幕府よりの使者
■鎌倉御所
ハッキリ言って、ろくでもない用事でこう何度も呼び出されると、仮病を使いたくなる。
まあ今回は、ろくでもない用事とはいえ、どうやら京の将軍足利義尚が、豊嶋家に対して幕府の命を伝える為に使者を鎌倉へ送り込んだ。
将軍家からだと、何かしら褒められるより、非難されたり叱責を受ける事の方が心当たりがあり過ぎるので恐らく何かしら無理難題か一方的な要求を突き付けられると思われる。
鎌倉御所にある謁見の間に通されると、上座に使者が座り、その右斜め前に足利政知が、斜め左には関東管領の吉良成高が座っているが、事前に内容を聞かされたのか、苦々しい顔をしている。
「お初にお目にかかります。 豊嶋武蔵守宗泰に御座いまする。 此度は京の都より遠路はるばるお越しになられたとの事、こちらは些少ではございますがご笑納ください」
平伏する俺に対し、使者が面を上げるよう声をかけ、名乗った後、恭しく漆塗りの文箱より書状を出すと、一礼し、書状を広げ内容を読み始める。
うん、長々とした内容で何が言いたいのか、クドクドと遠回しな言い回しが繰り返される内容だが、要約すると、甲斐を武田信縄に、駿河の駿東郡と富士郡を伊勢盛時に返還せよとの内容だった。
「京の公方様は大変お怒りであり、本来であれば豊嶋家討伐の命を下すところ、武田より奪った甲斐と、伊勢より奪った駿河の地を返すならば罪には問わず、また格別の温情を持って、武蔵、下総、上野3ヶ国の守護に任じると申しておる」
「恐れながら申し上げます。 駿河の地は伊勢より奪ったものにあらず、今川家より譲り受けた地に御座いますれば、今川家を滅ぼし駿河を乗っ取った伊勢に返すいわれはございませぬ。 また甲斐におきましても、伊勢が裏で糸を引き、内乱を起こし、疫病と飢饉に喘ぐ民百姓を苦しめておったが故、某がその元凶を成敗したまでの事」
「なんと無礼な!! 公方様よりの命に背くつもりか!!!」
俺の回答に対し、将軍家からの使者は顔を真っ赤にし、口から唾を飛ばしながら怒号を発する。
「背くのではなく、道理に反する故、お断り致す所存。 これは私利私欲ではなく、某は京の公方様が誤った裁定を下した事が世に広まり幕府の権威が揺らぐことを心配しておりまする。 そもそも今川家を滅ぼし駿河を乗っ取った伊勢盛時を守護に任じた事で、駿河の民のみならず、関東では京の公方様に対する不信感が民百姓にまで溢れておりまする。 甲斐に関しても、疫病と飢饉より民百姓を救っております。 豊嶋より甲斐を取り上げれば国を挙げての一揆となりましょう。 さすれば、更に公方様の権威は失墜するかと…」
「そのような詭弁、公方様に通じると思っておるのか!!!」
「詭弁ではございませぬ。 まず、伊勢盛時が駿河守護になってより今まで、豊嶋家と伊勢は小競り合いすら起きておりませぬ。 そして駿東郡も富士郡も、今川家より割譲されたもの。 伊勢がどのようにして公方様を謀り守護の座を得たのかは知りませぬが、伊勢により駿河を追われ、豊嶋を頼り落ち延びてきた今川家の一門、家臣衆がおり申す。 本来であれば伊勢ではなく今川一門か、三河の吉良家より養子を迎えて今川家を再興するのが道理ではございませぬか?」
「な、なれば甲斐はどうなのじゃ!! 疫病と飢饉に喘ぐ甲斐を攻め取っておるではないか!!」
「それにつきましては、某が誹りを受ける理由が見当たりませぬ。 疫病と飢饉に喘いでいた甲斐の国人衆は伊勢に唆されて、争いを繰り返すのみ。 某は民百姓の為に立ち上がり、甲斐を統一し、豊嶋の蔵を開いて食い物を与え、堤の建設、道の整備を行っておりまする。 本来であれば甲斐の守護、ひいては幕府が行うべきことを豊嶋家が行っているにすぎませぬ。 甲斐を返せと言うのであれば、豊嶋が甲斐に費やした費えを幕府で補償して頂きたい!!」
「黙らっしゃい!!! 其の方! 先程より伊勢が唆したと申すが、確たる証があるのか!!」
「ございまする。 武田家の本拠である川田館、穴山の本拠である穴山館、その他有力国人衆の館より、伊勢が送った書状が見つかっておりまする。 いずれも甲斐の国人衆同士を争わせようとする内容でございまする。 今は江戸に御座いまする故、早馬を走らせ届けさせましょう」
「そ、それには及ばん!! どうせ何者かが伊勢の名を騙った偽りの書状であろう。 して、甲斐に費やした費えとはいかほどじゃ?」
「米100.000貫、稗、粟、蕎麦等合わせて100.000貫にございまする。 関東も収穫が少のうございましたので、豊嶋家の財政は火の車、なれど民百姓の為、日々倹約に努めている次第。 京の公方様より、直ぐに米100.000貫、稗粟蕎麦など合わせて100.000貫を下賜して頂けるとの事、直ぐに甲斐の差配を京の公方様にお任せ致しまする」
我ながら使者に対し、かなり吹っ掛けたので、流石に嘘を見破られるかと思ったが、同席している関東公方である足利政知が横から「甲斐へ向かう荷駄は流れる川の如く途切れることなく続いていたと聞く。米や穀物等合わせて200.000貫は足りぬであろう? 宗泰、謙遜なぞするでない」と口を挟んだ為、使者の顔から血の気が引き、青ざめ始めた。
「ま、まて!! そのような量の米や穀物を直ぐに下賜できる訳があるまい!! 何年かに分けて…、いや、だれも下賜するなど申しておらぬぞ!!」
「それは異なことを申される。 豊嶋家は倉を開き直ぐに出し申した。 京の公方様なら諸国の守護に命じ直ぐにお集め頂き、用意して頂けるのでは?」
甲斐に注ぎ込んだ米や穀物の量を聞き、それが謙遜して伝えた量と聞かされ、使者は顔が真っ青になり閉口している。
まあ幕府に豊嶋家が甲斐に注ぎ込んだ費えを払う力が無いのを分かっていて言ったんだが…。
その後、話は俺が有利な状況でダラダラと平行線を辿ったが、流石に幕府からの使者に選ばれるだけあって、諦めが悪い。
だが、本来ならば幕府の命を受け入れるよう言うはずの鎌倉公方、足利政知は今川家の家督争いの際には小鹿範満を支援しており、伊勢盛時とは敵対関係にあったうえ、先の合戦では鎌倉公方を擁する豊嶋、三浦家に対して兵を挙げ、伊豆にまで攻め込み、さらに今回の幕府の命は、関東公方である自分に何の相談もなかったことで、完全に豊嶋の肩を持つ構えを見せている。
最終的に、話は物別れに終わり、使者は京に帰って行くことになった。
さて、これを口実に幕府が豊嶋討伐の軍を起こすか?
応じる者は少ないだろうけど…。
稚拙な文章ではございますがお読頂き誠にありがとうございます。
また誤字報告ありがとうございます。
本当に、誤字脱字、言い回し等、稚拙で申し訳ございません。
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