自己紹介
読み返して読みづらい所があったので修正しました。内容に変化は無いです。
朝。俺は用意されていた白い制服に、マリアンナの手伝いの元袖を通す。
部屋に備え付けられた姿見で確認すると我ことながらよく似合っていた。
「お似合いですよ!アイリス様♪」
「……そうだな。」
気付けばこの身体にも慣れたものだ。完全な女性ものの服なのにまったく忌避感はまったく無い。
……いや、それでもスカートは初めて履くぞ? ロング気味とはいえ違和感無いのは変だろ……このすぐ下は下着なんだぞ?……。
「……だがスカートはすうすうして敵わんな。短いズボンなどはないか?」
「はい!ありますよ♪」
「助かる。」
マリアンナが瞬時に持ってきた薄めの短パンを履く、姿見で見てみてもあまり見目に違和感は無い。スカートの折り目で目立たないのもあるが、この短パンがそれだけ薄いのもあるんだろう。
てかこれスパッツじゃね?
学園までの道のりは俺一人で歩いて行く、正確には後ろの方に王子が居るが気にしないでも良いだろう。
わざわざ離れているのは流石に王子と一緒に登校しては目立ちすぎる為だ。せっかく正体を隠してるのにそれでは意味がない。
という訳での一人行動だ。正直いままで寝室以外は誰か居たし、一人で歩くだけなのになんか解放感がある。
……まあ、マリアンナが言うには隠形した護衛が何人か居ると言ってたが……。気にしないことにしよう。
青々とした心地の良い木々が並んだ街路を歩く。気が付けば似たような制服を着た人達がちらほら散見しだした。
中には制服を着てるにも関わらず、王子の存在に気付いた人達も居て、王子に眼を向けてひそひそ話をしていた。
漏れ聞こえる声から、まだ王子と確信出来ておらず、本人ならなんでここに制服姿で居るのか話し合っているみたいだ。
そういった人が時間毎に増えていって、更には周りの様子に吊られた野次馬も集まりだしてがやがやしてきた。
(……めっちゃ目立ってるな……)
これは確かに一緒に居た日には変に町中の有名人に成ってしまうだろう。というか、皆王子の顔を知ってるのだな。
やっぱり城が近いからか?
すこし辟易としてきたので王子を先に進ませて俺は後ろから付いていく事にする。
距離を開ける為、歩む速度を緩めると王子と野次馬の姿はすぐに遠く成って行った。ずいぶんと距離が開くのが早かったし、もしかしたら王子が気を利かせたのかも知れない。
静かに成った道をとことこ進んで行く。こうして見慣れない道を、真新しい制服を着て歩いていると現金な事に、わくわくした気持ちに成る。
思い返せば過去の初登校もそんな気持ちで歩いたのだろうか? ……そんなに前の事では無いけど思い出せなかった。その後の学園生活が良くも悪くも印象深いからだろう。
「こういうのも良いものだな……。」
多分何日かしたら慣れてしまうんだろうけど、いまだけは頭を空っぽにしてこの一時の幸せに身を包んでも良いだろう。
正直いつも偉ぶるのはなー、疲れるんだよな~。慣れて来たけどたまには全部忘れてだらだらしたいよ~…………無理か……。
(世知辛いものだなー。はぁ……。)
俺がぼーっと陶然した風に歩いていると、段々道行く学生が少なくなってきた。
(もうそろそろ急いだ方が良さそうだな)
そう思い、足を速めて進むと――ひとりの少女が街路の脇のベンチに座り込んで上を黙々と見つめているのを見つけた。今日で何度も見た制服を着ているのを見るに学生なのだろうが何かトラブルでもあったのか?
「こんなところでどうした? 怪我でもしたのか?」
声を掛けてみると少女はこちら向いて不思議そうな顔をする。
亜麻色の髪を風に揺蕩えて茶色の瞳を瞬かせている少女はどこか日本人形を思わせる雰囲気があった。
「君は……」
「空みてた」
「えっ? あっ空か……。何故だ?」
「えーと……きれいだったから?」
なるほど? もしや不思議ちゃんだな?
試しに空を見上げてみると、排気ガスが無いからか日本に居た頃に見てた空よりも、幾分か澄んだ青空が広がっていた。
「確かに綺麗だな……。」
まったく気が付かなかったな、空なんてどこもおんなじだと思ってたよ……そんな訳無いのにな……。
「うん、でしょ? わたしも前からそう思ってたんだ!」
納得した。そもそも俺も、景色や雰囲気に溺れてぼーっとしてたのだからそういう人も居ておかしくは無いのだろう。ここまで良い空なら尚更だ。
「そうだな、教えてくれてありがとうだな。だがここに居ては学園に遅刻してしまうぞ?」
周りを見れば学生の姿は無く、時計が無いので定かでは無いがこのままでは遅刻する事に成るだろう。
「うーん? 学園……。あっそっか、そこに行くんだった!」
……忘れてたのか……やっぱ不思議ちゃん? いや天然系か。
「良ければ一緒に行かないか? 実は私は今日から編入でな、一人は寂しいと思っていたのだ。」
俺はそう言って彼女に手を差し出す。
この様子から察するにおそらく彼女は新入生だろう。もしかしたら同級生に成るかもだし、彼女が悪人だとは考えにくい。出来れば仲良くなりたいところだ。
「……うん。よろしくね? じつは迷子になってたんだ、たすかるよ!」
彼女は私の手を取って立ち上がった。
「こちらこそよろしく。というか迷子だったのか? ここなら他の学生も多く通ったと思うのだが?」
というか俺も不安に成って来たぞ? 昨日は馬車だったし迷うかも……。あっ、良かった!まだ遠くに一人歩いてる! あの人に付いて行けば多分間違いないぞ!
「うーん? そうだったの? ……気が付かなかった。」
いつから空見てたんだこの子は……。そいや、学園に行くことすら忘れてたんだったな……。
「……気が付かなかったなら仕方ないな。君が……あー、しまった。自己紹介がまだだったな……。」
うっかりだ。これでは彼女に何も言えやしない。
遅刻しそうなのも迷子気味なのも同じだしな……。
「だね、うっかりだ。 わたしはアルシェだよ?」
「ふむアルシェか、覚えたぞ。 私はアイリスという。好きな様に呼んでくれ」
「わかった。じゃあアイリスって呼ぶね!」
「では私もアルシェと呼ぼう」
「うん!」
アイリス達は名前を名乗り合い、談笑しながら一緒に学園に向かった。
二人は何か気の合うものが合ったのか、仲良さげで。遠くから遅刻しそうだと、ハラハラと見守るメイドをよそに、のんびりと歩いて行った。
俺の人生で二人目の、この世界では最初の友達が出来た。いや女友達としては初か。
ともかく幸先の良すぎる出来事に胸を踊らせる。ここまで運が良いとちょっとした欲が湧いてくるというものだ。
――そう、遅刻したくないという欲が!
正直会話するの楽しいし、水を差すのは忍びないのだが。初日から遅刻はいただけない。
彼女も遅刻してしまうし、俺と会話が原因でそうなったら多少なりともぎくしゃくとしたものが残るだろう。それはだめだ!
よし、言うぞ!
「それでね!先生が変なダンスをしてたの。こさっくだんす?ていうの?」
「ほう!それは愉快な人だな。」
「そうなのかな? それで、なにしてるんだろうって眺めてたらね。お菓子くれたの、なんでだろう?」
「あー、それは……。そういう気分だったのでは?」
「そうかな? 躍りを見せてお菓子までくれてずいぶんと良いことがあったのかな?」
「そうだな、そうに違いない。」
「アイリスが言うならそうだね!」
……だめだ……。ちくしょう、どうしてこんな楽しげなアルシェに、「それはそうと遅刻するから急ぐぞ!」なんて言えるんだ!
そんな事言ったらまるで話に興味が無いから流してるみたいじゃないか!
ああくそっ!いったいどうすれば……。こういう時友達多いやつはどうしてるんだ? あいつの場合だと俺が窘められる側だったし……。
「あっ!」
「ど、どうした?」
しまった!考えすぎて空返事になってたか?!
「忘れてた! ほら学園!遅刻しちゃうかもだよ!」
「!?? そ、そうだな!!急がなくてはいけないな! 助かったぞ、アルシェ。」
「えっへん! 遅刻したら悪い子だもんね。いそがなきゃ!」
俺とアルシェはそこから駆け足で学園に向かい、何とか遅刻は免れた。アルシェ様々だ。やっぱり持つべきは友なんだな……。
*
担当教諭のアルバート先生の後に続いて1-A教室に入る。
中には大体二十程の生徒が席に着席しており、皆唖然とした表情を浮かべていた。
「静粛に。うん?既に静かだな……。まあ良い。
本日は最初の授業を始める前に編入生を三人紹介する! ……では右から順にどうぞ。」
おっと私からか。
「アイリス・ブリタニアだ。出身はアルパイン。当初は入学式に間に合うはずだったが、トラブルがあって今日編入とあいなった。
他国の出身故わからぬことが多いがその際は力を貸してくれるとありがたい。」
よし!言い切ったぞ! 昨日の夜中に考えた自信たっぷりの挨拶だぜ!
………
……沈黙が辛い。王子が気になるのはわかるけどもうちょい興味持とう?
「えー、彼女はアルパインの貴族だ。この国との友好の為この学園に来ている。失礼の無いようにな。……まじで。」
「……では、次の方。」
「はい、私ですね。知ってる方も多いでしょうがヨーゼス国の王子、ジョセフ・ヨーゼス・アルブヘイムです。
この度視察の名目で入学する事に成りましたが、どうか普通の同級生と思って接してください。」
王子がそう締めると、教室中から驚愕の悲鳴が上がった。
「おいおい静かにな。質問は後で個別にするように。では最後。」
まだざわめきは収まり切ってはいないが最後の今朝合った少女が自己紹介をする。
「アルシェ・リブート。よろしく?」
………それだけ? 流石に自己紹介として短いと思うが……。
「あー彼女はこっちに引っ越す際にミスがあったらしくてな、それで数日遅れたって訳だ。
三人とも一年間このクラスの一員に成るんだし仲良くしてやれよ、いや頼むから、まじで……。」
なるほどそれで彼女も今日入学なのか、偶然だな。
アルシェは俺が見てるのに気が付いて軽く手を降る。それに対して俺も手を降り返した。
にしても……。
教室を見渡す。まだ王子が編入するという事実が受け入れられないのだろう、混乱が同級生達を包み込んでいた。
こんなんで大丈夫なのか? 数日で慣れるとは思えないが……。
まあ、国一番の権力者の息子がいきなり同級生に成ったらそら混乱するか……。あーあ。こんなんで学園生活大丈夫かねぇ?
ざわめきの中俺はひっそりと嘆息した。




