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嫉妬

「なるほど。貴様は、アイツがいつまでもガキのようにゼンに執着していることに、ガキのように嫉妬している訳だな」

ツグミはうんざりしたような声で言った。勿論セツはツグミをにらみつける。

「おい、これでキレるのは明らかに違うだろ。私の言い方があまりにも言い得て妙だったのが癪に触ったのか、ガキめ」

「うるせえな。ああーああー、そうだよ。もう、そういうことで良い」

セツは投げやりに言った。

「だが、それが今朝の不和の理由か?そんな痴話げんかに私は巻き込まれたのか?」

「……」

なんとなく不愉快になりながらも、セツはわずかに首を横に振った。

「なあ、神獣って、他の国のことを第一に考えても良いのか?」

「はあ?」

ツグミが怪訝そうな顔をしたのをみて、セツはわずかに唇をかんだ。

「朱雀が昨日、俺に言ったんだよ。玄武国を救いたいって。そのせいで、朱雀国がどうなっても良いって」

「は?」

「お前や、他の神獣もそうなのか?確かに今お前らは自国ではない国で生きている。それは、アイツのように、この国を救えるなら自国がどうなってもいいってことなのか?」

「まさか。それはない」

ツグミは即座に否定した。

「こんな子というのはあれだが、白虎はこの国を利用する気満々だ。恩を売っておいて損はない。多分、青龍も同じだろう。さすがに、自国をないがしろにするのはありえない。いや、器としてふさわしくないと言うべきか」

器としてふさわしくない。その言葉で縮こまりかけた心臓を押さえ、セツはうつむく。

「俺には、アイツが神獣らしくねえって思った。いや、神獣らしくなくなっちまったって思った。昔はそうじゃなかったのにって。だが、俺に本当の姿を隠していただけかもしれないし、本人もそう言っていたから」

「なら、十中八九嘘だろ。本人が気づいていないなら、そんなことは言わない。なるほど。アイツは神獣としての素質を失いつつあるのか」

ツグミはバッサリとそう言うと目を輝かせて白虎と話し込みはじめた。弱みでも握ったつもりなのだろう。敵将の首でも取ったかのように上機嫌だ。

「今白虎に聞いて見たのだが、一度器として選ばれた人間がその素質を失うことは、いままでほとんど無かったそうだ」

「ほとんど?なら、何回かはあったってことか?」

「ああ。過去に、二匹やらかしている」

二回。その言葉に、セツは息をのむ。

「どんな状況だったんだ」

「二匹目は貴様も知っているはずだ。他ならぬ、貴様がそうなのだからな」

「……」

「まあ、正確に言えば、貴様は少し異なるか。ふさわしくなくなったのではなく、元からふさわしくなく耐えきれなかった。私も、同じような道をたどるのかもしれないが」

ツグミは自嘲気味に笑った。

「面白いのは、一匹目の方だ。二度やらかしていて、どちらも大昔の話だそうだ。ある神獣が、素質を途中で失っている。原因は、どちらも、大量出血による力の流出」

「力の、流出……?大量、出血……。まさか、その神獣は、朱雀か?」

「疑う余地もなかろう。そんなへまをして力を失うのは、貴様の大好きな慈悲深い朱雀様だけだ」

そう聞いて、なんとなく合点が就いたように感じた。かつて、ヒショウに聞いた話に寄ればあの朱雀を信仰する村の祖先は、先代の朱雀に力を血を通して与えられ今もその力を引き継いでいる。その時に先代の朱雀は死んだと聞いていたが、それはおそらく血の流出によって力を抱えきれなくなった体が悲鳴を上げたのだろう。年相応のがたが、来てしまったのだ。その時点でたいそう長生きをしていたのならなおさらだろう。二度目だってきっと、似たような理由なはずだ。

「要するに、力を失えば人間に近づく。貴様がみたその腹黒いアイツも、その影響なのかもしれないな」

「だけど、どうして朱雀は今力を失っているんだ。アイツが大量出血でもしたって言うのか?」

口に出してみたが、思い当たる節は大量にある。むしろ、よくここまで耐えてきたと言いたくなるほどだ。

「いや。俺のせいか」

おそらく、いままでヒショウが体験してきたほどの出血、つまり、致死量の出血では、これの大量出血には値しないのだ。そうではなく、もっと今分から力を吸い上げられるような力の流出、そうたとえば、ほとんど死んでいる人間を生き返られるような力の大量消費がなければ、彼が倒れることなど無いはずだ。

「そうだな。そう考えるのが妥当だろうな」

ツグミはまったく関心が無いかのようにそう良かった。

「どうすれば良い?」

セツは声を絞り出すようにしていった。

「どうすればアイツはもう一度完璧な神になれるんだ」

「そうしたいのか、貴様は?」

ツグミは突き放すような声で言った。

「アイツを神にしてしまったら、アイツは本当に殿上人になってしまうぞ。アイツを連れて帰るのなら、アイツを完全な人間にしてしまえば良いじゃないか。そうすれば、ホトもアイツに対する興味を無くして、アイツを手放すかもしれないぞ」

「それは、そうだが……」

ほんの一瞬、頭によぎった。自分がまたとんでもない怪我をして、瀕死にでもなれば、今の朱雀はきっと自分を助けることだろう。そうしてさらに力を失えば、きっと朱雀は完全に力を失うことになる。そうやって人間にしてしまえば、一緒にヒバリの元へ帰れる。

 だが、そんなことはしてはいけないと、なんとなく思った。

 そんなことをすれば、またヒショウを傷つけることになってしまう。そんなことは望んでいないだろうから。

「冗談だ。真に受けるな。そうやっていちいち考え込むところはアイツにそっくりだな」

ツグミはおかしそうに笑い出した。

「まあ、平気だろ。力を失いかけているとはいえ、アイツはまだれっきとした神獣だ。性格の悪さはそうだな、まあ、暴走しないようにこちらでも見ておく」

「お前って、やっぱアイツに甘いよな。アイツのこと気にいってる同士、結託して正解だった」

「は?」

ツグミがとてつもない殺気を向けてきたので、セツは背筋を正しつつ忍び笑う。

「まあ、いい。というか、気になるのであれば、貴様もアイツにもの申せばいいのだ。そんなことしてもいいのかって。貴様の話なら聞いてくれる気がするし」

「……お前、なぜ俺をそんなにかっているんだ?」

「勘違いするな。私はお前をかってなどいないぞ?あいつが従者にガツンとものを言われて落ち込む様がいい気味だと思っただけだ」


 ツグミと話込んでいたせいで、軍部を出た頃にはすでに陽がくれていた。セツは目を細めて城下の明かりを見ると、わずかに頬を緩ませる。

「糸、か」

キラキラと糸に光が反射していた。この糸が誰のものかなんて考えずともわかる。おそらくは、いてもたってもいられなくなった朱雀は、どうにか盗聴器代わりに糸を使えない者かと糸を出したのだろう。だが、ツグミも高らかに話していたが、あの軍部は朱雀に手を出されないように完全な対策が打ってある。漏されるとまずいと思ったのか詳細は教えてくれなかったが、どうやら白虎の魔法をつかって糸の侵入を完全に防いでいるようだ。無力だとわかりつつ糸を出してくるところに朱雀の負けず嫌いも、己への執着も伝わってくる一方で、その執着が本当は誰に向けられた者なのかを考えると目が回るようにも感じた。

「おい。そんなに俺が信用できないってか?それとも、俺が心配で、なんて、今のお前は口が裂けても言わないだろうし」

独り言の世にそういうと、セツは指に糸を絡めた。糸ははじめ小刻みに震えていたが、しばらくすると緊張の糸が切れたように糸がゆるんだ。おそらく、糸の端の人物が落ち着いたのだろう。わかりやすくなったものだと、セツは鼻で笑った。

 そんなときだった。

「おーい、セツくーん!」

小さく手を振って声をかけてきたのは、ミズキだった。

「ミズキ様?どうしてこちらに?」

セツは急いで猫をかぶり対応をする。

「セツ君に伝言があるから、さっき朱雀様のところに行ったんだけどね、まだセツ君はここで取調中だって言われて。軍部の人は僕を中に入れてくれないだろうから、ここでまっていたら君がきたってわけさ」

「長らくお待ちしてしまいました?お忙しいだろうに、大変申し訳ありません」

「そんなに待ってないよ。もしかすると、なんでもお見通しの白虎様がタイミングを合わせて君を解放してくれたのかもしれないね」

「たしかに。それもそうですね」

「取り調べの方は?つつがなく?」

「え、ええ」

セツは作り笑いを浮かべた。

「白虎様には全てをご説明させていただきました。罪を犯したことは俺もわかって射ますし、十分に反省している。再販の可能性も低いと、正式に白虎様には認めていただいたので、これで晴れて朱雀様の従者として仕事が出来るようになるようです」

「そう。それは良かった。僕もうれしいよ」

「それで、伝言というのは」

セツが言うと、ミズキは小さなメモをセツに渡した。書いてある内容をセツが読む前に、ミズキ自らが読み上げる。

「あした、どの時間でも良いから打ちの部署に遊びにおいで。偉そうなことは言えないけど、従者としてのこととか、私から教えられることもあるだろうし、この国の仕組みについて勉強することはきっと君にとって有益になるはずだ。青龍様も賛成している」

「それは……。ありがとうございます!ぜひ、伺わせていただきます!」

セツは花が咲いたような笑顔でメモを懐にしまった。

「喜んでくれてうれしいよ。それじゃあ、またね」

忙しそうにさっていくミズキを見送って、セツはもう一度メモをみる。綺麗な筆勢期で書かれている内容はたしかに、いまミズキが言ったことそのままであった。これはいい。すでに自分のことを評価している青竜たちを引き込めれば、今よりもさらに、大規模な計画が組める。朱雀と家に帰れるだろう。

 糸を指にくるくると巻き付け回収しつつ、ゆっくりとした歩みでセツは朱雀の執務室に戻った。

「朱雀様のお心遣いのお陰で、迷わずにこの部屋に帰ってこられました。お気遣い痛み入ります」

扉をあけ、第一声からかうようにそういえば、朱雀が明らかに不機嫌であることが伝わってきた。

「セツ、あなた、今何時だと思っているんですか」

「おいおい、お前は俺の母ちゃんかっての。ヒバリだってそんな口うるさくねえのに」

扉を閉めるやいなや、セツの口調は元の通りに戻った。

「だいたい、俺は今の今までツグミに説教されていたんだ。文句ならアイツに言ってくれ」

「それは……そうですけど」

朱雀は不服そうに口を尖らせた。

「そうですね。あの人には、貴重な部下の時間をいたずらに奪い、我々の仕事を妨害したとでも明日文句を言いましょう」

「それがいい」

セツは笑いながらそう言うと、朱雀の執務机の横に置かれたそまつな椅子に座った。言われてはないが、朱雀が頼もうとしていた書類を受け持つと、流れるように処理をして行く。こうしていると、セツは本当に欲で来た従者なのだ。仕事も出来、外面も良い。従者が天職のようにも思えてしまうが、それだけは朱雀も認めたくはない。

「そういえば、帰り道、ミズキに待ち伏せをされた。明日遊びに来いと言われたから、行ってくる」

「子供じゃないんですから……」

「仕事は滞りが出ねえようにするから。心配なら、お前もついてくればいいだろ。今日みたいに、お前を露骨に拒否することはないだろうし」

「そう、ですか……。でも、明日は行けません。私も、ホト様と仕事が出来てしまったのでそちらにいかないと。おそらく、明日はここへ帰ってこられないかもしれませんので」

朱雀は苦虫をかみつぶしたような顔をしていた。おそらく、ここにセツ一人を置いていくのは立場上出来ない一方で、セツをホトの元へつれて行くわけにもいかない。不服ではあるが、他の神獣にたのもうと思っていたのだろう。

「ならちょうど良い。俺も、あっちで一晩中こもるかもしれねえって思っていたから」

「何か調べ物でも?」

朱雀は怪しむようにして言った。

「なにか白虎に余計なことをそそのかされましたか?」

「……いや、俺がもっと勉強してえって思っただけだ。お前がやっと俺を仲間だって思って信頼してくれて、玄武国の移民の件だって俺が参加するのをよしとしてくれただろ。だから、政治とか経済とか、そういうのについてもっと学んでお前の役にたちたくて!」

この言葉に、嘘はない。これもまた、一つの理由ではあるのだ。全部を語っていないと言うだけで。

 まぶしい笑顔を向ければ、朱雀は逃げるようにそっと顔を背けた。

「そうですか。なら、朝議に参加する際はきちんと身なりを整えて来てくださいね」

「だーかーらー、お前は俺の母ちゃんかっての」

二人は冗談のようにそう言い合うと、笑い合った。明日の分を前倒しで行い、よるは老けていったのであった。


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