日野富子
細川政元の元に招かれた翌日、俺は手土産に銭1000貫文を持って日野富子の住む邸宅となっている小河御所(京都市上京区の宝鏡寺の隣地)へと向かう。
お互いに擁立しようとしている次期将軍は違えど、日野富子には、色々と世話になっているので、挨拶がてら今までのお礼を言いに行くためだ。
事前に先触れを出していた為、小河御所に到着し、日野富子に会いに来たと伝えると、待たされることも無く、御所の一室へと通される。
「お初にお目にかかります。 豊嶋武蔵守宗泰に御座いまする。 日野富子様におかれましてはご機嫌麗しゅう…」
「おほほほほ。 宗泰殿、そう畏まらんでも良い。 宗泰殿のお父君である泰経殿よりお噂はかねがね聞いており、一度お会いしてみたかったのですから」
上機嫌で笑うふくよかな女性。
俺は初めて会うが、父上から聞き、イメージしていた日野富子と大体が一致する。
お歯黒をしているので、笑顔で歯を見せるとかなり見た感じは怖いが…。
それにしても笑う時は扇で口を隠したりするんじゃないのか?
まあ本人がしていないんだから、それでいいんだろうけど…。
「これは、日野富子様のお覚え目出たいとは大変ありがたく、こちらは些細な物ですがお納めください」
一通り形式的な挨拶を済ませると、目録を差し出しす。
「おほほほほ。 宗泰殿は今や6ヶ国の守護、私などにお気遣いなされずに…」
「いえいえ、今まで多く助けて頂きました。 これからも良しなに…」
なんだか悪代官と悪徳商人のようなやり取りになりつつあったが、その後はもっぱら俺が江戸の話や川越夜戦の話をし、日野富子は夫である足利義政の浪費癖に対しての愚痴を言っていた感じだったのだが、雑談がひと段落すると、日野富子は急に真顔となる。
「宗泰殿。 此度この場にお呼びしたのは、関東の話をお聞きする為にではない事は察しておろう? 遠回しに話しても詮無き事、故に率直に申すが、此度の幕府後継者争いより身を引いて貰いたい」
急に真顔になったから、わざわざ呼び出し日野富子と畠山政長が擁立している足利義材に味方しろと言うかと思ったのだが、身を引けときた。
都合よく物事をとらえれば日和見して良いと言われたようなものだが、今回は今後の為にも日和見を決め込むわけにはいかない。
「某に身を引けとは…。 坂東の田舎武者が1人身を引いたとて大勢は変わらぬと思われますが…」
「よう申す…。 その坂東6カ国の守護が身を引けば細川政元殿も亀王丸殿を擁立するのを諦めるでしょう。 私は、また京の都を荒廃させたくはないのです」
うん、建前としては、応仁の乱の再来を防ぎたいって事だな…。
「恐れながら申し上げますが、足利義材様を将軍として世は鎮まりましょうか? いや鎮まりますまい。 しかしながら亀王丸様を将軍とすれば、強大な後ろ盾を得て世を鎮められましょう。 亀王丸様はまだ幼い故、後見として細川政元殿と日野富子様が幕府の舵取りをされればではございますが…」
「其の方。 私に義材殿を擁立するのを辞め、亀王丸殿を擁立せよと申すか!!」
「左様。 西から大内殿が上洛の為に兵を率いて向かって来ております。 裏で大内殿が上洛するよう促したのは日野富子様とお見受け致しまする。 なれば細川政元殿と大内政弘殿が手を結べば京は争いに巻き込まれることはございますまい」
「女子の私に幕府の舵取りを任せると? なれど、細川政元殿は納得すまい。 それに亀王丸殿を将軍とすれば関東公方の足利政知殿も政に口を出すであろう」
まさか俺から逆に亀王丸を擁立しろと言われるとは思っていなかったのか日野富子は、初めは怒りに満ちた顔をしていたが、亀王丸が将軍になれば自身が幕府の舵取りを細川政元と共に行う事が出来ると聞き、若干態度が軟化した。
「関東公方である足利政知様は将軍の後見として京の都に残って頂きまするが、実権を持つことは出来ますまい。 後任の関東公方は相応のお方が居りますれば、畿内、西国を日野富子様、細川政元殿、大内政弘殿が抑え、関東より以北を関東公方が抑えれば幕府も安泰」
「そう上手くはゆくまい。 それこそ足利政知殿が納得せぬであろう?」
う~ん、やっぱり将軍の後見として京に残り、幕府の政に足利政知が口出しするのを警戒しているって感じだ。
「それに関しましては御心配には及びませぬ。 一度、細川政元殿とお話をされ、足利政知様の人となりをお聞きになられれば、ご懸念も吹き飛びましょう。 それに…」
「それに?」
段々と身を乗り出し話を聞いていた日野富子に、足利義材を将軍にした際、細川政元だけでなく日野富子自身も政から遠ざけられる可能性を説明する。
前将軍であった足利義尚は、日野富子の実子であった為、政に口を出す事が出来たが、足利義材は足利義尚の従弟で足利義視の息子であり、確実に日野富子を政から遠ざけようとする事は火を見るより明らかであると話す。
かなり迷っている感じだ。
「一度、細川政元殿にお会いしお話をされるのが宜しいかと」
そう言い、その後も亀王丸を擁立し将軍にした方が日野富子にとって利になる事を懇々と説き、御所を後にする。
どうせ足利義材を次の将軍にしたとしても、数年後に細川政元と共に義材を将軍の座から引きずり下ろし亀王丸を将軍に据えるんだから、最初から亀王丸を将軍にした方が良いに決まっている。
流れ公方が生まれないで済むし。
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