侵入者
朱雀は己の執務室で頭を抱えていた。机に突っ伏し、暗闇の視界の中で思考を巡らせる。暗殺未遂に気がついてから一ヶ月。朱雀は己の公的な業務を終えるとこの体勢になるのがもはや日課のようになっていた。
「また考え事かい?」
今は王の執務室で仕事をしているはずのホトがなぜか勝手にこの部屋に入ってきたことには気がついていた。大量の仕事を頼んできたはずが、さぼって抜け出してきてしまったようだ。普段であれば糸で縛り上げて椅子にくくりつけてでも仕事をさせるが、今はそれをする余裕もない。遠くつながれた糸の先の気配を探りつつ、今後の事を考えるだけで頭が痛くなるほどに精一杯だった。
ともあれ、仕事はしてほしいので意味が無いとはわかっていても一応注意だけはするが。
「王よ。どうか、執務室にお戻りください。あなたにしか出来ないことが山積みになっているはずです。民のことを想うのであれば、お部屋にでもお帰りになられては?」
「口先だけの説教は、私には聞かない。君もわかっているでしょ。君に怒られないこの束の間の自由を存分に謳歌させて貰うよ。私にかかればあんな量の仕事、一日で終わらせられるから」
朱雀はわざとらしくため息をついてあきれてみるが、当の本人はやはりどこ吹く風なようだった。
「また、セツ君の事を考えているのかい?」
「セツ君、だなんて……。アイツは反乱予備軍ですよ。そんな、さも旧友のように親しくよんで良い相手ではありません」
「そんなツンケンしなくても」
「しますよ。アイツはあなたを呼び捨てにしたあげく、侮辱したのですよ。従者として、起こって当然です」
「あはは。そう言ってもらえるとうれしいなあ」
ホトはヘラヘラと笑うと、そっと近づいて朱雀の頭をなでた。
「や、やめてください。畏れ多すぎます」
朱雀は慌てて、ホトの手から逃げるように頭を上げた。ホトと目が合うと、逃げるようにして目を伏せる。ホトはそんな朱雀の様子を見ると、愛おしそうに目を細めた。
「私としては、反乱分子がいたところで、優秀な部下がどうにかしてくれるから全く心配はしていないよ」
「ありがとう、ございます……」
朱雀は少し口を尖らせて言った。
「しかし、反乱予備軍は、一体どこから湧いて出たのでしょうね」
ホトに対する反抗的な意見など、昔ならともかく、最近では全く聞かないと言い切れる。それは一重に、王が優秀であるが故の事ではあるのだが、非の打ち所がない現王に、不満を持つ人間がいることの方が不思議であるように思うのが当然の反応だ。
「ホト様に、一体何の不満があるのでしょう。こんなに素晴らしい政をなさっておられるのに」
「彼らはなにかそのことについて言ってはいなかったのでしょう?」
「はい。代わりに、まるで、僕のことを知っているかのような口ぶりでした。その上で、あなたの元から僕を助け出すと。一体どんな想像をすれば、そんな思考にたどり着くんだ。いや、もしかすると、誰かがそんな噂を流して、反乱分子達をたきつけているのかもしれない。ならそいつを見つけないことには解決しないけど……だとすればそもそもどうして、そいつはあなたを敵に回すような事をするのでしょうか」
「私に、不満かあ。もしも君の言っていることが正しくて、私に不満を持っている何者かが悪さをしようとしているのなら、一刻も早くそいつに会って話を聞いてみなきゃね。民の不安を拭うのが王の役目なのだから」
「だめです!王をそんな危険にさらすわけにはいきません!」
朱雀は心酔したような目でホトの事を見た。
「そういう汚れ仕事は、私めにお任せください」
「それはそれは。神獣様にそんなことはさせられないよ」
ホトはいたずらっぽく笑った。
「でも、例えばこんな可能性はないかい?実は、彼の言っていることが全て事実だっていう」
「はい?」
朱雀はからかうなといわんばかり眉間にしわを寄せると、首をかしげた。
「そんなわけがありません。第一に、僕はあの青年の事を知らないですし、あの青年が言っていたことも、何一つ身に覚えがありません。それに、あなたから僕を助ける?冗談もいい加減にしてほしいところです。僕は、僕が望んであなたの元にいるのです。僕らの関係ほど、助ける、なんていう第三者の言葉が似合わない関係はないと言って良いでしょう」
「でも、君の朱雀の力には、忘却の機能もついているでしょ。もしかすると、君は、自分の知らないところで記憶を改変してしまっているのかもしれないよ」
「ありえません。それに、もし仮にそうだとしても、今の僕はあなたの従者でありたいと強く願っているのですから、助けて貰う必要なんてありません」
朱雀は強くそう言い切った。
「そう。それはまた熱烈に。どうもありがと」
ホトが笑えば、朱雀も笑った。それはまるで、理想的な主従の姿のようだった。
「でも、それならなぜ君はそう毎日頭を悩ませているんだい?君の事だ。どうせ、セツ君には糸をつけ、行動も、言動も、常に監視しているのだろう?」
ホトの言う通りだ。たしかに、朱雀はセツに糸を巻き付け常に監視をしている。だが、問題はそこだった。
「反乱予備軍は、一人で動いているようなんです。あの印は隠しても消えないので、勿論誰とも接触は出来ていないようですが、それでも王都の宿屋に引きこもっている。一体何が目的なのでしょう。仲間もあの日に帰してしまったようなので、一言も言葉を発することもなく潜伏しています。声を出さない背でこちらも行動がよみづらい上、何もしていないので手も出しにくいのです」
「うーん、その感じだと、君の糸の存在がばれている可能性が高いね」
「は?」
ホトは冷静に分析をした。
「僕の糸に気がつく人間なんてそういません。巻かれるとわかっていても認知できないにほど、僕の糸は繊細に巻き付いているはずです」
「相手がもしも君の特性を知って言うのなら、たしかに、糸が巻かれることは容易に想像できそうだ。でも、今君が言ったように、どこに巻き付いているかがわからない。だからこそ、何も行動が起こせないでいるんじゃないのかい?」
「なるほど。確かに、一理ありますね」
朱雀は顎に手を当てると考え込む。
「つまり、糸が反乱の抑止力として働いていて、これがつながっている限り、あちらは下手に動けない、と。ならば好都合です。このままにしておけばいいのか」
「そういうことになるね。でも、そうなるとやっぱり、その子は君の過去や何かを知っている可能性が高いけど」
「……そうですね」
「他には?その子と接触してみて、君は何か思い出したこととか気になったこととか無かったの?例えば、その子の持ち物とか、あとは、なにか特殊なわざとか」
ホトは興味津々そうな顔で朱雀の顔をのぞき込む。朱雀は一瞬驚いた様な顔を見せたが、すぐに元通りにもどると、少しうつむいて応えた。
「……なにも。普通の青年に見えました。暗器さえも持っていない、丸腰の子供でしたよ」
「君を誘拐しようとしていたのに?」
「ええ。僕がおとなしくついてきてくれると思っていたようです。全く、浅はかな子供だ」
朱雀は大きくため息をついて見せた。
「ふうん。そう」
ホトは残念そうに言うと、朱雀の頬を優しく手で包み、自分の方に顔を向けさせた。
「ねえ、朱雀君。君、もしかして」
その時だった。
「静かに」
朱雀が鋭くささやいた。ホトは思わず口を紡ぐ。
「侵入者です。糸が反応しました」
王宮中に張り巡らされた糸の一部が、人の動きを感知した。王宮の人間ではない、何者かの挙動不審な動き。明らかに、外部からの侵入者だ。
「王よ。執務室までお送りします。どうか、僕が良いと言うまで部屋からでないように。我々がお守りいたします」
「え!ちょ、ちょっと。私も気になる!その侵入者!」
「つべこべ言わないではやく!おとなしくしてください!」
朱雀は糸でホトの自由を奪うと、力尽くで執務室に戻す。同時に、兵達に指示をだし、守りを固めさせた。朱雀自身も精神を集中させ、糸を動かし、応戦の準備をする。
「どこだ。侵入者はどこにいる?」
初めこそ大胆に糸が反応したが、実はそれ以降は全く王宮のどの糸も反応していない。侵入者がいることは確かであるはずなのに、急に痕跡は途絶えた。何かがおかしい。朱雀はより集中して気配をたどる。
はじめに糸が反応したのは、王の執務室の方へ向かう、外と接触した渡り廊下だった。確かに、外部から侵入しやすい典型的な場所。それだけに、普段から警備は固くしているので問題はないが、今回はどうも様子がおかしい。侵入者は、見張りの目がたくさんあるはずのそこで、だれにもみつかることなく侵入し、そして姿を消している。不可解極まりないように思えた。
だが、朱雀はそこではたと気がついた。
もしもこの侵入者がセツだとすれば?
朱雀は知っている。彼は自分と同じ糸遣いだった。凱旋の時にはかろうじて気が付けたの、彼が糸を操る技術が相当に高いことは、同業の人間として気が付いてはいる。
ならば、と、セツにつなげた糸の様子を探れば、見事に予想は的中した。セツがこちらに近づいてきている。
なるほど。さっきのは陽動だったのか。どうせ、糸を使って、姿を隠し、さも侵入者がそこにいるかのように振る舞ったのだろう。そして当の本人は、己に巻かれた糸の先をたぐり寄せるようにしてこちらに近づいてきている。
そうなれば、セツはこの糸の存在に気が付いていたことになる。そうなれば、こちらがしていたように、あちらも糸で監視をしていたに違いない。こちらの動きを読み、侵入の好機を探っていたか。
だが、これは好都合だ。侵入者があの青年なのであれば、必ず狙いは自分だろう。あの凱旋の時も、王を狙っている様子は全くなかった。今の彼の眼中にはおそらく自分しかいない。考えの通りに、侵入者は朱雀の執務室の方に直進して近づいてくる。少々骨は折れるが、相手の力量を知っている以上、この有利な環境で戦える自分に勝ち目があるのは明確なことだった。
「かかってこい」
部屋の明かりを消せば、開け放った窓から射し込んでくる月光で糸がキラキラと光り輝く。
ほんの一瞬、わずかに出来た影を、朱雀は見逃さなかった。窓の下に現れた人影を認識するやいなや、その人物を糸で縛り上げ、そのまま部屋の中に引きずり込む。先手が功を奏したようで、侵入者は大人しく、捕獲された。
「ようこそ、侵入者さん。確かお名前は、セツさんでしたよね?」
無様に糸でぐるぐる巻きにされ転がっているセツを見下ろし、朱雀は意地悪く笑って見せる。
「ヒショウ、また会えてうれしいぜ」
セツも挑発するように笑った。しかし、朱雀が糸を縛り付ける強さを強くすれば、セツの顔は痛みでわずかにゆがむ。
「無様ですね」
「まあ、しょうがねえ。さすがに、師匠の教えを睡眠学習した俺が、師匠の技術を超えられる訳もねえよ」
「またそんな戯言を」
「それに今日の俺は、糸も置いてきちまったし、現地調達のもんで戦ってる丸腰だからな。もとから、勝てるとも思ってねえ。俺の今日の武器は、説得だけってことだな。まあでも、それで十分だと思ってるけど」
「さあ、観念してください。あなたの目的は?命知らずも甚だしく、どうしてここに侵入してきたんですか?」
「言わなくてもわかるだろ。ヒショウ、お前を助けに来たんだよ」
「またそれですか?いい加減、嘘はよした方が身のためですよ」
「嘘じゃねえ。何なら俺に拷問でもすればいい。まあ、お前がほしいような答えは得られねえだろうけど」
セツのその余裕そうな態度を見ると、反射的に締め上げる糸の強さを朱雀は強めた。
「いいでしょう。夜は長い。それでは拷問といきましょうか。私、拷問は得意なんですよ」
主譲りでね、と、朱雀は妖艶に笑って見せた。




