決意
「ヒショウ……」
「セツ!」
わずかな意識の隙間から入り込んできたその声で、セツはふと我に返る。気が付けば、駆けつけてきてくれたらしい仲間達がセツを心配そうに見下ろしていた。
「セツ、一体何が……。ヒショウさんも、いないみたいだし……」
「糸が、突然誰かに切られたみたいなんだ。もしかして、僕たちの計画がばれたのか?」
「セツ、その傷って……」
スズメが指を指したのは、セツの鎖骨だった。そこには赤く、×印が彫られていた。
「それって、罪人の証じゃないか。じゃあやっぱり、誰かにばれたのか」
「首の傷だって……。どうするんだ。ばれたのなら、はやくここから逃げなきゃ」
「セツ、何があったの。そして、私たちはどうすればいい?教えて」
「ヒショウ……」
セツは、もう一度確認するようにその場を呼ぶと、よろよろと立ち上がった。今更、迷っている暇なんて無い。焦り。それが今のセツの心を支配していた。
「とにかく、みんなが無事で安心した。お前達はこのまま、荷物を持って村に先に帰ってくれ。ヒバリのことは、頼んだぜ」
「セツ、何言ってんだ」
「まさか、帰らないつもりか?」
「セツ……」
「ヒショウは俺の記憶が無かった」
三人が、息をのんだのをわかった。しかし、どんなに信じられない、信じたくないとしても、これが事実だった。
「そんな……なんで」
「まさか、ホトにはまだ目の力が残っていてそれで」
「いや、それはない。アイツに宿っていた力は、目と一緒に完全に奪われたはずだ。今は玄武様はおられないし、アイツが力を使った可能性は低いと思う」
「ならどうして」
スズメは目に涙を浮かべて言った。
「実はさっき、アイツから俺に接触してきたんだ。それで、アイツと話した。その上で考えられる可能性は、アイツ自身が俺に関する記憶を消したってことだ。今のあいつが生きるのに、俺は余計な存在だった。いわば心の傷の一部として削除されたんだ。今の俺は、アイツにとっていらない存在になってしまったんだ」
「そんなはず無いわ!」
スズメは人の目を気にすることもなく叫んだ。
「ヒショウさんにとって、セツ、あなたがかけがえのない存在でないわけがないじゃない。あなたにとってヒショウさんがそうであるように、ヒショウさんがあなたのことを忘れることなんてあり得ない。きっと、そんな風に振る舞っているだけだわ。そうじゃなくて、もしも本当にそうなのだとしても、それはきっと、ヒショウさんの意志じゃない。他の誰かに強いられたか、はめられたのよ。もしかして、王が」
「スズメ。それ以上言うな。俺がヘマしたせいで、多分、俺はもうアイツに目をつけられている。話も糸で聞かれているかもしれねえな」
「糸……。聞く……?」
セツに涙を拭われながら、スズメは首をかしげた。
「アイツ、今のヒショウは、完全に王の狗だ。俺は、王に反旗を翻すかもしんねえ反乱分子だって認識した。この印はその証らしい。抜け目ないアイツの事だ。いつかのゼン様がしていたように、俺に糸をつなげている可能性は高い。まあ、俺にはまったくわかんねえけど。ほんと、アイツはすげえよな」
セツは寂しげに笑った。その痛々しい様子が、さらに仲間達の心をえぐる。
「今のアイツにとって俺はただの不審者でしかない。アイツが俺に言ってたのは、そういうことだったよ」
「嘘よ。きっと嘘!ヒショウさんは、きっとあなたに嘘をついているんだわ」
「うん。きっとそうだよ。僕もそう思う。ヒショウさんは、セツのことを忘れたりなんかしていない。きっと事情があって、セツを忘れたふりをしたんだ」
「ヒショウさんに俺たちは会ったことはない。でも、なんとなくわかる。ヒショウさんは、セツをなにかから守ろうとしている。俺たちの村にセツが来たときだってそうだったじゃないか。きっとヒショウさんは何かからセツを遠ざけるために、そんなことをしたんだ。きっとそうだ」
「……そう、だな。俺も……そう、信じる。糸を切ったのは、確実にアイツだ。俺が張った糸に、考えてみればアイツが気づかない訳がない。だが、アイツはそのことを俺に指摘しなかった。本当に俺を初対面だと思っているのなら、同じ技が使える奴の正体は尋問するに決まってる。でも、アイツはまるで俺が糸を使えることを当たり前のように接していた。だからきっと、俺の記憶はあるんじゃないか」
「それなら、もう一度作戦を練って挑戦しようよ。きっとまたチャンスはあるだろうし、今のヒショウさんの事がわかったのだから、きっと今回よりもいい作戦が思いつくよ」
「その印、服じゃ隠れないし、今のままじゃ聞き込みもお前一人で出来ないぞ。お前が一人で残ったとしても、こんなことはいいたくないけど、うまくいかないと思う」
「でも」
セツは指に絡めた糸を握りしめた。
「俺は、お前らを守るって、ヒバリと約束したんだ。今の俺じゃあ確かに、情報も集めにくいし動きにくい。だから、お前達を危険に巻き込む可能性もある。もしもそんなことになったら俺は……ヒバリも、悲しませちまう。それだけは絶対嫌なんだ。ヒショウに面目も立たねえ。だから頼む。この通りだ。みんな、村に帰ってくれ。お願いだ。わがままなのはわかってる。でも、もうこれ以上俺は、ヒバリを絶望させちゃいけねえんだ」
セツが膝を折った。その時だった。
「セツ」
スズメがそれを止めた。セツの腕をとると、糸が絡まったままのその手を包み込んだ。
「セツ、本当に、帰ってきてくれるのよね」
「……」
セツは答えられなかった。こうなってしまった以上、確証は出来ない。自らの命を賭してででも、ヒショウを助け出す覚悟は出来ている。それに、ヒバリだってきっと――。
「絶対に帰ってきて。私はあなたに伝えたいことがあるのだから」
「……わかった」
セツは、ツグミの強い視線に耐えきれず、うなずいた。今はただ、仲間達をいち早く王都から逃がすことが最優先だった。
「スズメ……。良いのかよ。本当にセツを置いていっても」
「ヒバリさんがよく言っているの。セツは、大切な人の為には、居ても立ってもいられないって。その人の為には走り出してしまうような人だって。だから、たぶん、今回私たちが無理矢理セツを連れ帰ったとしても、この人は一人でヒショウさんを助けにここに来てしまうわ。ね、セツ」
セツは気まずそうに目をそらした。スズメが言うとおり。一度村に帰らされたとしてもそうするつもりではあった。
「帰りましょ。私たちは、セツの願いを聞かなきゃ。そのためにここにいるのだから」
「……そうか。そうだね」
「……わかった。確かにそうだ。俺たちはその為にいるんだ」
「ありがとう」
仲間の優しさがうれしかった。そしてその優しさをむげには出来ないと思った。
「ヒバリを、頼んだ」
「ええ」
「うん」
「ああ」
四人はセツを抱きしめるように抱き合う。いつの間にか射し込んできた夕日が、四人を暖かく照らしていた。
王都から去って行く仲間達の姿を見て、セツは大きく、息を吐いた。
「まってろ、ヒショウ」
セツはもう一度、糸をからめて握りしめる。遠くの方で応えるように、小さく鈴の音がなったように聞こえた。




