番外:バグ視点はただただ悪印象であった。
祭囃子と人混みに飲まれた自分の声は届かず、あの人は最低の男と行ってしまった。
こんなはずじゃなかった……。
あの人にはもっと相応しい人とこの夏をいい思い出にしてもらいたかったのに……。
空回りする画策に歯噛みすれば、隣から「大丈夫?」と心配する声がかけられる。
大丈夫じゃないですよ。あなたのおかげでね!
「やぁねぇ。イケメンが台無しの顔してるよー」
「誰のせいだろうね」
「おや、私のせいだとでも?」
恨みを込めて睨めば、意図が伝わっているのかいないのか、その人は水風船をバチバチ叩きながら締まりなく答える。
白々しい。偶然とは思えないタイミングで登場しながら、裏がないわけがない。
八月も半ばに入り、夏期講習の中休みというこの時期の夏祭りは、浮つく青少年には最高のイベントだ。その空気に便乗しようと画策した俺の苦労は水泡に帰し、天は呼水斎の味方をしたらしい。
俺推薦の生徒会長との夏祭りデートをなんとかセッティングしたはずだったのに、何故か他の生徒会メンバーが合流してきた挙句、生徒同士の揉め事が勃発してその騒動を収めるためにそれどころじゃなくなってしまった。
それだけなら目論見が不発なだけで諦めもつくのに、会長が離れた隙にナンパされたあの人を運悪く最低の男が助ける運びになったのが心底気に入らない。
何がって、こっちの狙いは全て裏目に出て最低最悪の男の株だけ上がったことだ。
「ねえ、呼水さん、あれはあなたの彼氏じゃないのかな。他所の女と行ってしまったけど止めないわけ?」
意訳。彼氏の手綱くらい引いとけ馬鹿。
「いやー。鞠也はただの友人よ。男女の友情という奇跡の存在。ほら、私って編入生というハンデを背負った上に校内のモテ男と仲良くなっちゃったから余計に女友達出来なくてぼっちでしょ? 一緒にお祭りに行ってくれるのが鞠也だけだったのさ」
「……それって彼氏が無二の友人になっただけで結果は同じじゃないか」
「心境が違うよ、美山君。友人の恋路は応援しなくちゃ!」
ぐっと両の手を握ってあざとく取るポーズには苛立ちしか覚えない。
彼女、呼水斎は今年二年から編入して来たクラスメイトで、転校生と言う物珍しさはあるものの俺の人生では関わらない筈の人だった。
俺は訳あって身内の美山みのりの恋路が日野原鞠也以外に行くように仕向けている。やっている事はおかしいが、こちらにものっぴきならない事情があるのだ。ほっとけ。
ともかく、油断すると美山みのりと日野原鞠也はとても引き合い易いので俺はいつだって裏で奮闘している。主に別の男とのいわゆるフラグを立てる画策に。今回の生徒会長との祭りデートもその陰謀の一つだ。
そこで関わる予定もなかった呼水斎だ。彼女がやっているのは俺と正反対のこと。つまり、美山みのりと日野原鞠也との接点作りだ。
正確には彼女が本当に彼女らを結びつけようと目論んでいるのか真意は分からない。が、俺の期待を裏切る結果の時は、裏に必ず彼女がいる。確証はないが心象はかなり黒だ。
「呼水さんは何が目的なの」
「何って、屋台だよ。たこ焼きとか焼き鳥とか焼きとうもろこしとか綿菓子とかりんご飴とかチョコバナナとかき氷とか。お祭りで食べた方が美味しいって感じるでしょ?」
確かに、手に持つ水風船、頭のお面、手首にぶら下げたビニール袋の数々で堪能しているのは分かるけどそうじゃない。
相反する行動を取る彼女は事あるごとに俺の計画破綻に絡んで来るが、こうやって直接話す機会はあまりない。思い切って聞いたら彼女はこちらを煽っているのか、何処か紅潮して微笑み、口元をだらしなく緩めたと思ったら咳払いで引き締める。いや、隠せてないからね、その自分が優位だと言う勝ち誇った愉悦、隠せてないからね。
そういう部分も逆撫でする彼女の存在に翻弄されている。
編入したての頃、すぐに日野原と接触していたから彼の毒牙の犠牲になるんだと哀れんだ同情も今では悔いしかない。あのまま素直に毒牙に掛かってくれたなら、みのりさんも呼水を彼女と認識したまま早々に諦めてくれたろうに。
「梅雨明け辺りから日野原とみのりさんの接触が増えたよね。あれ、呼水さんの入れ知恵があるんじゃないかな?」
直球で尋ねた。が、多分それは彼女に届く前に掻き消された。
空に響く爆音と閃光に彼女と俺と、周囲の視線が一斉に同じ場所に向けられる。
花火が始まった。これでは会話にならない。大声で話す内容でもない。完全に水を刺されてしまった。
横目で見る呼水さんは口を開けてアホの子みたいに呆けた状態で花火を観ていた。顔が閃光に染まって赤や橙で照らされている様は何処か間抜けだ。間抜け過ぎて俺はこんなのに翻弄されているのかと情けなくなる。
と言うかこのあほ面が何か画策しているとか、俺がそれに振り回されているとか格好悪い。勘繰り過ぎと思った方が精神衛生上良さそうだ。少なくとも今はそうしといた方がいい。でないと最近調子の悪い胃に花火の音が悪く響いてしまう。
溜息ついて空を仰ぐ。真夏の夜空にほんのわずかな時間にだけ咲き散る花。この光景はいつぶりだろう。未来ではこうやって花火を見るどころか、打ち上げる余裕すら失われていたから、本当に遠い日の昔の記憶にしか残っていないと改めて気付く。来年も当たり前にあると思っていた光景が、俺のせいでなくなってしまう。
だから心底に呼水さんが邪魔なんだけど、あからさまに邪険にするにはアホ面過ぎるんだよな。怒るこちらが馬鹿みたいで。
隣の呼水さんは相変わらず呆けて口開けたまま、中指にはめた水風船がぶらぶら揺れる。
別に花火を見る仲でも、深めたい仲でもない。聞きたいことも聞けない状況だし、運良ければみのりさんを日野原から引き剥がすチャンスがあるかも知れないと携帯片手に動き出す。幸い、花火に見蕩れる呼水さんに気付かれている様子もない。
ぼっちを堪能して下さい。心でそう声を掛けてこの場を離れると、人混みの中、向こう正面から見知った顔を見つけた。俺推しの生徒会長君だ。
彼は人の波を縫いながら走り、頬を蒸気させている。彼は俺に気付くことなくそのまま通り過ぎ、なんとはなしに振り返って彼の行き先を追って思わず濁った声が口をついて出た。
生徒会長が犬まっしぐらに向かった先は呼水さんのとこ。会話は勿論聞こえないが、顔を見たらよく分かる。
「会長、趣味悪……」
あまりにも雄弁な瞳の輝き。眩過ぎてこちらが照れてしまうくらい青臭い感情に文句を付けたくはないが、やはり「うちのみのりさんの何処が駄目なのか」と問い質したくなる身内の性が呼水さんへの八つ当たりになる。
「会長は諦めて次にするかァ」
そっぽ向いた矢印の向きを変えるより、他に目を付けた候補を狙う方が楽だ。
「もうほんと、呼水さん嫌いだなー」
最低最悪な夏の思い出。
ただただ呼水さんが疎ましく、目障りだったこの頃。
俺が彼女の奔走を知るのはまだまだ先の話だ。