再生
空が高く、広く、青い。
ヒショウは空を見上げ、ほっと息をついた。雪が降るまでにはもう少し時間がありそうだ。
ここは玄武国王都。
とはいえ、王都なんて言う名前は、今ではもうすでに形だけのものになっている。王、という存在がいたのは、遙か昔のことだ。かつて王宮がそびえていた場所は今では礎石だけが遺跡のように残っていて、一大観光地になっている。他の国からの観光客からは、遺跡までの大通りで金細工を買ってしまうせいで目的地に着く頃には、財布だけが軽くなって体は重くなると冗談を言っている。
国の顔であるこの都は。過去の影も見えないほど反映していた。道ばたには屋台が建ち並ぶ。市場や出店で足を止めていては日が暮れる。歩けば朱雀国産の小麦を使った美味しいパン屋に当たる。美しい。楽しい。人々の声に溢れかえる。
この国が未曾有の災害に襲われたのは遙か昔の出来事だ。内乱が起こった、なんていう歴史を知っている人はほとんどいないだろう。民は平等。王なんていなくとも、人々は幸せに暮らしてる。
国は、幸福に包まれている。
幸せだと、自覚をすることの方が珍しいのかもしれない。人々は当たり前のように幸せを享受し、そしてその中で死んでゆく。
恵まれた国だ。
この国がここまでの繁栄を遂げたのは、一重に民が努力をしたからだ。国のため、受け身になる者はいなかった。先人の努力が分厚く積み重なった上に、この国はある。
これなら、きっと。ヒショウはそう心の中で言うと、ゆっくりと口元を緩ませた。目立つ赤い髪も、今ではありふれている刺繍も隠すこともなく、むしろ誰かに見つけてほしいと言わんばかりに振りながら歩く。伝説も、今となってはおとぎ話に過ぎない。絵本に出てくる神のまねをする人がいても、まさか本人が実在するだなんて誰も考えていないだろう。歩き出せば、彼の仕事道具がシャリシャリと音を立てた。
母国に寄せて作った裏路地を抜け、少し開けた場所に着いたと思えば、そこには大きな噴水があった。ここは、わがままを言って作って貰った場所だ。ここに来ると、あの日々を思い出す。忘れたことはない。同時に、あせてほしくないと思う。
ヒショウはなんとなく、噴水に腰掛ける。夕日の光を反射して飛び散る水しぶきが目に入った。辺り一面が真っ赤に染まっている。忘れもしない。あの日と同じ。
「ゼン、様……。セツ……」
いつになったら会えるのですか。僕はいつまで――。
いいえ。いつまでだって、待ちます。僕の力は、そのためにある。
かつての友が来たるべき未来を教えてくれたのは、今となってはもう昔のことだ。少し先の未来だと言っていたが、神の感覚はあてに出来ないものだな。それでも、その未来は必ず来ると信じている。必ず、その未来をもぎ取ってみせる。現れないと言うことは、まだ出来る事があると言うことだ。それならば、出来る事は全てやってやる。
どれくらい座っていただろうか。夕日が沈みかけたころ、雪雲が空を覆い始めた。はらはらと雪が舞い落ちてくる。いつのまにか、見慣れてしまった雪。ヒショウは顔についた水滴を払うと、ふらふらと体を起こした。
そしてそのまま、動きを止めた。
「え……」
ヒショウがその続きを言う前に少年はヒショウに抱きついた。思いのほか強い力で抱きついた少年はヒショウの服に顔を埋めるようにしてぴったりとくっついてる。
「おにーさん、だいじょうぶだよ」
見上げるその目は緑色で、それはそれは美しかった。雪のように白い髪にも、胸の中のざわめきを沈めてしまうような優しい暖かさも、ヒショウは知っていた。顔にある緑色の大きな刺繍の意味も知っている。
「おにーさん、なんでないているの?」
心配そうに大きな目でじっと見つめながら、少年は聞く。
「……泣いて、いないですよ」
ヒショウは、ごめんね、と小さな声で言うと、少年を強く抱きしめ返した。少年が来ていた黒い外套に顔を埋めれば、懐かしい香りが彼を包む。
「おにーさん?」
「しばらくの間、こうしていても良いですか?雪を一緒に見ませんか?」
玄武国の人間にとって雪は大して珍しい者でもない。まして知らない男に抱きつかれて、子供はいやがるかとおもわれたが、少年は、
「いいよ」
というと、ゆっくりと優しく、ヒショウを抱きしめた。
しんしんと降る雪は、地面に落ちるとすぐに消えてなくなってしまう。それでも、幾度も幾度も、たとえ消えるとわかっていてもいたずらに積み重なってゆけば、やがては世界の景色を変えてゆく。
「おかえりなさい。待っていました。あなたに、また会えて良かった」
ヒショウは短く目をとじ深呼吸をすると軽く息をはいて、膝をつき改めて少年の顔を見た。少年は驚いたように何度か瞬きをしたが、すぐに、見覚えのある人なつこい笑顔をうかべると、まるでありもしない昔を懐かしむように目を細めた。小さな手が、ぱん、とヒショウの頭の上に置かれる。
「ただいま」
その一言だけで、十分だった。




