き出していくつかの術を知ってる。でも、楢さんに教えたとか知らない。」
瀧は、言った。
「庇う必要はねぇ。楢はオレに打ち明けてくれたよ。移動の呪文を使ったってな。あいつに、術を使った時に被る穢れが見えたんでぇ。あれ以上術を使ったら、人殺しと同じだけの穢れが生じる。だから、あいつからは記憶を抜いて来た。本人も、それを了承したからな。」
術を使った時の穢れ…?
「…術を使うと、穢れるって言うのか?」
瀧は、頷いた。
「そう。めっちゃ穢れる。あれは禁呪だからな。太古に滅びた文明なのは、お前達も見て知ってるだろう。また全人類を滅ぼす原因になる可能性があるから、よっぽど大きな穢れなんだよ。まだお前達は使ってないようだが、使えば使うほど命が腐ってくぞ。」
名津が、言った。
「生きるために知っておこうと思っただけだ!オレ達には、何の武器もない。だから、万が一のために来斗から聞き出して備えてただけだ!使ってないんだから、分かるだろう!」
瀧は、頷いた。
「そうだな。だが、その記憶がある限り、神に警戒されてお前達に休まる時などねぇぞ。ここで真面目に暮らしたいんだろ?ここは、これからもっと良くなる。中が力を入れ始めるからだ。お前達は、このまま平穏に暮らしたいんじゃねぇのか。」
名津と、足の悪い男は、顔を見合わせた。
足の悪い方の男が、言った。
「…オレは、祥。」と、自己紹介した。「こっちは名津。お前はここでこのまま暮らしたいんじゃないのかって言った。オレ達を捕まえるつもりはないのか?」
瀧は、首を振った。
「ない。ただ、記憶をもらう。」え、と二人が目を見開くと、瀧は続けた。「術の記憶の部分だけな。楢も、術の部分だけオレに差し出したぞ?お前らはどうする。拒否したら、すまないがこのまま捕らえて、誰にも接触しねぇように牢に死ぬまで入れとく他ねぇのよ。」
ということは、選択肢はない。
祥が、言った。
「…名津、術なんかもう良いじゃないか。楢さんだって記憶を手放したんだ。オレ達は、ここで生きてくだけの記憶があれば充分だ。いつまでも過去を引きずってたら、オレも嫌だなって思ってたし。」
名津は、迷う顔をしたが、頷いた。
「…お前がそう言うなら。」と、瀧を見た。「やっと真っ当な居場所を見つけたんだ。ここを離れたくない。」
瀧は、頷いた。
「じゃあ、まあ座れ。」と、二人を椅子に座らせると、先に祥を見た。「先にお前の足を治してやる。」
祥は、驚いた顔をした。
「え、でも…。」
しかし、瀧は足に向けて手を翳し、折れた骨を元通りにしてやった。
祥は、半信半疑で足から添え木を外すと、ソッと立ち上がった。
「…ほんとだ!」と、だんだんと足を踏み鳴らした。「凄い!神主でもここまで一瞬で骨折なんか治せないのに!」
瀧は、苦笑した。
「まあ、オレって天才だからよー。」と、顔をしかめる二人を見て、睨んだ。「…なんでぇ。元に戻しても良いんだぞ?」
名津が、慌てて言った。
「いや!天才だよ、ほんとに!」
祥も、ウンウンと頷く。
瀧は、フンと鼻を鳴らして手を上げた。
「ほら、座れ。じゃ、術の所だけもらうな。ちょっと眠くなるけど、寝たいだけ寝てろ。起きたら何も不安になるこたねぇよ。」
そうして、瀧は光を放ち、二人はそのままがっくりと椅子の上にそっくり返って、寝息を立て始めた。
…よし。これでこっちはまあいいか。
瀧は思って、相良を迎えに楢の屋敷へと戻って行ったのだった。
屋敷へ戻ると、相良の姿が見えなかった。
というよりも、相良が座っていたはずのテーブルの回りに人集りができていて、相良の姿が見えなかったのだ。
「相良?お前そこに居るのか。」
すると、中から相良の声が答えた。
「あ、瀧?良かった、みんな緑楠様と話したいとか言ってさー。緑楠様も良いとか言うから、一人一人順番に質問して、通訳させられてたんだ!」
人垣を掻き分けて見ると、相良の座るテーブルの上には、おにぎりが山と積まれていて、相良はもぐもぐとそれを咀嚼している。
緑楠の声が言った。
《なんだ、戻ったのか伊知加。こやつらは気の良い奴らよ。主が楢を庇うような行動をする意味が分かって参った気がするの。一度話してみたいもの。》
瀧は、答えた。
「緑楠、相良は食わなきゃ死ぬんだから、ちょっとは遠慮しろよ。話してぇならあいつを浄化してやんな。」
すると、緑楠は答えた。
《それは伊津岐の仕事ぞ。我は手を出さぬよ。》と、相良に言った。《ではな、相良よ。南へ戻ったらまた頼むぞ。》
相良は、答えた。
「え、オレより初生様と初音様に言ってくださいよ!」
緑楠は、笑って言った。
《またの。》
そうして、緑楠の声は消えた。
なんのこっちゃか分からない皆に、瀧は言った。
「さあさあお開きだ。神は去ったぞ。まあ、ここへ来てたわけじゃねぇがな。オレ達も、中津国一之宮へ帰る。」
砂月が、人垣の中から出て来て言った。
「いろいろありがとうございました。楢さんは、ここんとこ難しい顔をしてたのに、なんか憑き物が落ちたみたいに穏やかな顔で寝てましたよ。お気をつけて。」
瀧は、頷いた。
「ああ。起きたら松治達のことは、オレがなんとかするって言っといてくれ。」
砂月は、驚いた顔をしたが、頭を下げた。
「よろしくお願いいたします。」
そうして、瀧と相良は楢の屋敷を出て、中之国の中へと旅立って行ったのだった。




