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「この力があれば、俺は償いも出来るし、なにより、もっとお前の役に立てる!やったぜ!」

玄武国の居住区の門を仰ぎ見ながら、セツははしゃいでいた。そんなセツの姿を遠くから眺めていた朱雀の方を振り向くと、セツは不安そうに首を傾けた。

「どうかしたのか?俺また、お前の手を煩わせるようなこといっちまったか?」

「い、いえ」

朱雀は軽く否定すると、セツに近づき、その唇に人差し指を押し当てた。

「セツ、その力のことは、内緒にしてください。誰にも、言ってはいけません。そして、私と一緒にいるとき以外、絶対に使わないでください」

「なんでだよ」

離しにくい唇を無理矢理開いてセツは言う。せっかく朱雀の役に立てる力を見つけたのだ。隠すようなまねはしたくはない。

「あなたのその能力は、特定の人の心を惑わします」

「心?」

「はい」

朱雀のような不老不死の力であれば、その力が狙われることはわかる。しかし、セツの力は裂け目の存在を知っており、かつ、糸を使えなければどうしようもないものだ。惑わすとはどういうことなのか、セツにはよくわからなかった。

「わかっていないようですね」

朱雀はあきれたようにため息をつくと、人差し指でそのまま、セツの眉間を突いた。

「とにかく、その力は、私との秘密です。良いですね?」

「あ、ああ。わかった」

朱雀との、ヒショウとの秘密という言葉のせいで胸を躍らせたセツは訳がわからないままにうなずいてしまった。

 そう、このときのセツには、なぜこの力を隠さねばならないのかが、わかっていなかったのだ。

「良い子ですね。では、帰りましょうか」

朱雀は優しく微笑むと、きびすを返して大通りを王宮の方へ歩き出す。日は傾き、夕日が伸びた影を作り出していた。

「待ってくれ。さっきの約束、忘れたのか?」

「約束?」

朱雀は首をかしげて振り返る。

「仕事がおわったら、遊んで良いっていう、約束」

「そんな約束しましたっけ?」

「したさ。ごまかしても無駄だぜ」

「まさか、屋台で遊びたいとか言わないですよね」

朱雀は半ば観念したように言った。しかし、ふと見えたセツの顔は、どこか悲しげだった。

「今日は、その約束いいやって思ったんだ。また今度。次にここに来たときに、行きたい場所がある。そんときに、付き合ってくれ。王都を、今度案内してくれよ」

「え、あ、ええ」

朱雀は、セツがわずかに見せた悲しみの意味がわからず曖昧にうなずく。

「やったぜ。楽しみにしておく」

セツは顔を隠すようにそっと下を向くと、次に顔を上げたときにはすでにいたずらっぽい笑顔に変わっていた。

 気のせいか。

 セツの顔は瞬時に、朱雀の記憶の中から抜け落ちていった。


 執務室に帰ってから、調査報告は聞く。

 そう言っておいたにもかかわらず、報告を命じてからセツが話し始めるのにはたっぷりと間があった。

「セツ」

「わかった。話す。正直に、話すよ」

セツは大きくため息をつくと、朱雀に背を向けるように執務机にもたれかかった。

「移民の受け入れについては、俺を含めて歓迎している奴がほとんどだった。荒廃しきった玄武国に、大国である朱雀国が手を貸してくれるのはありがたいことだし、まして朱雀様直々に手厚い援助をしてくださるともなれば、不満なんてなくて当たり前だ」

「……そうですか。それで?」

朱雀は浮かれることもなく、静かに話をうながした。

「でも中には、それをよく想っていない奴もいるみてえだった。いや、よく思っていない、というよりも、それに甘えてる奴らだろうな。玄武国は、たしかにあの場所で見事に再生していた。でも、あの再生はお前を筆頭に朱雀国の助けがなければ成立しないもので、それは今でも変わりない。そのありがたさをいつのまにか忘れて、当たり前だと思って、いい気になってる奴らが出てきたんだろう。朱雀国に、まるで、吸収されちまったように思っている奴も出てきたみてえだ。身の程知らずに、それを不満のようにほざいていた」

「そういう声があるのは、私も重々承知しています。しかし、いまはかなわなくとも、渡した賃働きのお陰でいずれ玄武国でも生活できるほどに回復すれば、そんな思いは消えてしまうのではないかと思っています。その上で朱雀国の民になりたい方がいれば、受け入れる準備はあります。これは、いいのです。それで、あなたはどう思いましたか」

「俺も、お前の考えには賛成だ。そういう奴らは、どうにでもなるだろう。あんなところでほざいている奴らはきっと風のように考えを変えるだろうよ。それよりも俺は、お前達の話を聞いていて。まるで玄武国にこの国が侵略されているようだって感じたんだ」

「侵略、ですか」

「ああ」

セツは視線だけ、朱雀の方に向けた。

「土地も、金も、今の朱雀国は玄武国に与えている。このままじゃあ、いい気になったあいつらがさらに幅をきかせてくるかもしれねえって、俺は感じた。そして、お前は、そうなってもいいって思ってんじゃねえのか?」

朱雀はうなずかない。その代わりに、否定するそぶりも見せなかった。

「お前や、ホトが、玄武国の再生に力を入れたのは多分、民を思いやったのもあるのかもしれねえが、玄武様を、ゼン様を、復活させるためだろ。吉兆の現れとして国を助ける為に現れる神獣様を呼ぶには、あの国に吉兆の兆しを作るのが近道だから。違うか?」

「いえ、合っていますよ。少なくとも、私は」

今度は明確に反応があった。セツは意を決して、しっかりと振り返って朱雀を見る。

「どうも様子がおかしいとおもっていたら、あなたはこのことで心を痛めていたんですね」

「このことって」

「ええ、そうですよ。僕は、ゼン様のために、この国を売っても良いと思っています」

あまりに直接的な言葉に、セツは目を見開いた。

「そこまで言うつもりはなかったんだが」

「でも、意味は同じ事を言おうとしていたでしょう?そうですよ。僕は確かに、苦しんでいる方をそのままにはしておけないという性質の神獣です。でも、それは国民に限った話でもないし、ましてや、この国にさらなる繁栄をもたらすような義務があるわけでもない。苦しんでいらっしゃったあの方をお助けしようとするのは、当然です」

口角を上げた朱雀の姿は、妖艶に見えた。天女とは対照的な、悪魔のような蠱惑な笑顔。この人がこんな顔をすることもあるのかと、セツは息をのんだ。

 恐ろしい。

 朱雀にそんな感情を抱いたのは初めてだ。

 考えてみれば、セツが知っているのはヒショウづてに聞いた彼の姿だけだ。自分が勝手に作り上げて信じていたヒショウの姿とのずれを受け入れられない。

「気がついてしまったからには、あなたも共犯ですね。力の件もありますし、玄武国の移民の業務についてはあなたにも存分に手伝っていただくとしましょう」

「あ、ああ」

「良かったですね。私の役に立てて?」

なめらかな手で頬を掴まれ、セツは思考を停止させたままこくりと頷いた。


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